第6話 美保神社 参拝!
次の日、起きてカーテンを開けると、外は晴天。窓から見える宍道湖がキラキラ輝いて、とってもすがすがしい。
「あれ? 起きてたんだ」
しばらくすると、部屋のドアが静かに開いて、椿が入ってくる。昨日の夜に椿は、朝風呂に入りに行くから、と宣言してたんだけど、ちゃんと実行に移したのね。私はゆっくりしたかったので、起こさないでいいよ、と言ってあったのだ。
「お帰りー、朝風呂はどうだった?」
感想はわかってたんだけど、あえて聞いてみる。
「うん、やっぱ気持ちよかったー」
「それは良かったわね。じゃあ、私はシャワー浴びてくる」
「うん、そうしなさい。あ、それから」
バスルームへ行こうとする私に、椿が思いだしたように言った。
「?」
「鞍馬さんが入ってたんだ。だから、このあとの打ち合わせしといたよ」
「へえ、冬里や夏樹じゃなくて?」
なんだか意外な感じがした。鞍馬くんが朝風呂なんてね。もしかして、鞍馬くんって温泉好きだったのかしら、などと思いつつ、私はバスルームへと入っていった。
そのあと打ち合わせ通り? 朝食会場のレストラン前で落ち合って、朝ご飯を頂くことにする。
ここの朝食はブッフェ形式になっていて、席が決まると、私たちは思い思いに料理を取りに行った。
「夏樹は朝風呂行かなかったの?」
「行きましたよもちろん! 朝から温泉なんて俺、初めてですもん」
嬉しそうに言う夏樹に思わず吹き出したあと、
「さあー食べるわよ」
と、ずらっと並んだ料理を眺める。
パンも御飯も揃っていて、おかずも和洋折衷。煮物が食べたかったので、きんぴらやひじきの煮付けなんかを盛り付ける。おかずだけ見ると和定食みたいなんだけど、そこは私。主食はなぜかトーストだ。
で、やっぱりあるわね、シジミのお味噌汁。宍道湖に来て、シジミを食べない訳にはいかないわよね。私はなんだかんだいいつつ、夏樹にも強制的にお味噌汁をついでやった。
「あ、いいな。俺にもお願い」
「はいよ!」
椿にもね。
「僕もねー」
おまけに冬里までやって来たので、私は定食屋のおばちゃんよろしく、「冷めないうちに食べるんだよー」とか言って冬里にもついでやった。
席に戻ると、もう鞍馬くんが座っている。
「わ」
そのお皿を見て思わずため息をつく。
だって、どうすればこんなに綺麗にもりつけられるのかしら、って言うほどステキなんだもの。自分のお皿とくらべると、同じ料理とは思えないほど。料理って盛り付けも大事なんだって事をひしひしと痛感した一コマだった。
でもさすがは老舗ホテル。お料理の種類も多いし、お味もいいし。しっかりデザートまで堪能して、大満足でレストランをあとにした。
部屋へ帰ると、荷物をまとめてあちこち忘れ物チェックし、「一晩お世話になりました」と、部屋にお礼を言って、ロビーへと降りて言った。
ホテルスタッフのお見送りを受けて、車はしずしずと出発した。今日の運転手は、やはり鞍馬くんだ。
あのね、本当は言いたくなかったんだけど、実はね、運転手争奪戦でやらかしちゃってたのよね。
「提案! いつも皆さんにお任せしてて申し訳ないから、今日は私が運転手するわ」
と、朝食の席で宣言したら、一瞬、皆の動きが止まったあと、全員が反対の意思を表明しはじめる。
「ええっ!? そんな恐ろしい」
「由利香、昨日も言ったけど、やっぱりそれは無理があるよ」
「ええー? それならもっといっぱい保険かけとけば良かった~。だからはんたーい」
「……(無言の反対)」
なによ!
私だって車の運転くらいしたことあるわよ。いつの話だったか忘れるくらい昔だけど。
で、で。
あんまり皆が反対するから、意地になって絶対に譲らなかったのよね。
チェックアウトを済ませたあとに駐車場へ行くと、私は有無を言わさず鞍馬くんの手からキーを奪い取り、「わあ!」とか、訳のわかんない声を発する夏樹を無視して運転席に座りこみ、
「あんたたち、早く乗りなさい!」
と、テンションマックスで強制した。
でね、皆が本当に仕方なく乗り込んだところで、意気揚々とエンジンをかけて、発進しようとしたたんだけど……。
プスン
「あれ?」
なんと! エンストしちゃったの!
「え? えい!」
で、そのあとも挑戦するも、むなしく車はプスンと止まってしまう。
「ブ、ブブブ……、ブワッハハハ! あ、椿ごめん。でも、でも俺、オートマ車で続けてエンストするひと、初めて見たー、ハハハハ」
夏樹の大笑いから始まって、椿も「い、いや俺も、ハハハ、ごめん由利香」と、一緒に笑い始める始末。
「車も嫌がってるんじゃない?」
なんて言う、失礼な冬里。
しかも。
うつむいた鞍馬くんの肩が揺れている。あれは大笑いする前兆だわ。でも、何とかこらえたみたいで、しばらくすると顔を上げて、可笑しさを含んだように言う。
「車が動かないのでは、仕方ありませんね。やはり私が運転していきます」
「「さんせい!」」
すっごく嬉しそうな、椿と夏樹。
「それが無難」
ニーッコリ笑う冬里。
なんて経緯があって、私は不承不承運転席を明け渡したのだった。
宍道湖にさよならして、一路、東へと進路を取っていく。
車は山沿いから、宍道湖の東側にあるもう一つの湖、中海沿いに進んでいく。
右手に湖を見ながらしばらく進むと、道は広い川に出て、……と思うんだけど、これは川じゃなくて海へと続く長ーい入り江だ。またしばらく走ると、今度は海が広がる快適なドライブ道が半島の先へと進んで行く。
美保神社は、その突端近くの静かな漁師町にあった。
「あ、入り口があるわよ」
と言う私の言葉をスルーして、鞍馬くんはまだ車を走らせる。少し先に公共の駐車場があるのを、昨日のうちに調べておいてくれたみたい。
やがてたくさんの漁船がつながれた海岸沿いの一画に、車は静かに停車した。
「お疲れ様でした、到着です」
まるで観光タクシーの運転手みたい、どこまで行っても鞍馬くんの馬鹿丁寧は健在ね。
車から降りて、車道を通って行くのかと思ったら、「こっちだよ」と、冬里が建物に囲まれた小径みたいな方へ向かう。慌ててそのあとについて入り組んだ路地を入って行くと、すごく風情のある通りがあった。
なんて言うのかな、昔の宿場町みたいな。
で、のぼりがあるのでよく見ると、青石畳通りと書いてある。あとで由来を調べてみると、ここに敷き詰められた天然石は、雨に濡れると青く光るからなんですって。今は裏参道みたいだけど、その昔はここが表参道だったらしい。
で、あちこちの軒に看板があって、それには家紋の由来とかが書かれている。
石碑もあって、高浜虚子とか、与謝野鉄幹・晶子だとか、私ですら名前を知ってる文豪さんの歌と名が連ねられていたの。歩くだけでも、すごく面白いわ。
通りの最後、神社の入り口らしき所に〈だんだん〉って書かれた提灯がつるされていた。
「だんだんって、確か」
「そう、島根県とか愛媛県の方言で、ありがとうって意味らしいよ」
「そうよね!」
そこをくぐり抜けるとすぐに、大きな鳥居と、〔美保神社〕と刻まれた石碑がある。
素敵……。
ひと目見てそう思った。
参拝客で賑わう出雲大社も素敵だったけど、ここはなんて言うか、人がけっこういるのにシンとした感じ。
また手水舎を使わせて頂いて拝殿・本殿へと続く階段を上る。
拝殿は梁がむき出しで、その下は吹き抜けのように柱があるだけ。で、まわりには借景みたいに山があるので、音響効果がとってもすぐれている。というのはね、ここはひとつには音曲の神様だとも言われているからなんですって。聞くところによると、各国のアーティストが音楽を奉納する事もあるくらいなんだそう。
後ろに控えている本殿も、変わった建て方だ。
屋根が2つに分かれていて、向かって右側に三穂津姫命、左側に事代主神(えびす様)が祀られている。それもえもいわれぬ美しさなの。
そうそう、ここはね、なんと全国のえびす神社の総本山なのよ!
と言うことは、ここへ来れば商売繁盛まちがいなし? なあんてね。
ここの参拝は、二礼二拍手一礼と、ほとんどの神社と同じ。ここでも私たちは、仲良く横並びになって参拝させて頂く。
私はまた、かの1000年人3人が何を思っているのか、すごく気になりつつも、ここがとても素敵だと言うのと、ここに来られてとても嬉しかったことを感謝したのだった。
そのあと、またぐるりと本殿を一周して。
でね、正面へ帰ってくると、面白いものがあったの。
副種銭と言ってね、ご祈祷された10円玉なの。50円以上を収めていただくんだけどね、このお金は財布に入れておくんじゃなくて、積極的に使わなくちゃならないんですって。このお金をまわすことで、家族円満、商売繁盛に繋がっていくらしいの。
だから私は、帰ってからさっさとお買い物に使っちゃった。
そのあとは、恒例のおみくじを引く。幸せおみくじと銘打たれたそれは、透明なケースの中から、自分で好きなものを選ぶようになっている。
「えーと、私はこれ!」
と、勇んで選んだのは、シンプルな「吉」だった。
「椿、どれにする?」
「これ」
「早いな、……よし、俺は、これ」
「僕たちも引かなきゃいけないの? ふうん。じゃあこれにしよっと」
「はいはい、鞍馬くんも!」
で、いつぞやのように、全員「吉」なのかも? とか思ったけど、見せてもらうと、小吉だったり吉だったり、今回は皆、違っていた。
そんなこんなで楽しく過ごしたんだけど、境内にいる間じゅう、ずっと涼やかな風に吹かれているような感じがして、また来たいなって強く思う、本当に素敵な神社だった。
あ、ちなみにここの注連縄もすごく立派だったわ。
と言うわけで、今回の社員旅行も無事にその行程を終えつつあった。
「さて、じゃあどこでお昼にする? お腹すいたー」
っていう、私の決まり文句と一緒にね。