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第1話 社員旅行企画

おなじみ『はるぶすと』シリーズの第10弾です。このシリーズももう10作目なんですね、あっと驚くわー、なんて作者が言ってどうする(笑)

今回は社員旅行を兼ねた出雲大社への旅がメインのお話しです。

と言うことは……、あの破壊力すさまじい方が出てきそうな予感ですね。

どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。


 由利香ゆりかさんと椿つばきが、晴れて? 夫婦になってしばらく過ぎた頃。


「そう言えば、今年はどっか行かないんすかー?」

 俺は朝食の用意をしながら、カウンターから2人に呼びかける。

「どっかって?」

 すると、冬里とうりがやって来て、出来上がったプレートを受け取りながら言う。

「社員旅行っすよ! しゃいんりょこう」

「ああ」

 勢い込んで言うと、冬里は納得したように頷く。

 で、そのまま返事もなく、少し考えるような風情でダイニングテーブルへ行きかけたんだけど、ふと立ち止まってこちらを振り向いた。

「でーもさ、それってこの3人で、だよね?」

「あったりまえっすよー、他に誰がいるんすか」

「だよねー。そうなると夏樹なつきは大変だよ」

「へ? なんでっすか?」

 たった3人の旅行で、なんで俺が大変なんだろう。

 頭の中に不思議マークをいっぱい思い浮かべながら聞きかえすと、冬里はいつものニーッコリを繰り出して楽しそうに言った。

「だってさ、夏樹ひとりで僕のお世話をしなきゃならないんだよ~。あーんなことや、こーんなことまで。もしちょっとでもやり方を間違えたりしたら……」

 そこでもう一度ニッコリを深めて言葉を切る冬里。

 これは、いつものヤバいパターンだ。

 ズズッ! 俺は冬里との間にカウンターがあるにもかかわらず、思わす後ずさる。

「どうなるか、わかってるよね? ねえ? な・つ・き」

 そう言ったそばから、俺のまわりにブリザードが吹き荒れた、ような気がして。

「ひぃえー! しししし、シュウさん! たすけて!」

 ダッシュでキッチンを飛び出すと、なんとか冬里に捕まらずにシュウさんの背後へ回り込む。俺の早さにポカンとしていた冬里が、今度は普通に笑い出した。

「はは、冗談だよ、冗談。もう、いつまでたっても慣れないんだから、夏樹は」

「冬里の場合は冗談が冗談じゃないときが多すぎるんです! いい加減にして下さいよお、もう」

 俺はシュウさんの後ろから顔だけ覗かせて、文句を言いまくった。


 そんな2人のやり取りを、ちょっぴり苦笑いしながら聞いていたシュウさんが、後ろにいる俺に聞いてくる。

「ところで、夏樹は今年も社員旅行に行きたかったの?」

「え? あー、はい。やっぱり骨休めは必要だと思うし、泊まりがけの旅行なんて、何か名目がないと絶対行けないし。俺だってそうそう料理のことばっか考えてるわけじゃないっすよ」

 そう言いながら腰に手を当てて、少しふんぞり返ったようになった俺を見て、シュウさんは微笑んでいる。

「そう……。だったら考えようか。けれどこの3人だけだと、やはり私の見えないところで夏樹が大変な目に遭うと困るから、秋渡あきわたり夫妻も誘ってみるのはどうかな」

 秋渡夫妻、というのは当然、由利香さんと椿のこと。それは俺としては、すごーく魅力的なプランだけど、その理由って言うのがなんとも情けないよな。けど、身の危険には変えられない! 

 俺は気持ちを切り替えて、元気よく宣言したのだった。

「わかりました! じゃあ早速由利香さんと椿に聞いてみます!」




「え? 社員旅行? うわあ、私もう従業員卒業したのに誘ってくれるのね、嬉しい~」

「俺は元従業員でも、現従業員でもないんだけど、乗っかっちゃっていいのかな」

 連絡を入れると、2人はそんな風に言いつつも、ノリノリで参加すると言ってくれた。 で、細かい打ち合わせなんかは、やっぱり顔をつきあわせてする方が良いだろうと言うことで、次の日曜日、2人がうちにやって来ることになった……んだけど。

「じゃあ、昼飯作って待ってますね。うおっし、何作ろうかな~」

 って張り切って言ったら、由利香さんにしては歯切れの悪い返事が返ってくる。

「え、えーと、お昼ご飯は、その~」

「あ、いらないんすか? だったら作らないっすけど」

「ううん、そうじゃなくて……」

「?」

 俺が怪訝な顔で返事を待っていると、由利香さんは、エイヤッって感じで答えを繰り出した。

「久しぶりだから、鞍馬くんの料理が食べたいの。ごめん! 張り切ってる夏樹には、ほんっとごめん、なんだけど」

「あ……」

 俺は、なんて言うか、急にしぼんだ風船みたいにシュンとなった。けど、テレビ電話の向こうで手を合わせて申し訳なさそうにする由利香さんを見ると、気を取り直して元気に返事を返す。

「アハ、アハハ、そうっすよね! そう言えば、俺もここんとこシュウさんのランチ、食ってないなあ。じゃあ、シュウさんに言っときます」

「……夏樹」

「いやあ、楽しみだなー。じゃ、日曜日、待ってますね。遅れないで来て下さいよ」

 俺は笑顔で一方的にまくし立てると、早々にテレビ電話を切ってしまっていた。


「やっぱ、まだまだなんだな」

 ため息をつきながら、うつむいてぽつんとつぶやくと、

「なにが?」

 急に近くで声がして、「うわっ」と飛び上がる。

 そこには、人差し指を顎に当てて、心持ち首をかしげた冬里がいた。

「冬里、ビックリさせないで下さいよ」

「ねえ、シュウはさ、特別だよ?」

「!」

 綺麗に微笑んで言う冬里の言葉は、いつもながら前後の脈絡もなく唐突だけど、今の俺にとって、心がすごく楽になるセリフだ。

「特別。……そうっすよね。選ばれし者、とか言うのかな」

「って言うより、人を魅了して虜にして逃れられなくする、罪作りな天然人たらし。本人に自覚がないから余計に手に負えない。……あ、けど、最近のシュウ、わざとじゃないかって思うほど、よく本気使ってるよね~。これは、ちょっと注意しておかなきゃ」

 あの冬里がけっこう真顔で言うのを聞いて、俺は何だか可笑しくなってつい吹き出してしまう。

「ブブッ。でも、シュウさんそんなに本気出してたかなあ。あんまり覚えてないんすけど」

「そう? 僕の思い違いかな? とにかく、日曜日は僕たち、久しぶりにシュウの後ろについて、とことん技を盗ませてもらえばいいんじゃない?」

 俺はそれを聞いて、あ、と思った。

 そう言えば最近は、自分でレシピを考える事に夢中で、シュウさんが料理する姿をじっくり見る機会がずいぶん少なくなっていたんだ。

 そうだよ、いつだって初心忘るべからず、だよ。俺はいきなり、今度の日曜がとっても待ち遠しくなってワクワクし始めるのだった。




 てことで、当日!

 料理が出来なくて落ち込んでるんじゃないかと心配するシュウさんをよそに、俺は、超! 真剣にシュウさんのアシスタントを申し出ていたんだ。

「夏樹、大丈夫?」

 俺のこわばった真顔を、落ち込みを隠す芝居だと勘違いしたシュウさんが、思わずそんなふうに聞いてきたほどだ。


 でもさ、でもさ。

 やっぱすごいなあ、シュウさん。

 勢い込んで早起きして、店のキッチンでシュウさんを待ってたんだけど(あ、今日の昼ご飯はゲストがゲストだけに、店できちんと出そうってことになったんだ)

「早いね」

 と言いながら2階から降りて来たシュウさんは、まず庭へと出て行く。俺も慌てて後を追った。

 庭の花たちの手入れをしながら、時折シュウさんは空を見上げたり、目を閉じて風を感じたりしている。そう言えば、昔お屋敷にいた頃にもシュウさんは、よく庭師の手伝いをしていたな。

 ふいにその頃に教わった事を思い出した。

「厨房の中ばかりにいると、外の気温や湿度がきちんとわからないですよ。その日の天候は料理の味付けに微妙に影響を与えますから、仕込みを始める前に少しでも外へ出ておいた方が良いと思います」

 ふふ、あの頃はまだシュウさん、けっこう他人行儀だったんだよな。

 そうかー、俺ってばこんな基本的なことすらおざなりにするようになっちまってたんだ。ふかーく反省!。明日からまた庭の水やりするときに、今日のお天気を肌で感じてやる。

 前日にランチで出すメニューを受け取った後、俺は俺なりの段取りを立ててたんだけど、そこはそれ、今日のメインシェフはシュウさんだもんな。キッチンへ入ると、俺はシュウさんの指示をお利口さんで待つ。

「?」

 直立不動のまま動かない俺を不思議そうに見ていたシュウさんが、声を掛けてきた。

「夏樹?」

「はい!」

「どうしたの? レシピは渡したはずだけど」

「はい、もらいました」

「だったら……」

 そこまで言ったときに、裏階段の出入り口から声がした。

「今日は僕たち、見習い初出勤なんだよ、ね?」

 案の定、唐突に登場する冬里だった。

「見習い初出勤?」

「そ。お姉様がシュウの料理を強くご所望しているんだからさ、僕たちは手をつけちゃいけないんだ。だ・か・ら」

「はい! 今日は俺たち、入りたてのシロウトなんです。で、シュウさんの技を思い切り盗ませていただきます!」

 ポカンとしていたシュウさんは、そのあとちょっと可笑しそうに言う。

「わかったよ、本当に世話が焼けるね。あ、これは冬里に言ったんだよ」

 でさ、シュウさんは並んでる俺たちの前できちんと頭を下げ。

「それではこれから本日のランチを作っていきます。見習いの2人はよく見ておくように」

 なーんて、けっこう乗ってきてくれたんだよなー、なんか嬉しい!

 だけど。

 そのあと、本気は込めてないはずなのに、シュウさんの流れるような動きに、無駄のない手つきに、俺は何百年ぶりだろう、見惚れてしまって、技を盗むどころじゃなかったんだ。



「出雲大社?」

「なんでわざわざ夫婦になってから縁結びの神様の所へ行くの?」

 その日のランチを堪能したあと、デザートはお決まりのソファ席へ移動したんだけど……(うう~相変わらず美味かったなあ、シュウさんのランチ。あ、ちょっと脱線、いけないいけない)

 で、由利香さんの行きたいところリクエストに、俺はまた頭の中が不思議マークになっていた。

 それは冬里も同じだったらしくて、少し可笑しそうに聞いている。

「だって、行ったことないんだもの、出雲大社。いいじゃない、夫婦の縁をもーっと深めるって意味で。あ、それから、とりあえずあんたたちとのご縁も大事だしね」

「なんすか、そのとりあえずって」

 相変わらずの由利香さんの言い方に反発していると、椿が苦笑しながら間に入ってくれた。

「この前、テレビで出雲大社の特集をしててさ。それでどっぷりはまってしまったみたいなんだ」

「なあんだ」

「あ、もう、椿ったら、ばらしちゃダメじゃない」

「ごめん」

「ま、いいわ。そうなのよ、聞いて聞いて! あのね、出雲大社をお参りするときは、もう一つ、美保神社と言うところにも行く方が良いのよ。出雲大社の神様がご主人様で、美保神社の神様は奥様とそのお子様なんですって! どう、知らなかったでしょ。でね、でね、出雲のグルメ! これがねー、……、……、……」

 また始まったよ、由利香さんの宇宙規模でふくれあがっていく話。今回はテレビと観光本で仕入れた情報の数々だ。

 俺たちは慣れたもんで、ふむふむと頷きながら実際は他のことを考えてたりする。

 すると、ふうーん、という表情で由利香さんを見ていた冬里が、また唐突に言った。

「いいんじゃない? 出雲大社」

「で、そのお菓子が、……え?」

「僕も行ってみたい、って言ったんだよ」

「さっすが冬里! よくわかってらっしゃるじゃない」

「ありがと」

 途中で話を途切れさせられたにもかかわらず、由利香さんは「じゃあ、決まり~」と、すごく嬉しそうだ。さすが冬里、なのかな?

 と言うわけで。

 今回の社員旅行は「そうだ! 出雲大社へ行こう! 縁結びは済んでるから、もっともっと、ご縁を深めに行こう!」って言う珍道中に決まったって訳。




「どうしたの? 今回はずいぶんあっさり賛成したね」

 その日の夜。夏樹がお休みなさいを言って部屋へ消えた後のリビングで、いつものように思い思いの時を過ごしていた2人だが、ふいにシュウが冬里に聞いた。

「え? なにが?」

「いつもなら、もっと難癖つけたがる冬里が」

「はは、失礼だね~シュウ。僕はいつでも素直なよい子ちゃんだよ?」

 しれっとして言う冬里に、少し苦笑を混ぜた微笑みを返すシュウ。

 だがそこはやはり冬里だ。クルクルと人差し指を回しながら、何かを考えているそぶりを見せた後、チラッと本音を吐き出した。

「うーん、行き先が興味深くって」

「出雲大社が?」

「もう情報はキャッチしてると思うんだよね。でさ、きっと参加してくるよ? なにせ出雲の大神様がいらっしゃるところだもん」

「……」

「そ、今シュウの思ってるとおり。ヤオヨロズが、ね」

 ニーッコリ笑う冬里を長々と見つめながら、これはまたどうなることやら、と、小さくため息をついてしまうシュウだった。



ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

今回は出雲大社への旅がメインのお話しです。

と言うのも、実は筆者が最近、出雲大社に旅行に行ったので、それを思い出しつつ仕立てていこうかなーとか思いまして。

ですがお話しは全くのフィクションですのでご安心?を。

いつもの通りのんびり更新していきますので、どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。

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