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5 スポーツっていうのは代理戦争よね

 ダイスは皆の関心が自分に一斉に集められていることに、心臓が跳ねるのを感じた。

 確かに一応、最初の自己紹介の時や、新入メンバー歓迎パーティとかでも「公式に」言ったことはある。

 だがどうも、ここで問われているのは、そういうことではないらしい。彼は思う。


「まあ、あの、学校に、スカウトが来たし」


 それはそうだろ、と誰かしらの声が飛ぶ。


「で、結構おだてられたのと違う?」


 ししし、とテディベァルは笑う。


「…おだてられもしましたけど…」

「はっきりしないですねえ」


 ミュリエルはにっこりと、しかし「答えは何ですか?」と追求する時の姿勢で詰め寄った。


「んー… やっぱり、ベースボールが、好きだからです」


 うんうん、とそれには皆納得した顔をした。


「好き、は好きだろうがな、それだけか?」

「え?」

「だから、ベースボールで有名になってやろうとか、そういうことは、お前、考えなかったの?」


 やや意地悪げにストンウェルは訊ねる。すると。


「あ」


 ダイスは声を上げた。

「…何、ダイちゃん、もしかしてそんなこと、全く考えてなかった?」

「…な、無かったです…」


 まあ彼の場合、既に中等/実業学校リーグで、星系内に名をはせていた、ということはあるのだが。


「プロだとね、それこそ全星系、レベルだからねえ。俺も昔は大好きな選手が居たものよ」

「ストンウェルさんにも、居たんですか?」

「おーよ。俺がプロになってやろう、って思ったのは、そのひとが居るチームで、一緒にプレイしたいって思ったからだぜ… ま、そのひとは、俺が入って、結構すぐに抜けてしまったんですげえ残念だったんだけどさあ」

「あ、それ、俺もあります」


 ほほう、と皆の目がきらり、と光った様な気がした。嫌な予感が、彼の背筋をざっ、と駆け抜けた。


「おーい、オーナーからの通信だぞ、昨日のお騒がせ集団、ちょっと来い」


 監督の声が食堂に響いた。助かった、とダイスはほっと胸を撫で下ろした。



「本当に昨日のことは、申し訳ないです」


 代表してマーティが、深々と画面の彼女に頭を下げた。


『…まあいいわ。どうせいつものことだし。私が言えるのは、暴走しすぎないように、くらいでしょ、どうせ』


 男達は、この女性の指摘にぐ、と言葉を無くした。


『遠征から帰ってから、そのあたりの罰はまとめて、何か考えておくから。覚悟しておきなさいね。罰は罰なんだから。ふふふ』


 はあい、と皆神妙に返事をした。

 あの「自由奔放」がモットーの様なテディベァルすら、余計に小さくなっていることにダイスは驚いた。

 実際、皆この女性に関しては、頭が上がらないようだった。しかし何となく、ダイスにもその気持ちは分かる様な気がした。オーナー、社長、その顔の他にもう一つ、その女性の年代には、感じる一つのものがあるのだ。

 母親。

 確かにまるで境遇が違うというのに、何処か皆、この故郷を離れたメンツは、この女性に怒られた時に、何処か母親に叱られたような顔をするのだ。


『あ、そうそうところでダイちゃん』


 は、とダイスは口を開けた。

 俺? と思わず近くに居たヒュ・ホイに彼は確認してしまった。その呼び方をされるとは、さすがに彼も思っていなかったのだ。そうだよ、とホイはあっさりとうなづく。


『居眠りは誉められたものではないけれど、あなたの聞いたことは、全く無しにしておいていいものではないわ。もう少し詳しく話してちょうだい』


 はい、と彼は皆に話したことを繰り返した。


「だけど、一つ、気になることがあって」

『気になること?』

「おい、お前昨日そんなこと、言ってなかったじゃないか」


 端末の向こうの夫人の声と、慌てるストンウェルの声が重なった。


「や、その時何となく、気になっただけで…」

『材料は幾らあってもいいものよ。言ってごらんなさい』

「あ、はい。…えーと、俺達、あの時、ジャガー氏に会ってしまった訳ですけど、… 何か、声が、似てるんです」

「声が、ってお前がその、爆弾の話を聞いたときの『男』のほうか?」


 ええ、とダイスはうなづく。


「ただその時には、おかしいな、と思っただけで、似てる、という発想が無くて」

「お前鈍感すぎーっ!」


 ぱこん、とテディベァルは飛び跳ねてダイスの頭をはたいた。


『やめときなさい、テディ。これ以上お馬鹿になってはいけないでしょう?』


 あんまりな台詞だとはダイスも思ったが、はーい、とテディベァルが素直に返事をしたのでまあいいことにする。


『…で、マーティ、この惑星にテロの起こる可能性はあって?』


 あー、と振られた男は眉を寄せた。


「そりゃあヒノデ夫人、何処の惑星だって、可能性ゼロ、なんて言えませんけどね。でもアルクなんかよりはずーっと可能性は低いですよ。何たって『爆弾』あられがあるくらいですから」

『あら、それ面白いわね。ちょっと後で資料取り寄せてみましょう』


 さすが食品産業の社長だ、と皆感心する。


『でも、そうね。ゼロではない。それが問題なのよね。いつもあなた達が動いてしまうのは』

「ええ」

 いや、と彼は首を横に振る。


「ああもう、全星系統合スポーツ連盟ってのは、何でまあ、ウチばかり目の敵にしやがるんだろなあ」


 ふう、とトマソンは腕組みをする。それに対し、マーティはそうだな、と真剣な顔になる。


「まあ、向こうにも何か理由はあるんでしょう。ともかく、無いなら無しでいいですが、あったら困りますから、少し動いてもいいですか?」

『試合は勝ってね』


 ぴしり、と彼女はその一言で皆を押さえ込んだ。


『特にマーティ』

「は、はい」


 それまでの真面目な表情が、いきなり崩れる。


『昨日のようなコントロールミスでサヨナラ、が続いたら…』

「わ、わかりましたっ!」


 びし、とマーティはほとんど敬礼の形を取る。なるほど、とダイスは納得する。それなら昨日のマーティの落胆振りも判るというものだった。


「だいじょーぶ。今日は俺ですもん」

『そうよね。ぜひ完封勝利してね』


 う、と今度はストンウェルが胸を押さえた。


『今日中に、近い支社の社員をそっちに回すわ。結構機動力ある子だから、しばらくその子をいつもの要員に使ってちょうだい』


 そう言ってオーナーからの通信は切れた。皆一斉に、ふう、とそれまで肩に入れていた力を抜いたのは言うまでもない。



 その日の試合は、見事にストンウェルの完封勝利となり、ドームは一日、閉められたままとなった。



 その夜。

 消灯時間も迫った頃、ダイスはマーティとストンウェルの部屋ほ訪問していた。


「全星系統合スポーツ連盟が、どういう組織かって?」


 ダイスは黙ってうなづいた。

 問われた二人は、顔を見合わせた。


「そんなに、説明が難しい組織なんですか?」

「や… お前はどのくらい、知ってる?」

「俺ですか?」


 いきなり自分に振られ、ダイスはとりあえず自分の知っていることを口にする。


「えーと、本部が帝都本星にあって、全星域のスポーツの、プロ集団の管理とかしている組織、じゃないですか? スポーツの公式ルールもそこが管理していて」

「まあ正解。基本的には、それでOK」


 ストンウェルは立ち上がると、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けた。


「ほいマーティ、『チェアーズ』」

「お、サンキュ」


 軽く言いながら、マーティは投げられた緑のビール缶を受け止めた。


「お前には、これね」


 そう言いながらストンウェルは、ダイスにはソーダ水の缶を投げた。そして自分のためには「エンタ」ローカルらしいアイボリーの「イーグル」を手にしていた。


「俺にはこれですかあ?」

「子供にはそれでいいの」

「子供子供って」

「十八、九、なんて子供だよ。だいたい帝都のやんごとない方々なんて、何百歳って噂じゃないの」

「それと比べてどうするんですか」


 しかし実際、三十代間近なストンウェルと、それより少し上のマーティから見れば、確かに子供であることには間違いない。彼は黙ってソーダ水のフタを開けた。


「で、だ。お前の言ったのは、表向きの正解」

「表、ですか」


 表があれば、裏があるということで。ビールを呑みながら、マーティは髪をかきあげる。


「そ、表向き。ま、それはどんな『連盟』にしても同じだがなー…文学や音楽や美術にしたってな」

「ただスポーツは勝ち負けがあるから、そのあたりが顕著なのよ」


 ストンウェルもぷし、と缶のフタを開けた。


「勝ち負け」


 それがどうしたと言うのだ、とダイスは思う。勝ち負けは当然あるだろう。特に球技の場合はそうだ。

 あまりにもダイスが判らなさそうな顔をしていたのだろうか、マーティは缶を持った手の指を一本立てた。


「なあダイちゃん。例えば、お前がここの選手じゃないとする。レーゲンボーゲンの、ただの学生だか会社員だかとする」


 はい、と彼は首を傾げつつも答える。


「俺達が星系外に試合に行くとする。で、試合に勝つ。するとレーゲンボーゲンのローカルのニュースが、速報で俺達の勝利を伝えてくるとする。さて、どう思う?」

「…それは、嬉しいですが」

「何でだ?」


 何で。いきなりな問いに、彼はは目を瞬かせた。


「俺、…野球好きだし」

「野球が好きでなかったとしたら?」

「それでも、嬉しいですが」

「どうして?」


 またもどうして、だ。彼は首を傾け、その理由を自分の中から探す。


「やっぱり、地元チームが勝つのは嬉しいし」

「だろ?」


 マーティは大きくうなづいた。


「つまり、それなんだわ」


 壁にもたれて、ビールを口にしながら、ストンウェルも言った。


「お前はテロ活動がある時代は知ってるけど、内乱があった時代は知らないし、それ以上に、戦争があった時代なんてまるで知らないだろ?」

「当たり前でしょ。俺子供なんだし」

「怒るなよ。ところが、だ。それが当たり前でない時代だってあったんだよ。お前歴史の授業、ちゃんと聞いてた?」


 にやり、とストンウェルは笑う。う、とダイスは詰まった。つまり、はミュリエルのような教師が困ったあたりだが…


「俺の行ってた実業の様なとこじゃ、歴史はあまり詳しくやらなかったんですよ」

「それでも、戦争があった昔のことくらいは聞くだろ。それとも単に、お前が聞いてなかった?」


 またもダイスは詰まる。


「ま、いいさ。ともかく、長い長い戦争が終わった後は、同じことが起こっても、『内乱』って名に置き換えられただけだけどな。その内乱防止のために、あの連盟は作られた、って言われてるんだよ」

「内乱防止?」


 ダイスは思いきり、眉を寄せた。


「ほらお前、さっき自分で言ったろ。地元チームが勝つと嬉しいって」

「はあ」

「だから、そういうこと」


 まだよく判らない、と彼は首を傾げた。マーティはそれを見て、補足する。


「そういうとこで、闘争本能を散らしちまうんだよ。本当の武器持った争いの代わりに」

「…」


 どう答えていいのか、ダイスには判らなかった。

 すると、今真剣な目で話していたはずのマーティの視線が緩んだ。


「と言っても、俺達のように、他星系の出身も居る訳だし、今ではもう、発足当時のその意味もねずいぶんと薄らいではいるけどな」

「そりゃあまあ、統一から三百年近く経ってるしなあ。連盟成立はいつだっけ、マーティ」

「割とその近くじゃなかったかな。ともかく二百年は越えてるはずたぜ」


 はあ、とダイスはうなづく。そんなに歴史があったのか、と彼はただ驚くばかりだった。


「ただだから、現在はともかく、作った側に結構な思惑があるかもしれない、という組織ではあることは、間違い無い訳だ。んでもって、伝統的に、裏があってもおかしくない組織でもある訳よ」


 はあ、とダイスはやはり力無く答えるしかなかった。

 そしてふと思いつく。


「それじゃ、危機状況に対してテストするってのは」

「だから、そういう意味があるんだよなあ。もともとはだから、場所によっては、対戦チームに結構な危害を加える客も居たらしいぜ。乱闘も今に比べて多かったらしいし」

「そうそう。何か昔の客は、あんまりにもひどい試合だと、フェンス乗り越えて来たって言うし」

「あんな高いのに、ですか?」

「や、だから高くなったんだよ、フェンスの規格は」


 ああ、とダイスはうなづいた。自分の上った高さを思い出し、少しばかりうんざりする。


「で、まあ、そういう時の対処ができて無い奴はプロじゃねえ、と言うのが向こうの主張らしいけど」

「じゃ、今回のは…」

「さてそこだ」


 マーティは缶をサイドテーブルに置く。


「何か、どっちとも言い難いから、非常に困るんだよ」

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