27.デスの特殊能力
エンペラーの大声に意識を取り戻すと、目前でフールが鋭利な爪を自分の心臓目掛けて振り下ろす……まさにその瞬間だった。
爪が、自分に迫る。しかし体は、金縛りにあったように動けなかった。
「…………っ」
衝撃に備え、硬く瞑った目。
「…………………………っ」
しかし、いつまでたっても痛みは訪れない。
「…………?」
おそるおそる目を開けると、そこにフールの姿はなかった。
代わりに目前で揺れる黒い法衣。
『まさカ……ソンな……』
驚愕の声は、フールから漏れた。
「え……!?」
状況を確認して、驚いた。
フールの爪を受け止めているのは――大鎌。
「……デス!?」
デスは俺の声には答えずに、大鎌を器用に操る。次の瞬間、フールを刈ろうと鎌が一閃。これを大きく後ろに跳んで避けたフールを、さらに彼女はクールに追撃する。
「間に合ったか……」
声に振り返るとそこに、ディンとアスキーの姿があった。
「………………どうして……」
異様な組み合わせ――特に、この場に現れたアスキーの姿に思わず仰け反る。
「まさか、このような事態になっていたとは……」
俺の口にした問いには答えず、つかつかと目の前を素通りすると、リキュールの元へ歩み寄るアスキー。
「…………遅れてすみませんでした。姫……」
そっと、意識の無いリキュールの手をとって、沈痛な面持ちで握った。
「この塔の結界が破壊されなければ我々も気づけなかった。このような事になっていようとはな……」
いつのまにか、ディンが俺の横に立ち、戦況を見つめていた。
「破壊……? …………ああ、壁か……」
部屋の外――フールが自分で破壊して、自分で落っこちていった廊下の壁を指すとディンが頷いた。
『大丈夫かエビル!』
いつのまにか、エンペラーが飛んできていた。
「ああ。すまん。こんなことならさっさと合体してればよかったな……」
『馬鹿言え。そもそも姫さんのことがあったおまえに集中できるはずがねぇだろ』
……そりゃそうか。
平然と言ってのけるエンペラーに苦笑を浮かべる。
時々言い争う事もあるが、結局こいつが一番……俺以上に、俺の事を理解している。
『お、あっちはもうクライマックスだな……って、おいデス! てめぇ突然しゃしゃり出てきて手柄を横取りしてんな、そいつは俺様がやる!』
「まったく。主も阿呆ならアルカナも阿呆か……」
じたばたと大声を張り上げるエンペラーに、リキュールに付き添っていたアスキーがわざとらしく深い溜息をついた。
『なにをう!? このスカシぼっちゃん王子が俺様に向かって意見するつもりか!』
「そこで黙ってみていなさいエンペラー。貴方方の出る幕ではない。……デス!」
『了解しました』
フールの風を鎌で斬っていたデス。
彼女もテンパレンスと同様、アスキーの言葉にのみ、静かに応じる。
アルカナ随一の敏捷性で、デスの鎌は難なくフールを捉えた。――そして。
『…………ふ……っ』
フールの動きを利用し、腹から背へ。その捻じ曲がった身体を静かに刎ねる。
「…………すげぇ鮮やか」
『……まぁ、デスだからな……』
力任せのエンペラーのそれとは全く異なる。事を成し、鎌を振り下ろしたその姿は、優美ですらある。
「……当然です」
アスキーは満足そうに頷いた。
まさしくあっという間に、真っ二つになった体。
上半身はそのまま飛び、下半身は…………その瞬間、黒い塵と化し、静かに散る。
パラパラ、パラパラと――
「……………………王様……」
雪のように降り積もる黒い塵。
人だったものを眺めながら、毎回……いや、今回はそれ以上に悲しくなった。
フールに憑かれた人の死体は残らない。
……あのお祭りの日。演説の時と、バルコニーに居た時と……それだけしか見たことはなかったけど……厳格な雰囲気を持ち合わせながらも、優しそうなおっさんだった。
自分の誕生祭に集まってきてくれた人たちに、そして、祝ってくれたリキュールに、なんだかとても幸せそうな笑顔を浮かべていた王様。
……決してこんな……こんな死に方をしていい人ではなかった……。
『………………そうか……忘れていた』
俺と同じく、静かに黒い塵を見ていたエンペラーが、呆けた表情で呟いた。
「…………どうしたエンペラー」
『あれ』
顎で指す。
散ったはずの黒い塵が、いつの間にか、落ちた地でモコモコと凝縮し始める。
「…………なんだ!?」
『……ほら。俺様も失念してたけどよ。……デスの能力』
「………………あ」
そうだ。
デスの特殊能力は、繋がりを絶つことだ。
彼女は、土地とアルカナ、人とアルカナ、四大精霊とアルカナとの繋がりを絶つ事の出来る唯一のアルカナである。
『そうだった……俺様、今までアレに苦労させられてたんだっけ』
わしわしと後頭部を掻くエンペラーの視界で、アスキーは涼しい顔をして、くるくると回転しながら飛んできたフールのカードをぱしっと掴んだ。……あれは恐らく、上半身が変化したものだ。
そして下半身である黒い塵は――それが当然のことであるかのように、王様の身体を再現してみせたのだった。