第二章 和解する二人とめんどくさい事件の勃発(3)
八剣高校と七星高校は、同じ市内にある。
実はもともと違う市域だが、近頃市が合併してたまたま同じ市になった、という関係だ。実は、厳密に言うと、俺やメルの家は、七星高校の方が近い。家に近い学校にする、という投げやりな理由で高校を選ぶなら当然七星高校になるのだが、残念ながら俺にもメルにも、それを選択することは神に許されていなかった。神というか、親というか、遺伝子というか。要するに、生まれつき選ばれたものでなければそこに通う資格は得られないというわけだ。
だから、家の近所で七星高校(らしい)制服をよく見るのは確かだが、住む世界が違うということだけは良くわかる。そう、まさに、あの大豪邸にすむあゆみやその姉のような人種なのだろう。
しかし何の因果か、俺がその学校に関わる因縁ができつつあるようだ。この、美空という『探偵』を通して。
「私も昨日、一度偵察に行ったのよ」
道すがらに美空が話し始める。
「確かに、うちの男子らしいのが入っていくのは見たの」
「まてまて、そこからまずおかしいじゃないか」
俺は、最初に聞いたときに脳裏に浮かんだ疑問を発する。すなわち。
「あの七星高校が、そんな部外者を簡単に校内に入れると思うか?」
学力も身分も一つ飛び抜けた存在だけがその内部に存在することを許されるあの学校は、当然ながら、在校生の外部の学校との接触に関しても厳しい目を光らせているし、ましてや、部外者が校内に入ることを許すとは思えない。
「だから、なんかおかしいのよ。いや、見た目は全然おかしくないんだけど。確実に内部に糸を引く奴がいるわけよ」
何の糸を引いているのやら。少なくとも美空は何か巨大な陰謀を期待しているようだ。
「男子ばかりってのもなあ。もしかして、男子運動部の強化のために近所の高校に引き抜きでもかけてんのか」
「うちのヘボ運動部に?」
横合いからメルが言う。
そりゃどの運動部も万年予選止まりだけど、それにしてもメルにヘボなんて言われたら最後だ。
「そんなんじゃなさそうだけど、なんだかカネがらみの臭いがするんだよね。これは探偵の勘だけど」
その勘とやら、一度も使ったことないだろ。
「……ま、四切君は誰かさんと違って賢いから、そのくらいのことは分かるわよねー」
その誰かさんがぷんぷんという擬音が見えるほどほっぺたを膨らませているのを放って歩くことわずか、すぐに、七星高校の校舎が見えてきた。
外観は全くごく普通の高校だ。ただ、近づいてみれば違いが分かる。
天然石を積んだ校門、無味乾燥なフェンスの代わりに小粋な生垣でぐるりを囲っているが、その内側には目立たないように防犯フェンスが建っていて、生徒の安全もばっちりだ。
中に入れば分かることだが、教室も共用部分もすべて専門業者が毎日掃除をしているし、全室エアコン・床暖房完備の上、屋外向け窓は三重ガラス、室内の仕切り窓でさえ二重ガラスになっている。――というのは、もちろん、噂に聞こえるところによると、という接頭語付きの説明になるのだが。
そんな学校の正門前に着いたものの、ここからどうすればいいものか、まったく見当がつかない。
せめて、ここに出入りしている八剣高校生をつけてきていればよかった、といまさら思うが、後の祭りだ。
「――そうそう、もうひとつ、情報」
立ち尽くしていると、美空が口をあける。
「矢那奈々美って女子生徒の噂。見たこと無いけど、人気がすごくてファンクラブまであるらしいの」
「もしかして、この前ハチコーの正門に来ていた?」
「さあ、分からないけど。友達でもいれば写真くらい手に入るかもしれないんだけどね」
美空の言葉に、ピンと来る。
「……この前の、あゆみちゃん。あの子犬の。あの子の姉がナナコー生だろ、確か。そんなに人気なら、携帯電話の写真くらい持ってるんじゃないか」
「あ、だったら私が聞いてみるよ」
後ろにいたメルが言う。
「あゆみちゃんとはあれから連絡取り合ってるんだ。別に用は無いんだけど、付き合いってやつ?」
たった一度の接点だったのに、そのお付き合いとやらを欠かさないメル、そりゃ、人好きするわな。
「もしかして誰とでもそんな……?」
「ま、ねー。顔が広いに越したことはないじゃん?」
アホなのにマメなやつ。
「まあいいや、助かる、じゃあ、あゆみちゃんにそれとなく聞いてくれ。それから、もう一度作戦を練ろう」
「おーけーおーけー。じゃあ、この件は便利屋メルが引き継ぐってことで」
「ふざけないで。私の案件よ」
「あーらー? ここまできて捜査が行き詰った名探偵さんが?」
「行き詰ってなんか――」
「仲良し!」
俺が割って入るように言うと、恒例事になりかねない二人の喧嘩は、不承不承という表情は隠しきれないものの、とりあえず収まった。
いつまで張り合うつもりだろうね、この二人は。
***
翌日の朝には、メルはしっかりとあゆみからの聞き込みを終えていた。
その情報によると、矢那奈々美なる女子生徒は、少なくとも先日校門に現れた謎美女とは別人物であるということだ。
メルがあゆみにメールでもらった写真を見たところ、目はくりっと丸くてどちらかというと丸顔、やや明るい色の髪をポニーテールにしているようで、あの謎美女とは似ても似つかない。確かにかわいい顔だとは思うが、あの謎美女を差し置いてファンクラブができるほどか? と言われると、そうとも思えない。ちなみに三年生だそうだ。
「……潜入」
対策会議(?)を開くや否や、そうつぶやいたのは、メルである。
「どこに」
「そりゃ、ナナコーに決まってんじゃん」
「誰がだよ」
「あんたに決まってんじゃん」
「いつ決まった」
「宇宙が始まったときから」
「いやお前が行けよ」
「は? 今日は奇数日。カズは私の助手。助手は上司の言うことを聞くの。これ、社会のルールね」
「奇数日はお前の助手とか、お前と美空で勝手に決めたルールだろ!?」
「異論があるならその場で言うべきです」
美空もそっち側!?
「おっ、美空、話せるじゃん。だよねー、ちゃんと最初にやだって言わないなら、認めたってことだよねー」
「そう! そして四切君助手権を持つほうが四切君を奴隷扱いできるという実績ができればうふふふふふ……!」
「くくく……おぬしもワルよのう……!」
見えない扇で口元を隠してるけど、丸見え丸聞こえだよ二人とも!
「そんなわけで、行くわよカズ」
「行くっつったって、どうやって」
「大丈夫、考えてある」
そして、メルは急に顔を寄せてきて小声になる。
「あんたもファンクラブ会員になるの。美空、サボってる男子の名簿ある?」
「ここに、代官様」
さっとノートを差し出す美空。
あ、その悪代官コントはまだ続いてるんだ。
「この中で、話せそうな野郎に声かけなさい。で、放課後連れ立って潜入。私らは後ろからちゃんとついて行くから」
「……お前らはどうやって入るんだ?」
「は? 入るわけ無いじゃん。犠牲者は少な……じゃない、スパイは目立たないほうがいいのよ」
犠牲者っつったな、こいつ。
「……まあいいよ。隣の高校の男子までが夢中になる美少女ってのを拝みに行ってやろう」
「よ・つ・ぎ・り・く・ん? そういう浮かれた気分で行かれると、困るのよねえ?」
美空が突然怖い顔になって俺に近づき、ネクタイを掴む。
「いや、そのくらいの役得は許せよ」
「何言ってんの? こんな美少女がいつもそばにいてまだ飽き足らないの? 野獣。野獣ね、こいつ」
「ほんとね。私というものがありながら」
「……一応確認しとくわ。美少女は私、美空はお味噌、今のは言い間違いね?」
「喧嘩売ってんの? 美少女っつったらこの安和小路美空様だろうがゴルァ!」
「どっちがだコルァ! よーし表出ろ、今度こそ決着つけたらぁ!」
言いながらメルは腕まくりする。美空もなぜかネクタイを緩め、首を左右に振ってコキコキと鳴らす。ああ、お胸が重いと肩も凝るんですね。
――じゃない!
「仲良し! やめなさい!」
俺は見えないイエローカードを掲げようとしたが――。
「てめえがよその女子に鼻の下伸ばしてるからだろーが!」
見事に長台詞をハモらせた二人のコンボを受けて沈黙せざるを得なかった。
この二人、息が合うと凶悪すぎる。