016/-020/
16/
午後の授業を終えて、私は帰宅すると課題をさっさと済ませて夕食までゲームにオンラインしようかと思ったが、やめておくことにした。
先日、熱中しすぎていると注意されたばかりなのだし、正直少し気分も良くなかった。
昼食時に中硝子に言われた言葉を思い出す。
『化生さんは井出さんと交流があるんですね』
別にひかりと友人関係であることが知られるのが嫌だとかそういうことはなかった。ただ、すぐに肯定できなかった自分に嫌気が差した。
本当に私はひかりのことを友人であると感じているのか。だとかそういうことを考えてしまった。その思考自体と、その場でひかり自身と一緒にいない自分――中さんたちと昼食を囲む状況。ともすれば、若干の陰口にも似た言葉に吐き気を催した。
今、ランカー:ブラックスミスでひかりのアバター『豆電球』と会ったとして、どんな顔でどんなことを喋ればいいのか。
そこまで考えて、思考を切り替えるよう努力する。
明日、出席すれば明後日と明々後日は休日なので、明日はなるべく何もおきないようにしたい。
明日の支度をしながら私は考え付く限りのパターンをシミュレーションしていく。朝、登校するときどうすれば良いのか。登校してから何をすればいいのか。授業を受けて、昼食をどうすればいいのか。生徒会の仕事で何を終わらせなければならないのか。
数秒でその思考は途切れる。電話のコール音がして、私は応答する。
「もしもし」
定型句を発することにより、ウェアラブルコンピュータが電話を接続した。
「もしもーし、今日はどう? ゲーム、プレイできそう?」
相手はひかりだった。私は反射的に電話に出てしまったので、若干返答に時間を要した。
「・・・あ、うん。もうすぐ夕食だから、食べてお風呂に入ったら、オンラインするつもり」
言い切って、細いため息を吐く。ため息はノイズとして処理されるだろう。しかし、そのため息で私は私を混乱させる。私は、この連絡を嫌がっているんだろうか。なんでこのタイミングで、なんて思っているんだろうか。
「おっけー、じゃ、後でね」
さっぱりとした口調でひかりが電話を切る。そのことにうじうじと考え込む自分が嫌になりつつ、時間を確認すると、部屋から出て、廊下を移動し、階段を降りる。
昨日のようなことはなく、私はいたって「普通」に振舞う。私の態度に母は文句を言わず、夕食を終えた後に私がお風呂に入ることを告げると笑顔で返答してみせた。
風呂場で私はシャワーを浴び、髪の毛と身体を洗うと、浴槽に浸かる。
天井を見上げて、思考を整理する。現状、最も解決しなければならない問題とは何なんだろう。
そして、一番に私の頭に浮かんだ言葉は「順位を上げなければ。」だった。
その短絡的な思考に少し笑ってしまう。実際、吹きだしてしまった。たしかに母の言うとおり、私はゲームに熱中してしまっているようだ。
ひかりに会ってどんな顔をしようなどと考えていた自分が馬鹿らしく感じる。ゲームで会ったら、ゲームの話をすればいい。
017/
お風呂からあがると、私は一目散に自室に戻り、ウェアラブルコンピュータを装着する。
部屋の電気を消し、ベッドに横たわってゲームをオンラインする。
昨日オフラインにした場所から寸分たがわず立ち尽くした状態で、月影晶としてランカー:ブラックスミスの世界に没入する。
フレンドオンライン状態を見るとソイの名前は灰色で表示されていて、オフライン状態だった。
呼び出すつもりはないので、そのままウィンドウを閉じてステータス欄からランキングを表示した。
15,531位。一日で7位も落ちている。プレイしていなければその分落ちるのは当然で、刻一刻と順位は変化する。
猶予は今日を含めて残り4日間。日曜日の深夜12時までに順位を一度でも上位のランキングに上げなければならない。変動する一時間の間に買い戻ししなければ「エッジ:グリームネイル」は他人の物になるだろう。
となれば、今すぐにでも動き出さなければならない。とはいえ、移動するとかそういうことではない。武器を調えなければならない。
自らのステータス欄から装備ウィンドウを呼び出し、「グラディエーター13:o4s2」を選択。空欄になっているオプションスロットを選択すると所持品の中からオプションユニットを選択する。
装着したユニットはスロット2個を必要とするコールで、「ショックボム」。二節の詠唱で発動し、爆破攻撃を行う。多段攻撃判定を持ち、なおかつ麻痺の低確率で状態異常効果を発生する。
そして今度は「バーバヤガーMk-IV:o3s1」――名称が変わっているのは昨日ソイに借りたオプションが装着されたままだからだ。――を装備ウィンドウ表示して、オプションスロットから「アイシクルランス」を選択し解除する。
名前の表示が「o2s2」に変化。装着するのはスロット2個を使用で「ブランクスモッグ」。一定範囲内に煙幕を張るコールだ。コールによっては毒を付与したものなどもあるが、このコールは視界をさえぎるのみ。
武器が完成して、ショートカットを設定する。普段はキー入力八方向に全てショートカットを振り分けているが、入力ミスを無くすために上下左右の四方向に変更。
上方向に武器変更、右に回復アイテム。回復アイテムは現在使用できる最高の物「ヒール:インジェクション」に替える。左には緊急回避スキル「ソニック:アボイド」。下には遠距離コールを一時的に防ぐ「ロングレンジ:ブロック」を設定する。
本来なら近距離コールを防ぐ「クロスレンジ:ブロック」をショートカットに入れるところだが、ショートカットの数と今回の戦法を考えると使用しない方が無難だろう。
設定が終わると同時にソイがオンライン状態になり、目の前にアバターが表示される。どうやらあちらも昨日からプレイしてなかったようだ。
「おっす。いろいろと設定は完了した?」
「まぁね。あとは対戦相手を見つけるだけってところかな」
武器を杖に持ち替えてから手元のキーを入力して各種操作を行って確認する。
「練習する? とりあえずの連携確認だけになっちゃうけど」
ソイの言葉に私は頭を振る。
「身体に覚えさせると逆に癖がつくからやめておく」
「あぁ、確かに晶坊は余裕がなくなると無理にでもマニュアル通りにやろうとするからなぁ」
納得したというように、わざとらしく大きく頷く。
全くその通りで、モンスターを倒すときにも、とっさのことに対処できずにそれまでと同じルーチンパターンで戦ってしまい痛い目を見ている。
「よっし、それじゃマッチングバトル、いってみようか!」
ソイが乗りノリで右腕を振り上げた。
018/
マッチングバトルはオンライン中のプレイヤー同士がバトルをするための方法の一つだ。
バトルは通常なら目の前の人間にバトルの申請を行い、相手が同意した場合に行える。
それに対してマッチングバトルはゲーム内掲示板で待機しているプレイヤーに対し、挑戦するプレイヤーが申請を行えば対戦が開始される。待機している側のプレイヤーも条件を設けているので誰彼構わず受け付けてくれるわけではない。
今回は「自分のランクより下」を条件にしているプレイヤーを探す。「レベルの許容範囲はプラスマイナス5」。待機プレイヤーとしては勝ちやすい相手に勝ってランクを上げ、リスクは避けたいといった条件。
挑戦プレイヤー側から見て厳しい条件ながら、逆を解せば対戦相手を選びやすいとも言える。
「なるべくなら調子に乗ってるヤツを探した方がいいよ」
私が検索条件を入力していると、隣からウィンドウを覗き込んだソイがそう言って笑う。どういうヤツなんだろう。
「検索条件に、『三連勝以上』っていれてみて」
言われたとおりに入力してみる。あまり強い相手とマッチングしてしまっても勝てないのでは意味ないのでは。と思ったが、ソイが表示された一覧をみてニヤニヤと笑い始めた。
「いたいた。この相手にしてみなよ」
「プレイヤーネーム『黒き深淵』? なんだか強そうだけど」
「いいから、いいから。先に観戦席に移動してるからね」
ソイは言うが早いか、自分の方でも同じプレイヤーを見つけ観戦希望にチェックをいれて消えてしまった。
どういうことなのかは判らないが、ここまで乗りかかった船なのだし、ソイの言うとおりとりあえず挑戦してみることにした。
プレイヤー「黒き深淵」にバトルを申請。レベル差はギリギリでこちらが5低いという状態だ。
転送が行われて、身体が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には再び足に地面の感触を感じる。
転送されてきたのは円形のフィールドだった。マップには「闘技場エリア」と表示されている。始めて見るフィールドに周囲を確認すると、円形のフィールドの外には階段状の観戦席が用意されていて、ソイの姿も確認できた。他にも二、三人のプレイヤーが観戦しているようだ。
準備時間の60秒のカウントが始まる。
「ようこそ、死のステージへ」
数十メートル先には別の、というより対戦相手の男プレイヤーが立っていて、そんな台詞めいた言葉を言った。
全身黒のインナースーツに、黒の鎧。といっても見た目を重視しているのか、レベルに対してかなり下の装備レベルの物だ。
そして、顔にはドクロのフェイスマスク。防御力はゼロだったはずだ。やはり見た目重視だろうか。
背中には槍系か杖系の武器。
杖系でなければこちらの遠距離コールが一方的に2回は発動できるだろう。
私は杖を腰から引き抜いて前方に構えた。カウントが10を切る。
「ここが、お前が永久の闇に沈む戦場だ」
カウントが0になるタイミングで言い終えると、ドクロの男は武器を振りぬいた。
019/
ドクロ男の振りぬいた武器は槍。否、そうじゃない。
振りぬいた瞬間に穂先の部分が鋭利な三日月型に展開する。鎌だ。なるほど、死神らしい。
一瞬あっけにとられた私は慌ててコールを始める。あっという間に距離は詰まっている。
「闇に似て漂い、宙を閉ざせ、霧の檻『ブランクスモッグ』」
言い切ると同時に範囲内にドクロ男は突撃してきた。外から煙幕の中を見ることはできないが、足音は迷うことなく前に突き進んできている。
「地を焦がせ、地獄の炎『ラグ・インフェルノ』」
更に「ラグ・インフェルノ」を「ブランスモッグ」の奥に配置する。
こちらのコールは聞こえているはずなので、そのまま突破してくれば剣での応戦、逆に後へ退けば「ラグ・インフェルノ」によってダメージを受けているところを更に遠距離コールで攻撃ということになる。
この戦法の肝は常に相手に「選びやすい二択」を選択させることにある。
状況が把握できない状態では「選びやすい二択」の選択肢が提示されると安直にどちらかを選んでしまうというのがこの作戦の基礎だ。
また、慣れから生じる思考の停滞もこの二択には影響を与える。レベルに対して高価な杖を選んだのはこのためで、杖をメインに戦うと勘違いさせるといった目的もある。
ドクロ男はというと、どうやらこちらの罠にかかったようで、一瞬足が止まったものの、退却ではなく前進を選んだようだ。足音が徐々に近づいてくる。
その音を聞き、私は手元のショートカットを起動。上方向へ親指を入力して人差し指のトリガーを引く。瞬間的に武器が「グラディエーター13:o4s2」に変更される。と同時に敵のコールが煙の中から聞こえてきた。
「暗きに染まる、紅の軌跡、落ちし葉音『クリムゾンフォール』!」
斬撃系のコールだ。槍系の武器では基本的に刺突系コールを使うが、鎌の形なのでなぎ払うタイプのコールを装着しているらしい。
だが、斬撃系のコールならばこちらもモーションを把握している。初段は上から向かって右方向への斜め斬り。リーチの違いを考え左前へと移動してやりすごす。
煙の中から抜け出たドクロ男は私がその場から遠距離コールを発動しようと考えていると予想していたのか、先ほどまで私が立っていた位置へと更に攻撃を加えている。が、煙から飛び出した身体は踏み込みをしつつ誰もいない空間に空振りの斬撃を行う。
モーションを最後まで見届けず、二段目に入る前にこちらの攻撃を加える。
「吹き荒れろ『ブラストフック』!」
強烈な攻撃がドクロ男の右脇を突く。そこから引き戻す動きでこちらへ引っ張ると「クリムゾンフォール」のモーションがキャンセルされ、ドクロ男が驚きの声をあげる。
「刻め『ダブルスライス』、瞬け『閃光』、閉ざせ『旋封』!」
続いて、左右の斬り払い、逆袈裟、突きからの剣の捻りを喰らわせる。ノックバックしつつもダメージを受けたドクロ男は反撃のコール。
「刻め『ダブルスライス』」
左右の斬り払いでダメージを受けるが、レベルから考えればあと一押し。こちらもコールで追撃。
「爆ぜよ! 暴風の嵐『ショックボム』!」
剣先から発生した爆風がドクロ男を捕らえる。
「ショックボム」の多段攻撃判定によってライフポイントを削りきられた敵はその場に崩れ落ちた。
同時に、ファンファーレが周囲に響く。メッセージログが更新された。
『月影晶さんがプレイヤーバトルに勝利しました!』
020/
ランキングが上昇した。一時間前は15,531位、現在の順位は15,211位だ。
一気に300位も上昇したこととに驚き、しばらく表示ウィンドウを見つめるが、見間違いではなかった。
「最初はすぐにあがるんだよ。こっからだよ、こ、こ、か、ら」
豆電球のアバターで、ひかりが左隣からこちらを見上げていた。
「今、勝率100%でしょ? それに連勝中の相手を倒したってことで一気に上がったけど、そうそう今回みたいなのはいないからね」
「そういえば、今回の相手はどういう基準で選んだの?」
私の問いに、ソイはひとさし指を立てて私の前へ移動する。私たちのクラスで教鞭をとる国語教師の真似をする。
「それはだねキミ。名前と、レベル、ランキングからの推理だよ」
あまり似ていないが、気にせず続きをうながす。
「『黒き深淵』て書いて『ダークアビス』だなんて読ませるヤツで、三連勝もしてる割りにランキングは5レベル差の晶のちょい上程度じゃ、『たまたま運良く三連勝できてます』って言ってるようなもんだからね」
「黒き深淵」と読むとは思わなかった。しかし、ソイもずいぶんと手厳しいことを言う。
「常々三連勝できるようなプレイヤーならもっと上のランクだし」
「なるほどね。それで、今回みたいな相手を探して戦っていけばいいのかな?」
私の言葉にソイは再び、国語教師の真似をしてひとさし指を立てる。
「ま、今回は練習みたいなものだから。それに、勝率の悪い相手ばっかり相手にしてるとそれはそれでランク上がらないから」
「勝率か・・・確か対戦掲示板には勝率は表示されてなかったよね?」
「そだね、まぁランキングを見るのが一番だけど、プラスで言えばレベルが低い相手を選ぶのが有効かな」
言い終わってから少し考えるように顎に手を当てると、再びこちらを見上げて解説を続ける。
「レベルが低い状態でランクを上げるには、晶坊も同じでさ、ランクの上の相手に勝つ、勝ち続けるのが最短なんだよ。だから次からはレベルが自分以下の相手を選んでみて」
恐らくソイの言いたいことは、この先は「自分より強い相手と戦って勝て」ということだろう。
元々、無理だと思っていたことなのだし、「戦い方」を教えてくれたのだから、打開するには私は私で頑張らないといけないのだ。
「わかった。さて、と。さっそく次の相手を探そうかな。日曜日の夜までだから急がないと――」
「あえ? 日曜日、まで?」
素っ頓狂な声を上げて、ソイが驚く。
「てーことは、もしかして、今日は木曜日?」
「そうだけど、どうしたの?」
曜日を確認したソイは額から汗をたらす。
「忘れて、た。課題が、やばい」
課題と言えばゲームとは関係なく学校の課題だろう。明日提出の課題もたしかにあったはずだが。
「ごめん、今から明日の分とりかかる・・・あーっと、月曜日分も明日頑張って土曜、日曜の二日間ばっちり付き合うから、それまで無理しない程度に頑張って!」
言うが早いか、ソイはオフライン状態に。やっぱり、彼女には「電光石火」なんて言葉がよく似合う。