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001/
順位を上げなければ。
そう考えて、私は頭を抱える。
オンラインRPG「ランカー:ブラックスミス」をプレイ中の私はため息をついた。
『ランキング規定に則り、レアリティランク7以上のアイテムを回収します』
警告メッセージと供に、表示されていた獲得アイテムがアイテムストレージから回収――実質没収された。
このゲーム、この世界では良い物を得たければ良い鍛冶師でなければならない。
プレイヤーは一部を除いて鍛冶師として連盟に所属し、ランキングに参加させられている。そしてそのランキングに応じて、すべてのプレイヤーのレアアイテムを没収、再配布する。
とはいえ、収集者には救済措置がとられる。アイテムを擬似換金し、ランキングに応じたレアリティの物ならば、保留期間は優先で買取をすることができるのだ。
現在、私のランキングは総合15,523位で獲得できるレアリティは6まで。
レアリティ7のアイテムを入手するためにはあと500位以上上げなければならない。
そこまで考えたところで、コール音――スキルではなく、この場合は電話の呼び出し音がして私は現実世界へと意識を浮上させる。
「もしもし」
定型句を発することにより、ウェアラブルコンピュータが電話を接続した。
ゲームをオフラインにはせず、スタンバイ状態でキャラクターを安全地帯までオートランさせる。
網膜ディスプレイの片隅に半透明状態で表示しているので攻撃を受ければすぐに戻ることもできる。
「あ、もしもーし、ごめん、オンライン中みたいだったけど大丈夫?」
電話に出ると私の数少ない友人、「井出ひかり」からだった。
「大丈夫。何か急用?」
私は椅子から身を起こすと、時計を見る。17時。昼食をとらずに夕食になってしまいそうな時間になっていた。
「きーてよアサヒ、今さぁ振られたー! しかもオッサンに。」
「今月に入ってもう3度目だよ? そういう話なら“あっち”でしよう。」
ひかりの言葉にいつものことかと思いつつ、夕食の時間までの時間を消化するために私はゲーム世界へと没入する。
002/
私こと化生朝陽はこの世界では別の名前を持っている。オンラインゲーム上の名前は「月影晶」。
実際とは違い、男性アバターを操っているので朝陽という名前とは逆に月影などとつけているのだ。くだらない名前の付け方だが、正直私にはこちらのほうがしっくりくる。
「ハロー? そこのイケメン君、あたしとデートしないかい?」
待ち合わせ場所でそう声をかけてきたのは、美少女アバター。いや、美幼女とでも表現すれば良いだろうか。身長は120から130程度で、ブラウンのお下げを方から胸の前に垂らしている。
「私でよろしければ、お嬢様、お手をドウゾ」
私はしゃがんで跪く小芝居をして、お互いに笑う。
「うむ、苦しゅーない。」
ひかりのアバター、通称「ソイ」こと「豆電球」が両手を腰に当ててふんぞりかえる。
「で、移動するかね、青年よ」
ソイがそのままの姿勢で顔を喫茶店の方向へ向ける。
何事もなかったかのように二人で街を歩き始めると、先ほどの件に関して私は話の続きを促す。
「さっきの、やっぱりダメだったんだ。ていうか、そういう話はこっちでしたほうがいいんじゃないかな」
「んやー。それほど重要じゃなかったっていうか、声が聞きたかったけど邪魔しちゃ悪いかと思ってサ」
ソイがゆっくりと歩く私の隣をぴょこぴょこと跳ねるように歩く。
「そうじゃなくて、そういう話は、顔を見ながら喋った方がいいんじゃないってこと」
「それ、あんたが男だったら惚れてるね」
「強がりはいいから」
やがて喫茶店に到着した私たちはジュースやらパフェやらを注文し暴飲暴食をし、仮想空間の腹を満たし、30代後半の男性従業員の文句を散々言い切った。主にソイが。
そして飲食物があらかた片付いたころ、ソイはため息を吐いて、私に問う。
「ところで、頑張ってるアレは完成した?」
“アレ”というのは武器のことだ。このゲーム、ランカー:ブラックスミスは名前の通り、ランキングとブラックスミスの二つが売りのゲームだ。
「はは・・・実はつまづいてるんだよね」
「まさか、ランキング上げないと使えない素材が欲しいとか言っちゃうわけかな?」
見透かしたようにソイは言う。頬杖をつきながら、にやける。
「よくご存知で」
「やっぱりそうなるよねー」
ランキングを上げるにはかなりの努力が必要だ。二つの売りがあるからといって、その両方を楽しむプレイヤーばかりではない。武器の製作を楽しみとするプレイヤーもいれば、ひたすらにランキング上位を目指すプレイヤーもいるのだ。
「武器作製に凝るのもいいんだけど、やっぱりランキングが壁になるから」
このゲームを始めるときにそう教えてくれた友人が全く同じ言葉を繰り返す。
「ま、それだけはまってるんなら私が協力しよう」
私が返事をする前にソイは手で制し、言葉を続けた。
「もちろん、直接的にじゃないよ。アドバイスってとこでどうだろう?」
003/
人類が作り出した最強のロボット。ナノマシンたちの集合体。
設定的にはそういうことらしい。この世界のモンスターたちは動物のように見えて全て機械。だから取得できるアイテムもすべて機械のパーツ。
そしてそれらのパーツを接続して武器を製作するブラックスミスたち。
貴重な資源を無駄にしないために、良い鍛冶師には良いパーツを使わせる。組み合わせによって武器の属性、形状、スキル等が変化する。
面倒臭い説明はこのくらいにして、簡単に言えば良いアイテムを使えば良い武器ができる。ということだ。
完成した武器は設計図をプレス――出版することによって販売が可能になる。
「あと524位かぁーちょっぴし難しいかも」
ソイが隣でぼやく。私はステータス欄を表示しながら、15,524位という順位を確認していた。
順位の変動は1時間ごとの更新で、先ほど見たときは15,523位だったのでこの1時間の間に誰かに抜かされたということになる。
「やっぱりいきなり3桁は厳しいよね」
私はランキング表示にタッチして詳細を呼び出す。鍛冶、戦闘、貢献、名声の4つの各順位が表示された。
鍛冶の項目は製造した武器の販売、保有率。戦闘の項目はモンスターの撃破数、対人戦での勝率。貢献の項目はランキング管理している政府にアイテムを上納して換金した量。そして名声は他人から評価を受けた量とフレンド登録数によって変動する。
「なんていうか、鍛冶だけで引っ張ってる感じだね。次に貢献で戦闘と名声がイマイチって感じだなぁ」
ソイは言い切って飲み物を飲み干す。
「分かってるけど、その二つに関しては仕方ないでしょう」
「逆にチャンスでもあるけどね。伸び白抜群ってヤツさ」
そう言ってソイは笑う。屈託の無い笑顔というのはこういうのをいうのだろう。
「戦闘に関して言えば逆転ホームランもありありだし」
「逆転ホームラン、できるかな」
私の発言に今度は悪い笑みを浮かべてソイは問いに答える。
「もちろん、ただバットを振るだけじゃないからね」
そこからソイが語ったのは“作戦”だった。
現在の武装を改めること。勝てる相手にだけ挑むこと。なにより、対人戦を行うこと。
「特に対人戦。これに関しては戦って学ぶしかないよ。モンスターと違ってネームカラーなんかないからね。格上の相手だと思って挑まないのは正直損だよ。」
「どういうこと?」
「相性ってやつがあるんだよね。単純に格闘戦の火力で押すだけが戦闘じゃないからさ」
ソイは腰に下げている武器を抜いて、机の上にどかっと乗せる。
「例えばあたしはこいつだね」
それは籠手のような武器だった。籠手に全武器共有のトリガーユニット。
籠手の左右にはオプションユニット。恐らく遠距離爆破系のコールを使えるタイプだ。
「爆破タイプ?」
「ま、そんなところかな。まぁこれは晶坊には合わないだろうから他の武器を用意するけどね」
武器のステータスを表示させたソイは私に見るように促す。
004/
私はソイに提示された武器のステータス欄を覗き込んだ。
固有名称は「レベリングガントレット:o4s2」。オプションユニット装着済みが4つと空きスロットが2つ。ただし、スロットは製作者がわざと空けておいたもので、使用するときはだいたい好みのオプションユニットをつける。私の武器「81式シラヌイ:o2s2」も全てのスロットは埋めた状態で使用している。
「こいつはサブアームでさ、遠距離から近づくために最初にけん制用に使うわけさ」
「つまり、攻撃用じゃないってこと?」
「そ、攻撃用の武器は相手に見えないように最初は装備しないことだぁね」
そう言ってソイは机から籠手を持ち上げる。親指で右方向にキーを入力してショートカットを呼び出し、人差し指のトリガーで決定する。
「ランキング上位の人は形状からオプションに何がついてるか判るし、ステータスまでばれる可能性もあるからさ」
喋る間に武器は形状を変化。というよりも別のものに切り替っていた。
「ショートカットには武器も防具も入れられる。ま、防具は替えられるほど用意するよりは強いの一つ用意したほうがいいかもね」
武器の形状は鎚のようなもの。ふたたびソイはステータスを表示させて私に見せる。
「こいつが私のメインアーム。で、純粋な火力特化さ」
固有名称は「ヘッドブレイク:o3s1」。先ほどのレベリングガトレットと違ってオプションスロットの詳細まで表示してある。
「攻撃強化系コールばっかりだね」
「硬直が長いと相手にラッシュされて終りだから、硬直を減らして追撃用を入れるって構成が理想かなぁ」
「殴牙」、「空風」、「逆巻」の3つは詠唱が短い打撃系の技で、避けるのは難しい。そして「ロケットスマッシュ」は詠唱が二節の突進攻撃だ。
「『81式シラヌイ』は便利だろうけどo2炎属性付与があるせいで技数が限られるから、こだわりがなければそれも替えた方がいいかも」
私の腰の装備を机の向こう側からちらりと見つつ、ソイはそう言ってのける。販売数というか、使用者数の少ない武装だというのにすぐに見抜くとは思ってもみなかった。先ほどからのこのレクチャーといい、戦闘ランキングでは上位にいるようだ。
「特にこだわりは無いよ。偶然安く手に入ったから使ってるだけだから」
私の言葉にソイはふむ。と頷くと、武器を籠手に戻して腰に下げる。
「それじゃ、武器を買いに行こうか。時間大丈夫?」
「今からだと少し厳しいかな・・・。夕飯、もうすぐなんだ」
時刻に視線を移すともう19時近くになっていた。19時の夕食には遅れないようにしなければならない。
「夕食とお風呂を済ませて、20時集合でもいいかな?」
「ん。りょーかい。そしたらあたしもさっさと課題終わらせないとなぁ」
喫茶店から出た後、挨拶を交わしてそれぞれゲームをオフライン。
現実世界へと私は意識を浮上させた。
005/
私は椅子に腰掛ながら視線を時計へと向ける。時間は18時53分。時間を再び確認したのは、オフラインした瞬間にそのまま寝てしまう場合があるからだ。
ため息をついて、私は椅子から腰を浮かせる。ゆっくりと立ち上がりながら、これからすることを繰り返しシミュレートする。
髪の毛をヘアゴムで結び、前髪を左右に分ける。部屋から出て、廊下を移動し、階段を降りる。廊下を進んでキッチンに入りテーブルに着くと、息苦しい夕食。一言も喋らずに私は食事を終えると、お風呂を利用する旨を伝えて、着替えを用意するために先ほどと逆順で部屋に戻り、着替えを取り出す。一階に降りて、お風呂に入る。部屋に戻り明日の準備をする。部屋の電気を消し、ベッドに入るとゲームをオンラインにする。
私はそれらを途中まで実行し、途中で予期せぬトラブルに見舞われる。
夕食中のことだった。母はテーブルの対面に座り、私に話しかけてきたのだ。
「朝陽、あなた最近趣味に熱中しすぎているんではないの?」
母はそう言うと、私は食事の手を止める。
「そのようなことはありません。万事問題ございません」
私は焦って、そんな返答をしてしまった。そして、「しまった」と思う。
「その口調、止めて」
母はうんざりとした表情で続ける。明らかに私の態度に苛立った母は早口でまくしたてる。
「あなたは今日、昼食を抜いて、問題が無いだなんて言うのね」
「それは」
「私は、あなたに普通になってほしいのよ」
「普通」というのは何だ。寒気を感じる。
「だから趣味を見つけましょうっていう話も協力しようとは思っているのよ。でもだからといって過剰ではいけないの。だから、程ほどを覚えてちょうだい」
そう言って母はテーブルの椅子から立ち上がり、ダイニングキッチンを出て行く。
私は吐き気を覚えて、食事を放置する。普段ならば食事を終えた後、食器を洗い、棚に片付けるが。そんな元気は私にはない。
母の部屋の前から母に声をかけ、お風呂に入ることだけ告げると部屋に戻って着替えを持って、お風呂に入る。
風呂場で私はシャワーを浴び、浴槽に浸かる。ぞわぞわとする背中の気持ち悪さに吐き気は止まらない。
浴槽で膝を抱えると、母の言葉を思い出す。「普通になって」だ。
私は確かに普通じゃないと思う。自覚はある。友達は作れないし、年頃のクラスメイトと会話はできない。母との会話もどうしても他人行儀になってしまう。母はセラピーに診断を依頼した。
「回答:趣味を見つけましょう」。要約するとそういうことらしい。趣味ができれば、趣味の合う友達を作ることができるかもしれない。
ただ、私は結局変われなかったと思う。
唯一といっても過言ではないだろう友人のひかりとはゲームで知り合ったわけではない。
むしろ、趣味などというものを見つけないといけない私にゲームを推してくれたのはひかりだった。
しかし、クラスでも私もひかりもゲームの話はしないし、ゲーム中も私は特に他者と関わろうとはしてこなかった。
結局、ここ数ヶ月、私は新しい友人などできていない。ただ、余暇にゲームを楽しむようになっただけだ。そしてゲームが私を普通に変えてくれることも無いように思う。
だから私は結局、普通を演じるしかないのだ。
いつもどおり同じ思考に思い到って、私は湯船で立ち上がり、脱衣所へ。部屋着に着替えて自室に戻る。
時間はまだ十数分しか経っていないが、私は明日の支度だけ済ませ、ベッドに横たわる。私はゲームをオンラインにする。