第二章 和解する二人とめんどくさい事件の勃発(1)
■第二章 和解する二人とめんどくさい事件の勃発
これまでに数えるほどしか入ったことの無い自宅近くの喫茶店に入った。
余談だが、この喫茶店はテレビの取材が来たこともある。名物はナポリタンだそうだ。その割には、客は少ない。あと、ちょっと煙草臭い。
メルと美空は隣り合って座り、その正面に俺が陣取るという配置。
いつもより態度が小さい二人と、腕組みの俺、という、ちょっと痛快な構図だ。
「まず。仲良し。さんはい」
「仲良し」
「……仲良し」
俺の言葉を、二人はしぶしぶといった風に復唱する。
「喧嘩はしない。いいね。さてその上で聞かせてもらおうか、能力がどうとか」
「最初っから言ってんじゃん! カズが馬鹿にして聞かないから――」
「大声禁止ー」
俺が右手で見えないイエローカードを掲げると、メルはとたんに黙る。
「四切君が信じてないかなーとは思ってたけど、その、本当なんだよ」
メルの代わりに美空がしゃべり始める。
「あのね、この前、なんだか急に、声が聞こえてきて。なんだか、夢を見てるみたいな感じで。あれ? いつの間に寝ちゃったかな? って思ってたら、その変な声が。それで、『おめでとう、君は”落とし穴の能力”に目覚めた』とか急に言われて」
「あんたも? 私もまったく同じ」
「おいメル、美空を『あんた』って呼ぶのやめろ。俺と同じに名前で呼べ」
「そんなの勝手じゃん」
反抗するやつには二枚目のイエローカードを――。
と、右手を上げかけたところで、
「ちょちょっ、カードよくない、私、美空、呼ぶ、カード、出す、よくない」
メルがなぜか片言で言うので、俺は見えないカードを引っ込めた。
ちなみに、カードがたまると何かペナルティがあるなんて一言も言ってない。
「――じゃ、私はあなたのことメルって呼ぶ。で、メルもまったく同じ?」
「うん。不思議なことに、そいつがしゃべったことはひとつ残らず覚えてて忘れられないんだ。私は、『時を止める能力に目覚めた』って言われて。それで、能力を発動するときには『レベル』を思い浮かべる」
「うんうん、同じ。最大レベルは128。半端な数字だよね。それで、レベルによって能力がどんな風に変わるのか説明されるの。あと、レベルひとつにつき、再発動までの時間が二秒延びるって」
「そうなんだ、じゃ、やっぱり同じなんだ。時を止める能力のほうは、レベルひとつにつき、0.1秒だけ時間を止められるの。だから、最大、えー、十秒とちょっと」
128かける0.1くらいで言葉を濁すな。
「私は、さっきも言ったけど、自分から穴までの距離、穴の大きさ、穴の深さ、それぞれ、一メートルにつきレベルひとつだよ。だから、目の前に最小の穴を掘るだけならレベル3、再発動まで六秒」
「ずるい」
そうか?
「私なんて一秒じゃ何もできないもん。でも一秒止めるだけで再発動まで二十秒だよ? やっぱり穴掘りずるい」
「まあなんつーの、相性、だな」
ずるいずるくないの話が進むとまた喧嘩になるかもと思った俺は横槍を入れる。
「なによカズ、私が美空と相性が悪いって?」
「それって案外失礼じゃない、四切君?」
と、二人は突然矛先をこちらに向ける。
「え、そ、そういう意味じゃ……」
「仲良くしろって言ったのてめぇだろカズ! なにいきなり水差してんだよ!」
「そうよ。せっかく、おんなじ体験してるって思って親近感湧いてきたのに!」
え、悪いの俺ですか?
「いや、その、メルってほら、根がドジだからさ、落とし穴なんてメルのほうから落ちに行くようなもんだろ? いくら時間止めても勝てねーよな、って意味でげふっ」
嘘偽りなく弁明するも、最後まで言い終わる前に、メルのパンチが飛んできた。しかも、珍しく命中。
「……まあいいや。カズが仲良くしろって言うからとりあえず友達にはなったげる。でも、ライバルってことには変わりはないからね、寝首かかれないように気をつけな、美空」
「……ライバル、ね。うん、そうね、強敵と書いてともと呼ぶタイプの友達にはなったげるわ。せいぜい、月の無い夜道には気をつけることね」
闇討ちを匂わせる関係が『強敵』や『ライバル』と言えるだろうか。
という哲学的な問いを頭に浮かべた俺を無視して、二人は握手を交わす。
ま、とりあえず、いつまでも張り合って小うるさいよりはずっとマシか。
***
それにしても、おかしな話だ。
その後聞いた二人の話を総合しても、まったく意味が分からない。
二人の『夢』の中には、確かに『声』が現れたのだという。その声が、能力の開花を宣言したのだ。
メルは思いつきもしなかったらしいが、美空はすぐに、その声の主に対して誰何した。
声の主は、はっきりと答えなかった。少なくとも神や悪魔の類ではないらしい。と言って、神や悪魔が素直にそう名乗るかというとそれも違う気がするので、もしかするとそういった何かなのかもしれない。美空は少なくとも、深く詮索するのはやめたそうだ。じゃあ何者だ、と軽く問うたとたん、『そいつ』はめんどくさいことをつぶやき始めたらしいので。そのつぶやきの一部を美空が暗誦するのを俺も聞いたが、確かに頭が痛くなったので聞くのをやめた。少なくとももう頭には残っていない。あれを一字一句残さず記憶させられている美空がちょっとかわいそうだ。
ともかくその謎の存在が、半ば面白半分で二人に能力を与えたのらしい。
二人とも口をそろえて、『顔は見えなかったけど絶対半笑いの声、あれは間違いなく性格悪い』と断言したのだから。
メルと美空がだぞ? この二人が性格悪いって断言する相手だ。もう、面白半分でやってるに違いないだろう。
もちろん、お前らが性格悪いって言うくらいならよっぽどだな、という俺の軽口に対するツッコミは二人のコンビネーション暴力で、当初の痛快な構図は瞬く間に逆転していた。
さて、肝心の能力についてだ。
能力は、レベル1からレベル128までがあるらしい。
発動するときには、能力を発動するという意思、発動するレベル、必要であれば発動後のイメージ、そういうものを考えるだけでよいらしい。たとえば、メルの場合は単純明快で、今からレベル10発動、と思うだけだ。美空は少し面倒で、発動するという意思に加えて、落とし穴を掘る位置、大きさ、深さをイメージし、それに合わせたレベルを頭の中で宣言する。だから、余りに遠くだったり余りに穴が大きかったりするとイメージとレベルが整合せずにうまく発動しないこともあるらしい。実際、『深さ百メートルの穴』はイメージが追いつかず発動できなかったという。俺も深さ百メートルの穴は見たことも無い。
そして、レベルひとつにつき、二秒の待ち時間。発動後、能力が使えない時間だ。
なんだか妙にうまくできているが、考えてみれば、『性格の悪いやつ』が『面白半分で』作った仕組みなのだとしたら、そういう風にするに違いない。どうせ『その方が面白そうだから』くらいの理由しかないだろう。そもそも何かをするのに理由を求めるような存在なのかさえ分からんが。
そうそう、ちょっと考えて気がついたが、128は、二の七乗だ。二進数をベースにした生き物なのかもしれないし、あるいは、理論上の最小進数だから二進数で考えているだけかもしれない。少なくとも、指が十本ある生物とは根本的に関係が無いんじゃないか、なんてことを俺はぼんやりと考えたが、口には出さなかった。
そして改めて二人の能力をまとめると。
メルは、『時を止める能力』。レベルひとつにつき0.1秒だけ時間を止めて、自分だけがその中で動ける。ルールはこれだけ。シンプルこの上ない。
美空は、『落とし穴の能力』。レベルひとつにつき一メートルだけ、自分からの距離、穴の直径、穴の深さのどれかに加算して落とし穴を掘れる。掘った落とし穴は外見はまったく見えないが、上に人や物が乗ると表面が壊れて穴に落ちる。ただし、どんなに深くても、落ちたとき決して怪我をしないようだ。掘った穴は、次の穴を掘るか埋めるという意思を発動するかで元に戻るが、その際に落ちてしまったものが埋まることも無い。最初からそこにあったかのように穴の上に戻る。戻った地面も、元と何も変化しない。穴の中は異次元みたいなもので、仮に二階で穴を掘ったとしても下の階に落ちることは無い。あくまで、掘った深さの『穴だけ』がそこに現れるのだという。なんとも人に優しい能力だ。そういう抜けた感じも、『面白半分』を裏付けているように思う。
あと、こうした細かいルールを『絶対に忘れない』というのが、これまた『やつ』の性格の悪さを物語っている。メルの能力はまだしも、美空の能力なんて何に使えるのか分からない上ルールだけは細かい。嫌がらせとしか思えない。
ともかく、この二人が喧嘩さえしなければ、こうした馬鹿げた能力が俺の生活を侵食するとは思えないわけで、
「どうせ何にも役にたたねー能力なんだから、吹聴して回ったり遊びで使い倒したりすんなよ」
と忠告すれば、
「はあ? これは正義の能力! これを使ってよろず相談を解決するのが”便利屋”メルよ! 邪魔すんじゃねーよ」
とメルの空振りローキック、そして、
「これがあれば犯人に逆ギレで襲われても絶対に身を守れるからね、”探偵”安和小路美空には必須の能力なのよ。四切君には悪いけど、活用させてもらうから」
と、いかにも俺が巻き込まれる前提でちょっと悪そうな笑みを浮かべながら能力活用を宣言する美空。
「ま、ほどほどにしとけよ」
もはや呆れ顔しかできず、俺は突き放しにかかる。
が。
「何言ってんの、助手はあんたよ」
「え、私も四切君を助手にしようと思ってて――」
「ふん、あくまでライバルってわけね」
「そういうこと。そうね、喧嘩は禁止だから、仲良く奇数日偶数日で分けない?」
「右半分左半分って言わないだけの良心は残っているようだな、美空! よし、その案呑んだ。奇数は私だ」
「ふざけないで。奇数は私よ」
「くっ、貴様も『三十一日』の存在に気づいたか……!」
「うっふっふ、メルも抜け目無いわね、じゃあ、三十一日は公平にコイントスで、どう?」
「……よかろう。ほえ面かかせてやる」
俺の平穏な生活は、たぶんもう二度と帰ってこない。