12.ニュース
気づけば、宿屋の硬いベットの上だった。
「…………っつ……てて……っ」
起き上がろうとすると、体中が軋む。
『寝とけ』
と、どこからともなく、声が聞こえた。
『おっまえ我慢しすぎだっての。その全身の打撲痕、昨日のもあるだろうが。骨も数本イカれちまってるし、よくもまぁそれだけボロ雑巾みたいな体使って森の中駆け回ったよな……感心を通り越して呆れたぜ俺様は』
出入り口の横――薄い壁に背を付けて腕と足を組み立っていたエンペラーが、言葉通りの呆れ顔で俺を見下ろしていた。
「……別に。こんなん」
『ここまで体引きずってきてやったの、誰だと思ってやがんだよ……ったく。背骨は伸ばせないわ、足は上がらないわ……っつうかどこもかしこもくまなく痛いし。それはそれは苦労したんだぜ~。次のデスとの戦闘の時までには全力で治しといてほしいもんだ』
……そうか。
俺。気を失ったんだ。
意識の無い俺の体にエンペラーが入り込み、ここまで歩いてきたと、こういう訳か…………って。
そこまで考えて、大きく目を見開いた。
「おまえ、大丈夫だったのかよ!?」
『なにが』
「いや、なにがって、検問! 門通ったんだろ!? そんなナリして」
エンペラーが入ると、俺の体は奴そのものに変化する。
ご丁寧に、着ているものまで変化する。
見ての通り、奴は全身金ピカ大男。四方八方に伸びた髪と目は燃え盛る炎のように真っ赤っか。長身にガタイの良い肉体。こんなオメデタイ存在、目立たないはずがない。
しかもここは大陸の一国。護るべき城や聖堂がある。どんだけ贔屓目に見たって門前払いされる事、請け合いである。
『いやべつに。フツーに通ったぜ?』
「うそだろ!?」
『嘘言ってどうする。確かに注目されてうざったかったが……俺様よりもむしろ、彼女の方が目立ってたぞ?』
「……彼女? ……テンパレンスか? リキュの中に入って……」
『んにゃ。小娘の方だ』
面倒臭げにエンペラーが首を左右に曲げると、捻った数だけゴキっという鈍い音が響いた。
……しかし……さっぱりだ。
こんなオメデタ図体の大男よりも、リキュの方が目立ってただって……?
にわかに信じられない話だった。
しかし、エンペラーはお調子者だが嘘はつかない。
十数年の付き合いで、よく知っている。
『考え込んでるトコ悪いんだけどさエビル。結構ヤバいニュースと、相当ヤバいニュースがあるんだが』
唐突な発言に思考を中断され、見上げればエンペラーが腕組みをしたまま、至極面倒臭げな顔をしてこっちを見ていた。
「……は?」
『どっちから聞く?』
どっちからって、どちらの選択肢もあんま変わらないような気もするが……。
「…………んじゃ、結構ヤバいニュース……」
呆然としたまま、素直に口を開くとエンペラーはコクリと頷いた。
『オーケー。ディンの今朝の用件だが……ありゃ、無理だ』
そういえば。忘れていたがコイツ、単独でディンと接触していたんだった。
朝っぱらから呼び出される用件。昨晩からずっと気になってはいたのだが、リキュ達の事があり、俺は出向けなかった。
「なんだったんだ?」
『聖堂に入れ、と、こう出た』
「聖堂に? また?」
眉をひそめれば、エンペラーは「んにゃ」と首を横に振る。
『正確には、「聖堂の地下に入れ」だな。……つか、エビルおまえ、聖堂の地下に何があるか知っているか?』
「いや? 何かあるのか?」
『聖堂の地下には、奴等が拝んでいる御神体の本体がいる』
「ゴシンタイのホンタイ?」
『ああ。おまえら風に言うと、「聖霊」が居るんだ』
この世界――ディエースに、聖堂は七つある。
ディエースには大陸が七つあり、七つの大陸にはそれぞれに『聖霊』という……まぁ所謂カミサマのようなものがいて、それぞれの大陸を守護していると伝えられている。
だから当然『聖霊』と呼ばれる存在は、全部で七神いる。
俺達が今居るクレイドゥル国は、こんな田舎街でもヨウィス大陸一の面積を誇る大国だ。だからなのか、ヨウィス大陸の聖堂はこのクレイドゥル国にある。つまり、昨日出向いたあの聖堂には、ヨウィス大陸を守護している聖霊が祭られている訳なのだが――
「聖霊が『居る』、だって? ……祭られているだけじゃないのか?」
『いや、「居る」んだ。「聖霊」と呼ばれているモノは実際にいて、聖堂に存在を置いている。尤も、おまえのような聖堂の関係者でない――一般の人間は直接会う事はおろか、「聖霊」の存在に関して知る事すら許されていない。各聖堂で厳戒態勢布いてるらしいからな。一般人にはほら……礼拝堂なんてのがあるだろ? あんた達用に聖霊を模った石像を置いといてやるからそっちで好きなだけ拝んでください……ってわけ。「聖霊」と会えるのは聖職者――その中でも、各聖堂で高位にある者にしか権限は無いらしい。まぁ、おまえが知らないのも無理ない話なんだけどさ』
「……てか、やけに詳しいな。エンペラー……」
ジト目を向ける。
今朝、単独行動をしている間にディンと打ち解け、入れ知恵されたのだろうか。
俺の考えている事がわかったのか、エンペラーは溜息を吐いた後、憮然とした顔でこちらを見た。
『……あのな。前々から思ってた事なんだが、エビル。おまえ。何~か履き違えている。面倒だったんで訂正してこなかったが、いい機会だし、認識を改めさせてやっから耳かっぽじってよ~く聞け』
「……面倒だったって……おまえなぁ」
『つか、よく考えてみれば分かるだろ。人間達は奴等に「聖霊」なんつう名前つけて随分大袈裟な存在に仕立て上げているが、俺様達も字は違えど同じ音で呼ばれているだろうが』
「…………あ」
エンペラー、デス、テンパレンス。
彼らは、人に憑く精霊。
『アルカナ』と呼ばれている。
『人に憑かないのも居るって、前に話したことなかったっけか? 聖堂に祀られている「聖霊」は、俺らと同じ穴の狢だ。奴等も「アルカナ」なんだよ。知らなくてどうする』
「…………」
――驚いた。
考えてみれば、同じ言葉だったんだ。
『聖霊』と『精霊』。
でも、認識が違う。
『精霊』は、アルカナで。人に憑かなきゃ存在する事が出来ない存在。
『聖霊』は、単独で存在している――神様みたいなものだと、そう理解していたんだ。
……そりゃあ、考えたことはあるさ。
はるかに劣る存在である人に憑かなければならないエンペラー達はなんだか不憫だと。
人に憑く性質でさえなきゃこいつらだって、聖堂に祀られている神様と同等になるんじゃないか、と。
こいつらの持つ、桁外れな力は十分すぎる程理解している……けど。あんまり身近過ぎて、考えもしなかったんだ。
だってエンペラーは。いままでずっと、俺の側にいたんだから。
だって……。
踏ん反りがえって俺の反応を観察している金ピカ大男の姿を、改めて、上から下まで凝視する。
~こんなんだぞ!?
一体誰が、カミサマと同じ存在だなんて思うのか。
「…………じゃあ、なら、『聖霊』ってのはつまり……『人』じゃなくて、『土地』に憑く性質のアルカナ……って事なのか?」
俺の言葉に、うむ、と満足げに頷く金ピカ大男。
『そういうこった』
「なんで言わなかったんだよ?」
『別に? 聞かれなかったから。説明すんのも面倒だし』
「……つか、待て。それならおかしくないか? なんで聖職者達は、俺達だけを敵視する? 崇めている聖霊だって『アルカナ』だってんだろ? おまえたち精霊も同じ『アルカナ』だってのに、憑かれた適格者は『悪魔』なのかよ?」
『聖霊の実態をよく把握していない聖職者の方が多いって事だ。ここ(ヨウィス)の聖堂の爺さんだってそうだったろ』
「あの爺か。昨日、場に同席してたって事は多分、あれであの聖堂の中じゃ一番格が上なんだろ?」
『ああ。その爺さんが知らないんだ。地方の聖堂の知識ってのはその程度のもんなんだろう。正確に把握しているのは……ザートゥルニ大聖堂、位なもんじゃないか?』
「…………」
確かに。
ディンの言動に、爺はイチイチ驚いていた。
幾度めかの反論に嫌気が差したのか、そこでのディンの一言は、
――知る権限はない。
……だった。
「……変だよな。聖堂は全部、大聖堂が統括してんじゃないのかよ? わざわざ派遣者……聖職師まで寄こして指導してんのに。聖霊がおまえらと同じアルカナだ……っつうような、根底の知識は学習させてないのか……」
『つうか、わざと隠してンのかもな』
「隠してるだ?」
『もしくは……そういう風に出来ているのか、だ。それに……敵視されてるのは、正確にゃ「適格者」だけだろ』
「…………」
『俺様に言わせりゃ、聖霊の力を借りて行使する聖職者も、俺様等に憑かれた「適格者」もさして違いはない。聖職者は教えを請い、学び、順追って年月重ねてやっとこさ得た力を適正量使うのに対し、おまえらはほぼ先天的に、なんの教えもなく、聖職者以上の力を駆使する。……その違いだろ』
…………待てよ。
エンペラー風に考えると……、それは、
「……妬み? っつか、…………僻み?」
『も、あるんだろうな』
「うあ……」
なんつか……急に脱力感。
「……確かに、適格者は感情でおまえらアルカナの力を引き出しちまう事もあるから、その分危険な奴と言わざるをえない…………けど」
『…………』
「適格者全員が……そういう奴ばっかじゃないのに」
例えば、リキュの無邪気な笑顔が浮かんだ。
アイツなんて、その最もな例えじゃないか。
俺とは違う。
俺は『悪魔』だが、彼女は違う。
『……で、だな。そろそろ話を戻すと。ディンは、ヨウィス聖堂で「聖霊」に会えと言っている。本当は、そこに在籍しているドエラい聖職者――あの爺さんだな――にやらせる予定だったらしいが……爺さん、そこまでの力はないらしい』
「……ていうと?」
『「聖霊」の声を聞けない聖職者もいるってこった。あの爺さんひょっとしたら、この土地生まれの人間じゃないのかもしれん』
「生まれが関係あるのか?」
『「聖霊」は土地に憑く。土地に縁のある者程、適性が高い。だから、しいて言うなら……テンパレンスと居る小娘。小娘が一番適任だろうがな』
「俺は……」
『おまえは適格者だ。俺様の声が聞こえるおまえにも、聖霊の声は感知できる。デスや、テンパレンスの姿が見え、声が聞けるのと同じ道理だ』
「成る程。で? ディンは、聖霊に会わせて俺達に何を……」
――そこまで口にして、解ってしまった。
『そう。奴は今、テンパレンスの適格者を捜している。「聖霊」に尋ねる事といえば、一つだろう』
「…………」
『俺様達が「聖霊」と会えば、小娘とディンが接触する。確実にな。今日の行動は、接触が早くなるか遅くなるか。ただそれだけの違いだった……っつう訳だ』
「……なんだそりゃ」
『これが、結構ヤバイニュース。ンで、もう一つ。相当ヤバイニュースってのが…………おまえ、これ覚えてるか?』
そう言って、エンペラーは自身の腕を実体化させると、俺の荷物から、ごそごそと一枚の紙を取り出してご丁寧に俺の目の前で広げて見せた。
「これ……この街に入る時に門番から貰った手配書だろ? なんでも、決して悪い子じゃないんだが、とかなんとか……」
『よく見てみ』
「…………?」
言われて、紙を受け取りしげしげと眺めてみる。
その娘は、かわいらしい顔をしていた。
とても、悪さをするようには思えない、愛らしい顔立ち。
っていうか、まだ幼い。
黒い髪と、同じ色をした、大きくて、意思の強そうな瞳…………って。
瞬間、俺は大声を上げて、飛び起きた。
「~リキュ!?」
体中が悲鳴を上げるが構ってられない。
うわ、くそ、なんで気づかなかったんだ俺!?
つか、印象が違う。
この似顔絵は、実物よりももうちっと、おしとやか……というか、上品な感じだ。
無邪気の塊リキュとは、雰囲気がまるで違う。
『そ。なんでか知らんが、彼女は立派にお尋ね者のようだ。これで俺様より注目されたってのがわかるだろ』
「なんで!?」
『知らん。でも、門を入ってすぐに彼女、兵士に囲まれた』
「兵士だって!?」
『ああ。俺様と一緒にいて、目についたんだろう。警備の兵士に、驚く程丁寧に連行されてった。彼女もテンパレンスも抵抗の一つすらしなかったんだぜ? 潔いというかなんというか』
「~~~~~っ」
『「悪い子じゃない」んなら。捕まる理由は一つっきゃあないよな』
――失念していた。
ディンという聖職師が適格者を同行させたがっていたって、世間そのものが適格者を敵対視するのを止めた訳じゃない。
適格者は世間に見つかれば、その場で死刑だ。
田舎街だからって、それは変わらないだろう。
なんらかの形で、リキュが適格者だって事がバレていたら……?
お尋ね者になるのは、当然だ。
「~それでおまえ、のうのうと見てたのかよ!?」
『まさか。止めようとしたさ、だが……』
「だが!?」
『小娘が止めたんだ』
「は!?」
『小娘にはテンパレンスも居る。戦闘向きではないとは言え、相手が人間なら話は別だ。目を欺き、逃走する事位訳ないだろう。それに――』
「なんだよ?」
『早くおまえを休ませろと言われた。確かに、俺様が憑いているおまえは、普通の人間と比べて回復も早い。だが、それでもおまえの体は早急な休養を要していた。小娘はそれを見通して進言したんだ』
――わたしは貴方たちに従います。その代わり、この人には決して手を出さないで――
『あの場で俺様が、小娘の意思を蹴ってまで彼女達を助ける道理はない』
「……ふざけろ!」
喉元まで競りあがってきた感情は、エンペラーに対してだったのか、それとも――
『って、おい……エビル!?』
後ろに、エンペラーの声。
気がつけば部屋を出て、外へ飛び出していた。
迫る夕闇。
反して、辺りは一層賑わっていた。
王都へ続く大通り。
様々な屋台の灯りと、香ばしい香りとが充満している。
昨日よりも混雑した道のりを、俺は人ごみを掻き分けて進む。
『おい、待てってエビル!』
エンペラーが追走してくる。
『おまえ体は!?』
「動けりゃいい!」
『落ち着けって! 今日は誕生祭だぜ!? 城も解放してる事だし、まさか今日中に小娘をどうこうするつもりはないだろうさ! 助けるのは明日でも……!』
だぁあもう! 鬱陶しい!
「…………!」
振り返って、俺はエンペラーを睨んだ。
まだ何か言いたげなエンペラーに対し、胸いっぱいに息を吸い込む。
「リキュは、俺を助けた!」
『…………』
「今度は俺の番だ! 文句あっか!?」