第3話 私と言う存在
はてさて、重っ苦しい空気も去る事ないまま、ママンは服を着替えて家族に会うことになったよ。
会う場所は知らない、だって見えないもん。
ただ、きっと沢山の美味しいご飯に綺麗な装飾のされた会場なんだよきっと!
だって王家だよ?偉い人だよ?ママンの父親が陛下だもの、そして私の祖父だよ?色々期待しちゃうだろ!
あと、ママンの兄様達と姉様達なんだけど、王子様とお姫様って事でしょ?
ママンはじゃじゃ馬姫だけど、一人くらい私の理想に近いお姫様や王子様が居たっていいじゃない!
だって現実見たら私にとったらおじ様おば様なんだもの!
私も女の子だったのね!
あれ?私…性別どっちで産まれてくるのか知らないんだけど…
ママンはマユって言ってるから、女の子って知ってるって事だよね?
あれ?この世界のマユって……、いや、やめよう。この話は不毛だ。
さて、気を取り直すと、なんと今夜は久し振りに全員集合してるんだってさ。
ママンの兄様は今現在は八人いて、姉様も六人もいるんだってよ。兄姉が十四人いるって、…大家族もびっくりだよね!
王子や姫の中には冒険者をして生計を立てる奔放な人や、危険と隣り合わせの秘境へ行く探検家、大恋愛の末に隣国にお嫁に行った人、魔法薬のスペシャリスト、遠い他国の学園の教員になった人、最新の魔道具を作る職人、海を越え大きな商いをしてる大商人、ママンが大好きな本の勇者の仲間である英雄もいる。
中にはやる事なくプラプラーっとしてる人もいるらしいけど、様々な職種につくも、基本的に兄姉のスペックはガチで高いらしい!
グレネンデの屈強で端麗なエルフの騎士でさえ、勝つことの出来ない程にハイスペックで、何処ぞの王族さえも劣る程に容姿端麗で輝かしい…だそうな。
私に透視スキルがあるならぜひ見てみたいものだが、…多分みたら立ち直れない気がするから絶対見ない。
サラティが良く、ルドルフ第二王子様はちょーイケメンハンサム!寡黙なクールビューティー!あの筋肉サイコー!ヤバイ抱かれたい!とかよく叫んでる。…ただしルドルフ第二王子はグレネンデにある全てのギルドを取り締まってる凄い人らしい。きちんと奥さんもいるので、サラティに出番はない。
多分これについては、ママンが反応を示してないため、どこか少し遠くで叫んでいるものと思われ、なんで私の所までそう言う情報が届くのかは未だ疑問であったりする。
アラティに関しても、スイーツの馬鹿食いでお腹を壊したとか、服のサイズが合わないとか、タンスに小指ぶつけたとか。そう言う悲痛な後悔とか怨めしいとかの声しか来ない。
ホント極たまにアイシャが、ママンが作ったコーヒー牛乳を飲もうとしては、悲痛なうめき声を上げ断念する声が手に取るように聞こえる。
ママンが作ったコーヒー牛乳はまだ他の人には受け付けられないらしい。……解せぬ。
だけど、確かにママンがコーヒー牛乳の開発に成功したのは極最近。
あんなに簡単でありながら至高の飲み物を、ママンはなぜ早くに作れなかったのか、それが何故なのかがよく分かる。
コーヒー牛乳のミルクは分かるはずだ。口の中に残るコッテリとした脂肪分の纏わり、そして舌に残るミルクと雑味のない綺麗な白砂糖の自然な甘み…。
此処でもきっと、品質の良い草を食べ、清い水を飲み、広い大地で伸び伸びと育てられた。…そんな雌牛が湧き水の如し至高のミルクを出すのだ。
ミルクに関してそこまで準備する必要はない、なんせ異世界だし、王族だから。
きっと悩んだのはコーヒーの方だろうか…
苦味と渋み、そして何より深みと芳ばしさだったに違いない…
世の中には玄米コーヒーやたんぽぽコーヒー、大豆コーヒーなど沢山の種類からなるコーヒー達が生まれた。
中でも、コーヒー素材を[煎る]に関しては苦労しただろうと思う。
煎る火力、煎る温度、煎る速度、煎る時間、素材を寝かせ…煎った素材の組み合わせ…そう、ブレンド比率だ。
コーヒーとはそれ程まで奥が深いのだ。
素人がその場の勢いで作れる様な代物では無い。
現に素人だった頃は良く焦がし過ぎた気がする。
いや、多分今だに焦がすだろうが…
長年の経験と勘が物を言い、微妙な加減を鼻、舌、視で感じ取ることができる様になってこそプロの領域…
そして、コーヒーを[淹れる]ためには…
此処でも己の感覚と向き合わなければならない…
先ずは水だ…、どれほど清く、そして軽く、口当たりの良い新鮮な水を求める…そこから始まる。
だが、世には水素水、ミネラル水、温泉水や硬水、軟水、炭酸水と沢山の水の種類がある。いや、増えた…と言おう。
人それぞれにより己の体が欲する水分は違う…また、コーヒーも同じなのだ。
水の温度、蒸らし方、淹れるためのカップ。
己で淹れるのなら空気を含ませ円を描く様に…
そうだ、インスタントというものもあったか……
そうやって、至高でありながら独自の文化をとげ、それぞれによって形を変えて、面白味を加えて、進化し続ける至高の飲み物。
それこそがコーヒーと言うもの。
その素晴らしあるコーヒーが、また素晴らしい牛乳と出会ったら……
そう、まさに必然的に出会ったのだ…!
……はっ!?私は何を…?!
……おわっ?…何がしたかったのか思い出せない。
ただ、すごく脱線しまくったのはなんとなく覚えている!?
話を戻そう……
…それにしても、エルフなのに子沢山ってすごいよね?てっきり長寿だから沢山産まれないと思っていたんだよ。って思ったけど、100年とかに一人二人産んでたらこうなるかなって思うんだよね。
正直、エルフが何処まで長生きなのかよく分からないし、
逆に私が知り得ているだろう、[普通の人間の寿命]さえ、此処では違うのかも知れないのよ。
でもザンタスおじ様が、お亡くなりしてるとしても、兄は八人も居るなんて…。いや、…でもほんと多過ぎてびっくり。
色んな話を聞く限りママンは末っ子らしいから、きっと私が身籠る前までは沢山の兄と姉に可愛がられてたはずだと思うんだよね。…だってママン、今とっても寂しそう。
因みに、私の意識がある内にママンの家族に会うのは何気に初めてなんだよね。
毎回陛下や兄姉が来る時は眠ってたし…
でも最近はそんなに眠らなくてもいいくらい活動できてる様になった。体力がついたみたいで嬉しい。やっぱり日頃の成果だろうか?
普通にママンが起きてる間は時間の共有が(一方的に)出来るようになってるのはありがたいのだ、だってママンが引き起こす日常の事件事故には毎回遭遇できてるから楽しいし…ちょっと腹黒い思考だけど楽しけりれば良し!なのだ。
………さてさて、ママンはさっきから一切喋ってません。
何故かって?それはもう早い事に家族に会っているからですね。
さっきから知らない人々の楽しそうな会話が沢山聞こえます。
女同士のキャピキャピした話や、男同士の世界情勢話、新種のモンスターの話も聞こえる。…おっ、自分の旦那の自慢話も聞こえるね、それに対抗する様に次々と女達が話し始めた。
……うわっ、誰か小さく寝息たててる!
………そんな自由なの?
その中の会話をピックアップするなら陛下…祖父のお話かな?
「…して、アンタス。ファイン王国のアーゼン大魔法学院へ勤める事になって何年目になったか?」
「……かれこれ152年ですよ、父上」
「そうか、…アンタスは楽しんでいるか?」
「ええ、教員として人々の見本となれる様な日々を送っているお陰か、とても慕われています。…少しこそばゆいですがとても楽しく過ごしていますよ」
「ふむ、あの幼かったアンタスも立派になったものだ」
「やめて下さい父上…もう私は子供ではありませんよ!」
「ふははは!…なあに、私の子はいつまでも子のままだ、心配するのが親心と言うもの。嫌なことがあるならいつでも帰ってきたらいい、困ったことがあればいつでも頼ればいい…ただそれを覚えて起きなさい」
「…ありがとう、父上…」
なんだ本当に良い父親じゃん、声ダンディーだし、話聞いてれば家族みんな仲良しだし、思いやりある良い人しかいないよ?なのになんでママンはずっとふさぎこんでる…なんで?
「…ふむ。して、巫女姫様はどうだろうか?神の子様はまだ産まれぬか?」
おっふ、何気ないパンチが陛下から来た。
「ええ、最近は落ち着いておりますわ」
「そうか、兆しが見えたと大婆様が喜んでおったがまだか…
ふっ、健やかに産まれれば良いこと。我等の代で神の子様が産まれるのだ。
この地は神の恩恵を受け、寄り良い土地となるだろう、なにせ一万年の時を得てこの地へ再び降り立って下さるのだ。…神の子様が産まれたらここにいる皆で盛大に祝おうぞ!」
そこで歓喜の声が沢山聞こえた。
ああ、成る程。
これは酷い。少しだけ前言撤回しよう。
ママンが嫌がる理由が当たった。当たってしまった。
神宿り姫、巫女や神の子などのちゃんとした規約を知らないからわからないけど…
ママンはもう既に【神に捧げられたモノ】なのだ。
きっとお告げを受けた時か、もしかしたら産まれた時にそう言う役割を付けられたのかも知れない。
だから自分の末娘だけど、…もう気安く触れる事の出来ないモノになってしまった。
そして、自分達の末妹ではあるが、
もはや預かり知らぬ、未知な存在なのだ。
ママンはその仲の良い家族から弾かれた。
そんな哀れな運命を背負った娘なんだ。
それに…これは、
人の声しか聞いてこなかった…
…私にしか分からないモノだと思う。
確かに感じたものがある、
…陛下の声から感じる物は、
諦めと絶望と拒絶、そして恐れだった。
この人は、娘を諦めている。
だけど、何に対して絶望しているのかは分からない。
それでもこれだけは強く感じるのだ。
……私を強く拒絶し…そして、恐れている。
でも、なんだ…
やっぱり…私の所為じゃないか。
確かに私が産まれたらその土地が繁栄するんだろう。
ママンの兄も姉も、ママンの母親でさえ…
多分きっと、私を取り返すために動いた。
そして傷付いて死んだ。
確かに、そこにはママンを助けたかった想いもあった筈だ。
だけど、最終的に私が原因なのだ。
きっと私がお腹の中に居なかったら、皆んな死ななかった。ママンもきっと攫われなかった。
私の所為で、沢山人が死んだに違いない、…小規模だろうが、その闇人とエルフの間で争いが起こったんだ。
逆に、その闇人の所で私が産まれれば、その闇人の土地が豊かになるのだろうか…
私って、そう言う存在なんだ。
確信が、何となく持てた。
それでも、ママンは一人じゃない。
アイシャはママンを娘の様に愛しているし、
アラティとサラティはママンを友の様に扱う。
名前は知らないが他のお世話係さんは、妹のように…
ママンと関わりのある人達は、皆んなママンを……
手のかかる娘の様に、面白い友達の様に、そそっかしい妹の様にそう感じている。
私だってついている!
だから、ママンは一人ぼっちでは無いのだ。
でもこれを知っているのは私だけ。
伝えたい、ママンだけには伝えたいのだ。
『以心伝心スキルを有効にしますか?』
えっ?こんな時に安田さん?………じゃなかった。
えっと……え?なんて??
『以心伝心スキルを有効にしますか?』
まて!落ち着け!マジか!こんな時にマジか!
えっと!安田さんは以心伝心と仰っている。以心伝心?って?あっ以心伝心か…え、マジか、じゃあママンと話せるって事?あっ話せないか!想いが伝わるってだけってやつだ!
えっと!こうなったら!
……有効に、します!!
『以心伝心スキルを有効にしました』
来た!!もうやることは一つ!
私の大好きなママンに!この想いよ届け!!!
グッと力を入れると、私の中で何かがバチンッと弾けた。
頭がいたい……ママンに伝わったかな?
酷く疲れた……う?、なんでこんなに……疲れるんだろう……
ああ、眩しい…目の前が…
……見える?
色だ……
花や草のカラフルな色彩。
それらが私の足元に生えてる。
ここは、花畑?
……あれ?この足…私の足だ…
……私産まれたの?
……大人で?
頭、痛いな…
…空が…灰色の空だ……
薄いピンクの大きな月と、一回り小さい黄色い月がある
この灰色の空に浮かんでる。
異世界だ…
本当にここは異世界なんだ。
大きな樹が遠くに見えた。
確か世界樹の樹だっけ?
じゃあ、あの根本に沢山ある白い街並み?みたいなのが聖域?
凄く、凄く不思議だ。
私、あんなところで生活してるのか…
綺麗だ…初めて見た…あんな綺麗な都…
呆然と見てると真横を10歳くらいの、白髪の女の子が駆け抜けた。
音も無く走ってきた女の子に結構びっくりする。
その子は色とりどりの花を乱暴に引きちぎって、荒らしていた
何か沢山叫んでるけど、……聴こえない。
あ、さっきから音がない。
女の子はまるで感情を、何に向けていいのか分からないから、…全てをそこにぶちまけるみたいに見えた。
向こうから修道院の服を着たお姉さんが走ってきて、女の子の手を掴むと……頬を叩いた。
女の子が…泣いてる。
…あれ……お姉さんも…泣いてる…。
お姉さんが女の子を抱きしめた。
…ああ、体が痛い……
ぅわ!!眩しい!!
突然視界が光って目が痛くなる。
私はその場にうずくまった。
私は目に手を当てうなる。
痛い…いたい…イタイ…
次第に目の痛みが引いて、ゆっくり目を開ける。
私は息を飲んだ…
目の前の地面が赤く濡れている。
顔を上げると、沢山、沢山の人が転がっていた。
死んでる、…この人は腕がない…この人は剣が刺さってる……
沢山、沢山の人が死んでる…
鎧を纏った人達と…ボロを纏った浅黒い肌の人達…
剣と、農具が落ちている。
なんで?なんで?
ヘルムが外れた兵士がいる、年は若そうに見える、顔は均等に整って綺麗だ…耳が長い…エルフ?…グレネンデの兵士?
じゃあ、このボロを纏った浅黒い肌の人達が…闇人?
こんな…ガリガリに痩せ細った人達が?
痩せこけ頬がげっそりしているのに?
この人も青年のようにみえる。肌はガサガサして髪もパサパサしている…明らかに栄養失調でギリギリの人。
餓死して死んだと言われても納得してしまうくらいの細さだった。
……けど、この闇人も、顔のパーツが整っている。
肥えていれば、ただ肌の色が違うエルフだ。
肌の色が違うだけの…同種族。
さっきの女の子が、呆然と涙を流してしゃがんでいる。
その子の隣には、黒く焦げた人型?……
これは何だ?
……戦?
これは…
これは誰の記憶?
……ママン?
この子が?……ママン?
この黒いのは……誰?
ザンタス様?
それとも…リーネル様?
……小さい、ガリガリではないが、痩せた男の子が、
壊れた農具をママンに振り下ろそうとして…やめた。
この子も、涙を流して泣いている。
……そのまま両膝を地面に落として、ママンの服を握った。
ママンが何か話してる。
…男の子は、それを黙って聞いて、
少し笑って横に倒れた。
ママンが、男の子の手を握った。
男の子は…動かなくなった。
…背中に矢が何本も刺さってる。
よく見たら、この子も耳が長かった……
ちょっとすると、足を引きずった女の人が男の人を背負ってゆっくりやって来た……
白い髪を短髪にした女の人だった。
右の顎下から上に掛けて、パックリと酷い傷が入っている。
…顎の骨が砕かれているのが見えた。
この人の目も、もうダメだろう。
笑えばそれは美しい顔だと言うのが砕かれ血塗れでいようとも解る。
その酷く美しい顔を歪め、手に持つ弓を投げ捨てた。
背負った男を地面に降ろして、腰にある短剣を握り締める。
この人は…この人は…何を?
私は喪失感に駆られ、女の子…ママンに手を伸ばした。
短剣がママンに振り下ろされ…
何かの光の膜によって…短剣が弾かれた。
安堵したのもつかの間、ママンは胸倉を掴まれ立たされた。
女の人はママンを憎しみ込めて睨んでいる。
女の人…きっとイレーナ様だ。
じゃあ、あの男の人はザンタス様…
呆然としたまま、ママンがイレーナ様を見上げている……
イレーナ様は顔を酷く歪めて、残った左目から…涙をこぼした。
そして、ママンと一緒に崩れ落ちる様に座って泣いている。
ただママンは、ずっと呆然としたままだった。
これはママンの記憶?
これも、……私の所為なの?
なんだかシリアスさんが顔出してきたよ!