5 スポーツっていうのは代理戦争よね
ダイスは皆の関心が自分に一斉に集められていることに、心臓が跳ねるのを感じた。
確かに一応、最初の自己紹介の時や、新入メンバー歓迎パーティとかでも「公式に」言ったことはある。
だがどうも、ここで問われているのは、そういうことではないらしい。彼は思う。
「まあ、あの、学校に、スカウトが来たし」
それはそうだろ、と誰かしらの声が飛ぶ。
「で、結構おだてられたのと違う?」
ししし、とテディベァルは笑う。
「…おだてられもしましたけど…」
「はっきりしないですねえ」
ミュリエルはにっこりと、しかし「答えは何ですか?」と追求する時の姿勢で詰め寄った。
「んー… やっぱり、ベースボールが、好きだからです」
うんうん、とそれには皆納得した顔をした。
「好き、は好きだろうがな、それだけか?」
「え?」
「だから、ベースボールで有名になってやろうとか、そういうことは、お前、考えなかったの?」
やや意地悪げにストンウェルは訊ねる。すると。
「あ」
ダイスは声を上げた。
「…何、ダイちゃん、もしかしてそんなこと、全く考えてなかった?」
「…な、無かったです…」
まあ彼の場合、既に中等/実業学校リーグで、星系内に名をはせていた、ということはあるのだが。
「プロだとね、それこそ全星系、レベルだからねえ。俺も昔は大好きな選手が居たものよ」
「ストンウェルさんにも、居たんですか?」
「おーよ。俺がプロになってやろう、って思ったのは、そのひとが居るチームで、一緒にプレイしたいって思ったからだぜ… ま、そのひとは、俺が入って、結構すぐに抜けてしまったんですげえ残念だったんだけどさあ」
「あ、それ、俺もあります」
ほほう、と皆の目がきらり、と光った様な気がした。嫌な予感が、彼の背筋をざっ、と駆け抜けた。
「おーい、オーナーからの通信だぞ、昨日のお騒がせ集団、ちょっと来い」
監督の声が食堂に響いた。助かった、とダイスはほっと胸を撫で下ろした。
*
「本当に昨日のことは、申し訳ないです」
代表してマーティが、深々と画面の彼女に頭を下げた。
『…まあいいわ。どうせいつものことだし。私が言えるのは、暴走しすぎないように、くらいでしょ、どうせ』
男達は、この女性の指摘にぐ、と言葉を無くした。
『遠征から帰ってから、そのあたりの罰はまとめて、何か考えておくから。覚悟しておきなさいね。罰は罰なんだから。ふふふ』
はあい、と皆神妙に返事をした。
あの「自由奔放」がモットーの様なテディベァルすら、余計に小さくなっていることにダイスは驚いた。
実際、皆この女性に関しては、頭が上がらないようだった。しかし何となく、ダイスにもその気持ちは分かる様な気がした。オーナー、社長、その顔の他にもう一つ、その女性の年代には、感じる一つのものがあるのだ。
母親。
確かにまるで境遇が違うというのに、何処か皆、この故郷を離れたメンツは、この女性に怒られた時に、何処か母親に叱られたような顔をするのだ。
『あ、そうそうところでダイちゃん』
は、とダイスは口を開けた。
俺? と思わず近くに居たヒュ・ホイに彼は確認してしまった。その呼び方をされるとは、さすがに彼も思っていなかったのだ。そうだよ、とホイはあっさりとうなづく。
『居眠りは誉められたものではないけれど、あなたの聞いたことは、全く無しにしておいていいものではないわ。もう少し詳しく話してちょうだい』
はい、と彼は皆に話したことを繰り返した。
「だけど、一つ、気になることがあって」
『気になること?』
「おい、お前昨日そんなこと、言ってなかったじゃないか」
端末の向こうの夫人の声と、慌てるストンウェルの声が重なった。
「や、その時何となく、気になっただけで…」
『材料は幾らあってもいいものよ。言ってごらんなさい』
「あ、はい。…えーと、俺達、あの時、ジャガー氏に会ってしまった訳ですけど、… 何か、声が、似てるんです」
「声が、ってお前がその、爆弾の話を聞いたときの『男』のほうか?」
ええ、とダイスはうなづく。
「ただその時には、おかしいな、と思っただけで、似てる、という発想が無くて」
「お前鈍感すぎーっ!」
ぱこん、とテディベァルは飛び跳ねてダイスの頭をはたいた。
『やめときなさい、テディ。これ以上お馬鹿になってはいけないでしょう?』
あんまりな台詞だとはダイスも思ったが、はーい、とテディベァルが素直に返事をしたのでまあいいことにする。
『…で、マーティ、この惑星にテロの起こる可能性はあって?』
あー、と振られた男は眉を寄せた。
「そりゃあヒノデ夫人、何処の惑星だって、可能性ゼロ、なんて言えませんけどね。でもアルクなんかよりはずーっと可能性は低いですよ。何たって『爆弾』あられがあるくらいですから」
『あら、それ面白いわね。ちょっと後で資料取り寄せてみましょう』
さすが食品産業の社長だ、と皆感心する。
『でも、そうね。ゼロではない。それが問題なのよね。いつもあなた達が動いてしまうのは』
「ええ」
いや、と彼は首を横に振る。
「ああもう、全星系統合スポーツ連盟ってのは、何でまあ、ウチばかり目の敵にしやがるんだろなあ」
ふう、とトマソンは腕組みをする。それに対し、マーティはそうだな、と真剣な顔になる。
「まあ、向こうにも何か理由はあるんでしょう。ともかく、無いなら無しでいいですが、あったら困りますから、少し動いてもいいですか?」
『試合は勝ってね』
ぴしり、と彼女はその一言で皆を押さえ込んだ。
『特にマーティ』
「は、はい」
それまでの真面目な表情が、いきなり崩れる。
『昨日のようなコントロールミスでサヨナラ、が続いたら…』
「わ、わかりましたっ!」
びし、とマーティはほとんど敬礼の形を取る。なるほど、とダイスは納得する。それなら昨日のマーティの落胆振りも判るというものだった。
「だいじょーぶ。今日は俺ですもん」
『そうよね。ぜひ完封勝利してね』
う、と今度はストンウェルが胸を押さえた。
『今日中に、近い支社の社員をそっちに回すわ。結構機動力ある子だから、しばらくその子をいつもの要員に使ってちょうだい』
そう言ってオーナーからの通信は切れた。皆一斉に、ふう、とそれまで肩に入れていた力を抜いたのは言うまでもない。
*
その日の試合は、見事にストンウェルの完封勝利となり、ドームは一日、閉められたままとなった。
*
その夜。
消灯時間も迫った頃、ダイスはマーティとストンウェルの部屋ほ訪問していた。
「全星系統合スポーツ連盟が、どういう組織かって?」
ダイスは黙ってうなづいた。
問われた二人は、顔を見合わせた。
「そんなに、説明が難しい組織なんですか?」
「や… お前はどのくらい、知ってる?」
「俺ですか?」
いきなり自分に振られ、ダイスはとりあえず自分の知っていることを口にする。
「えーと、本部が帝都本星にあって、全星域のスポーツの、プロ集団の管理とかしている組織、じゃないですか? スポーツの公式ルールもそこが管理していて」
「まあ正解。基本的には、それでOK」
ストンウェルは立ち上がると、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けた。
「ほいマーティ、『チェアーズ』」
「お、サンキュ」
軽く言いながら、マーティは投げられた緑のビール缶を受け止めた。
「お前には、これね」
そう言いながらストンウェルは、ダイスにはソーダ水の缶を投げた。そして自分のためには「エンタ」ローカルらしいアイボリーの「イーグル」を手にしていた。
「俺にはこれですかあ?」
「子供にはそれでいいの」
「子供子供って」
「十八、九、なんて子供だよ。だいたい帝都のやんごとない方々なんて、何百歳って噂じゃないの」
「それと比べてどうするんですか」
しかし実際、三十代間近なストンウェルと、それより少し上のマーティから見れば、確かに子供であることには間違いない。彼は黙ってソーダ水のフタを開けた。
「で、だ。お前の言ったのは、表向きの正解」
「表、ですか」
表があれば、裏があるということで。ビールを呑みながら、マーティは髪をかきあげる。
「そ、表向き。ま、それはどんな『連盟』にしても同じだがなー…文学や音楽や美術にしたってな」
「ただスポーツは勝ち負けがあるから、そのあたりが顕著なのよ」
ストンウェルもぷし、と缶のフタを開けた。
「勝ち負け」
それがどうしたと言うのだ、とダイスは思う。勝ち負けは当然あるだろう。特に球技の場合はそうだ。
あまりにもダイスが判らなさそうな顔をしていたのだろうか、マーティは缶を持った手の指を一本立てた。
「なあダイちゃん。例えば、お前がここの選手じゃないとする。レーゲンボーゲンの、ただの学生だか会社員だかとする」
はい、と彼は首を傾げつつも答える。
「俺達が星系外に試合に行くとする。で、試合に勝つ。するとレーゲンボーゲンのローカルのニュースが、速報で俺達の勝利を伝えてくるとする。さて、どう思う?」
「…それは、嬉しいですが」
「何でだ?」
何で。いきなりな問いに、彼はは目を瞬かせた。
「俺、…野球好きだし」
「野球が好きでなかったとしたら?」
「それでも、嬉しいですが」
「どうして?」
またもどうして、だ。彼は首を傾け、その理由を自分の中から探す。
「やっぱり、地元チームが勝つのは嬉しいし」
「だろ?」
マーティは大きくうなづいた。
「つまり、それなんだわ」
壁にもたれて、ビールを口にしながら、ストンウェルも言った。
「お前はテロ活動がある時代は知ってるけど、内乱があった時代は知らないし、それ以上に、戦争があった時代なんてまるで知らないだろ?」
「当たり前でしょ。俺子供なんだし」
「怒るなよ。ところが、だ。それが当たり前でない時代だってあったんだよ。お前歴史の授業、ちゃんと聞いてた?」
にやり、とストンウェルは笑う。う、とダイスは詰まった。つまり、はミュリエルのような教師が困ったあたりだが…
「俺の行ってた実業の様なとこじゃ、歴史はあまり詳しくやらなかったんですよ」
「それでも、戦争があった昔のことくらいは聞くだろ。それとも単に、お前が聞いてなかった?」
またもダイスは詰まる。
「ま、いいさ。ともかく、長い長い戦争が終わった後は、同じことが起こっても、『内乱』って名に置き換えられただけだけどな。その内乱防止のために、あの連盟は作られた、って言われてるんだよ」
「内乱防止?」
ダイスは思いきり、眉を寄せた。
「ほらお前、さっき自分で言ったろ。地元チームが勝つと嬉しいって」
「はあ」
「だから、そういうこと」
まだよく判らない、と彼は首を傾げた。マーティはそれを見て、補足する。
「そういうとこで、闘争本能を散らしちまうんだよ。本当の武器持った争いの代わりに」
「…」
どう答えていいのか、ダイスには判らなかった。
すると、今真剣な目で話していたはずのマーティの視線が緩んだ。
「と言っても、俺達のように、他星系の出身も居る訳だし、今ではもう、発足当時のその意味もねずいぶんと薄らいではいるけどな」
「そりゃあまあ、統一から三百年近く経ってるしなあ。連盟成立はいつだっけ、マーティ」
「割とその近くじゃなかったかな。ともかく二百年は越えてるはずたぜ」
はあ、とダイスはうなづく。そんなに歴史があったのか、と彼はただ驚くばかりだった。
「ただだから、現在はともかく、作った側に結構な思惑があるかもしれない、という組織ではあることは、間違い無い訳だ。んでもって、伝統的に、裏があってもおかしくない組織でもある訳よ」
はあ、とダイスはやはり力無く答えるしかなかった。
そしてふと思いつく。
「それじゃ、危機状況に対してテストするってのは」
「だから、そういう意味があるんだよなあ。もともとはだから、場所によっては、対戦チームに結構な危害を加える客も居たらしいぜ。乱闘も今に比べて多かったらしいし」
「そうそう。何か昔の客は、あんまりにもひどい試合だと、フェンス乗り越えて来たって言うし」
「あんな高いのに、ですか?」
「や、だから高くなったんだよ、フェンスの規格は」
ああ、とダイスはうなづいた。自分の上った高さを思い出し、少しばかりうんざりする。
「で、まあ、そういう時の対処ができて無い奴はプロじゃねえ、と言うのが向こうの主張らしいけど」
「じゃ、今回のは…」
「さてそこだ」
マーティは缶をサイドテーブルに置く。
「何か、どっちとも言い難いから、非常に困るんだよ」






