22.ディンの決断
リキュールが目覚めた後、俺達はエンペラー達が待機している隣の部屋――ディンの借りている聖堂の客室に移動した。
客室といっても質素な造りで、中には木製のベッドと机と椅子があるだけだ。窓から穏やかな日の光が差し込んでいたが、それでも室内は薄暗かった。
「そうか……デスの適格者と知り合いだったか……」
呟いて、ディンは考え込んでしまう。
「……姫。おまえは知っていたのか? 知り合いの王子がアルカナの適格者だという事を」
「いいえ。アスキーと会ったのは十歳の時で……まだ自分が適格者だという自覚もありませんでしたし。その時はデスの姿は見えませんでした。テンパレンスはわざと黙っていたようですけど……」
『リキュは知らなくてもいいことです』
「……テンパレンスったら」
ぶぅと頬を膨らまかせるリキュールの顔を見ないようにしてテンパレンスはしれっと口を開く。
『デスとその適格者がこの国に入った時。私は彼女に気づけませんでした。私が街や近辺で彼女の気配を感知したのは、一昨日、聖堂で彼女がエンペラーと戦闘を行った時。昨日、裏の森で遭遇した時。そして今日、先ほど広場でリキュと彼等が対面した時。この三度だけです。
……気になってはいたのですが。昨日裏の森で彼女に遭遇した際、彼女は突如その気配と共に我々の前に姿を現しました。去る時にも、まるで宙に解けるように、その気ごと消失……したように感じたのですが……』
「テンパレンスでも気配を察知できないか……デスは完全に気配を消す事が出来るのか……? いや……」
「俺達との鉢合わせを狙ってやがったようだしな。エンペラーに居場所を気づかれたら敵わん……ってんで、死ぬ気で気配を殺してたんじゃないか?」
ベットに仰向けで寝転がりながら俺が言うと全員の視線がこちらに集中した。
「エビル……」
木の椅子に腰掛けた状態で、心配そうに俺を見るリキュール。
「アルカナ同士であれば、無意識だろうが、ある程度近づこうものなら判るだろう」
窓際でいつものように仁王立ちしていたディンが、エンペラーを見る。
視線に気づくと、戸口に凭れかかったまま、ゆるく首を振るエンペラー。
『近づいてもわからんかった。最初はぼっちゃん野郎一人かと思った程だ』
「あの時デス、黒い霧状になってたしな。俺、あんなの初めてみた」
「………………」
ディンはしばし考えた後、顔を上げる。
「奴は今もおまえを探し回っているんだろう?」
「ああ。結局、詳細を話してる暇なんてなかったし。っつうか、聞く耳持たないって感じだったしな。エンペラーも言ってた。今後俺等がフール退治のために聖職師についてくっての、あんたから話した方がいいってな」
「そうか……。好都合だ」
「好都合?」
「デスを仲間に加える」
「…………!」
「嘘だろ!?」
立ち上がったリキュールが何かを反論する前にガバっと身を起こした。
「あんた、何を言ってるんだ? 奴にとっちゃ天敵の「俺」が居るんだぜ? それ知ってて、一緒に行動しろ、だなんて……正気の沙汰と思えない」
「その者は、亡命国とはいえ、一国の王なんだろう?」
「はい、ですが……っ」
「おまえが暴走した理由も知らない」
「! ……なんでンな事てめぇが知って……!」
「悪いな。聖堂の個室の壁は薄いんだ。隣の部屋まで丸聞こえだ」
「……マジか!?」
エンペラーを睨む。
『……ちゃんとおまえに忠告しに行こうとしたぜ? 俺様は。けど』
エンペラーが不機嫌な視線をちらりとディン、それからテンパレンスに向けた。……成る程。止められたというわけか。
「趣味悪ぃ……」
『貴方こそ言葉が悪い。それに、リキュに教えて何故私達に隠そうとしますか。これから行動を共にする者の過去であれば知っておきたいと思うのが普通でしょう』
「火種も知らないようでは対処の仕様もないだろう」
悪びれもなく言ってのける二人。
「……対処って……ンな、一国ぶっ潰した理由なんて、話したところで事実が変わる訳じゃないだろ。『国を潰された王』にとって俺は『敵』でしかない。現にアスキーは、もう十年も前から俺を追ってきてんだぜ?」
「敵を討つ責任か……。……だが、王として、知る責任もあるはずだ。聞く義務もな」
「けど……!」
「これ以上おまえと話を続けても無駄なようだ」
ディンは扉の前へ移動する。
「おい、ディン!」
「これから、デスとその適格者に接触する」
俺が呼び止めると、相変わらず威圧感を放つ大きな背中は開いた戸口でぴたりと止まる。
「……おまえたちはおまえたちでやる事があるのだろう」
それだけを言い放つと扉が閉まり、奴の背中は見えなくなった。
「…………マジかよ……」
溜息をつきながら、再びベッドに仰向けになった。
片腕で両目を覆うと目を瞑る。
「……エビル」
真っ暗な視界の中、近くに立ったリキュールの心配そうな声がかかるが……悪いけど今は平気な面でそちらに向き直ってやれる余裕もない。
……アスキー達に……接触するだと?
あいつらにとっちゃ、ディンは『敵を保護しているらしい得体の知れない聖職師』なんだぞ? おとなしく話を聞くとも思えない。大立ち回りになるのが目に見えているじゃないか……。
ディンの申し出にアイツがなんて言うか。どんな面をするのか。はっきりいって、見物である。
『エビル、エンペラー。意気消沈している時に申し訳ないのですがクレイドゥル王を捜してはもらえませんか。じきに日が暮れます。暗くなる前に王を見つけたいのですが……』
「…………ああ。わかってる」
短く答えると、そのままの体勢で深呼吸一つ。
吸った息を腹の底から吐き出した後で、勢いよくベッドから身を起こすと、
『……手分けするか』
丁度エンペラーも凭れていた壁から背を離した。




