プロローグ
『ねぇ、人生やり直さない?』
突然、凛と澄んだ可愛らしい声をかけられた気がした。
うん?って思ってコーヒ牛乳(500ml)を飲むのをやめて、声が聞こえた右側を見ると、可愛らしい女の子が立っている。
髪も肌も服も真っ白で、青い瞳がとっても綺麗な10歳くらいの女の子だ
はて、こんな子は知り合いに居たかな?と思ってまじまじと女の子を見る。
顔立ちはパーツごとに均等に整っている、綺麗で尚且つ愛らしい。
まるで高価なお人形さんみたいに人目を引くので将来有望って感じ、…うん、羨ましい。
それにしても、こんな神秘的系の子ってご近所にいただろうか?
平凡な日本人顔をした私としては、この子の日本人離れした顔立ちは、…非常に眩しく感じる。
あれ?そういえば日本人に見えないな…青い目をしてる…外国人かな?
…うーん、もしや迷子とか?
それにしても何だろう、体も思考もポワポワする。
さっきから妙に変な感じなんだよね。
そう思いながら女の子を見てみると、
ドヤ顔で【わたしって凄いでしょう?フフンッ!】といった具合に不敵に笑い、私を見上げてきている。
そして、今か今かと期待のこもった眼差しも向けてくる。
…見つめられると相手が子供とは言え、ちょっとだけ恥ずかしい。
あっ、じゃあさっきの可愛らしい声はこの子…かな?
『……アレ?…ゴホンッ!…もう一回いうよ?
…人生やり直さない?』
うん、この子だわ。
納得した。
日本語使ってるから…日本育ちとか?またはハーフちゃんかな?
あっ、今はダブルって言うんだっけ?…まぁいいや。
それにしても…うーん、確かご近所に外国人の家族はいないし、違う地区の子かもしれないし…
最近引っ越してきたとか?だったとしてもやっぱり迷子かな?
ここから交番はちょっと遠い…どうしよう、こんな真夜中に…………あれ?真夜中?
ちょっと待って、なんか周り……明るくね?
…………………ファッ!??
呆然と止まりかけた思考が一気に動いて、脚に力が入り、バッと体が反射的に飛び上がった。
その拍子に左手に持ってたコーヒ牛乳(500ml)を落としてしまって、バシャッ!と汁気が飛び散る音が耳に入っる。
一瞬、ギャッ!勿体無い!とも思ったけど、それをグッと征する感情が高まって喉が詰まり、同時に隣の女の子がうわっと仰け反る気配を感じた。
でも、今はそれに構ってる暇はない。
言葉を発する事が出来ない、それにだんだんと酷く喉が乾いていく感じ。
今声を発すれば、間違いなく上擦った声になる。
私は今、信じられないものを見ているのだ。
目の前、視界いっぱいに広がる全てが『真っ白』だという事に頭が付いていかない。
さっきまで私はご近所のこじんまりした、しかも街灯の薄明かりしか無い薄暗い噴水公園にいたはずだった。
なのになんで?
夏なのに水が出ない噴水の縁に腰掛けて、コンビニで買ったばかりのコーヒ牛乳(500ml)の注ぎ口にストローをぶっ刺してちゅうちゅう飲んでいた筈なのだ。
……本当になんで?どうして??
そこはまるで、私の知らない真っ白な別世界で、只今脳内は混乱の最中。
だって、本当に…マジで意味がわからないよ。
見るからに不自然な現象に見舞われているし、この現象に頭が追いつかない。…頭どうかちゃったんだろうか?
冷静になれ、冷静になれば何かが見えるはず。
深呼吸を2、3回する。
私の頭は少しずつ落ち着いてきていて、暫し呆然としてから周りを、顔を動かして確認する。
うん、真っ白だった。
私の目の前の真っ白な世界は雪とか雲とかそんなちゃちなもんじゃないくらい真っ白で、…いや、雪も雲もちゃちじゃないけど、それらも白いけど、そう言う白じゃないのだ。
輝く白って言えばいいのか、うん、多分的を得ているはず、…ただ、ゆっくりと観察すればこれらがなんなのかわかるかもしれない。
まず、形を見よう。えっと、……家とアーチだね、家とアーチ…
何言ってるか自分でも分かんないけど本当それなんだよ。
さっきまで見慣れたアパートや、数は少ないけど桜の木だって、子供が遊ぶ遊具だってあったのに。
それが何故か、真っ白な家々が12棟もあって…
長方形の…言わば豆腐建築なわけなんだけども、1つずつある縦長の格子窓が縦に計3つ。三階建てみたい。
外国を思わせる佇まいなのに玄関扉は1つも無い風に見えて、その家々の間に12箇所の真っ白なアーチが家の側面に柱がくっついてる?みたいに見える。
あと、1つ1つデザインが違う、繊細で綺麗に装飾されたアーチもあればシンプルな柱みたいなもある。石?ツルハシとかハンマーとかでゴテゴテしてたり、あっあれに関してはなんか、手足のある変な生き物が重なり合ったオドロオドロしいアーチもある。
私のいる噴水を中心に、12角形になってるみたい、
それになんか、…なんか妙にリアルで、ハリボテ感で…
立体のある…まるで騙し絵みたいに感じる違和感ある景色。
そこにあるのに、まるで無いような…蜃気楼なのかな?
なのに、さっき座ってた噴水の縁の冷たさは本物だった。
噴水の縁を触るとやっぱり冷たい。
……アレ?でもこの噴水は見たことあるわ。公園の噴水だ。
ただこれも白い。やっぱ違う?別物?…まぁ、良いや。
おまけに石畳の地面さえ真っ白ってどう言うこと?
…てか全部が病的に真っ白すぎて、視覚からのインパクトが凄い。
何でずっと気付かなかったんだろう?…普通にコーヒー牛乳(500ml)を吸い飲みしてたよ。
それにしても長時間ここにいたら発狂しちゃいそうだった。
まだ、心臓がドキドキしているし、目もだんだん痛くなってくる…
呆然としながらも乾いた喉を唾で潤した。
そして、恐る恐る頬を引っ張ってみた。
…うん…痛い。
痛いよ、普通に痛いよ。
…………これは、…本格的にあり得ない事になっているみたいで…
私の体がやっと現状を理解したみたいで、血の気が消え失せるみたいに冷たくなって震えた。
もっと考えないと行けない、もっと考えないと駄目だ。
そんな感じで頭の中が叫ぶ。
考えなきゃ、考えなきゃ…
…まさか、さっきのコーヒ牛乳(500ml)に何かしらの薬が入っていたとか?…イヤイヤ、よりによって何故コーヒ牛乳(500ml)に仕込むの?
誰が何の為に?コンビニのバイト君?
そう言えば事ある毎に『コーヒ牛乳飲み過ぎッスよw中毒ッスww』って言われたような…
イヤイヤイヤ、そんな事するような子じゃないよ?バイト君…いや、バイト君のことコンビニ店員としか知らないけどさ…
なら…なにか?…頭イっちゃった?私はイタイ子だった?
…いや違うな、割と昔からイタイ子だったわ。
それとも本当にコーヒー牛乳(500ml)の飲み過ぎで中毒症状とか?副作用とか?…いや、コーヒー牛乳(500ml)は悪くない、逆に正義だ。
…と言うことは、実はリアルが最初っからここで、今までは夢でした的な?リアルマト○ックス的な感じだったとか?…
うん、…無意識に首裏を触ってしまったよ。
…ないないない、本気であり得ない!映画の見過ぎだって!本当にあり得ないよ!私イタイ子だ!
……待てよ、…日本の裏側に出てきたとか?
と言う事はブラジ…辞めよう…なおさら意味わかんなくなる。
と言うかブラジルにこんな所なんてあるのか?
…よし、落ち着こう。頭おかしくなってる、これアレだ、混乱の極みだ。考えることも大切だけど、ひとまず落ち着こう。そうだ!深呼吸だ!
深く吸ってぇ…深く吐くぅ…
吸ってぇ…吐くぅ…
………よし!何かしよう!
もう一度頬を引っ張る。
うん、痛いから痛覚はある。
手を握って開く。
白い掌が赤くなってく。
うん、血の巡りを感じるから大丈夫。
足を動かしてみる。
うん、動く。
目を瞑って開く。
うん、変わらない真っ白さだ。
うん、感覚はおーけーみたいだ。
よし、ならば少し過去を振り返ろう。
今日は仕事が休みで、自由だ!ヤッホーイ!我の時代や!ウヒョーー!!ってなってた。
新居の1LDKで一日中のんびりと、いつもの幼馴染とMinecr○ft、略してマイク○しながら談笑しつつコーヒー牛乳(1000ml)を飲み干した。…よし、覚えてる。
マイクラ終了と共にトイレに駆け込みお風呂に入ってから、また大好きなコーヒ牛乳(500ml)を飲み干して…うん、大丈夫だ。
そしてTSU○AYAで借りてたコメディー映画を横目に、トイレに何度か行ってからまたもや大好きなコーヒ牛乳(500ml)を飲んだ。
そうだ、上京して一人暮らしと共に親にねだって買って貰った自慢のセミダブルのマットレスベッド、その上に初任給で買ったトゥ○ースリーパーを引いた特性スペシャルベッドに派手にダイブした。
んで、その時に飼い猫のムシヤキを踏み潰しそうになったのは何時もの事で、フシャーってされた。
その後ムシヤキとゴロゴロしながらスマホをいじってて、コーヒ牛乳(500mlと1000ml)を切らしてたって思い出して、コンビニに行ったんだった。そんで、バイト君と雑談しながらちょっと時間潰して、帰り道に公園に寄ったんだ。
…よし、少し落ち着こう。
それに、深呼吸も忘れないよ。
感覚もある。
記憶もある。
ただ、急に見知った噴水公園から、知らない噴水公園?のところに転移?したって事かな。という事は魔法かなぁ?マフォーゥ…
やっぱり…非現実的すぎる。
例えば、何かしらの宇宙的エネルギー波のせいで時空が捻れたとして、……体がそれに耐え切れるはずない気がする。
うん、駄目だ。
こんなこと考えたら私、変になる。
………よし。
ならば、【リアルな夢】を見ている説ってことにしよう。
きっと私は眠ってしまったんのだ、噴水の縁で…それは見事に。
後ろに倒れたとして、噴水の中は空っぽだし、頭打ったとしても大丈夫だ。
お子ちゃま転倒防止のマットが引いてあるから、多分ある程度の打撲で済むはず。
大丈夫、心配するな私。今夜の気温はあったかいから、蚊に刺されそうだけど、致し方ないと思おう。
目が覚めたら良くて病院か、悪くてその場所か……希望と願いを込めて前者だと良いな。
…ただ、夢にしてはハッキリしている為、これは【リアルな夢】なんだと意識する。
……よし、何となく状況を把握したよ。
大丈夫、私はこの【リアルな夢】にて活動中なのだ。
大きく深呼吸をしてから、改めて周りを観察する事にする。
……うん、日本じゃない外国の噴水広場って感じ。
そうだね、フランスとかイタリアとか、南ヨーロッパの暖かい所だと思おう。
よく周囲を確認すると、分かりにくいけど真っ白な街灯もあった。
…街灯があったのか、…パニックって怖いね。
よく見れば、12箇所あるアーチの向こう側には上に続く……
うん、例外なく真っ白な階段があるようで、その先を見ようとすると。
……アレ?…見えない?
目を凝らすのに、段々とボヤけて視界が薄れていく。
まるで本当に霞んだ蜃気楼みたいな空間。
うん、…まぁ、リアルでも所詮【夢】だからね。
全部真っ白な世界なのに、真上を見上げると青空が広がっていた。
真っ白だと思ってたけど、…なんだ、青もあるじゃん…
その青さにちょっと感動して両目に片手を添える。
アレよ、泣いてないよ?目ヤニ邪魔だから取ろうとしただけだもの…
雲はなく、何処までも綺麗に澄んだ青空をしばしボーッと眺める。
…なんだか吸い込まれるような…空気も澄んで行くような気がするね、…あれ?…さっきどこかで見たかも。
…あっ、なんかさっきいた女の子の瞳の色と同じ青色だ!
なるほど、理解した。
足元の真っ白な石畳で砂埃もゴミも1つもない。
良く見ると、草も生えていないし虫もいない。
草も虫もいたなら…それらも真っ白なのかな?
…あれ?さっきコーヒ牛乳(500ml)落としたような気がするけど、…何もないね。
なんかさっきの事なのに記憶が曖昧だ。
…でも当たり前か、【夢】だもんね?
規則正しく並んだ家々とまばらなアーチ、完璧とも言える輝く白。それに、澄んだ青空。
白と青の対比の、そんな非現実感が【夢】だと教えてくれる。
本当に真っ白で真っ青で…不思議だけど綺麗な、リアルな【夢】だなぁって思う。
そう、これは【夢】なんだもんね?
段々とぼうっとしてくる感じが妙に……
…あれ?…最初もこんな感じだったかも?
『ねぇ?さっきからパニクってるみたいだけど…大丈夫?あとさ、さっきからわたし結構話してるけど全部聞いてなかったよね?…いや、現実逃避してるから聞いてないか。ねぇ、人生やり直そう!これ結構重大だよ!ねえ!聞いてる?!』
女の子が私の顔を覗き込んだ。可愛い可愛い。
頭を撫でようとすると右手を叩き落とされた。
そして、女の子は一瞬、ヤバイって顔をする。
体の中の何かがごっそり削ぎ落とされる感じがして、どっと疲れが出る。
うーん、なんか疲れた…おてて痛い、なるほど、これは現実に近い【夢】ってやつか。
にしても、なんか清々しい…殺風景で無機質な感じなんだけど、…飽きるようで飽きない。
何もないようで何かある…そんな不思議な雰囲気を漂わせる空間で、何故か心地いいと感じるようになってくる。
そう言えば後ろの噴水に水が張ってあるのに、音が聞こえない。
水の流れや動きはあるのに。
でも、それも面白いと思うのはなんでなんだろう?
それに、夢を見るのは久し振り。
お婆ちゃんの夢を見た以来かも……光がキラキラしてポワポワしてふぁぁあってなる。
とっても気持ちがいいや。
あっ、この現実っぽい【夢】を受け入れたからかな?
『ああっ!待って待って!昇天しちゃう!ごめんね強く叩いて!今回復させるから!』
隣で焦った顔をする女の子はとっても可愛い。
私も結婚したら子供が出来てお母さんか…良いねそれ。
無理に左手をにぎにぎされる。おてて小さいね可愛い。
私は右手を伸ばし、女の子の頭を撫でる。
……あれ?…なんか右手が変、手のひらに感覚が無い?
『もう!焦ったじゃん!いや、叩き落としたわたしが悪いんだけど…あっ!ちょっとしっかりしてよ!せっかく直々に選んで招待したんだからさ!本当にマジで人生やり直して!』
招待?……招待…ああ、招待か。
幼い頃に誕生日パーティーにお呼ばれされたっけ?あの頃は楽しかった。
箸が転んでも面白い時代でね、晩まで遊んで親に怒られて…
でも高校に入るとそんな事もなくなっちゃったよ…
そうだ、誕生日パーティーの帰り道でムシヤキと出会ったんだった。
ダンボールの中で蒸し焼きになってる…蠢く小さい黒毛玉にびっくりして飛び退いたら、その拍子にすっ転んで、それにもびっくりして大声を出したんだっけ…幼心にショッキングだったけど、今思えば運命だったと思う。
今じゃふてぶてしくて、呼んでも耳が動くだけだし、オモチャで遊んでも反応しないお爺ちゃん猫になってしまったけど…
流石にムシヤキって名前は酷かったなって思う。
子供の容赦無さって怖い…まぁ、幼い時の自分なんだけど。
『もう!そうじゃなくって!お願い現実を見て!その手に持ってるの何!』
……手?
不意に女の子を撫でてた手を見ると、ハガキサイズの白い紙を持っていた。
アレ?さっきまで持ってたっけ?
…まぁ、【夢】だもんね。
でもこのハガキ…何処かで見た様な……
『そう!それよ!わたしがあなたに送ったやつ!もう!ぽゃぽゃしてると怒るよ!』
ぽゃぽゃ?うふふ、ぽゃぽゃぁー。面白い。
『はぁ……しょうがない、ちゃっちゃとやるかな…えーっと。ねぇ、人生やり直すならさ、どんな人生がいい?ちなみにどんな人生でもいいよ、なんでも叶えてあげるから』
人生?……どんな人生?
うーん、そういきなり言われると難しいなぁ、人生ねぇー。
あー……お婆ちゃんみたいに田舎でのんびり過ごしたいかな。山菜とりに行きたい、タラの芽うまいよね。
『ふむふむ、田舎でのんびりね…山菜をって…えぇ!?
そんなんで良いの?!…例をあげるとしたら勇者になって世界を救う!とか、悪役令嬢からの成り上がり!とか、魔王になって世界制覇!とか…
ハガキに書いてる通り当選者は自由に設定出来るようになったんだよ?!……いやっ……でもそっか、まぁそうだよね?…人それぞれだもんね?
良し!大丈夫大丈夫!まぁ、あたしの欲しかった理想と違ったけどいいや!なんてったって初仕事だし!ヤガミマユさんはこの度限りの特別枠って事で中々に良いポジションに置いておくよ!うんうん!』
女の子は興奮しながら早口でまくし立て、いつの間にか持っている落書き帳に、12色のカラフルなクレヨンでササッと何かを描き始める。
私は女の子の手元を覗き見るけど、ボヤけて良く見えない。
ええっと、何だろう。
私の考え方は駄目なのかな…?
駄目なんだろうか、不安だなぁ。
『いや、特にダメじゃないけど…ねぇ、その田舎でのんびりってどんな風にのんびりとか考えてる??』
どんな風?…どんな風って言われると困るなぁ。
でもまぁ、のんびりかな?…あっでもこんな感じが良いな。
ムシヤキが膝の上で寝ててね…綺麗な湖を見下ろせる秘密の草原があって、その場から自分が暮らしている湖畔沿いの村や田畑、森や川が見えて、自然豊かでさ、人間関係の良い田舎に住むのよ。
ハーブとか畑とかしながらゆったりのんびり暮らしたいなって。
のどかな風景を楽しんで、そして楽しそうに遊ぶ自分の可愛い子供とか…あっ!孫とかでも良いね。
…その後に優しくて強くて素敵な旦那様が荷物を持って、何時も少し遅れて来て「ごめん、待ったかい?」って言うのよ。
私は「大丈夫よ、貴方こそ大変だったでしょ?いつもありがとう…」チュって…もう羨ましい….歳を取っても仲良し…
村一番のおしどり夫婦って感じで、家族みんなの仲が良くて幸せに生きるわけよ。
はぁ…憧れるなぁ…
冬は暖炉の前で羊の毛で編み物したり、読書をしたり…
春は穏やかな湖を見ながらウッドデッキで、旦那様はコーヒーを飲んで、私はその隣でコーヒー牛乳を飲んで、ムシヤキはミルクね。
最終的に子供達や孫達は独立して、いつの間にかその子供達とかが遊びに来るのよ…でも、最終的にはみんな田舎に帰ってきてね…はぁ、なんて素敵な老後人生…いや、隠居人生か。
…ああ、マジで素敵…
夏は家族みんなで海に遊びに行ったり、花火を見たりするの。
秋はみんなで森の実りや畑の収穫をしたりして、さつまいもや栗のスイーツを楽しむってわけ。
家族みんなでその時の季節を楽しむのも大切だねぇ。
実りある豊かな暮らしと豊かな気持ちで日々を生活したい…
ああ、すっごい理想論だなぁ。
今の時代でそんな事やってられるのは、お金持ちで、最終的に心に余裕がある人だけだよね…ああ、羨ましい。
『おっおお、いっぱいあるね…要は豊かな大地にて幸せな家族を築くって事?』
そう言われてしまうと、なんだか恥ずかしさが込み上げてきた。
夢とは言え、こんなに小さい子に願望と理想をなに語ってんだか。…ああ、…恥ずかしい。
でも、あれよ?私の願望と理想だからね?現実と夢は別物…相場は最初から決まってるから、そうは問屋が卸さないってのも知ってる。…うん知ってる。
そんなことを思ってると。女の子は顔を上げて私を見つめる。
何故かドキッとする。はぁ、本当綺麗な子って罪…
『はいはい、んで…今の自分の姿って好きな方?それとももっと違う風に変わりたいとかある?』
顎に手を置きながら絵を描くスタイルに入った女の子。微笑ましく思うのは歳のせいでは無いはず、そういえば最近のご近所のお子ちゃまトリオにコーヒー牛乳のおばちゃんだって言われたなぁ…ああ、ツライ。
コーヒー牛乳はまだ良いとしておばちゃんは無いよ、私今悲しくなった。
でも、そうだなぁ…美しくって思うけど、美しくなった分だけの苦労が身に着いて来るって事なんだよね。
それは憧れるけど、私には合わないな。
ゴロゴロしてたい派だからね。
やっぱり、今の私も好きだけど…今よりもっと綺麗で素敵な人にはなりたいなぁとは思っちゃう。
あっあと体重少し減らしたい。切実に。
『なるほど、今のままよりは綺麗で素敵っと…体重はどの世界でも悩みの種だよねぇー、……良し、体型が変わらない感じで体重維持っと!
…ねぇ?持ち物で、常に持てるとしたら何を持っていたい?』
持ち物?そうだね。
……うーん、難しいかなぁ。
でも、強いて言うなら保険書かなぁ?病院に行く時に困らないし、身分証明書にもなるし住所も書いてあるからね。
『ホケンショ??えっと、……ギルドカードの事?』
…うん?…何カードって言った?
『ギルドカードだよ。ギルドカードがあれば、現金を持ってなくてもどこのギルドでもお金を引き降ろせるし、どんなお店でもカード払いが出来るし、何処に行っても身分証明書にもなるから他国に観光とかで行ってもそのまま使えたりするよ。
Cランク以上のギルドカード保有者なら、どんな種族でも教会に連れて行けるんだよ。それに、本人とその家族以外は使えないからすっごく安全なものなの、凄いでしょ?
それにギルドには結構種類があってねぇー、産業だったり工業だったり商業だったり、まぁヤガミマユさんはそんなカード必要ない様な身分にはしてあげるから。…そうね、…便利そうなの持ってたほうがいいよね…。
…その、さっきは手をは叩き落としてごめんなさい。』
女の子は申し訳なさそうに項垂れちゃった。
え?…んふふ、ぜんぜんいいよぉー、子供にペチンされたくらいでどうって事ないって、でも…心配してくれてありがと。そんな顔しないでよ、綺麗で可愛い子なんだから笑わなきゃね。
『…ありがとう。あのね、…
わたし達の前の先代達はね、厄介ごとを沢山放置して逃げ出してしまったの。わたし達の世代は沢山頑張ったの、この世界はより良い方向に向かってるんだって、そう思いたいの。
だから、その……頭、撫でてくれる?』
私はうんうんと相槌を打つと、女の子の頭をなでなでする。
ふわふわしてさらさら、…あれ?手の感覚が戻ったみたい?
女の子は肩を震わせた。
…あっ、あれ??泣いちゃった?
『…えへへ、大丈夫。…なんか昔…ママのこと思い出しちゃった』
えっと、…ごめんね?たくさん撫でてあげるね?
ほら、私ママにはなれないけど、コーヒー牛乳のおばちゃんだからね、へへ……
『…こーひーぎゅうにゅう?何それ?』
コーヒー牛乳しらないの?コーヒーと牛乳が合わさって、神様が作ってくれた神聖な飲み物なの、甘くて深みがあって口の中にずっと残って美味しいんだよ。
…あっ、ねぇねぇ絵は描けた?
『うん、…でも最終的にヤガミマユさんが好きなように今後の人生を謳歌したら良いよ、頑張ってください!
…えっと…その、私はいつでも見てるから、何かあったら教会に来てくれれば良いし…あっ!…そっか、…忘れちゃうんだった…』
えっと、うん、ごめんね?教会もちゃんと行くよ、私は仏教徒なんだけど、熱心に信仰してはないし、神社にもよく行くし、結婚式は教会でって決めてるからね?私、ちゃんと君に会いに行くよ!
『っ!…ありがとう!…わたし、しっかりしなきゃ!
…ねぇ!さっき自分とは違う生き物の話ししてたよね?えーっとヌキアシ?フシブシ?』
ムシヤキね。ムシヤキは私の猫なんだよ?あとすっごく可愛いんだよねぇ。
昔っからずっと一緒にいるの、もう家族みたいなもんかな?
『成る程、そのネコ?でずっと一緒にいる家族の…ムシヤキね?』
そう、今は老猫で大人しいんだけど、昔はそりゃヤンチャでね。
カーテンとソファーは毎回ダメになってやばかった。
まぁ、家の柱や壁でやらないだけ凄く良い子(多分)なんだけどね。
『了解。ものをすぐにダメにする生き物か…ん、なんと無くどう言う生き物か分かったわ。
…12のアーチの道があるんだけど、直感で良いの決めてみて?』
私は立ち上がってぐるりと周りを見渡す。
崩れ掛けのアーチからアーチを1つづつ確認する様に見る。
……あっ、あのアーチ良い!シックで落ち着きながらもどっしりしてて、お花や植物や動物で飾られて可愛いかも!大きな木のレリーフも素敵だし。
あのアーチがいいね!そう言って指差す。
……あれ?指を差したはずなのに…腕を上げた感覚が無い、不思議に思って腕も手も見える。
ちゃんとあるのに…何だか透けてる様な気がする。
…あれ…なんで?
『うんうん!ヤガミマユさんはそのアーチを選ぶと思ったよ!…はい!コレ!向こうに着くまでちゃんと持ってるんだよ?いろいろ便利なオプションもつけてあげたからね!後でムシヤキとも合流できるし、前の世界でのヤガミマユさんの情報は消えるけど心配しなくても大丈夫だよ!』
うん??ムシヤキと会えるのはいいけど、オプションって?それに私の情報って?
お絵かき帳を渡されたので、一先ず表紙をめくってみる。
やっぱり絵はぼやけて見え無いけど、この女の子が一生懸命に描いてくれたのだから両手で大切に持った。
何だか腑に落ちないことの方が多いけど、女の子は嘘をついてる風でもない。
『あっ!そうだった!これ飲んで!』
そう言って女の子が渡したのは真っ白なマグカップ。
中にはお水が入ってるけど、キラキラ光ってる。
これは何だろう?普通の水にしてはキラキラしすぎだし、発光してるのが怪しい。
でも、すっごく良い香りがする。
『この噴水のお水!飲んだらヤガミマユさんに似合った力が授かる様になってるの!コレ考えたあたしって凄いでしょ?!』
私はその誇らしげに背伸びをしたような女の子の仕草が可愛く見えてしまいくすくす笑う。
そう言えば喉が渇いてた気がするから、ありがたく飲む事にしよう。
ゴクゴクと飲み干せば、濃厚な甘みとその後に来る透き通るほどの清涼感、最後に少しの渋みがあったけど程なくして、それも消える。
特に体には変化はなく、少しだけ内側がポカポカしたくらい。
面白い飲み物だけど、何故かもうお腹がいっぱいになってしまった。
不思議飲料水だ。…まぁ、コーヒー牛乳には劣るけどね。
でもなんか楽しかった!こんなに喋ったの幼馴染以外に居ないからなぁ、……えっと、そういえばこの子の名前知らなかったわ、なんて名前なんだろう。
綺麗な子だし、ここであったのも運命だし……あれ?ここって【夢】の中だったっけ?
『あっ…そうだった!そう言えば名乗るの忘れてたね』
そう言って女の子はにっこり笑う。
………あれ?………そう言えば何で会話が成立してるんだろう?
私、さっきから口を動かしてたっけ?
そう思い口を動かしてみる。
……感覚があやふやで動いるのか分からない。
それに、この子は……誰?確か迷子だった様な?
『あたしの名前はテルシェーマ!
このファンタジー溢れるアンテースの世界を統べる十二神の内の一神だよ!そこんとこよろしくぅー!!』
うん、よろし……
…はっ?え?…え?…神…様?……え???
『じゃあ、私の初仕事!当選者第一号のヤガミマユさん!
貴女の新たな人生の旅立ちに!!カンパーーイ!!』
そう言って、女の子は日本のお店で見た事のあるシャンパンボトルを振ってポンッ!!とコルクを飛ばし、中身を天へと解き放った。
そして左右前後から聞こえるクラッカーの音や、色とりどりのカラフルな紙吹雪。
テルシェおめでとー!と言う幼い子供達の声や、マユさん頑張ってねぇー!などのキャッキャする子供達の声を聴き。
私はニンマリ顔の自称神様の可愛い女の子、テルシェーマちゃん?にシャンパンをぶっかけられ、視界が光に包まれる感覚に襲われた。
一瞬の出来事なのにスローモーションの様に見え、それがまるで懐かしいなぁ、と言う感覚になる。私は呑気になんでだっけ?と思って、嗚呼、成る程…と納得した。
うん、確かに。
あの幼馴染の誕生日パーティー…シェイクされた炭酸ジュースをニンマリ顔でぶっかけられた時は、こんな感じにクラッカーが鳴り響き、カラフルな紙吹雪が舞ってたなぁと…。
その後、私の意識は真っ白な空間に落とされた。
これが私、夜神繭の失われた記憶の一部である。