18.影響
そんなこんなで。古時計の特殊な空間で結構な時間を過ごした。
朝日でも拝めるかもしれないと思いきや、現実の世界の様子は地下に入る前とさほど変わりはなかった。あの特殊な空間では時間も経たないのである。
聖堂の時計は、十一時半過ぎを示していた。
俺とディン、リキュールとテンパレンスは聖堂を出て、揃って帰路についていた。
リキュールは、今晩は城に泊まり、明朝王様にホイールオブフォーチュンの言葉を報告するという。
「ねぇエビル。エンペラーさんはどうしたの?」
聖堂に向かう時と同様、ディンの後ろを歩いていたリキュールがくるりと俺を振り返った。
「あぁ……なんか、他にも訊きたい事があるとかで一人で古時計の所に残った。宿屋の場所も知ってるし、用が済んだら合流するんじゃないか? ただでさえあそこ時間経たないみたいだし、すぐに追いかけてくるだろ」
「ふぅん……? 一緒にいる時に訊いたらよかったのに」
『ホイールオブフォーチュンが人に伝える事には制限がある。リキュたちが居ては出来ない話だったのでしょう』
「テンパレンスはよかったの? 訊きたい事」
『え?』
「あったんでしょう?」
『…………ええ。ですが奴が素直に教えてくれるかどうか』
「って事は。実は相当な捻くれ者か? あの古時計」
『ええ……まぁ……。何しろ未来が見えているそうですから』
「? そんなもんなのかなぁ……」
『私には、奴がまだ何かを隠しているように思えるのです』
「………………」
隠している、か……。
「隠しているっていうより、言う必要が無い、か、もしくは言えないだけかも。制限されてるんでしょ?」
『まぁそれはそうかもしれませんが……』
リキュールの言葉に、顎に手をあて何事かを思案している様子のテンパレンス。
「テンパレンスは古時計も苦手なんだな」
『は?』
俺の言葉に、テンパレンスは振り返ると間の抜けた声をあげた。
「いやほら。テンパレンスってエンペラーを毛嫌いしてるだろ? 話聞いてると、それと同じかなぁって……」
『全然違います』
こっちが引くほど、鮮やかな即答だった。
「…………そうなの?」
『えぇ。苦手と言うのであれば他にもいますし。それにエンペラーに関しては嫌うというよりも……』
「何」
『……いえ。やめましょうこのような不毛な話は。それよりもリキュ』
「なに?」
『貴女は結局どうするつもりですか。その様子からは迷いを感じられません。決断したのでしょう』
「! そうなのか?」
「うん、まぁ……お父様に報告してから、と思ったんだけど……」
言ってリキュールは立ち止まるとくるりと振り返り、俺達の顔を見回してこほんと咳払いした。
「えっと。わたしもディンさんについていきたいと思います。みなさん、不束者ですがよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。見ると、先頭を黙々と歩いていたディンまでもいつのまにかリキュールを見ていた。
『………………やはりそうですか』
溜息のテンパレンス。
「ふ、不束者って……。それに、"も"ってなんだよ、"も"ってのは」
「え? 当然エビル達は行くんでしょ? 違うの?」
「………………」
リキュールの発言の瞬間、膨れ上がる殺気。先頭で放つディンの無言の圧力にうっとなる。
そりゃあ選択権はおまえたちにあるっつったって俺に与えられたのはたったの二択で、ついてくるか死ぬか……だったもんな。うん。問答無用だった。
「そりゃ、……別に今後の予定もないし。ディンの目的って、要するにエンペラーを強くして、フールの大元をぶっ潰すって事だろ? 行かない理由がない」
「エビルそれ変だよ」
俺の言葉に、何故か不機嫌そうに頬を膨らますリキュール。
「何が?」
「予定も無ければ断る理由もなしって、やる事ないから付き合ってやるーって言ってるみたい。エビルの意志がないっていうか。そもそもエビル、選んでない」
「そんなことないよ。ついてくって意思表示してるじゃん……」
と、ずしっと何かが頭上に乗っかった。
『勘弁してやってよ姫さん。こいつ昔からこうなんだ。根っからの面倒臭がりなの』
見上げれば、いつからそこに居たのか。エンペラーの太い腕が俺の頭に乗っかっていた……って、こいつめ。半透明なところ、わざわざ魔力使って影響受けさせることか? これ。
「お帰りなさい、エンペラーさん」
「……誰が面倒臭がりだよ、おまえに言われたくは……!」
「確認は終わったのか」
遮るように低い声が響いた。見ると、ディンがエンペラーを直視している。
『……あぁ。一応はな』
視線だけを合わせて不機嫌に言い放つエンペラー。
『つうか、あいつ。幾ら訊こうが全然吐かねー。根性悪いんでやんの』
「あ、やっぱそうなんだ?」
『まぁ奴らしいですけどね』
『久々だってんのに愛想ないしよ。ったくあの大きな古時計野郎、生意気だって』
「……いいの? そんなこと言っても。ホイールさんこのヨウィスの土地の神様なんだし。今も聞いてるんじゃない?」
「そんな怯えなくたって大丈夫だってリキュ」
『そうそう。もう訊くだけ聞いたし、当分面合わせるこたないだろ』
『あなたたちは……。一つ忠告しておきますが、奴は根に持つタイプですよ?』
「テンパレンスまで。心配性だなぁ。あんな石板怖くもなんともないって」
『どうせ古時計の奴、怒ろうにもあそこから動けないだろ、こっちから行かなきゃどうやったって仕返しなんて出来ねー……』
その時。
ゴゴゴと音を立てて、地面が大きく揺れ動いた。
「………………じ、地震……?」
『……………………』
――貴方方。そんなに僕を怒らせたいのですか?
なんだかそんな子供の声が聞こえてきそうな揺れが一、二分ほど続いた。
間も無く、怒りの大地はゆっくりと静まった。
「……ほらね怒ってる。旅立つ前にちゃんと謝りに行った方がいいよ二人とも」
「えー、面倒臭ぇ……」
『……ちゃんと聞いてますよ……ってか。相変わらず根性悪ぃ……』
「エビル! エンペラーさんも! これ以上怒らせて街が壊れちゃうような事態になったらわたしとテンパレンスも黙ってないんだからね! ね、テンパレンス!」
『ええ。どうやら彼ら、命は惜しくないようです。リキュのお許しが出た暁には、貴方方の望み通り、この私が腕によりをかけて、二人まとめてじっくりたっぷり料理してさし上げるとしましょう。ええ、腕によりをかけて』
『…………スンマセンもうしません!』
エンペラーと二人、背筋をびしっと伸ばして声を揃える。
俺達にとっては地震よりヨウィスの神様よりこっちの方が断然恐い。
って、これは…………ひょっとしなくても謀りやがったのか? あの古時計。