011/-015/
011/
「まったく、キャリーにも困ったもんだね」
ソイが後方で手を振っているキャロラインさんを振り返りながらそう言って、私は笑う。
「ま、仲良くしてやってよね。あいつはあれで乙女だから」
「はは、考えとく」
私が「ところで」と言った瞬間、ソイが手で言葉を制する。
「『リキャストタイム』については現地で説明しよう」
言ってからソイは十字路で向かう方向を変える。街の南側へ向かっていた私たちは東側へと向かう。南側は飛行場、東側はモンスターのいる「原生林エリア」だ。
足元の石畳は正方形で、建物はレンガ造り。日が暮れて空は橙から藍色へとグラデーションを作っている。
人ごみはほとんどNPCで、すいすいと進むことができ、東側の街外れにはすぐに到着した。
この先の原生林にはサルのようなゴリラ型モンスターや植物系モンスターが出るはずだ。私のレベルでは多少苦しいが、ソイがいれば大丈夫だろう。
「植物系の動かないやつがいるから、そいつで試そう」
そう言うと、ソイが前にでて周辺を捜索する。私は慣れない杖型の武器「バーバヤガーMk-IV」を手にし、その後に待機する。トリガーユニットの親指のショートカットには「グラディエーター13」がセット済みで、危険な敵が出現すればすぐに変更することができる。
とはいえ、前方を歩くソイは鎚型の武器「ヘッドブレイク」でコールを使用しつつ、さっさと敵を倒していく。
「おっと、いたいた」
そう呟くと、ソイは私を手招きする。そこには木々に紛れて樹木のようなモンスターが地面に植わっていた。というより、立っているのだろうか。
「プラント:ファーツリー」という、モミの木という名前のくせにスギの木に顔のついたようなモンスターだ。ノンアクティブ系のモンスターなので相手からは攻撃してこないし、遠距離攻撃も弾速が遅いのでノーダメージで倒すことができるだろう。
「まずは二連続で同じコールを使って攻撃してみて」
そう言われて私は「バーバヤガーMk-IV」のコールから手ごろなものを選ぶ。
「空を切り裂く、炎の剣よ!『フレイムブレイド』」
杖をかざすと、楔型の――剣という名前だが柄がないので――炎が空中に出現し、ファーツリーに飛翔する。
反対側を見ていた相手はこちらの方を向こうと身をよじっている。
その間にもう一度コールしようとすると、喉に何か引っかかるように声が出ない。
「コールできないね? 視界の隅にアイコン表示されてるっしょ」
私の左側に立っていたソイの方を見ると、確かに視界の左隅に灰色のアイコンが表示され、時計のように元々の色調を取り戻して言っている。よく見ると、アイコンは購入するときに見た物で、ステータス欄で「フレイムブレイド」がセットされているのを示していた。
「そのアイコンが元の色を取り戻さないと次の攻撃ができないわけ」
「なるほど、連射できないようになってるんだね?」
ソイは私の言葉ににやりと笑った。そこへ敵のスキル「リーフブーメラン」が飛んできて、私はステップで回避。
「ちょっと違うんだよね、今度は一回目と二回目で違うコールを使ってみて」
私は頷いて、同じ相手に狙いを定める。視界の隅でアイコンが色を取り戻すと、消滅した。
「空を切り裂く、炎の剣よ!『フレイムブレイド』」
コールに成功し、再び炎の楔が飛翔する。続けて私はコール。
「地を焦がせ、地獄の炎『ラグ・インフェルノ』」
今度はすんなりと声が出て、敵の足元の地面に向かって炎が飛び、一定範囲が正方形に燃え上がる。
「そしたら今度はこれさ」
ソイがアイテムを投げてよこす。遠距離攻撃コールのオプションユニットだった。
再び敵の攻撃を避けつつ、武器のオプションスロットに接続する。メッセージログにコールが追加されたことが通知される。
「ログからそのまま読むのは初めてかも。あ――。」
またしても喉に引っかかりを感じて、読み上げることができない。視界の隅には先ほどと同じく時計型アイコンが二つ。
「ステータスからアイコンをチェックしてみて。敵はあたしが片付けとくから」
言われて私は武器のステータスを表示する。オプションの詳細を表示するとスキルはコールが三つ。「フレイムブレイド」、「インフェルノマット」、「アイシクルランス」。そのうち「フレイムブレイド」と「アイシクルランス」は同じ形状のアイコンで色違いだ。
「『リキャストタイム』については理解できた?」
いつの間にか隣にいたソイがそう訊いて、私は答える。
「なんとなくね」
012/
いつの間にか時間は22時を越えていた。「リキャストタイム」に関しての詳しい説明は明日にすることにした。ひかりが明日提出の課題を終わらせていないので、そろそろ終えないとまずいとのことだ。
私たちは街に戻ってオフラインにすることにした。このまま続けることもできたが、明日は学校へいかなければならない。
網膜ディスプレイの隅にゲーム画面が退避し、小さな点になって消失する。私は目を開かずにそのまま寝入る。
夢を見た。
一年前くらいだろうか。私は、廊下を歩いていた。
その日はとても寒い日で、それでも雪が降る雰囲気などなく、ただただ寒いという印象だった。
職員室から別棟の教室へ帰るには一度、外の歩廊を通る必要がある。
私は一気に駆け抜けようと思ったが、人の気配を感じて歩みを止める。
三人の女生徒が屋外で、たむろしていた。いや、そうではない。三人に向かい合うようにして一人を囲んでいる。
四人の人間は私のクラスの生徒だ。何か言い争いをしているようだった。
私はそれを確認すると、素知らぬ顔で通り過ぎようと思い、改めて歩きだす。
そこで、三人側の生徒が一人の生徒を殴りつけた。握りこぶしで。驚いて思わず立ち止まり、目を見開く。
それに対して、殴られた生徒は鬼の形相を浮かべ、何か言う。
殴った生徒は更に襟元を掴み、今にも乱闘が始まりそうな雰囲気だ。何かの映像を見ているかのように私はそこだけが別の世界のように感じた。
殴られた生徒は反撃をしない。ただ何か呟いて、それに対して殴った生徒はもう一度腕を振り上げる。
「それ以上は、報告することになる」
私の声だった。私は声をあげていた。いつの間にか私は生徒たちの後にいた。その声にびくりと驚いて三人の生徒たちはこちらに顔を向ける。やがて舌打ちをして、三人の生徒たちはその場を離れる。
口の中を切ったのか、血の混じった唾を吐き捨ててた。私はポケットからハンカチを差し出す。それを見て、生徒は無言で受け取ると口をぬぐった。
「靴、いいの?」
唐突に言われて足元を見ると、上履きのままだった。慌てて歩廊に戻ると、上履きをはたく。何事もなかったかのように、日常に戻る。それだけだ。
「あんた、喋れたんだ」
後から声がして、振り返る。靴を脱いだ生徒が、歩廊に上がっていた。
「私はホームルームのとき、連絡事項を伝えているでしょう」
「そうなんだ。寝てるから知らなかった」
言い終わるかどうかといったところで、無視して棟の中に入る。棟内は暑いくらいに思えた。
「えーと、あんた・・・・・・名前、なんていうんだっけ」
後からついてくる生徒が、声をかけてくる。何故ついてくるのかと少し苛立ったが、教室が同じなのだ。仕方がない。
「私は、化生、朝陽です」
「アサヒね、アサヒ」
何が面白いのか、生徒は笑う。
「あたしは――」
「井出ひかりさん、でしょう? 私に関わらないでいただけませんか」
茶髪の不良生徒の名前を、私は始めて口にした。
013/
朝。6時ちょうどに目覚ましをかけておいたが、私は5時55分に起きてオフにする。
制服に着替えて、ヘアバンド型ウェアラブルコンピュータを装着する。
ダイニングキッチンの卓上メモに、生徒会の仕事がある旨を書置きし、家を出る。
外気温は昨日よりも低下しているようだ。とはいえ、祝日だった昨日は午前中に課題を終えてそれきりゲームに没頭していたのでデータでの比較だ。
徒歩で15分ほどのところに私の学校はある。途中でコンビニエンスストアに立ち寄り、朝食と昼食を買う。外に出ると、一人の女生徒が店の前に立っていた。
長身に、先端のはねた茶髪。制服の上にジャージーのトレーニングシャツを羽織っていて、両手を突っ込んでいる。靴はスニーカーで、ソックスはくるぶしまで。寒くないのか。
「おはよ。寒いね」
そういって声をかけてきたのは、井出ひかりだった。風が吹いて、ひかりが寒い寒いと言うので、私は鞄からホットの飲料物を投げる。
「おはよう。朝食は?」
問いかけながら歩きだすと、ひかりは食べてない。と隣を歩きながら答える。鞄からサンドイッチを取り出して差し出す。
「私は生徒会の仕事があるから、部屋にはいるけど話しかけないでね」
「はいはい。あたしも課題、まだ終わってないし」
そう言いつつサンドイッチを受け取り、すぐに開封する。学校に到着したころには包装だけになっていて、ひかりはポケットに突っ込む。
教室に到着すると、私は生徒会の実施したアンケートをより分け、集計を行って生徒会へと報告するための物理テキストを作成する。
データで提出したほうが効率が良いと思うのだが、プライバシー保護の観点から紙での物理テキストのほうが良いのだという。
私が紙の数を三度数えて数があっているのを確認すると、封筒に入れて封をし、生徒会室の封書受付に投函する。
私が教室に帰ってくると、教室の窓側からあくびが聞こえた。
「終わったー」
更に大きな伸びをして、ぐったりと机にうなだれる。
「お疲れ様。ちょっと寝る?」
机に近づいてきいてみると、顔を上げずにひかりがこたえる。
「そうする」
いつも使用するオンラインチャットを立ち上げると、私は無言のまま席に着く。
ホームルームが終了し、授業の一時限目が始まるころ私はひかりにオンラインで声をかける。
『Me:授業、始まるよ』
メッセージがログに表示されると、投稿時にデジタル音が鳴り、相手に通知される。
教室の反対側で伏せていたひかりが顔を上げる。
『Hikari:でかした』
『Me:切るよ』
私が短く伝えると、ひかりが待ったをかける。
『Hikari:待ちなって。このまま別の授業をしよう』
『Me:授業?』
「起立、礼」
私は礼を促しながら、思考ではオンラインチャットで会話を続けた。
「えー、前回の授業の続きから始めます」
国語教師が言いながら、教室の前方に設置された大型テキストボードをペンで入力して前回の授業の画面を呼び出す。
『Hikari:リキャストタイムについてさ』
私は紙のノートに文字を複写しながら会話を続けることにした。
014/
テキストボードに表示される文字列に、線を引いたり矢印をつけたり、注釈を入れたりと教師は忙しく動き回る。
「えー、それではここは、んー、そうだな、伊東」
今週に入って何度目だとか、同じ人間ばかり答えさせるだとかクラスメイトたちは教師も文句を言いつつ笑いつつ、授業は続く。
『Me:リキャストタイムに関しては、1:遠距離タイプのコールに設定されている、2:同じアイコンタイプのコールに適用、3:よって別のアイコンタイプのコールには別のリキャストタイムが設定されている。以上じゃないの?』
私のコメントに、ひかりが間も無く返答する。
『Hikari:おおむね正解。でも、武器による性能差に関しては説明してなかったでしょ?』
そう言われればそうか。と思い、ひかりの方を見ると、ひかりは授業に集中するふりを続けている。
その間にコメントを入力したらしく、引き続きメッセージがログに表示される。
『Hikari:杖型はヘッド、シャフト、テールの三種類』
私は正面に向き直ってノートに筆記する。笑い話は治まっていて、授業は元通り進んでいた。
『Hikari:片手剣型は何種類?』
『Me:エッジ、ボディ、ガード、パーモルの四種類だね』
日本語で言えば刃、腹、鍔、柄頭で、それぞれのパラメータで攻撃力、オプションスロット、安定性、モーションスピードなどを決定する。それに対して杖型は頭、棒、尾の三種類のようだ。
『Hikari:杖型はヘッドとテールがリキャストタイムと攻撃力をほぼ決めてるから、気にするならそこだね』
『Me:でも、ステータスにはリキャストタイムは表示されてなかったよね? どうやって比較するの?』
ひかりが質問に答える前に教師に指名され、授業の答えを発言する。
『Hikari:基本的には単発射出型のコールがセットされてるから、詳細表示して比較だね』
「単発射出型」というのは、「フレイムブレイド」や「アイシクルランス」のようなコールのことだろう。
『Hikari:詳細を開かないと判らないけど、遠距離コール使いの基本的な知識だから杖使いか銃使いじゃないと知らないと思うよ』
『Me:そういうものなの?』
『Hikari:まぁ、あとは対人特化でプレイしてる人はもちろん知ってるけどね』
ひかりはそちらなのだろうか。しかし、籠手「レベリングガントレット」には遠距離コールがセットされていたので、本来は杖や銃で使うものを偽装しているのだろう。
ランカー:ブラックスミスにはオプションスロットの適性こそあるが、何も絶対に適性の型に装着しなければならないというものではない。それこそ、独自の武器を作るというシステムなのだから型どおりの武器を作っていては正直意味がないだろう。
『Me:じゃあ、オプションスロットは4種類別の種類をセットすればリキャストタイムは気にしなくていいってこと?』
『Hikari:リキャストタイムを気にしたくない場合はね』
返答までの時間が多少あったが、どうやらノートをとっていたらしい。
『Hikari:っと、ごめん、あとは放課後にしよ』
『Me:うん。しっかり授業受けてね』
015/
昼食時になると私は学食へと向かう。昼食にする予定だったサンドイッチはひかりに朝あげてしまった。
ひかりにオンラインチャットで話しかけようかとも思ったが、すっかり寝入っていたので止めて、一人で向かうことにした。
学食は込み合っていて、毎回座る場所に困る。券売機で券を購入してから席を探すがなかなか見つけられない。
「化生さん、ご一緒しませんか?」
声をかけてきたのは同学年、隣のクラスの生徒会委員。何度か生徒会で話をしたことのある生徒だ。名前は中硝子。柔和な印象の目つきに、眼鏡型のウェアラブルコンピュータ。黒髪の短髪に、緑がかった虹彩。
「ね、良いでしょう?」
私が答えるより早く、中さんは他にいた二人に問う。二人はすぐに中さんに同意した。
「では、お邪魔します」
私も同意して、注文した昼食を受け取りカウンターに取りに行く。
券売機で注文した物を受け取ると、先に席に着いていた中さんの座るテーブルへと向かう。
「化生さん、こちらへどうぞ」
私は空けられている席へと座る。六人掛けテーブルの中央。向かい側には名前の通り中さんが腰掛けている。二人ではなく、五人だったのか。何故こんな座り方なんだろう。
「失礼します」
努めて静かに座り、私は談笑をする周囲の五人を見やる。中さんは「普通の人」で、周囲の四人も同様だ。私もここでは「普通」でなければならない。
昼食に箸をつけたとき、向かいで中さんが私に話を振る。
「化生さんは井出さんと交流があるんですね」
突然の発言に私は動揺し、箸で持ち上げていた焼き魚を落としてしまった。
周囲の喧騒のなかで、このテーブルだけが静まっている。
幾つかの言葉が頭に浮かぶが、口からは何も出ない。結局、数秒後に中さんが言葉を続ける。
「朝、一緒に登校してましたよね?」
尋問。その言葉に私は答えない。答えられない。なんと答えれば良いのか。肯定すれば良いのか。それとも否定しなければならないのか。
私は背筋に寒気と気持ち悪さを覚える。
「あ、ごめんなさい。私の勘違いだったのかもしれません」
そう言って中さんが笑うと、周囲の四人も笑う。
「そうだよー、硝子ったら勘違い多いんだから」
「この前なんて男子と女子間違えてたしー」
二人の指摘に中さんはむくれながら答える。
「あれは上下ジャージだったからで、制服だったらぜったいに間違えないんです」
私を取り残して会話は進む。無言のまま私は食事を再開した。
何故、私は答えられなかったのか。
「私、生徒会の仕事が残っているので、そろそろ失礼します」
自問しながら昼食を半分も残った状態で、私はそう切り出して立ち上がる。
「化生さん」
盆を持ち上げた私に、中さんが声をかける。
「連絡先、交換しましょう?」
網膜ディスプレイに連絡先追加申請が届いて、私は同意するかためらう。
先ほどの静寂を思い出して私はすぐに同意した。強烈な寒気を思い出したからだ。
「これで、私たちお友達ですね」
中硝子は満面の笑みでそう言った。はずだ。
私はその表情をまともに見ることなく、その場を後にした。