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11.戦闘(vs.デス)

 俺とエンペラーが別れて行動していることは、気配で察知できただろう。

 どちらを追うかなんて決まっている。

 アスキーの敵はエンペラーではない。俺だ。

 しかも俺さえ殺せば、その瞬間にエンペラーは次の選定者の元へ飛ばされる。反撃は不可能となる。

 俺を狙う方が断然リスクが低い。


『久しぶりね。デス。で……早速訊きたいことがあるのだけれど。どうして私の主を狙ったの』

『あら。簡単ですよ』


 言えば、フードの下で口端がくいっと上がる。


『手っ取り早くそこのボウヤを渡してもらおうと思いまして』

「デスの言う通りだ。テンパレンス。早くリキュを連れてこの場を去れ!」


 言いながら、俺はテンパレンスの前に出る。


「エビル!?」

『…………アルカナ相手に人の身で戦おうというのですか』


 背後で、僅かに動揺の色を滲ませた声を上げるテンパレンス。


「今エンペラーを呼んだ。じきにここに来る」


 もとより、こうする予定だった。

 テンパレンスは戦闘向きではない。

 彼女の能力はエンペラーの言っていた通りだった。奴やデスとは違い、かなり特殊だ。

 もし追っ手がデスであれば、狙いは俺だからして、リキュ達には目もくれないだろう。

 もし追っ手がディンであれば……ディンよりも、俺という荷物の無いエンペラーがこちらに辿り着く方が断然早い。だから問題は無い。ディンが辿り着く前に彼女達をディンから遠ざければいいのだ。

 「俺」はただの保険だ。

 彼女たちを巻き込む気は毛頭無い。


『引きなさいテンパレンス。先程も刃で申し上げたでしょう。邪魔立てをするつもりであれば、相手が貴女とて容赦はしません』


 冷徹な声を上げるデス。再び殺気が膨れ上がる。


「……テンパレンス! リキュとここから離れろ!」


 返答は……もはや聞いている余裕は無い。殺気が放たれる前に、ウエストポーチから煙幕玉を掴み足元へ投げつけると、咄嗟に横へ飛んだ。

 先程まで俺が立っていた地面に、デスの鎌の大刃が突き刺さる。

 飛び道具はもうお見通しだ!


「……っ」


 そのままの勢いで地を転がれば、体中が悲鳴を上げる。

 ……くそっ 昨日ディンと戦った時の傷がまだ……っ

 だが痛がってる暇は無い。


『エンペラーの主。貴方はあっさり殺さぬようアスキーから言付かってます。ですが、長引かせればすぐにでもエンペラーがここに来るのでしょう。貴方は幸運です。楽に死ねるのですから――』


 もうもうと立ち込める煙幕に怯んだ様子は勿論なく、冷徹な声とともに再び風を切る音が接近。斬音はそれぞれが違う軌跡を描くも、正確に俺の位置を掴んでいる。


「……そう簡単に殺してくれるなよ……!」


 すぐ側にあった大木の後ろに身を隠す。

 と、飛んできた刃が数枚刺さりメキメキと木が倒れる。


 ドォオ……ン!!


 沈む音を、駆け出しながら背中で聞いた。

 と、すぐに背後に迫る風音。


「エビル!!」


 リキュの声に振り返れば、デスが俺を追撃している。

 驚く程目前に居るデスが、音も無く大鎌を振り上げた。


「エンペラーさえ敵わないスピードのおまえに動かれちゃ困んだよっ」


 寸でで横に飛ぶ。

 しかし、振り下ろされた大鎌の衝撃だけで、俺の体は枯葉のように軽々と吹き飛ばされてしまう。

 肩から落ちる体勢のまま、なおも追ってくる気配に向かってトリモチ玉を二、三個投げる。当てずっぽうで投げたそれは上手くデスの足元で炸裂してくれた。白いベタッとしたゼリー状の物体が彼女の動きを止めた。


『……これは……っ』

「よっしゃ! ……~ぐっ」


 落下の衝撃に声が漏れる。

 直後、足止めされた場からデスが大鎌を使って放った凄まじい衝撃破が俺を襲った。


「……………………っ!」


 背中から大木に叩きつけられる。

 肺が収縮し、意識が吹き飛ぶ――


 みゅう!


 ――寸前。一際甲高い声がして、遥か上空から何かが降ってくるのが見えた。


「…………っ」


 薄れていた意識が、辛うじて繋がる。

 落ちてくるそれを、なんとか両手でキャッチした。


「…………モリ……ネコ……?」


 丁度掌サイズのモリネコの体はピクリとも動かない。

 ……意識を失ってしまっただけか……それとも……。

 モリネコの生死を確認する前に、自身の間近に迫っていた数枚の刃の音を感知した。


「……こなくそっ」


 前転して刃をかわすと、そのまま前傾姿勢をとって疾走する。

 ……と、いっても。両手はモリネコを抱えているし、体中痛むし、息もきれて、なかなか上手く走れない。

 足が縺れて度々転びそうになりながらも、迫る刃の追撃を、狭い木々の間を利用する事でなんとかかわす。


『ちょこまかと小ざかしい……っ』


 トリモチ玉のおかげで自慢の動きを封じられたデスはえらくオカンムリの様子。

 そう。動きさえ封じてしまえば、障害物の多すぎるこの地で、彼女は圧倒的に不利なのだ。

 逃げ回りつつデスと、付かず離れずの距離を保つ。刃を避け続け、大木に身を隠しては、ウエストポーチに残っているトリモチ玉を引っ掴み、デスの大鎌目掛けて投げつける。


『~く……っ』


 幾度となく鎌の柄に炸裂したトリモチ玉は、ようやく刃を柄に固定するまでに至った。

 これで、刃を飛ばそうにも外せないだろう。

 大木の根元で座りこけたまま、上がった息を無理やり静めようと努める。


「………、………っ」


 ……っていうか……息がうまく吸えない。

 血の味がする。朦朧とする。……さすがに……きっついよなぁ…………。……けど。

 動けなくても動かなきゃ、これまでの総ての努力が無駄になる。

 俺がどう足掻こうとデスには勝てない。分かりきった事だ。でも、別に勝つ為に足掻いてきたんじゃない。抱えたこの苦しみは全て、彼女から逃げきる隙を作る為のもの――奴の手を、また掴むための……!

 痛む体とヘコタレ精神にさらに鞭を打って立ち上がると、こちらに向かっているであろう奴と合流を果たすべく街の方角へ走り出した。

 と、霞んだ視界の隅に入る二つの姿―― ~って、くそ……っ まだ居たのか……!


「……逃げるぞ!」


 声を搾り出し、オロオロと立ち尽くしていたリキュと、冷静に戦況(……とも言えないか、こんな子供だましの茶番)を見守っていたテンパレンスを促す。

 だが、テンパレンスは動かなかった。


「テンパ……!?」

『まだです』


 テンパレンスの声に呼応するように、それまでの非ではない、膨大な殺気が背後で膨れ上がった。

 張り詰めるような気――これは、エンペラーと対峙している時のデスのそれだ。

 ということは、つまり。


「…………!?」


 突如、足をすくわれた。

 前につんのめりそのまま倒れこむ。

 拍子に、抱いていた小さなモリネコの体が転々と地を転がった。

 気をとられている暇は無い。


「ぐ……っ」


 起き上がろうとした背を黒いヒールに踏みつけられ、首には巨大な鋭刃が当てがわれた。

 一瞬にして決着が付く。


「エビル!!」


 リキュの絶叫。

 時を止められてしまったかのように、動けない。

 ……いや、動いたが最期、だろう。

 この刃は俺の首如き、いとも簡単に刎ねる。


『――少々、貴方を見くびっていました』


 声はすぐ近く――耳元で聞こえた。


『思えば、これまで貴方は幾度となくエンペラーと同化し、共に私と戦っていたのですよね……』

「~ぐ……っ」


 刃が首の皮にめり込む。

 あと、何センチ……いや、何ミリで俺は絶命する……?

 そう考えれば、途端に死の匂いが濃くなった。

 今までだって何度も感じたことはあるが、これほどまでに濃厚な気配はない。

 首に当たる冷たい感触は、覚悟を決める為に生唾を飲み込むことすら許さなかった。

 …………、


「~エビル!!」


 甲高い声が、一瞬にして俺を、死の世界手前から現実へ引き戻す。

 こちらへ向かって駆けてくるリキュの姿に、さすがに慌てた。


「リキュ……! 何やってる、早く逃げろ……!」


 大声を張り上げたいが、全身の痛みと喉に迫る圧迫感がそれを許さない。

 ちゃんと聞こえただろうに、彼女は俺のすぐ側まで駆けつけてきた。

 乱れた息。

 手にはぐったりしたモリネコ。

 そして彼女の背後には、テンパレンスの姿があった。


『……解っていますね。テンパレンス』

『…………』


 テンパレンスは微動だにしない。

 知り合いなら彼女も理解しているだろう、……デスの執念深さを。

 戦いに参加すべきではない。

 リキュを連れて逃げるべきだ。

 ――だが、彼女はそれをしない。

 どういう訳か、さっきから。テンパレンスは状況を黙認しているだけだった。

 このまま黙っていれば、リキュには危害は加えられない。だが……このまま黙っていたって、たとえ危害は加えられなくとも、リキュに汚い血を見せることになってしまう。

 彼女は、まだ、幼い。

 見かけだけではない。精神的に、まだ幼いように感じる。

 無邪気というか。無垢とでもいうのか。

 そんな彼女を……テンパレンスはこのまま「死」と直面させる気なのだろうか。

 たとえ出会ったばかりの他人の死体でも、彼女に衝撃を与えるには十分なものだろう。

 それは、どれ程の傷になるのか。

 彼女も、俺のようになるのか。

 おれのように――

 昨夜。ディンに問われた時のように。考えれば考えるほど世界が冷たく凍った。

 額から吹き出た冷たい汗が、つぅ……っと頬を伝う。

 目に入っては沁み、開きっぱなしの口に入っては…………て、感じている暇はない。……そんなばかなこと……っ


「……テンパレンス! なにやってる! 早く……っ」


 目を大きく見開き、大きく口を開け、俺が全力で搾り出した声を……しかし、遮るように。


『私は、貴方の命令は聞けません』


 テンパレンスの透き通った声が、凛と告げた。


「…………え……?」

『…………』


 俺とデスが見ている目の前で、テンパレンスはリキュの背を直視した。


『――リキュ。どうしたい?』


 ――その時になって。俺は初めてリキュの姿を直視した。

 恐らく……いや、断言できる。彼女に戦闘経験はない。

 青白い顔。

 彼女は今にも崩れ落ちてしまいそうな程ガクガクと震える体に、しかし鞭を打って、デスの間合いギリギリの位置で立ち尽くしていた。

 ボロボロと涙を流すその黒い瞳は恐怖の色に支配され――しかし、その奥に、強靭な意志が見え隠れしている。

 ……ナニを。

 ナニをしようとしているんだ。

 俺は、赤の他人だぞ。

 それだけじゃない。俺は――なんだから、そんなこと、してもらえるような立場じゃない。

 そんな価値のある人間じゃない。

 ――だから。


「……り」


 察した俺が制するよりも早く、


「テンパレンス」


 一呼吸置いて、彼女はしっかりと見据えた。

 己が敵と定めた者を。


「……エビルを助けて!」


 瞬間、幾重の衝撃音。

 視界に、刃が。


「…………!」


 首が、落とされ――


『逃げなさい』


 ――たのではないと、真っ白な頭に波紋のように広がるテンパレンスの声で気づけた。

 見れば、すぐ側にデスの大鎌が落ちていた。

 側には幾つかの刃が散らばっている。


『~く……っ』


 声に見上げて、ようやく事態を把握した。

 テンパレンスの操る水が、デスの両手首を縛り上げていた。

 地に散らばっていた刃は、一瞬の内に彼女達の間で行われた激しい攻防の痕だったのだ。


『早く――』

「…………!」


 テンパレンスの声に今度こそ反応する。

 俺は力を振り絞って地を転がると、デスと距離をとった。


『……テンパレンス……!』

『…………』


 にらみ合う両者。

 ある程度の距離をとってから、ようやく、俺は彼女たちの戦闘を客観的に捉える事が出来た。


「……エビル……!」


 そこへ、泣きながら転がるようにリキュが駆けてくる。


「…………リキュ…………」


 ぼやけた視界で彼女の顔を捉えて。……なんだか、ようやく生きた心地がした。

 ――おかしい。

 こんな、まだ戦闘中なのに。

 緊張感が薄れてゆく。

 やがて、俺の側まで来たリキュは地に膝を付き、手にモリネコを抱えたまま、座り込んだ俺の様子を覗き込んだ。


「大丈夫? 痛くない?」


 モリネコを膝の上に乗せると、ポケットからハンカチを取り出して俺の首に優しく宛がう。

 瞬時に生じた激痛が、沈みかけた意識を呼び戻した。


「……エビル……!」


 次いで、温かな衝撃。

 見上げれば、すぐ傍にリキュの泣き顔があった。

 恐怖と不安と、それから悲しみが入り混じってぐしゃぐしゃになった顔。

 白い頬を伝う雫が、たん、たんと、俺の顔にかかる。


「…………ごめん」


 意図せずに、口から出た第一声は謝罪の言葉だった。


「…………エビル?」

「………………ごめん」


 その間も、テンパレンスとデスは均衡状態を保っていた。

 尤もテンパレンスに攻撃手段は無いようで、展開するデスの魔力にも対応はせず、専ら護りの体勢を維持し続けている。

 両手両足――いまや体中を水で縛られたデスは、足元に転がっていた鎌からいくつもの刃を出現させ、自身らの周りを旋回させていた。


『後悔しますよ、テンパレンス。……私を敵に回したことを』

『…………』


 顔色一つ変えぬテンパレンス。

 舌打ちしたデスは、八枚の刃の動きを宙に留める。

 瞬間、森中から飛び立つ鳥たち。

 辺りの気が一変した。

 大気は静まり、ねっとりとした重い空気が、その場にいた全員に圧し掛かる。

 …………来る。

 大技だ。

 身構えるテンパレンス。

 デスの口角が再び上がる――

 ――刹那。

 双方が、バッとあさっての方向を睨んだ。


『よ。待たせたなぁエビル!』


 やけに懐かしい声が近くでして。

 そちらを見遣ると、……日の光を受けて輝く金色の甲冑に身を包んだ大男が、俺とリキュを守るように立っていた。


「……………………遅いぞ。エンペラー」

『ひっでぇザマだな。だぁから言わんこっちゃ無い』

「ほっとけ」

『……とりあえず無事だな』

「なんとかな」


 エンペラーはそのままズカズカと大股で移動。無遠慮にデスの間合い――戦いの場へ踏み込んだ。

 一定の距離を保って足を止めると、その手に大剣を出現させる。

 瞬間、水の戒めを解き、テンパレンスが後方へ下がった。

 これで、二対一。


『…………』


 不利と悟ったか。

 デスは宙に留まっていた刃を消すと、ふわりと浮かび上がった。

 森林の中に、一点。深い闇が滲む。


『絶好の機会を逃しました。私とした事が、テンパレンスの性格を忘れていたようです』


 黒い衣を風になびかせながら、デスは……言葉とは裏腹に、讃えるような笑みを浮かべテンパレンスを見下ろしていた。

 発した声には、どこか満足気な色さえ滲ませている。

 そして、彼女はいつもの冷徹な視線を俺に投げた。


『――では、次にお会いする時こそ、必ず……』


 空に解けゆく闇。

 それを見届けた後。

 俺の意識は、完全に沈んだ。

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