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時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか  作者: 月立淳水
本編 時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか
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第二章 和解する二人とめんどくさい事件の勃発(2)


 メルか美空からの呼び出しにおびえる日曜日は平穏に過ぎ去った。


 そう、まだ俺の安息の地はあったのだ! たぶんもうすぐ侵食されるんだろうけど。


 そして月曜日を迎える。


 もちろん、朝っぱらから彼女たちが大暴れするはずも無く(さすがに朝から暴れたらこっちもキレる)、授業中もおとなしかったし、休み時間に何かやらかすことも無かった。

 ただ、何もしなかったのは彼女たちだけの話で、どうやら早速安森が彼女らのうわさを振りまいているらしい。二人に頼んだらあっという間に問題が解決した、と。


 こうなるとうわさには勝手に尾びれがつくもので、放課後前に俺のところに伝わってきたうわさは、『メル&美空エージェンシーが地域で起こった難事件をスピード解決したらしい』というものに変わっていた。伝言ゲームにしてもひどい。なんだよエージェンシーって。どこでそんなおしゃれな言葉がくっついたんだよ。


 どうやら、一昨日のうちには、例の飼い主、あゆみが親兄弟に話していたらしく、彼女の姉が隣の高校でまたうわさを広げ、もちろん安森は友達に話しを広げ、他の高校を経由したうわさと八剣高校で広まったうわさがどこかでくっつけられたらしい。あゆみの姉の通う高校はちょっとハイソサイエティな生徒の集まる『私立七星学園高校』(通称ナナコー)なもんだから、おしゃれ用語はたぶんそっち経由なんだろう。


 そんなわけで、帰り際にはちょっとした見物客が俺たちのクラスをちらちらと覗いている姿を見ることになる。

 そうは言っても、直接声をかけてくる人まではいない。あくまで遠巻きに見ている。


 動物園かサファリパーク。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶが、俺は檻の外側だと信じたい。


 ……のだが、困ったことに、『助手』の存在も安森やあゆみから漏れていて、放課後に、今日(奇数)の権利者メルが俺に近づいたのを見て俺がその助手とやらだろうと気づいたやつにとっては、俺も檻の中の珍獣扱いだっただろうな、なんて思う。


 そして助手の俺は、メルに連れられて学校を出る。

 よく考えればこうして二人で帰ることも珍しくないから、助手だからと言って特に変わったところは無い。


 ……今のところ。


「……で? 助手って何すんだ?」


「え? 助手? ……あ、ああ、助手だったわね。えーとねえ、よし、じゃあ、仕事とってこい」


「……仕事?」


「便利屋メル様は、今依頼が枯れてるのよん」


「あらあら、初日からお暇なのね。だったら助手は私がお借りしても?」


 ――で、なんで美空が付いてきてるんだ。


「コラ美空。今日はカズは私の助手だぞ。っていうかあんたも依頼なんて無いだろ」


「こちとら依頼さばききれなくてこまってんの」


「嘘つけ。っていうか依頼があろうがなかろうがなんでこっちに来るんだよ」


「私はたまたまこっちに用があるの」


「んなわけねーだろ」


 まあ、仲良く喧嘩しているうちは、いいのかな。


 こんな会話をしながら靴に履き替え、校庭に出る。


 校門は運動場を兼ねた校庭を横切った向こう。校舎のそばに造ればよさそうなもんなんだが、この学校が斜面に建っていて道路が南東側にしかないため、結果的にこの配置にならざるを得なかったのだろう。


 ということは分かるんだが、風の強い日は砂ぼこりの中を必ず潜り抜けなければならないので、何度かは、どうしてこんな配置にしたんだ、と心中恨み言をつぶやいたことがある。


 そんな校庭の向こうの校門、そこに、見慣れない制服の女の子がいる。


 スカーフまで含めてほぼ紺系統一色のセーラー服ベースの制服なのだが、襟元に朱色、スカートのすそに橙のアクセントが入っている、ちょっとしゃれたデザイン。夏服でも暑苦しいそのスタイルを貫く制服、記憶間違いでなければ、あれはお隣、私立七星学園高校のそれのはずだ。


 メルも美空も特にそれに気づいていないようで、相変わらず口喧嘩だか漫才だか分からない掛け合いを繰り返している。


 校門が近づく。

 その女子の姿がはっきりしてくる。


 と同時に、俺はさすがにはっとした。


 なんと言うべきだろうか、見た瞬間に背筋に電撃が走るような美人というところだろうか。


 背は高く、細長い手足。


 とがった顎と切れ長の目も、その小さな顔と完全にマッチして美人度アップに貢献している。

 そして、ウェーブのかかったほとんど金髪に近い薄い色の長い髪を、そよ風に揺らしている。


 メルも美空もちらっと視線が動いたので存在には気づいたようだが、特に興味は無さそうだ。


 先頭を歩く俺は無視してその脇を通り過ぎようとする。


 が、その時だった。


「……時任メル様と、安和小路美空様、ですね」


 低くよく通る、だけど落ち着いた声が、その飛び切りの美人の喉から響いてきた。

 俺は思わず振り向く。


「……そうだけど、何? あ、依頼?」


 メルは、よもや校外からの依頼か! と目を輝かせている。

 だが、謎美女は、首を横に振った。


「いいえ、少し変わった特技をと……見せて……もらえますか」


 変わった特技?


 あ、やばい。

 美空はともかく、メルなら、じゃあ時間止めて見せちゃうぞーなんてことをやらかすかもしれない。


 別にばれたっていいのかもしれないが、それでも、そんな変な能力を持ってるなんてことが知れ渡ったら、ちょっとめんどくさいことになるよな。


 と思って、俺は、ちょうど謎美女の死角にいることをいいことに、メルに首を横に振って見せた。


 メルは、一瞬、ほっぺをぷくっとふくらます。


 ああ、あれ、超言いたい顔だ。

 でも俺は心を鬼にして、ついでに顔も鬼の表情にしてもう一度強くメルを押しとどめる。


「……別に、人に言うほどのものは」


 メルの代わりに、美空が先に答えた。

 そうそう、それで正解。

 まあ、美空なら、ヘンテコ能力が知れ渡ることによる不都合なんてすぐに気づいてくれるとは思っていたが。


「……そう。じゃ、用は無い。……それじゃ」


 謎美女は無愛想に言うと、くるりと振り向いた。ちょうど俺と目が合うが、彼女の黒い瞳からは何も考えが読み取れない。

 そして、まるで俺がいないかのように、俺の脇をすり抜けて去って行ってしまった。


「……誰?」


 まさに『きょとん』という音がくっついたような顔をして、メルが俺に尋ねる。


「さあ? 俺も初めて見た」


「安森君かあゆみちゃんが、私たちがちょっと不思議なことをしたってことを漏らして、変な物好きのアンテナに引っかかっちゃった、ってところかな?」


 たぶん、美空の言うとおりなんだと思う。


「それにしても、あれだけの美人なのに変な趣味ってのは残念だ」


 俺がつぶやくと同時に。


 あいたっ。


 くっ、メルキックの精度が向上しているだとっ!?

 まさか、美空との戦いの中で成長しているのか!?


 ――じゃなくて、なんで蹴られたんですか、俺。


***


 日替わりって言ったよな?

 日替わりって言ったはずだ。


 あれから十日ほど。


 どうして毎日、二人がついてくるんですか。

 週末を除いて毎日なんですが。


「どうしてメルがついてくるのよ」


「あんたこそ依頼もないのにどうして助手連れてんのよ」


 そして、毎日、この会話を繰り返すのはなぜですか。


「今日は依頼があるのよ」


「嘘つけ」


「ごめん、今日だけはマジ」


 美空は、いつになく真剣な表情で返す。

 今日は依頼がある→嘘つけ、の流れは鉄板なのだが、そこからさらにもう一回返すのは初めてのパターンだ。


「じゃあ、聞くけど、何? 依頼って」


「ちょっと言いにくいんだけど……陸上部で、サボりが多発してるんだって」


 ああ、そりゃ言いにくいですね。

 万年サボりの俺の目の前ですもんね。


「……っていうか、美空もほとんどサボってるだろ」


「私朝練は出てんのよ」


 あ、そうなんですね。本当にすみません。


「……ああ、美空がいるから?」


 メルがため息交じりで言うと、


「んなわけねーだろがこのタコスケ! このセクシー美少女がいて出席率が上がりこそすれ下がるわけねーだろ!」


 美空の狙い澄ました必殺チョップは、しかし、メルに軽々とかわされる。

 うん、普通に考えてメルがかわせるはずないんだけどね。


「こんなところで能力使うな馬鹿メル」


「暴力から身を守るのは八剣高生の正当な権利ですぅー」


 狭いなその権利の範囲!


「馬鹿メルはほっとくよ。あのね、陸上部だけじゃないらしいの、話を聞くと。聞いた範囲では、剣道部、柔道部、サッカー部、野球部、バレー部……しかも全部男子。もともと零細のバレー部なんて模擬戦もできなくてひたすらトスの練習らしいよ」


「馬鹿メルって言うな」


「そうか、そりゃあまり穏やかじゃないな。サボった男子はどこに?」


「無視すんな」


「それが問題で。どういうことだかよくわからないから依頼が来てるの。今日はちょっと早いし、四切君も付き合ってくれない?」


「くそっ、本気で無視か」


「付き合う? どこか、調べる当てがあるのか?」


 俺が言うと、美空は少し曇った顔になる。


「……七星高校」


「……ナナコー?」


 俺も、ちょっと怪訝な顔になっていると思う。

 何しろ、この間の謎美女の制服は、間違いなく七星高校のもので、今度の調査先もそこなのだと言うのだから。


「サボってどこに行くのか、問い詰めても言わないからって、あとをつけた人がいたの。そしたら、七星高校に入って行って……この間の変な女のこともあって、ちょっと私も怪しんでるところ」


 それでも、あの謎美女の興味は、メルと美空だったはずなんだが。と言って、そのメルと美空の通う八剣高校で七星高校に絡む不審事が起こっていることと無関係と断定するのもあまりに性急だろう。


「まずは様子を見るだけ。一応、ボディガードってことで、お願い」


 そう言われちゃ断りづらいが、と言って、落とし穴の能力を持っている美空にボディガードが必要とは思えないなあ。


「……ま、男が一緒だと見えるだけで少しは役に立てるかな」


 俺が言うと、美空は顔の天気を一瞬で快晴に変えた。


「さすが四切君! じゃあ、ちょっとおねがーい!」


「私は最後まで無視……。これが、いぢめ問題……か」



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