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16.地下礼拝堂

 辺りにはまだ、興奮冷め止まぬといった具合の人々の陽気な笑顔が溢れていた。

 そんな中をディンは相変わらずのお通夜のような仏頂面ですり抜けて、真っ直ぐに聖堂へ向かっている。

 その後ろを、正装を脱ぎ朝の身軽な姿となったリキュールとテンパレンス、最後に俺とエンペラーが続く。

 城下街の人か。ディンの馬鹿でかい図体にびびった後で、リキュールの姿に気づき朗らかな笑顔を浮かべる。しかし、誰もが声をかけようとして、一人の例外もなく彼らは口を噤んだ。


『さっきから顔上げないな。姫さん』


 両手を後頭部で組みながら、俺の隣でエンペラーがぼそっと呟く。


『あのディンの雰囲気に飲まれず対等に話すなんざ随分肝の座った姫さんだと思ったが……さすがに緊張してんのか』

「……それだけじゃないだろ」


 こちらから見れるのは背中だけで、その表情まではわからない。だが纏う空気は、ちょっとでも突けば裂けてしまうのではないかと思う程に張り詰めていた。……恐らく彼女は。


『心配か?』

「あぁ、心配なんだろうな。リキュが気に病んでるのはさっきの件だろ。あいつきっと王様の事…………って。今、何つった?」

『おまえに、心配してんのかって訊いたんだよ。姫さんのこと』

「? なんでそんなこと訊くんだよ」

『いや? セーシュンしてんなぁ……って』

「あほか。……って」


 突如膨れ上がった尋常じゃない殺気に前方を見ると、……一体いつから見ていたのだろう。リキュールの隣を歩いているテンパレンスの横顔がこちらを覗いていた。


「……ほぉら見ろおまえがくだらねー無駄口叩いてっから俺まで……!」


 リキュールに気づかれないよう無言で、呪い殺さんばかりの眼力をこちらに放っていらっしゃる。


『…………うわ恐いテンパレンス。いやマジ恐いってそれ』




 そんなこんなで辿り着いたヨウィス聖堂。

 例の回り道のおかげで、すっかり真夜中な時間に門を叩く。


「あ、あれ? お帰りなさ……って、ディンさん? こんな時間に人を入れては……って、ひ、姫様まで…………これは一体……?」


 出迎えたひょろ男に構うことなく奥へと突き進むディン。


「夜分遅くにすみません」

『お勤めご苦労様です』

「よう」

『また邪魔するぞー』


 ディンの代わりに俺達が声をかけて通り過ぎると(アルカナの声は聞こえてないと思うが)、ひょろ男はますます慌てふためいて「あわあわ」していた。動きから想像するに……俺達のことを黙認しようか、上に報告に行こうか迷っているようである。

 礼拝堂の奥にある古い扉を開ける。その先に続く、窓一つ無い石造りの細い廊下を進み、一段と闇の濃密な地下に続く狭い階段を下りる。所々にかけられた松明の明かりだけが頼りだ。

 そして。ディンが足を止めたのは聖堂地下にある最奥の部屋だった。木で出来た両開きの古い扉を開ける。さび付いた音と共に、視界が開かれた。

 まず目に付いたのは、奥の壁の大きなステンドグラスだった。

 地下にあるというのに鮮やかに光り輝くその真下に立つのは、ヨウィス大陸を守護すると言われている御神体だ。

 扉から御神体へ真っ直ぐに伸びる一本の通路に沿って左右均等に長椅子が並べられている。この部屋の造りは、見たところ上の礼拝堂と同じだった。しかし松明一つ存在していないのに、部屋は不思議な発光で満ちていた。

 辺りを漂う空気も違う。荘厳というか神秘的というか、……何かがいるなという気配だけが濃密だ。

 ……と。視界の隅で何かが移動する。


「……なんだこりゃ」


 虹色に光る、まるで人魂のように幻想的な『灯り』が、蛍のように宙を舞っていた。


「うわぁ……」


 リキュの声に振り返る。彼女は天井を仰ぎながらゆっくりと一回転していた。浮かべる笑顔に、つられて見上げてビビッた。高い天井下にたくさんの『灯り』が密集していた。ざっとみてもその数、数百……いや、数千はあるんじゃないだろうか。


「な、なんだ……?」

『魂だ』


 腕を組み、なんでもない事のように見上げていたエンペラーがぶっきらぼうに告げる。


「…………マジに人魂ってか?」

『この大陸――ヨウィスで果てた魂だな。……っつっても、別に人だけのものじゃないぜ。ここには全ての生命の魂が集まる』


 時折天井の一握りが降りてきて、リキュの髪を攫う。


「あ、あはは……くすぐったいよ」

「……大丈夫かよ? なんかリキュの周り、魂ってやつに完全包囲されてるけど」

『よほど好かれているんだろう。まぁ、害はない。ここにある魂はどこにも堕ちなかったものだけだからな』

「あいつら……リキュのことがわかるのか?」

『それはない。こいつらは何者でもない。魂になるとな。持っていた記憶は全て記録として身に刻まれるんだ。中には何も入ってない』

「刻まれる?」

『あー……ほら、動物の……犬だの猫だのの模様みたいなもん、かな。自分そのものになっちまったから、自分じゃわからなくなるんだ』

『……………………相変わらずですねエンペラー。しかし、その知能を持たない赤子のような回答はどうかと』


 後頭部を掻くエンペラーに再びテンパレンスのジト目が突き刺さる。


『うるせぇな。俺様は説明ベタなんだ。感性で生きる男なの!』

『威張って言う事ではないと思いますが』

「……まぁ、おかげで掴み易いけど」


 フォローすべく声を上げると瞬間、テンパレンスの視線がこちらにも刺さった。リキュールの手前、俺には発言しないようだが……無言で睨まれる方がなんか恐い。……まぁ、皆まで言わなくてもわかるけどな。『アルカナがアルカナなら主人も主人ですね』と言いたいのだろう。


『とにかく、だな』


 テンパレンスの殺気を払うように、エンペラーが大きく咳払いをした。


『こいつらは生という概念から解放された存在。ただ在るだけだ。中身が何も無いからな、子供と変わらん。無邪気なもん……って、そら。おまえの所にもきたぞ』


 エンペラーのからかうような声に見ると、いつのまにか一つの魂が俺の傍に寄ってきていた。

 恐々とこちらに近づいてくる。まるで俺の様子を窺っているかのようだ。


『大陸で果て、魂となった命は、まずその大陸の聖堂に引き寄せられる。そこからザートゥルニに送られて、無の海に放り込まれてまた芽吹く……その繰り返しだ』

『その答えもどうかと……』


 エンペラー達の冷たい戦争を無視して、魂をマジマジと観察してみる。まるで真珠が虹色に発光しているような不思議な存在だった。やわらかいのかな。触れてみようと片手を伸ばす。

 と、いきなり魂が速度を上げ、俺の頬を掠めた。


「うわ……っ」

「え? え? どうしたの?」


 見るとリキュールにじゃれていた魂も、物凄い速さでそこらじゅうに散っていく。


『聖堂に引き寄せられているというよりも、彼らは――』


 テンパレンスが向き直った。


「………………!」


 視線の先には仁王立ちのディンの背中――その奥で。

 御神体が光っている。


『上等です聖職師。僕の願いをよくぞ聞き届けてくれました』


 どこからか子供の声が響く。瞬間。御神体から光る何かが飛び出した。

 同時にディンの足元から発生する上昇気流。一瞬で、ディンの大きな体が飲まれ、掻き消される。


「! ディン!?」


 それだけでは飽き足らないのか、激しい上昇気流は津波のようにこちらへ迫る。テンパレンスが、エンペラーが、そして――


「…………きゃ!」

「リキュール……!」


 リキュールの体が消し飛ばされる寸前、助けようとその手を掴んだ。

 瞬間、下から吹き付ける風。

 ――体が、吹き飛ばされ……!

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