28.リキュールの決断
クレイドゥル国王の葬儀は……何故か盛大に執り行われた。
なんでも生前の国王の人柄を考えて、お祭り騒ぎにどんちゃんやっちゃった方がよい(いいのか?)というのが城内全員の意見らしくて。他国の王族を集めての丸二日間、国を挙げての一大葬祭となってしまった。
「いいのかなぁ……」
『いいんでないの?』
俺とエンペラーは門の近く――城壁に凭れかかって、街中の騒ぎを傍観している。
……なんだか、誕生祭の時よりも騒がしい。
『王族がそれでいいっつってんだからさ』
「そうなのかなぁ……」
リキュールとテンパレンスは勿論、アスキーとデスも元カルブンクルス国の代表者として、式典に参加していたりする。
『あの王様、こういう祭り好きそうじゃん』
「まぁなぁ……」
『国民のしんみりした面拝むよりもよ。国中の笑った顔が見れて。国王としちゃ、そっちのが断然ラッキーだろうさ』
「………………そっか」
『そーだよ。少なくとも俺様だったらそうしてもらいたいね』
エンペラーのいやに軽い口調に、なんとなく、心が軽くなった。
「……だな」
のどかな天気。流れる豊かな白い雲。そよぐ風。
空だって、なんだか喜んでいる気がする。
『それよか、おまえ。あれから姫さんに会ったか?』
「いや? っつうか、国王の遺体を運んでから今日まで、忙しかったじゃんか、リキュールの奴。当分会えないと思うけど」
『遺体なぁ……。本っ当あん時ゃデスが来てくれて助かったぜ。俺様がやっつけてたんなら、今頃遺体なしの葬式になってたところだった。恐らくこんなめでたい祭りにもならなかっただろうよ』
「ディンがアスキーを説得したってのが、まだ信じられないけどな。……一体どうやって言いくるめたんだか」
『…………その辺はちらっとデスに訊いてみたんだけどさ俺様』
「うん?」
『なーんも教えてくれんかった』
「だろうな…………それで? リキュールがどうかしたのか?」
『昨夜、ディンと話したんだが』
「ん?」
『姫さんのこと。国王死んじまったし。跡継ぎの弟もまだ小さいんだと』
「……弟なんて、いたのか」
『らしいぜ。んで現女王――姫さんの母ちゃんは国民の信頼にたる人格者ではないらしい。……だもんで、彼女は置いて行くかって結論が出た』
「………………そっか」
『…………って。いいのかよ』
「いいのかって。もう結論出たんだろ?」
『そうだけどさ』
「別にいいんじゃねぇ? ヨウィス聖堂の聖職者はリキュールの事好いてる奴ばっかだし。大聖堂はディンが抑えてくれれば、ここに聖職師が来る事も無い。リキュールはあんな性格だし、テンパレンスが暴走することもないだろ。リキュールがここに残っても危険は無い。なら、"お姫様"がこれ以上、危ない橋を渡る事はない」
『そうかぁ……そうきたかぁ…………』
「……なんだよさっきからその妙に引っ掛る言い方」
『いや。これもセーシュンの形かぁ……ってさ』
「……アホか」
壁につけていた背を離す。宿屋に帰ろうと足を進めるが、ふと、頭に奴の言葉が過ぎって振り返った。
『? どうした?』
「そういや訊かないなと思って。こないだはしつこいくらいに訊いてきたのに」
『って俺様が? なにを』
「ほら、『おまえの意思で決めろ』とかなんとか」
『……ああ。それか』
「俺、あれから何にも口にしてないんだけど」
『それだったら、もう十分に聞いたさ』
「はぁ……?」
『答えは聞けた。あれで十分だ』
「…………よくわかんねぇけど。そんならいいのか」
『ああいいんだ。……さて。今日はこれからどこに行くんだ? エビル』
「宿屋に帰って荷物を纏める。んで、ディンの所に向かう。リキュールを置いて行くんなら、出発はいつでもいいって事だろ?」
『別れは早い方がいいってか。ふむふむ……』
「………………付き合ってらんねー……」
『あ。おい待てよエビル! 冗談だってば、エビルって!!』
荷物を纏めて聖堂に着いた俺達は。
「おっそーい! エビル、エンペラー! どこで道草くってたのよ!?」
そこに居た人物に、揃って目を丸くした。
門の前で、腰に両手を当てて仁王立ちして待っていたのは、黒い目黒い髪。背中にリュック。最初に会った時よりもさらに軽装姿になったリキュールだった。
「リキュ!? どうして……」
『姫さん……城にいたんじゃ……?』
『リキュは世にも怠惰な貴方方と違って真面目ですから。本日早朝にディンの元を尋ねてました』
門からさらにテンパレンスが現れて、しれっと告げる。
『はぁ……?』
「ほら。わたしたち、出発の日を決めていなかったでしょ? ……って、エビルたちはいつ出発するのか気にならなかったの? 暢気だなぁ。わたしは旅自体始めてだから、気になって気になって仕方なかったっていうのに」
「っていうか、リキュ!?」
エンペラーより早く金縛りから解けた俺は、リキュールに詰め寄った。
「? どうしたの?」
「おまえ! 残るんじゃなかったのか!?」
「……なんのこと?」
「だって城には……」
幼い弟と、女王が……そう言おうとした矢先、リキュールは俺の目の前に何かを突きつけてきた。
「い……っ モリ……ネコ!?」
「うん、ほら、元気になったよ。勿論このコも連れて行くんだから。エビル、このコの事心配してたでしょ?」
「う、い、いや、そのコのことも心配だった、けどさ……!」
本当は色々あって忘れてたんだけどさ……!
「姫は再び選択した。だからここに居る」
「ディン!?」
声にそちらを向けば、やっぱり門から荷物を肩に担いだ黒衣のディンの姿が出てきた。
「選択って……」
「旅に出るそうだ」
「! いいのか!?」
「いいもなにも……エビルたちにはそう言ってあったでしょ?」
俺が目を見開くと、「忘れたの?」と、不機嫌そうに頬を膨らまかすリキュール。
「そりゃ言ってたけど、あの時とは状況が……」
「ん? うん。結局ね。何も変わらなかったの」
「………………はぁ?」
リキュールは目を閉じ、小さな手を胸に当てた。
「お父様が亡くなられて、正直わたしどうしようか迷ったの。このまま国に残ってお母様達を支えようかって。でもね」
「………………」
「お母様に言われて気づいた。確かに状況は変わったけど。わたしの気持ちは何にも変わっていなかった」
「リキュール」
「ううん、一層気持ちが強くなってた」
言って、リキュールは黒い瞳で俺を見る。
「わたし、エビルと一緒に行くよ」
強い視線で告げると、最後ににこりと笑った。
「…………いいのか?」
「いいも悪いも今わかんないよ。でも、今の城の状況とか国のこととか、この先のこと。わたしなりに一生懸命に考えた。それでもわたしが一番したいことは揺るがなかったんだから大丈夫だと思う。エビルの意見もしっかりと聞かせてもらったし」
「俺の意見?」
……はて。何のことだ? そういえば確かリキュールもエンペラーと同じこと言って怒っていたような……。
眉間に皺を寄せるとリキュールは不思議そうな顔で小首を傾げた。
「言ってたじゃない。もう目の前で誰かが死ぬのは、嫌なんだーって。だからエビルは行くんでしょ?」
「……………………は?」
リキュールの言葉を噛み砕いて数秒後。思い出して、一気に顔が赤くなった。
「…………! おまえ、聞いて……!?」
「聞こえてたよ。だからわたし、今生きてるんでしょ」
「……………………!!」
恥ずかしい。
何が恥なのかよくわかんねーけど、それでもやっぱり猛烈に恥ずかしい……!
らんらんとやけにゴキゲンなリキュールにわなわなと肩を震わせていると、テンパレンスが耳打ちしてきた。
『エビル。リキュがハイなのは一時的なものですから』
「一時的?」
『………………リキュ。今、相当沈んでいます』
「……………………」
……だよなぁ……。やっぱ。
「……それでなんであのはしゃぎっぷりなんだ?」
『実は私達、ディンの部屋を訪ねる前に、もう一度地下礼拝堂に向かったのです』
「古時計のところに? ……なんで」
『確かめる為に』
「……確かめるって…………一体何を?」
『それは言えません』
「あらら……」
肩透かしをくらって思わずよろめく俺にテンパレンスはさらりと告げた。
『聞きたいのであれば、貴方もホイールの元を尋ねてみてはどうですか?』
「冗談。二度と行く気になれないってあんなとこ。翻弄されて終わりな気がする。な。エンペラー」
『同感。……で? どうするんだディン。まだぼっちゃん王子とデスの姿は見えないようだが』
「……このまま出発する。昨夜デスを連れて奴が私の元を尋ねてきた。後で来るから自分達に構うな、だそうだ」
サングラスに手をやり、ディンが答える。
『一緒に行動まではしないってか』
「『最大限の譲歩』だそうだ」