2 主要選手、緊急召集
ダイスはつとめてさらりと言ったつもりだった。あえてパスタの残りをくるくるとやりながら。
…しかし、返事は無かった。
どうしたんだろう、と彼は顔を上げる。そこには無言で天井とテーブルとお友達になった、二人の姿があった。
天井に顔を向けたまま、ストンウェルはあ~、と声を上げる。
「…なあマーティ、やっぱりこいつまだ寝ぼけてるらしいぜ」
「そのようだよなあ…」
マーティもまた、テーブルに声を響かせる。
「寝ぼけてませんよっ!」
ダイスは思わずそう返していた。
するとテーブルに突っ伏していたマーティは腕の中に顔半分埋めたまま、上目づかいにダイスを見る。こういう時でもいい男はいい男なんだなあ、とふと彼は思ってしまう。
「…いいかあ坊や。そういう単語は、そうそう不用意に使っちゃならねえんだよ? …冗談でも何でも」
そしてその低い声も。人を脅すには、充分すぎる程に。
しかしダイスも負けてはいない。本当にあったことを冗談扱いされるのは、さすがにこのルーキーには嬉しくない。ただでさえ、最年少、子供扱いされているのだから。
「冗談じゃないですよ!」
だからつい、むきになって、反論する。
「だってよ、冗談以外の何だって言うんだよ」
ストンウェルもやや険しい顔になる。
無論彼も知っていた。それがそうそう口に出してはいけない単語だ、ということは。
アルクの最後のクーデターの時、彼は実業学校の生徒だった。クラスメートの中には、活動に参加して辞めていった者も居る。時には危険だから、と休校になったり、逆に学校から帰れないこともあった。
「…だから本当に、聞いたんですよ」
「へ?」
二人は口を揃える。
「だからぁ、聞いてしまったんですってば!」
「何を、だよ」
ストンウェルは本気で凄んで、右半身をぐい、と乗り出してくる。
ダイスは思わず退く。…こ、怖い、と全身が震えるのが判る。
「…だ、だから… 内野席で」
「内野席で、何を聞いたんだ?」
マーティまでもそう言いながら、ダイスの腕を掴んだ。
逃げるなよ、と言いたげに。
*
「お。お前等で最後だな」
ドア閉めて、とマーティが手を挙げた。
「何だよーっ、マーティ、いきなり集合なんて」
ドアを開けるなり、テディベァルはすっとんきょうな声を上げた。
「…俺ぁ、もうそろそろ寝ようと思って、風呂入ってたんだぞぉ~」
テディベァルと一緒に入ってきた、二塁手のトマソンは頭にタオルを乗せながら、ふぁぁ、と大あくびをした。
この大男が来ただけで、宿舎になっているホテルのツイン・ルームはいきなり狭くなったように、一人掛けのソファに座っていたダイスには見えた。
この部屋の主であるマーティが、190センチを越える偉丈夫なのに、この大男はそれを更に10センチほど上に伸ばし、横幅を1.5倍にしているのだ。ちなみにマーティは背と肩幅はあるのだが、筋肉が締まっている。
そんなトマソンが、同室になっているテディベァルと並ぶと、まるで大人と子供のようだった。
テディベァルは標準より少し小さい、という程度なのだが、比較対象の相手が相手である。
「あれ、スロウプも居るのか」
ダイスはは名字を呼ばれて、ぺこんと頭を下げた。律儀に姓を呼ぶあたり、もしかしてトマソンは結構繊細なのではないか、とダイスも考えたこともなくはない。
マーティやテディベァルなぞ、更にそれを略してダイちゃん、などと呼ぶ。
その面倒くさがりの一人は、メシは美味かったかい、と歯をむき出しにして笑った。ベルトに重力制御装置が付けられているところを見ると、とりあえず今現在はこの部屋で跳ねまくる心配はなさそうである。
「…6、7、と。よっしゃ、これで最後だぜ、マーティ」
「おし」
ストンウェルは自分のベッドに腰掛けると、指差確認をして、部屋に集まった集団の顔を確かめる。
この場に居たのは、総勢七名だった。
部屋の主のマーティとストンウェル。テディベァル、トマソン、ヒュ・ホイに、通称「先生」の一塁手のミュリエル、それにダイスだった。
総勢七名の男達が詰め込まれている状態というのは、実に狭苦しいのだが。
「これで全部、かよ。ふうん、そういう相談かい?」
トマソンはタオルで頭を拭きながら、納得したような声を出す。
「まあな」
そしてそれに、ストンウェルが答える。そういう? ダイスは首をひねる。
「でもさー、そういう相談なのに、今回はダイちゃんも入れるの?」
さすがにテディベァルのその発言には、ダイスは声を張り上げた。
「何ですか俺が居ちゃ、いけないんですか」
おおっと、とテディベァルは肩をすくめる。マーティはちら、とダイスの方を見た。落ち着いた表情だったが、その目が黙れ、と言っているのは間違いなかった。
「まあな。今回は、こいつ、関係大アリだから」
へー、と四人は納得したようにうなづく。
「もしかしたら、ちょっとしたアクシデントが起きるかもしれないんでな。皆にいつもの通り、少しばかり協力、頼みたいと思ってな」
「アクシデント、ねえ」
久しぶりだなあ、とテディベァルはにやりと笑う。
「でもあまり時間がかかると、明日に差し支えますよ」
とヒュ・ホイ。
「そうだな、できるだけ手短に事態を説明してくれないか?」
「褐色の知性」ミュリエルは眼鏡の位置を直しながら言う。
ダイスが聞いた所によると、この男は、帝立大学を出ているのに、実業学校の悪ガキどもに勉強を教え、その上更に、何故かそこでベースボールにとりつかれて、今の今に至る、というややこしい経歴を持っているという。それで「先生」と呼ばれているんだ、とも。
マーティは何やら資料の様な紙を手にしながら、空いている方の手を広げる。
「ま、俺も実際、何がどうなるのか、よく判らないんだ。だから、何も無ければそれもよし。と言うか、それが、一番、良し」
何じゃそれは、と皆は顔を見合わせる。
「それじゃあよ、何かあったら?」
トマソンは低い声で、のっそりと問いかける。
「まあ、明日の試合ができるかどうか判んねえ、ってことだろうなあ」
ストンウェルはベッドに腰掛けたまま、組んだ手を挙げて、壁にもたれる。
「試合が? それは困るよ」
ヒュ・ホイは露骨に顔を歪めた。
「そう、俺としても非常にそれは困る」
マーティもうなづいた。
「ただなあ、いまいち状況が、はっきりしないんだよ」
「何が? どういう点がはっきりしないのか、マーティ、君、説明してくれないか」
「そう、だから先生、あんたにも来てもらったんだが。あんたは冷静だし」
「俺達は冷静じゃないぜーっ」
「…お前に冷静は望んでないよ、テディ」
マーティは苦笑すると、ちょっと、と皆を自分の座っているベッドへと手招きした。
「ん? これは」
びら、と彼はベッドの上に、一枚の紙を広げた。
そう言えばさっき、何か端末にアクセスしていたな、とダイスも顔を突っ込んで、のぞきこむ。
「ラビイさん、これって」
一番早く気付いたのは、ホイの様だった。
「そ、あそこのスタジアムの、見取り図」
皆の眉間にシワが刻まれる。
「何でまた…」
トマソンが至極真っ当な問いを発する。
「ふむ、確かに私もそれは問いたい」
するといきなり、ダイスは後頭部を強く掴まれた。
「痛え!!」
プリンス・チャーミングの匂いがふわりと漂った。
「それはだねえ、皆の衆、このガキが説明してくれるよ」
そこで俺に振るんですかい、ストンウェルさん。
ダイスは内心つぶやく。きっと先輩投手顔は、いつも通り、にやにやと笑っているはずだった。
「言います言いますって。だから離して下さいよ~」
「はい」
ぱっ、と離されてダイスはベッドに突っ伏せた。
「…えーと」
彼はまず、何処から話したものか、と迷う。
「えーと… 俺、寝てて、鍵、掛けられちゃったんですよね」
「そりゃーそうだ。時間がくれば鍵は掛けられる」
トマソンはうんうん、と座った椅子の上で胡座をかいてうなづく。
「…で、仕方ないから、フェンスを乗り越えて行こうか、と思った時に」
「あー、お前ならできるできる」
「テディさん茶化さないで下さいよ~だけど、その時に、何か、客席に人が居たんですよ」
「そんな時間に?」
「先生」は真っ当な反応を返す。
「ええ、そんな時間に。だから俺、そのひと達に、中から通路の扉、開けてもらおうとして、近づいたんですが」
うん、と彼等はダイスの方へ身を乗り出して来た。興味津々、という表情がありありと出ていた。
「えーと、何か中年かそれ以上の男と、若い女性の声で」
「美人だったか?」
「…見えないんだから知りませんよ、テディさん… でも、綺麗な声でした。うん」
「良く聞いてるじゃねえか」
にやり、とストンウェルは笑った。
「…ところが、その人たちが、爆弾を」
「ば」
そこで彼等の口は止まった。
*
「…って少なくとも、俺の耳には聞こえたんですが」
「…ううむ… ダイスのこのでかい耳なら、確かでしょうが…」
ミュリエルは誉めているのかけなしているのか判らないことを真面目な口調で言う。
「何の爆弾ですか?」
「や、それは… 判らないんですよ」
テディベァルはなあんだ、という顔をする。
「で、それならあの場所が、とか言うふうに、女のひとの方が、ごちゃごちゃ言っていて。取り付けにくいけど、効果は抜群、とか言ってたんですよ」
「取り付けにくいけど、効果は抜群」
ふむ、とミュリエルは顎に指をかける。
「まあああいうものは、効果の方を優先するしなあ」
マーティはさらり、と言った。そのあまりのあっさりさに、ダイスは顔を上げた。
「他には? スロウプ」
トマソンはごくごく簡単な問いかけをする。
「えーと、今回のものは、威力は大きくない、とか…」
「何だよ、危険度については何も言ってなかったのかよ」
「殺傷能力は無い、とか…」
ほっ、と皆露骨に胸を撫で下ろす。
「えーと、最低能力で最大効果とかも言ってました。あと、女の人の方が、上の方ではどうのこうのって…」
「どうのこうの、じゃ判らないでしょ、ダイちゃん」
マーティは苦笑する。
「ま、そんな訳よ、皆。それでこいつ、出るに出られなくて、遅くなって、テディにメシ食われそうになっちまった、って訳」
ううむ、とダイスとマーティ以外の五人がうめいた。
「何だか、訳判らないよなあ…」
乾きかけた淡い色の髪をひっかき回して、トマソンは至極真っ当な感想を口にする。
「…しかし困りましたねえ…」
「先生、何か思い当たることあんの?」
「いや、この『エンタ』って言うのは、時々方言に特殊なものがありまして」
方言? と皆口を揃える。
「だけどちゃんと、今日こっちで買ったニュースペイパー、読めましたよ」
「そうだぜ、一応星間共通語じゃねえか。ノーヴィエ・ミェスタとかあっちの辺境のような、コトバそのものが違う訳じゃあねえしよ」
「俺んとこだって、なまりはあるって言われるけどよー」
「テディは多少ありますね」
「それじゃーホイ、お前無いって言うのかよぉ」
「いやそれはそれとして」
ちょっと待て皆、とマーティは審判の「セーフ」の形に手を広げた。
「ここでは、皆の地方の方言の話じゃあない。…先生、続き言ってくれ」
「あ、はいはい」
と言いながらミュリエルは眼鏡の位置を直した。
「え~、言葉そのものはいいんです。ただ時々単語の意味がまるで違うんです」
「単語の意味?」
またもや、声が揃った。
「余計、訳わかんねーよー」
「どういう意味ですか? ミュリエルさん」
さすがにダイスも訳が判らなくなって、話に加わった。そもそも自分が発端のはずなのに、どんどん皆で話を広げている様な気がしていた。
そもそも、この面子というのは、仲がいい。
マーティとストンウェルだけでなく、通常の一軍ベンチ入りしているこの六人は、何かと言えば、結束している。
家族持ちのヒュ・ホイを除いては、皆宿舎住まい、ということも理由かもしれない。この六人は基本的に、アルクの出身ではないのだ。
一昨年、招待試合のような形で、テスト試合が当時の「サンライズ」の本拠地で行われた。
ダイスはたまたまその時には試験期間だったので行けなかったのだが、後でその内容をTVやニュースペイパーで知った時には、彼は悔しくて大泣きした、という記憶がある。
さすがにそれは恥ずかしくて言えないのだが、そのくらい、その時の「テスト試合」はわくわくする内容だったのだ、と彼はメディアから感じとったのだ。
そしてその時に、当時の正式メンバーと戦って、入団権を勝ち取ったのが、彼等なのだ。
他にも控え捕手のエンドローズなどが居ることは居るのだが、彼はアルクの、本拠地に近い所に実家があるので、彼等ほどに親密とは言い切れない。
出身地等は、皆格別に明らかにされてはいなかった。
ストンウェルがかつて「コモドドラゴンズ」で投げていたことで、当時のスポーツ系雑誌を見れば、自分でも忘れていたようなデータが載っている、ということもあるし、テディベァルが高重力星のマルミュット星域の出身だ、ということはまあ付き合っているうちに判るし、彼等も隠しはしない。
そう、隠しはしていないのだ。ただし、積極的に言いもしない。
その筆頭が、マーティ・ラビイだった。