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「エビル・アストワルド、といったな」


 礼拝堂から入って奥の廊下の突き当たり――応接室のような造りの部屋に通される。

 エンジ色の見るからに上質な生地のソファに、勧められるがままに腰を下ろす。

 小さなテーブルを挟んで向かい側のソファには、大男。

 俺の横に奴が座っているのに、……多分視えているのだろうに、奴に関しては一言も口を開かない。

 本当に、関係ないようだ。

 聖職者が、『俺』と理解した上で聖堂(陣地)に入れる。

 それがどれほど非常識な事であるか、俺にだって理解できる。

 そう。

 この場は、この上なく異常だった。


「アストワルド……確か、そのような名の聖堂が、他大陸に……」


 大男の横には、この聖堂の司教らしい、ミトラを着用した小柄な爺さんが座っている。

 コイツにも、奴は見えているのだろうか……。

 ちなみに糸目は部屋の脇――ドアの前に立っている。

 横目で見ると、彼は俺と同じような表情を浮かべていた。

 理解不能……すなわち、「さっぱり、訳がわからない」といった感じだ。


「マルティス大陸――聖霊『タワー』を崇めていた地の聖堂の名だ」


 爺さんの呟きに、大男はゆっくりと頷く。


「マルティス大陸だと!? では、本当にこの少年が」

「正真正銘の『悪魔の子』だな。見ての通り、金の髪に赤い目……各大陸を管轄している王家、聖堂――我等のような聖霊に仕える者総てに伝達された通りの容姿をしている。歳もそのくらいなのだろう。極めつけは……」


 そこまで言うと大男ははじめて、奴を視界に入れた。


『…………』


 奴は真っ向からその視線と対峙する。


「……その存在だ。『災いを齎す悪魔』――アルカナ憑きと称される者が他にも存在する事は確かだが、十年前、マルティス大陸に大災害を齎したのは」

「……」

「この小僧だ」

「…………」


 爺さんが、改めて俺を見た。

 禍々しいものを視る目つき。

 たとえ言葉が通じなくたって、解る。

 『バケモノ』

 やがて、爺さんは憎悪丸出しの眼光を深く閉じる。


「……遺憾だが、ワシには精霊――アルカナの姿は見えない。かろうじて小僧の横に、強大な異質を感じ取れる程度だ」


 眉間にさらに深い皺を寄せる。


「本当に、こんなモノを操っているというのか? こんな……こんな子供が……」

「あのなぁ、爺さん、別に俺は」

「操ってる訳ではない」


 意表をついて、反論したのは大男の方だった。


「我等が崇める聖霊と同じように、アルカナにも皆、意思がある。こうして小僧を守るのも、アルカナの意思なのだろう」


 ……て、ちょっと待て。

 なんで、ンな事知ってるんだ? この大男は……。


「一体何者なんだ? アンタ……なんでそんな事」

「無礼な……!」


 俺の疑問を遮っての大声。

 そのままの剣幕で爺さんは一気に捲くし立てた。


「この方を何方と心得る! ザートゥルニ大聖堂から派遣された聖職師殿であるぞ! 『悪魔』如きが軽々しく口を利くでない!」

「……大聖堂の……聖職師、だって?」

「…………」


 肯定も、否定もしない。

 大男はただ腕を組んで、俺の様子を眺めている。

 でも、まぁ、この大男の強さの謎が判明した。


 聞いたことがある。

 この世界ディエースは、七つの大陸で構成されている。

 七つの大陸にはそれぞれ、聖霊と呼ばれる強大な力を秘めた神様がいる。

 大陸が七つだから、当然、聖霊も七神、存在する。

 だから大陸にはそれぞれ、各大陸を守護する聖霊を崇める聖堂が必ず一つは建てられており、聖職者達は、在籍している聖堂が崇めている聖霊の力の恩恵を授かる。

 どの程度、聖霊の力を使えるかは、個人の適正によると言われている。

 七つの大陸の一つ、ザートゥルニ大陸には、七神の聖霊の中で最も強大な力を持つとされている聖霊『ワールド』が存在しており。

 『ワールド』を崇めている聖堂が、ザートゥルニ大聖堂。

 七つの聖堂の中で最も大きな、総ての聖堂を統括しているという大聖堂。

 他六つの聖堂で修行を積んだ、力のある聖職者のみが在籍出来る、全ての聖職者が目指す聖地だ。

 だから、ザートゥルニ大聖堂に在籍している聖職者達は皆、バケモノじみた聖霊の力を思い通りに使いこなす事が出来ると言われている。

 大聖堂で力を極めた聖職者は、時折、他の六つの大陸の聖堂に派遣され、各聖堂に在籍している聖職者達に指導を行う事がある。そういった派遣聖職者の事を『聖職師』と呼び、聖職者と区別される。

 当然、聖職師と呼ばれる者達と、地方の聖堂の……そんじょそこらの聖職者との力の差は歴然。人間の身でありながら、神の力――驚異の奇跡を使いこなす、人間の中で最も神に近い存在。

 ……それが、目の前の大男なのだ。


「……納得した。それで、あの強さなのか」


 どこの大陸の聖霊の力か知らないが……あの『風』の力。あそこまで使いこなせる人間には『聖職師』の肩書きが相応しい。

 人間の身で対峙して、敵うはずがなかったのだ。


「それで? そのお偉いサンが、なんだってヨウィス聖堂に派遣されたんだ? ……ていうか、『大聖堂から派遣される』なんて、よっぽどの事だと思うが……まさか、俺の位置がバレてたのか?」

「小僧! 容易く口を利くでないと……!」

「構わない」


 爺さんの剣幕を、大男が静かに遮る。


「しかし……」

「構わないと言っている」

「…………はぁ……」


 静かに諌められて、返す言葉も無い爺さん。

 この爺さんも、ヨウィス聖堂の中じゃ一番のお偉いサンに当たる訳だが、爺さんにとっちゃ、隣に座っている大男は、その身が崇める神にも等しき位置の存在なのだ。反論できるわけがない。

 爺さんが静まるのを横目で見届けると、改めて大男は俺に向き直った。


「私は、ある目的で数日前からこのヨウィス聖堂に来ている。それは、おまえを始末する為ではないのだが……予定が変わった」

「…………」

「おまえには、これから先、私と共に行動してもらう」

『………………は?』


 目が点になったのは、俺だけじゃない。

 その場に居た全員、大男の発言に凍りついた。

 ………………今、なんつった?


「勘違いしているようだが。元より大聖堂で定められている事だ。

 他のアルカナ憑きに関しては『始末』が我等聖職師の義務。しかし『悪魔の子』と呼ばれる子供――つまり、おまえを発見した場合に限り、我等に定められた行動は『連行』だ。『始末』は適用されない」

「……なんだって?」


 思わず身を乗り出す。


「そんなばかな!」


 しかし、俺以上に納得していない奴がここに居た。

 ……それは当然だろう。


「この小僧の処置が、『始末』ではないと!? そんなばかな! 貴方もよく知っておいでのはず! この小僧は十年前、たった一人で大国を滅ぼした『悪魔の子』なのですぞ!?」



 ――文献には、こうある。

 十年前。マルティス大陸という、比較的栄えた大きな大陸があった。

 しかし。マルティス大陸一の大国カルブンクルスは、一夜にしてその長い歴史の幕を閉じた。

 ……いや。多くの命とともに、存在自体が消えてしまった。

 たった一人の、年端もいかぬ子供の手によって――



「――しかるべき場所で処刑されるのが筋というもの! この小僧に限らず、過去、アルカナ憑きと呼ばれる者が幾度世界に災厄を齎したか……! アルカナ憑きを野放しにしておけばこの先どのような災いに転じるかわからぬ……っ 災いの元の始末は、元より総ての聖職者の義務ではなかったか!?」


 爺さんは、震える両拳で力任せにテーブルを叩く。

 ……その大きな音で、目が覚めた。

 張り詰めた空気。

 そんな中で、大男は微動だにせず、沈黙していた。


「どうなのですディン殿!」


 爺さんは、大男を睨みつける。

 …………ってか。

 ……『でぃん』、だって?


「履き違えてもらっては困る」


 重々しい沈黙の中、ようやく口を開いた、ディンと呼ばれた大男。


「我等、聖職者は世界の秩序を保つ為に在る」

「ですから、それならば……!」

「アルカナ憑きを滅ぼす事で世が保てるのなら、我等は遂行するだろう」

「…………?」


 意味が解らないのか、眉を顰める爺さんに向かって、


「『悪魔』を滅ぼすだけでは、世を保つ事はままならない、と言ったのだ」


 重圧を放つ、ディン。


「……それは……?」


 寝耳に水、といった状態。

 はじめて、爺さんの目に戸惑いの色が生じた。


「それは、どうゆう……?」

「おまえには知る権限がない」

「…………」

「数日前に話した通り、私は大聖堂の命で、あるアルカナの適格者を連行する為にこのヨウィス聖堂に来た。おまえたちヨウィスの聖職者が聖霊『ホイールオブフォーチュン』の声を受け取ったなら、すぐにでもこの地を出るつもりだった」

「アルカナの適合者? ……俺の事か?」

「いや。この土地には今、おまえ以外にもう一人、アルカナ憑きが居る」

「…………」


 びっくりだ。

 ……そりゃ、俺のような――ディン風に言えば『適格者』が、他にも数人いるのだという事は知ってはいたけれど。

 でも、会った事がない…………とは、言えないが。

 それでも俺は、俺以外に一人しか知らない。

 この世界にたった数人の存在。

 人間扱いされない、時には『悪魔』と呼ばれる者。

 体のどこかに、刻印を持つ者。

 ……そんな奴が、そんな近くに一人、居るなんて。


「元より、この国に住むアルカナ憑きを連行するその目的は、おまえを探し出す為でもある」

「……俺を?」

「そうだ。早かれ遅かれ、おまえは私に会っていた」


 そんなばかな。


「……俺だって……アンタを探していた」

「…………」

「アンタ、ディンっつうんだろ?」

「……そうだ」

「歳が合わないんだが……多分、俺の探している『ディン』は、あんただ」

「……そうだろうな」


 ディンはそう言うと、顎に手を当てる。


「アストワルドの名に覚えがある」

「親父を知っているのか!?」

「…………ああ」


 間違いない。

 聞いていたのより大分若いが、この男があの『ディン』なんだ。


「俺は親父に頼まれてあんたを探していたんだ!」

「…………」

「これを……っ」


 リュックを下ろし、一番底にある物を取り出そうとその中に手を突っ込んだ。


「……話は以上だ」


 と、俺の声――行動を遮るような形で、ディンはすっと立ち上がった。


「おまえの事情はどうあれ、おまえに与えられた選択肢は二択しかない。私と来る気があるならついて来い」


 言うや否や、ディンはスタスタと大股でドアに向かって歩き出した。


「…………」


 もう爺さんは何も言わない。

 そちらを見ようともしない。


「……まてよ! 俺の話を少しは……!」

「時間が無い」


 ドアの前に立ったまま、ディンは背中で語る。


「時間……?」

「決めろ、小僧。

 私に付くのか、目的を無くし彷徨うか。

 ああ、後者の場合は心配しなくてもいい。きっと迷い歩くのも、僅かな期間だろう」

「…………」


 ……そうだろうな。アンタに殺される訳だ。

 だが。

 それもいいかもしれない。

 俺にはもう、目的が無い。

 静かに立ち上がって、その大きな背中を直視した。


「……一つ聞きたいんだけど」

「…………」

「アンタの――大聖堂の目的はなんだ?」

「…………」

「俺なんか呼んで、何をする気だよ?」


 しばしの沈黙。


「私の目的は、殲滅だ」

「せん……?」


 意味がわからず、問い返そうとした、その時。

 室内の空気が、音を立てて凍りついた。

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