第一章 幼馴染がおかしなことを言い出しました(6)
大犬は、あゆみの家の番犬だったようだ。ずっと家の中にいた子犬とは面識が無かったので威嚇したのらしい。
そして偶然というか幸運というか、あゆみが受けた電話は、実に子犬の里親希望者からだった。
それは、メルの交友リストの中のひとつだったが、メルの『営業』がいまいち的を射ずそもそも本当にそんなへんてこな犬がいるのかといぶかっていたところに、美空のチラシを見て、決断したのだそうだ。
世の中には、黒ブチレトリーバーなんていう奇妙な犬種をほしがる人もいるものらしい。
そんな話を、メルの膝小僧の応急手当をしながら聞いた。
そして、あゆみとその母親は、何度もメルに頭を下げたが、メルは気にしてないよとフォローし、そして、包帯を巻いてあゆみの家を後にすることになる。
敷地を出てすぐのことだ。
安森は子犬の今後の相談とかで残してきていたので、俺とメルと美空だけなのだが。
メルが、突然前に駆け出して、美空に指を突きつける。
「あんたね、落とし穴掘ったのは!」
そんなわけ無いだろ。
あの家に行くのは美空も初めてのはずだ。
「どうやら私にも飲み込めたわ。そうね、私もそうなんだから時任さんもそうなのかもしれないわね」
美空は何かを飲み込んだらしいが、俺にはさっぱり飲み込めません。
「そういうことね。でもね、あの子は私が助けたのよ! あんたが余計なことしなくてもね!」
「はん、ずいぶん犬ッコロ相手に押されてたけど? 私が助けなきゃどうなってたかしら?」
「カズがすぐに駆けつけてたよ! 私がちょっと時間稼ぎしてやりゃね! むしろあんたのせいでこれだよ!」
と、メルは包帯の巻かれた右膝を指差す。
「いい気味よ。たいした能力でもないくせに」
は? の、能力?
「私のがたいしたこと無いって? うわ、やーねー、嫉妬って。時間止めるって、もう、世界よ。世界の支配よ!」
言った瞬間、メルが、『瞬間移動』した。
そう、瞬間移動としか思えなかった。
今美空の正面にいたはずなのに、気がつくと、美空の真横にいるのだ。
ただ問題は、そこで何かブレーキをかけ損ねて転びそうになっているという点だが。
「うっふふ、ずーいぶんと運動音痴みたいじゃない? 時間を止めても何も出来やしない」
「そんなこと無いわよ!」
再び消えるメル。
次の瞬間、斜め後ろからタックルを受けて転がる美空が現れる。同時に、なぜかメルも転がっている。
美空は受身を取ってすぐに起き上がり、制服の上着のほこりを払った。
「……まあ、やるわね。それで? 何秒で回復するのかしら?」
「教えるかっつーの!」
あっかんべーをするメルだが、再び突っ込んだりはしない。
っていうか、何? 本当に時間止めてるの? うそ?
美空は、ニヤニヤと笑いながら、数歩飛び退る。
「さーて、そろそろ回復かしら? さあ、いらっしゃい」
「言われずとも!」
メルはヘボいフォームで駆け出す。
そして、再び、彼女の姿が消えた。
もし時間を止めているのなら、その速度のまま止めた時間の中を走って美空にタックル――。
「へぶぅ」
予想を裏切り、美空はニヤニヤと立ったまま、一方、どこからとも無くメルの情けない悲鳴が聞こえてくる。
はっと気がつくと、美空の目の前に大穴が開いていて、そこにメルが落ちている。
穴の深さはせいぜい一メートルだが、運動音痴のメルにとっては脱出は難事だ。
「いくら時間を止めても空は飛べないものねえ」
やっと這い上がったメルに対して美空が嘲笑を隠さずに言い放つ。
言われたメルは、実に悔しそうな表情だ。
「だがそんな大技が連発なんて出来るわけない!」
再び突進するメルだが、
「へぶぅ」
次の瞬間、再び落とし穴にはまっていた。
「私の能力は『落とし穴』! レベル1につき、大きさ、距離、深さ、どれか好きなものを一メートル追加できるのよ。だから、目の前に大きさと深さ一メートルの落とし穴を掘るだけなら六秒に一発撃てるわ」
「何よその能力……ずるい」
「時間止めるほうがよっぽどずるいわよ!」
穴にはまったメルに美空がチョップを振り下ろそうとした瞬間。
俺は飛び出して美空の手を受け止め、ついでに、メルの頭上にチョップを振り下ろした。
いや、つい。