006/-010/
006/
私が再び「ランカー:ブラックスミス」をオンラインにしたのは19時30分を過ぎたところだった。
先ほどオフラインにした場所から寸分たがわず立ち尽くしていた。
ソイのオンライン状態を確認すると、オンラインだったが私は声をかけず、街の外へと移動する。
何でもいいから戦いたい。安全地帯から出た私は足早にモンスターを探す。
ウルフヘッドと戦った「密林エリア」へ向かう途中の「草原エリア」。ここにもいくらかモンスターはいる。
比較的倒しやすい「グラスタイガー」という名前の虎型のモンスターで、スキルを使用しない敵だ。見た目はグラスの名の通り若草色の虎。
私は背の高い草の並ぶ地帯に一匹のグラスタイガーを見つけると、小走りでそちらへ近づく。
私の接近に合わせてグラスタイガーが反応し、うなり声をあげ、突進してきた。
私は走りを直線から斜めに切り替え、すれ違いざまに武器を抜き、敵を斬る。一撃では倒せない。
身体を反転させて、再び敵を捉えようとすると、後から一撃喰らった。もう一匹草むらに隠れていたらしく、背中を見せた私に爪で攻撃したらしい。
親指を動かしてショートカットを呼び出し、同時に人差し指のトリガーを引く。81式シラヌイは炎を纏って炎剣へと姿を変える。
最初の一匹が向きを変えて走ってくるが、私はそれを無視して一番近くの二匹目を攻撃する。
「咲き散らせ『桜花乱武』!」
コールによって、水平方向への回転攻撃を放つ。後ろ側にいたグラスタイガーは一撃で霧散し、一周して再び停止した私にさきほどすれ違った一匹目が飛び込んでくる。
「闇を払え『クレッセント』」
三日月を思わせる剣の垂直斬りが飛びかかってきたグラスタイガーを真っ二つにする。
メッセージログに入手アイテムが表示され、上へ上へと流れていく。やがて数秒すると、メッセージは消滅。私は次の獲物を探す。
炎剣を草に当てると一時的に焼却され、一面が焼け野原と化す。安心して寝ていたグラスタイガーたちが目覚め、私へと向かってくる。その数は五匹。
二匹が飛びかかり、私は再び桜花乱武で迎撃する。しかし、その二匹が断末魔をあげて霧散する間に、三匹が低い位置から爪を使い攻撃を始めた。
数分後、周辺にリポップしたグラスタイガーの群れに襲われ、数匹葬ったところで私のライフポイントはゼロになった。
死亡した私がセーブポイントへと転送されると、待っていたとでもいうようにソイ近寄ってくる。
「どう? 少しは気が晴れた?」
私は罵声を浴びせそうになったが、口を閉じ、言葉を選ぶ。
「まあまあ、かな」
「じゃ、ますます気晴らししなきゃね。買い物行きますか!」
快活に言うひかりに、事情を聞かない友人に、私は感謝した。
市場は私の気分も気持ちも配慮せずににぎわっていて、安心した。
007/
女の買い物は長い。というのは、男性全体の意見らしい。それが普通らしかった。
しかし、ソイの買い物は電光石火だ。
「晶はメイン片手剣使いでいいんだよね」だとか、「だとしたら形状の似てる杖系がサブで使いやすいかも」だとかいいつつ、幾つかの選択肢を提示する。
正直、いくつもウインドウを表示していてよく混乱しないものだと感心した。どうやら価格の違いと性能の違いを同時に比較しているらしく、4ウインドウ表示しながら店先の商品を見ているらしい。
しかし、値段を見て私は断念する。ソイは私の予算額を聞くと、頭を抱えてうなった。
「自分基準で考えてたよーごめん」
嫌味ではなく、素直な発言のようだ。高額マーケットの情報ウインドウを全て消して、ソイは歩みを市場の奥へと進めた。
「やほ、クラヤ。なんか良い片手剣ある?」
急に立ち止まったソイは顔なじみのプレイヤーショップの前で止まる。クラヤというプレイヤーの情報を見ると、「蔵屋」という名前らしい。頭に傘を被った男性キャラクターで、ボロマントを装備しているが、隙間から見える鎧は良い物を装備しているのがわかる。
「んん。豆の旦那、予算は?」
豆の旦那というのはソイのことだろう。そのソイが私のほうを見るので蔵屋もこちらを見る。
「120k程度で何か良い武器はありますか?」
この世界の通過単位は「JAM」というらしい。でも結局誰も単位を言わずにkだとかMだとか千単位の接頭語で話す。
「そしたら最近はこれだな『ハルシオン:o3s3』、『グラディエーター13:o4s2』。腰の同じ製作者のなら『876式イナリ:o1s4』か」
「腰の」というのは「81式シラヌイ」のことだろう。蔵屋は三本のステータスと売値を表示する。「ハルシオン」は移動攻撃系がオプションを埋めており、「グラディエーター13」は詠唱の少ない攻撃でソイのヘッドブレイクに似ている。「876式イナリ」はオプション1つに遠距離攻撃「漣」がセットされている。
私はソイに意見を訊こうかと思ったが、止めて考える。この戦いは、私の戦いなんだ。私が考えて決めなければ。
二分ほどステータスを睨んで、私は蔵屋に顔を向ける。
「それじゃ、『グラディエーター13:o4s2』にします」
ステータス欄の売値をタップすると取引画面に移行するので買取をタップする。
「まいどあり。オプションユニットも買ってくかい?」
その問いに、私は一瞬考えたが、サブアームをそろえなければならないのでオプションユニットに関しては購入する予定はない。というより、オプションユニットの数が少ない武器を選んだのは手持ちのユニットで済ますためだ。
「いえ、また今度にします」
「んん、それじゃあまた買いにきてくれ」
そう言うと、蔵屋は目を閉じて腕を組み、寝入ったように身じろぎ一つしなくなる。
「いい買い物したね。蔵屋も晶のこと気に入ったみたいだし、また利用してやってよ」
「そうするよ」
実際これからも何度か利用するだろう。中古片手剣の品揃えが良いのが特徴だった。
「スロットの空きは手持ちのユニットで埋めるとして、サブアームはどうしよう」
私はそう続けると、ソイは残金を見て思考をめぐらせる。
メインアームは120kJAMで手に入れたため、残りは360kJAM。防具は基本的に武器の二倍を目安に考えてのことだった。もちろん、「エッジ:グリームネイル」を買い戻すための金額と回復アイテムなど基本的な消耗品を買うための資金はのこしてだ。
「ごめん、晶。やっぱり防具の強化は諦めよう」
ソイは数秒して、あっけらかんと言ってのけた。
008/
メインアームよりもサブアームの方が3倍高い。というのは、珍しい。ソイ自信もサブアームはメインアームの半額だと言っていた。私はその話を聞いてメインアームと同じ値段設定にし、オプションユニットも含めてそろえるつもりだった。
「思いついたんだ。さっきの『グラディエーター13』を最大限活用する方法。伸るか反るか博打なところがあるけど、どうする?」
普段のソイならにやにやと悪そうな笑みで言う台詞を、今は真面目な表情で私に問う。本気でランキング上位を狙う方法を考えてくれているんだ。
「勝つのに必要?」
「いらないかもしれない。もしかしたら一勝もできないかもしれない」
その言葉には嘘偽りは無い。と思った。上辺の建前じゃない。
「のるよ、その話」
私は即答する。最初から私には一勝する見込みなんてなかった。そもそも私だけだったら戦闘ランキングを上げるなんてこと考えもしなかった。
きっと、私独りで考えてたらどうやって鍛冶ランキングを上げようかだとか、そういったことを考えて保留期間の5日間を過ごしていたと思う。
だったら私は全面的にソイを、ひかりを信じる。
「ありがと。あと、ごめん。普通は先に説明してから訊くべきだよね。簡単に説明するよ」
戦い方の説明を受けた私は感心した。感心なんて言葉ではソイに失礼なのかもしれないが、素直にそう思った。
「うん、大体判った。たしかに賭けって感じだけど、成功すれば普通に戦って勝てない相手も攻略できると思う」
私の同意に対し、ソイが笑顔を見せる。ちょっと待ってね。と、私に言ってから商店街の壁際に寄って右手をイヤホンを押さえるような仕草をする。 ゲーム内のフレンドチャットだろう。視線を中空に向けて会話を始めた。
「もしもし、今大丈夫? んー。ちっと友達の武器探しを手伝ってるんだけど」
しばらく会話をした後、私に向き直ったソイは、資金を再確認して相手にすぐに会いに行く旨を伝えてチャットを切断する。
「ちょっぴし遠いんだけど、飛行旅券と海上旅券ってキーアイテム持ってる?」
「あるけど、遠いんならマーケット検索で売買したほうが良くない?」
「こういうのは直接会うのがいいんだよ。人脈作りだと思ってさ」
ソイはそういいながら歩き出す。港へ向かうためだ。船での移動は一種の転移装置で、飛行船での移動も同様の仕様になっている。違いはといえば、大陸間移動には船、都市間移動は飛行船という程度だ。
「さっきの蔵屋も今度また使おうって思ったんじゃない?」
その問いに素直に頷くとソイに続く。確かにそのとおりだった。ソイの通話中に自分でもマーケット検索をしてみたが、オンラインマーケットに出店している店の武器は汎用性重視のオプションユニット装着済みばかりだった。
「オンラインは出店にお金がかかるから、汎用設定の武器を沢山売るか高性能なのを高値で売るって感じだね」
やがてこの街の港に着くと、料金を支払って船に乗り込み、すぐに船から降りる。船の旅を楽しむこともできるが、ゲーム的には転移装置なのでキャンセルすれば一瞬で大陸を移動する。
「最初に検索かけたのは高性能武器を探したかったんだけど、やっぱ資金繰りも考えないといけないとなると馴染みの店が一番て思うわけよ」
船を降りた後、飛行船に乗り込むために私たちはすぐに街から出ると、飛行場のある街まで徒歩で向かう。ゲームなのだからどこにでも両方あれば良いと思うのだが、ソイに言わせるとある程度不便なゲームではないと面白くない。らしい。
街を出るとすぐにモンスターたちの群れが現れた。私は走りながら「グラディエーター13」を構える。
009/
「グラディエーター13」には4つのオプションユニットが付いている。全て斬撃系コールだ。
「ダブルスライス」、「ブラストフック」、「閃光」、「旋封」
それぞれが短い詠唱で使用できるコールで、攻撃力はそれほど上昇しないものの、通常攻撃に対する倍率は二倍以上で火力は申し分ない。
連続攻撃を想定しているのだろう。正しい組み合わせが不明なので、移動しつつ練習をする。
「後衛はまかしといて」
ソイは走りを減速して、私の後につく。
敵モンスターは「サハギン:ハープーン」、「サハギン:ネッター」それぞれ一匹ずつ。両者が浜辺の道に立ちふさがる。
サハギンは魚人といえばそのままで、頭は丸々魚、肌には鱗、ムキムキの筋肉。青色だとか赤色だとかの体色で、表面がヌメヌメと照り返していて気持ちが悪い。ハープーンは名前の通り銛を、ネッターは網を携えている。
相手の攻撃範囲に入る前に、ソイが後方から援護攻撃を仕掛ける。何節かの詠唱の後、煙のような物が二匹の間の足元に炸裂した。二匹の名前には毒の状態異常アイコンが追加される。
さらに着弾からすぐに「サハギン:ネッター」の顔面に黒い液体が付着する。ネッターの名前の横に盲目の状態異常アイコンが追加された。それを見て、私は狙いを「サハギン:ハープーン」に絞る。
ネッターは移動阻害行動を行ってくるので先に倒したかったが、盲目状態ならば気にする相手ではない。攻撃範囲の長い「サハギン:ハープーン」を優先して攻撃すべきだろう。
ハープーンはのそりのそりとこちらに近づくと足の歩みとは違う素早い槍さばき――手に持っているのは「銛」だが、カテゴリ的には槍だ。――でこちらに攻撃を仕掛ける。
二連撃を腰から抜いた剣でいなしながら、コールする。前後方向に強いのは突き攻撃の「ブラストフック」、「旋封」のどちらか。連撃の初手は恐らく・・・。
「吹き荒れろ『ブラストフック』!」
グラディエーター突きが敵を貫く。剣を引き戻す動きにあわせ、敵もこちらに引き寄せられる。これが「ブラストフック」の特殊効果だ。
「刻め『ダブルスライス』、瞬け『閃光』、閉ざせ『旋封』!」
反撃の隙を与えず、続いてコール。ハープーンは左右の斬り払い、逆袈裟、突きからの剣の捻りでライフポイントをゼロにする。
もう一匹、ネッターの方を見ると、先ほどのアイコンに移動阻害アイコンが加えられていた。
「もう一つも試しとかないとね」
ソイはそう言って攻撃を促す。もう一つというのは連撃のパターン。「旋封」は相手を遠ざける効果があるので途中にはさむスキルではないだろう。そのため間の二つの順番を変更したパターンを試せば組み合わせの検証は終了だ。
「吹き荒れろ『ブラストフック』! 瞬け『閃光』、刻め『ダブルスライス』、閉ざせ『旋封』!」
同じく引き寄せられたネッターだったが、ライフポイントがゼロになることはなかった。「閃光」で、後方へ突き飛ばされたため、「ダブルスライス」が当たらなかったためだ。自分で一、二歩歩けば届く距離だが、硬直が全くないわけではない。行動硬直中に次のコールを詠唱できるから連撃を行えるだ。
わずかに残ったライフポイントだが、ネッターは網を明後日の方向へ投げている。硬直から開放された私は剣を一度振って敵のライフポイントをゼロにした。
「閃光」の突き飛ばし効果、いわゆるノックバックは必ず発動するというわけではないようなので最初のパターンで決まりだろう。
「あとは空きに何をつけるかだね」
後から歩み寄ってきたソイに声をかけられ、頷く。
「手に入るサブアーム次第だね」
そう言うと、浜辺の道を再び走り出す。
010/
「あら~いいじゃない、イケメンじゃなぁ~い!」
オジサンにそう言われ、私は苦笑いをする。いや、彼女と評するべきで、オジサンではなく、「お姉さん」としておこう。
「んまぁ~! 名前までイ・ケ・メ・ン」
私のステータスから名前を見て、彼女は胸板を指でつつく。強烈なキャラクターというのは文字通りこの人のことを言うのだろう。その人物のアバターは男性で、青髭、そしてぽっちゃりとしていて、露出が多く、どこまでもオネエだった。名前は「キャロライン=スミルノフ」。
「スミルノフさん、あの、武器なんですが」
「あららぁ、『キャロライン』でいいのよ? もしくは『キャリー』」
恐ろしい勢いと鼻息で続けた。
「アタシの杖は全部オリジナルの現ナマ交換。資金は心許無いみたいだけど~イケメンにはお安くしちゃうわ~ん」
ウィンクや投げキッスが途中に混じり、その度にエフェクトでハートが飛び散る。その喋り方と動きに多少頭痛を覚えつつ、改めてそのすごさに舌を巻く。
オリジナルというのは文字通り「自作の」、「最初の」物で、プレスされていない状態の武器だ。それ自体を更にカスタムすることもできれば、自分の物としてプレスすることもできるだろう。ただし、共同制作者に名前が連なることとなるが。
更に言えば、行動にエフェクトを追加するのは防具スロットに装備するエフェクトオプションで、かなりのレアアイテムのはずだ。
「これか、これかな」
店先に並べられた七本の杖のうち、二本を選ぶ。一本目は棒の先端に球状のパーツの付いた「サイレンMk-II:s6」、もう一本は棒の先端に板状のパーツが傘のように付いている「バーバヤガーMk-IV:o2s2」。
「だったら『バーバヤガー』で決まりねーん」
比べるまでもないと言った風にキャロラインさんが野太い声で言う。それを聞いてぎょっとしながらステータス欄から顔を上げる。
「スロットが少なくてもいいって聞いてるわよ。リキャストタイムを考えれば『バーバヤガー』で決まりよ」
「リキャストタイム」という言葉を聞いて、何のことだろうかと首をかしげると、キャロラインさんがむんふふふとナゾの笑い声を出す。
「遠距離系のコールを使ってこなかったのねん? 体一つで渡り歩いてきた男子ってくるものがあるわね。お姉さんが手取り足取り教えちゃうー!」
お尻を振りながら鼻息を荒くするキャロラインさん。
「あぁーはいはい。その辺のことはあたしが説明しておくから、さっさと取引完了してね」
キャロラインさんを紹介してから一言も喋らなかったソイがそこでやっと割って入る。
「なーによもう、豆ん子ったら、邪魔すんなら他の男紹介しなさいよ!」
「豆ん子」っていうのはソイのことなんだろうか。苦笑いしながら取引承認をする。
「ありがとねん。今後ともよろしく」
キャロラインさんが再びウィンクをするとハートエフェクトが舞う。そのウィンクに圧倒された私はポップしたフレンド登録要請を承認した。