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14.クレイドゥル国の王女

 やがて、王の演説が始まる。

 隣に並ぶリキュは、大きな瞳を閉じ王の語りに静かに耳を澄ます。

 演説が終了した後、リキュは白い箱を王に手渡した。

 王が開けると、中にはクリスタルで出来たモリネコの彫像。

 嬉しそうに王が掲げれば、歓声と拍手が轟いた。

 微笑むリキュ。

 俺はそれを、エンペラーの隣で呆然と見ていた。

 ――なんだありゃ。

 つか、誰だ。あれは。

 大歓声の中、二人が奥へと姿を消す。


「……いくぞ、エンペラー」

『は?』

「いーから!」


 返事を待たずして、俺は当初の目的である城内を目指してひた走った。




「……別に、隠すつもりはなかったんだよ?」


 正装のリキュは、こんだけ近くで見たって、昼間隣で笑っていた少女とは別人のような雰囲気を醸し出していた。

 瞬く星空の下。先ほどまで王が演説していたバルコニーで、人目を憚り、二人並んで腰を下ろしている。


 乗り込んだ城内で、ものの見事に聖職者やら警備兵などに囲まれた俺達だったが、階段から降りてきたリキュと、王の一声で事無きを得た。

 王は、その柔和な顔立ちの通りの人格者なようで。アルカナの適格者である俺を見ても警戒はしなかった。

 ……むしろ、喜んでいた。

 娘に、同じ境遇の友達が出来たことに。


「…………オヒメサマ。だったのか……おまえって」


 晴れた夜空の下。月明かりと、下に幾つか建っている背の高い外灯の光が自分達を照らす。

 見事な星空を見上げたままボソリと言葉を吐くと、暗がりで結い上げていた髪を解いたリキュは、「えへへ……」と力なく笑って膝を抱えた。


「――本当の名前はね。リキュール。リキュール・ヴァライエティ・クレイドゥル」


 髪が柔らかく夜風に流れる。

 甘い香りがほんの僅かに漂って、鼻腔を擽った。

 やや俯き加減で、リキュ……いや、リキュールは、しっかりと自分の名前を紡ぐ。


「リキュっていうのは、渾名なの。街の人も呼ぶ時畏まっちゃうでしょ。だから」


 言って、暗がりの俺の様子を窺う。


「…………」


 下の騒ぎをやけに煩く感じていた。きっと、それを表情に出していたのだろう。

 しばらく続いた沈黙の後、やがてリキュはおずおずと口を開いた。


「えっと、別の所に住んでるっていうのは、話したよね? お父様の誕生祭の数日前に迎えが来たのだけど……わたし、脱走したの。モリネコをどうしても見つけたくって。迎えの人達にはちゃんとそう言っておいたんだけどね? そしたら心配したお父様が街中にビラを配るんですもの。だから、変装してたの。フード被って」


 下から、相変わらず人々のざわめきが聞こえてくる。

 それぞれに夜空を見上げて、何かを待っているようだった。

 もちろん、俺は興味が無い。

 彼らが一体、何を待っているのかも。

 溢れる笑顔。醸す楽し気な雰囲気にも。

 だからそれらはものすごく他人事で。俺は冷めた目で人々を見下ろしていた。


「…………あのね、エビル」


 リキュールは、遠慮がちに口を開く。


「さっきエンペラーさんから聞いたの。エビルがすごく、心配してくれてたって」


 ぎくっとした。

 なんか、……バレた?……って、そんな感じがする。……一体何がバレたのか、わからないけど。それでも、エンペラーのお喋りを呪った。

 ちなみにエンペラーとは城の中、リキュールと遭遇しバルコニーへ案内されている最中に別れた。テンパレンスに話があるのだという。

 だから今このバルコニーには俺とリキュールの二人しか居ない。

 隣から、リキュールの視線が痛い位に頬に突き刺さってきて……

 ……てな言い方はおかしいか。彼女はただ、俺の返答を待っているだけだ。

 でも、それがとても気まずくて。たまらず俺は声をあげた。


「……別に。心配なんて」


 ――そう。俺は、ただ。

 昼間にリキュールに助けられた。だから。


「借りを、返したかったんだ。それだけだ」


 そう。ただ、それだけ。

 だって、こうして彼女が隣にいる今が……二人きりという状況がひどく煩わしい。

 早くエンペラーたちが戻ってこないかななどと思う。

 昼間の、新鮮でどこかワクワクしていた感じとはまるで違う。俺の中は徐々に徐々に冷たさを増していた。まるで、心に直接、ひゅうと、容赦ない冷風を当てられ続けているかのように。

 ――ヒュンと。

 どこかで本当に、何かが走る音がした。


「――それでも。 ここからエビルの姿が見えた時、嬉しかったんだよ」


 リキュールの一言を、まるで掻き消すかのように。ドーンと腹の底から響く大音量と共に、夜空にぱっと光の大輪が咲く。

 瞬間、ドッと人々の歓声が上がった。

 …………。

 微かに聞こえたその声にチラッとそちらを見遣ると、リキュールが笑顔を浮かべていた。


「きっとキミと同じくらい、わたしもキミの体を心配したけどね」


 演説の際目にした、上品な微笑みでは決してなく。

 それは無邪気そのものだった。


「ありがとう」


 再び上がる花火の光に――リキュールの笑顔が照らされて。

 眩しくて、少し目線を逸らした。


「……あ、あのさ。リキュ」


 少し気恥ずかしくなって、次々と上がる花火に目を向けつつ口を開く。


「うん?」

「なんで城に……、親父さんと離れて暮らしてるんだ? リキュは……お姫様、なんだろ? 聖職者が来たって、城が護ってくれるんじゃないのか?」

「……うん、えっとね」


 リキュールは、同じように夜空に咲く大輪を眺めつつ、考え込む。

 それも一瞬。


「やっぱりね。まずいんだって。お父様の娘でも。……ううん。お父様の娘だからこそ、なのかなぁ…………? わたしはよくは知らないんだけど、小さい頃にいろいろあったんだってお母様が言ってた。それでも、街の人達はあんまり気にしてないって言ってくれてるのに」


 赤、黄色、緑……照らされるその横顔が、ほんの少し陰る。


「…………」

「お父様ね。昔、お城の占術師に言われたの。わたしを、どこか安全な場所に移した方がよい。そこから決して出さないようにって。それが始まり。それから……丁度十年間。私は城を離れて、テンパレンスとソフィと三人で住んでる」


 十年、か……。

 俺が旅立ったのと、同じ歳だ。


「……ソフィってのは?」

「わたしのお世話をしてくれる人なの。仲良しよ。でも、城を出てからは、わたしも自分のことはなんでも自分で出来るようにしたの。おかげで大抵の事はこなせるようになったわ。今ではむしろ、別居に移されたことに感謝してる位だもの。たまにソフィの目を盗んで森へ遊びに行ったりしてね。楽しいの。こうして年に一回は、お父様達にも会えるし」

「年に、一回?」


 鸚鵡返しに訊くと、リキュールは、そこで初めて俺の顔を見た。


「そう。毎年今日。お父様の誕生祭にはわたしも別居から呼ばれるの」

「…………寂しくないのか?」

「全然。毎日楽しいし」


 嬉しそうに笑む。

 それは、負の感情を欠片も感じさせない程、幸福を満面に表した笑顔。

 ――しかし、その笑顔は、ひどく儚げだ。


「リキュ、あのさ……」

「ねぇ、エビル」


 再び夜空を仰いで、リキュールは口を開く。


「あのね。わたしが住んでるところって、すごく安全なの。壁がね。魔力とか、そういう気配を遮断する材質で造られているんだって」

「遮断? ンな事出来るのか?」

「お城の占術師さんとね、ヨウィス聖堂の聖職者さん達が力を合わせて作ったんですって。だから、わたしは大丈夫」

「……リキュ」

「エビルの言う聖職師という人がいくら捜しても、わたしを見つける事は出来ないと思う。わたし、明日には帰るし」

「って、もう!? 城には今日一日泊まるだけか? 年に一回だけなのに!?」


 思わず声を荒げると、俺の驚き様が余程おかしかったのか、リキュールがくすくすと楽しげに笑う。


「うん。今年だけ、特別ね。聖職師さんが来てる事は城にも伝わってるし、お父様もひどく心配していて。……だから、ビラを配ったんでしょうけど」

「だからって、城の中に居れば幾らディン――聖職師だって、一国のお姫様相手にそう簡単に手出しは出来ないだろ? もっとゆっくりしたらどうだ」


 リキュールは、しかし左右に首を振る。


「……最近お父様、お体の具合がよくないらしいの。顔色も悪くって。演説も……お話好きのくせに、いつもの半分しか語らなかったし。だから、あんまり心配かけたくなくて」


 伏し目がちに、笑む。

 その表情は、どこか大人っぽく、綺麗で。

 先程の『リキュール姫』を思わせた。


「それに、また来年、会えるしね。お転婆姫は、これでお終い」


 えへへと笑って俺を見る。


「リキュ……」

「あ、そうだ!」


 言って、リキュールは立ち上がり――かけた。

 中腰のまま下を見下ろして辺りに変化が無い事を確認すると、改めて俺を見る。


「昼間エビルが助けたモリネコなんだけどね?」


 言われて思い出す。

 デスとの攻防(と、言えるようなものではなかったが)の最中、巻き添えをくらって木から落ちたモリネコのことだ。

 俺が意識を失う前、モリネコは一度も動かなかったのだが、エンペラーの話によるとモリネコはまだ生きているらしい。


「あぁ……そういやおまえが預かってくれてたんだったな。様子どうだ?」

「それがね、気絶してただけだったみたいで。テンパレンスに看てもらっても、どこにも怪我がなかったの。キミたちと別れたすぐ後にはもう飛び起きて……もうすっかり元気よ」

「そうか……」


 楽し気に語るその表情を見、ホッと息をつく。

 あの時、手の中でぐったりしていたから、相当状態が悪いのかと思ったのだ。


「それでね、あのコ結構人懐っこくて……って、ちょっと待って、連れてくる」


 言って、中腰のまま、リキュールが奥へ引っ込もうとした。

 …………その足が、止まる。


「リキュ? どうし…………」


 不審に思い、振り返って――ぞっとした。

 風が止み。

 リキュールの目の前には、大男が立ちはだかっていた。

 ……寒気を覚えるのは。

 これほどの気配をしかし、完璧に消し去っていた事だ。

 俺が。近くに居るであろうエンペラーが。それから、感知能力の高いとされるテンパレンスが、これだけ、リキュールへの接近を許すほどに。


「…………おまえか。テンパレンスの適格者は」


 大男は、無慈悲にリキュールを見下ろす。

 闇に似つかわしい低い声が静かに、暗がりに響いた。


「…………ディン」

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