021/-024/
021/
姿かたちの消えた豆電球の居た位置から視線をはなして、私はゲーム内掲示板を開く。
検索をかけるとすぐに条件に合う相手が発見できた。のだが、正直言えばランクが上で、レベルの低い相手のうち、どの相手を選べばいいのかがわからない。
おちゃらけた名前でも、レベルが低いのに私よりも断然ランクの高い相手。連勝記録こそないものの、ランクが高い相手。連勝が二桁に達しているのに私より少し上のランクの相手。
一覧を眺めていると、ウェアラブルコンピュータにショートメッセージが受信され、一旦ゲームを離れる。
『Hikari:対戦相手に悩んだら、調子の悪い相手を選ぶべし』
ひかりからのアドバイスだった。見計らったかのようなタイミングで送られてきて驚いたが、誰もが通る道なのだろうか。
課題の邪魔にならないように返事はせずにゲームに復帰する。
「連勝記録は除外で、負け越し中の相手か・・・」
検索をかけると10人程度のプレイヤーが残る。とりあえず、上から体当たりでいくことにする。
選択したプレイヤーは「フローレス=サファイア」。
選択してすぐに転送が行われた。身体が宙に浮き、次の瞬間には再び足に地面の感触。円形のフィールドのようだが、前とは異なり壁状の遮蔽物が点在している。
しかし、初期の立ち位置はお互いの見える位置らしい。カウントが開始される。準備時間の60秒のカウント。
「フローレス=サファイア」は女性アバターで、金髪碧眼。防具はこのレベル帯では下位の物だ。作業着のつなぎのような一体型のスーツに両膝、両肘のみの防具で胸元は大きく開いており、アンダーウェアが見えている。
腰に吊るされたオプションから、銃系の武器特有のマガジンがセットされている。武器自体は背中側に下げているのか、共通のトリガーユニット部分しか見えていない。
ひとしきり観察を終えると、フローレス=サイファイアと目が合う。
「フローレスです。お手柔らかによろしく」
真っ赤な口紅で柔らかな笑みを浮かべるが、その名前のような碧眼は少しも微笑んでいない。まるで氷の眼差しという感じ。
「月影です。よろしくお願いします」
軽く礼をして、杖を抜く。カウントが10秒を切っていた。
1秒か、それ以下、ほぼゼロになったタイミングでフローレスが武器を抜く。コール無しの単純射撃。
そのあまりの速さに反応できず、弾丸をたっぷりと喰らってしまった。一気にライフポイントが半分にまで減る。
遮蔽物まで走っていたらライフがゼロになってしまう。そう考え、ショートカットを左入力。トリガーを引いて「ソニック:アボイド」を使用。ダメージを受けている状態で蹴りだした方向に一気に一定距離跳ぶスキルだ。
向かって右側の遮蔽物の陰まで跳躍すると、すぐにショートカット右入力。トリガーで「ヒール:インジェクション」を使用。
徐々にライフが回復する。8割ほど減っていても全回復するのだが、一気に回復できるわけではないので使用にはタイミングが重要だ。
相手の武器は拳銃型の武器だった。コールなしでもかなりの火力で、もしかしたらコール自体セットされていないのかもしれない。
遮蔽物から相手を確認すると、複数ある遮蔽物から遮蔽物へと移動しているようだ。足音が近づいてくる。
ここから直接攻撃することはできそうにない。フローレスが次に入る遮蔽物は恐らく向かって右。円形フィールドを外側から回り込んで攻撃してくるようだ。
「地を焦がせ、地獄の炎『ラグ・インフェルノ』」
自分のいる位置から右方向の遮蔽物に向けてラグ・インフェルノを放つ。照準は壁に当たってしまうが、その場所を基点に地面に広がるので向こう側にもダメージ範囲が展開される。
が、予想進路とは違いフローレスは左方向の遮蔽物へと走っていた。走りつつも、攻撃のために出していた右腕を射抜かれる。
一撃だけだったが、ライフポイントが減少。まだヒール:インジェクションの効果があるので回復し続けているが全回復するかは微妙だ。
徐々に追い詰められている。打って出なければ――負ける。
022/
迎え撃つ形では負ける。ただし無策で突撃しても早撃ちに射抜かれて負けだろう。
相手が次の遮蔽物に移ったら、お互いの壁の間には何もない状態だ。壁越しの撃ちあいでは分が悪い。どうにかして間合いに入って、剣での攻撃を行いたい。
そう思っている間に、フローレスは障害物間を駆け抜け、左斜め前の壁の陰に身を潜めた。
障害物の左端から相手に向けてコール。
「空を切り裂く、炎の剣よ!『フレイムブレイド』」
楔型の炎が壁の向かって右端に突き刺さる。と、同時に壁の左端からフローレスが跳び出した。
単純に壁端からの撃ちあいになればラグ・インフェルノを使用すればライフを削ることができる――と考える。それを見越して回り込んでの突破を狙ったのだろう。遮蔽物は一定方向にしか防御を行えないようになっている。周りこまれたら身を隠す場所は無い。
「闇に似て漂い、宙を閉ざせ、霧の檻『ブランクスモッグ』」
相手との間に煙幕を張る。とほぼ同時に走って回り込んでいたフローレスが煙幕に突っ込む。
杖で戦う場合はここで退避して別の遮蔽物に移動するところだろう。それを見越たフローレスのコールが煙の中から聞こえる。
「影は這い、逃れられぬ鏡『シャドーチェイス』」
煙から一直線にこちらの場所まで影の線が伸びる。恐らく名前の通り追跡を行うためのコールだろう。遠くまで逃げられたときのための保険だ。
しかし、それに意味は無い。
静かにその場でショートカットを入力。上を入力してトリガーを引く。武器が換わり、「バーバヤガーMk-IV」が「グラディエーター13」に。
煙から金髪の女性が跳び出す。煙から出た瞬間を狙われないようにか、回避スキルを使用して加速状態のようだった。
結果的には私のいる障害物の右後の障害物近くまで移動して、止まる。そしてそのタイミングで攻撃が当たるように、私は走り出していた。
剣にセットされているスキルで一番遠くに届くのは――
「爆ぜよ! 暴風の嵐『ショックボム』!」
剣の先端に辺り判定のある「ブラストフック」よりも、先端から球形に判定のあるショックボムを選ぶ。
フローレスは回避スキルで身体が停止した瞬間には私が場所を移動していないことに気付いていたのか、すぐに後へ向けて左手の拳銃を向けていた。
だが、その左手が「ショックボム」の範囲に入り、ダメージを与える。追加の麻痺効果を期待したが、左手の拳銃は弾丸を排出。私の右肩を貫通する。
身体を反転させたフローレスに対し、更に踏み込んでコール。
「瞬け『閃光』、刻め『ダブルスライス』」
出の早い逆袈裟、左右の斬り払い。ライフは削りきれていない。伸ばされた左腕の下にもぐりこむが、右手の拳銃がこちらの腹部を撃ちぬく。
コールを使っている時間は無い。通常攻撃を斬り払いからの返しの刃で行う。
こちらのライフがほぼ無くなった状態で、フローレスは崩れ落ちた。
ファンファーレが周囲に響く。メッセージログが更新された。
『月影晶さんがプレイヤーバトルに勝利しました!』
023/
心臓の音が聞こえる。バクバクと激しく脈動する音が耳元にして、私は一度ゲームをオフラインする。
部屋の天井を見上げて、木目を見つめる。浅くなった息を無理やり深くし、深呼吸をする。
ぎりぎりの戦いだった。私は一瞬、「いつもどおり」を選びそうになった。決められた連撃でいけば防具のグレードから見て軽く倒せる相手だった。しかし、それをしていたら連撃が終わる前にやられていた。
頭の片隅にあったひかりの言葉を思い出す。「余裕がなくなると無理にでもマニュアル通りにやろうとする」だ。その通りだった。
慣れは行動の早さをもたらしてくれるが、逆に危機を招くこともある。今回対戦に用いる「二択を用意」と「慣れからくる油断」を身をもって思い知る。
「二択」で言えば、相手が迫ってきた状況で、「突撃する」か「退く」か。何も考えずに戦っていればどちらかを選んだだろう。
「慣れ」は安易にコールによる連撃を決めようとすることだ。通常攻撃を織り交ぜることも考えなければ、この先もっと追い詰められた場合に対応できない。
数分間そんな思考をして、堂々巡りになったところで私はそのまま眠ることにした。
夢。
つまらなそうな顔をした不良生徒が、集計用紙に文字を書き連ねる。
「つまらなそうな顔してんね」
机の反対側から、そんな言葉を私に投げる。
「楽しい作業ではないでしょう」
私もアンケートの結果を集計用紙に文字を書いていく。喧嘩を咎められた井出ひかりは罰として生徒会の手伝いをさせられていた。ようは面倒ごととして私におしつけられたのだ。
「いや、『いつも』つまらなそうな顔してるって、意味で」
この無駄な会話に何の意味があるのか。私は無視して、作業に戻る。すると、机の反対側で手が止まっていたので注意しようと顔を向ける。
「終わったけど、そっちは?」
手際が良いのか、井出ひかりは既に作業を終了したようだ。
「終わったのなら、帰れば良いでしょう」
「いや、あんたの手伝いでいるんだから、あんたが終わらないと帰れないじゃん」
そう言って私の分のアンケート用紙を下から引き抜いて、集計を再開する。
私は再び自分の作業に戻ると、数分後には作業は終了した。
向かい側ではそれを確認したのか、茶髪の不良は腕を振り上げて大きく伸びをする。まるでネコのようだ。
「さてと、終わったことだし、ゲーセンにでも寄ってく?」
何のつもりなのか。その台詞に私は唖然とする。
「なんで、私を、誘うの・・・?」
やっとのことでそう問うと、私は不良少女の顔を見る。実際、見るというより睨むといった感じ。
「さっきも言ったじゃん、つまらなそうな顔してるって」
睨み返す感じではなく、穏やかな顔でそう返す。
「もうちょい気楽に生きてもいいんじゃない?」
そう言って、にっこりと笑う。屈託無い笑顔。
それが初めて見る、ひかりの素顔だった。
024/
朝。5時55分。目覚ましをオフにする。
ウェアラブルコンピュータを装着したままだったのを思い出し、それを枕元に置いて着替える。
髪の毛を整えて再びウェアラブルコンピュータを装着して自室を出ると、ダイニングキッチンには寄らずに家を出る。
昨日よりも寒く感じる外気に深く息を吐く。家を出てコンビニエンスストアに立ち寄る。
今日は外に出ても不良少女が現れなかったので、そのまま登校することにした。昨日の課題がなかなか終わらなかったのか。元々特に待ち合わせをしているわけではないのだ。
ただ、独りで登校するのは久しぶりな気がする。
「化生さん、おはようございます」
歩き出して数歩で、背後からそう声をかけられた。
「本当にお早いですね」
その声に振り返ると、声の主は中硝子さんだった。マスクをしていて一瞬誰だかわからなかった。
「おはようございます」
私がそう返すと、笑顔で私の隣まで歩いてくる。
「寒いですね、息で眼鏡が曇るので、困ってしまいます」
そう言うと、眼鏡を外してこちらを見る。
「網膜ディスプレイが合わない体質でして、視力は良いのですけど」
「そうなんですね」
緑がかった虹彩でこちらを見つめられ、私は歩きだす。隣でも中さんが歩き出す。
「今日は、井出さんはご一緒じゃないんですね」
どきりとして、一瞬足を止めそうになるが、私はそのまま歩き続ける。
「それが、何か?」
歩きつつ、返答する。別に隠すつもりはないのだ。
「やっぱり、お友達なんですね」
一体何の意図があってそんなことを聞くのか。生徒会の人間が不良生徒と係わり合いにあるのがいけないとでもいうのだろうか。
ひかりは勘違いされがちだが、不良などではない。それに、私たちの関係をとやかく言われる筋合いもない。
「ひかりは私の友人です。それで都合の悪いことでも有るの」
校門が見えて、私は足早に振り切ろうとするが、腕を握られて、歩みを止める。
「紹介していただけませんか! 私、ファンなんです」
硝子が声をあげた。
私は何が何だかわからなくなり、唖然とする。
「『ランカー:ブラックスミス』第二回ハンドレッドランカー8位入賞、『インカンデスント・フラッシュ』、井出ひかりさん」
聞き慣れない単語の羅列の最後にひかりの名前が入って、やっと彼女がひかりのファンなのだと理解した。
「お願いします。紹介してください」
そう言うと、中さんは私の腕を放して、頭を下げた。
数秒間、私は再びあっけにとられ、彼女がくしゃみをして我に返る。
「とりあえず、校内に入りましょうか」