第七章 一見夢のようなシチュエーションだが代わりたい奴いる?
■第七章 一見夢のようなシチュエーションだが代わりたい奴いる?
その後の後始末には俺は一切関わっていない。
実際、奈々美の親族やら七星高校の理事やらがいろいろと暗躍して何事もなかったことにしているらしい。
ちなみに、奈々美が校庭に空けた落とし穴だけは奈々美自身が反省のために自分で埋めさせられたそうだ。
なぜそんなことを知っているかって?
答えはシンプル。奈々美が直接そんな話をしに来るからだ。週三のペースで来る。こなとと一緒に校門のところで待ち伏せしている。何の嫌がらせだろう。
そしてもっときつい嫌がらせは、彩紗の件だ。
ほぼ毎日だからね?
どこで手に入れたのか婚姻届持って襲撃してくるからね?
隠れてこそこそとかする気なさそうだよ? 教室まで襲撃されたときは本気で殴りたくなったよ?
さらには、どうも、彩紗のぶっ飛んだ思考とファッション(?)に、八剣高校にちょっとしたファンクラブ的なものができつつあるようで、余計な火種を作っただけのような気がしてきた。しかもそいつらに俺が逆恨みされるという素敵なオプションが無料でついてくる。くそっ。
肝心のメルと美空は、相変わらずだ。いがみ合ってんだか仲がいいんだか。
今日も今日とて、いつものように俺の助手権についてお互いに悪態をつきながらも、逃げ帰ろうとする俺を二人仲良くけん制している。
「だからっ、奇数日偶数日で決めたよね!」
「それはあんたが朝練にカズを使ってない前提だろ!? 朝練でカズ利用権を使った分はこっちにも権利が来ないとおかしいっての!」
「あれは四切君が自主的に参加してるんですー」
「自主的だろーがなんだろーが、あんたが独占してることには変わりねーだろが」
「うふっ、私が独占っ、いい響きっ」
「くっ、むかつく!」
俺の助手権を仲立ちとした意地の張り合い、面子の潰し合い。いつまでこれが続くのか。喧嘩したいだけなら俺の身を巻き込まないで勝手にやってくれると助かるんだけど。
「あらあら♪ 相変わらずね♪」
後ろで言い争う二人に気を取られていたら、目の前にもっとめんどくさい奴がいることに気がつけなかった。
奈々美が、一日ぶり五回目の当校ご訪問だ。もちろん、その斜め後ろにはこなとが立っている。
ついでに言うと、ピンクの彩紗がまた茶色い紙を持ってこなとの横に立っている。アレの存在は無視したいが、否応なく目立つ。
「……今日は何の用だ?」
めんどくさいからさっさとあしらおうとちょっと冷たい感じを出してみるわけだが。
「うーん、今日は何の用ってことにしましょ♪ たとえば、彩紗に結婚を迫られてあせる四切さんを見るのが面白くって、ってことにしときましょうか♪」
迷惑な用事だ。
「奈々美ちゃんのお許しが出たっ☆ さあ一之ちゃん、結婚しましょ☆」
「させるかぁぁぁっ!」
「同じくっ!」
メルと美空が叫びながら彩紗に飛び掛る。正確には、茶色い紙を奪い取ろうとしている。
ちょっと前に気がついたが、あの紙、保証人の欄にまで印鑑が押してある。保証人名の苗字には『矢那』と書いてあった。奈々美の親か誰かだろうな。七星高校関係者には変人しかいないのか?
「くそっ、ちょこまかとっ!」
ひらりひらりとかわす彩紗に向けて、美空が憎憎しげに吐き捨てる。ちなみにメルは時を止めての初撃を外したところで転んで地面との濃厚なキスを楽しんでいるところだ。
「あたしは美空ちゃんみたいに無駄な脂肪が付いてないからね☆」
「誰も彼もデブだの無駄脂肪だの……きぃーっ!」
美空がぶち切れて落とし穴を発動する。
しかし彩紗もさるもの。落とし穴の発生位置を見事に先読みしてひらりとかわす。
そして――。
「へぶっ」
彼女の代わりに、一人でのたうっていたメルが勝手に落ちた。
「あはっ! ……じゃない、えー、メ、メル! 大丈夫!? あのピンク女めっ!」
うん、美空、明らかに笑ったよな。
美空が落とし穴を解除し、メルがやっとこさ起き上がる。
そのときにはすでに彩紗が俺のそばにきて、俺の手に婚姻届を握らせようとする。
「うっせー! 俺はまだ未成年だっ!」
奪い取ってちぎること六回、粉々になった茶色い紙を風に向けてぶん投げた。
「わお☆ 一之ちゃんったら、情熱的☆ そうよね、そんな未成年には役立たずのペラ紙なんかより、事実婚よねっ☆」
抱きついてこようとする彩紗を俺はかろうじて避けた。なんかもうやだ。
「……彩紗、その辺にして、こちらへ」
こなとのアルトボイスが響いたとたん、彩紗は犬笛を吹かれた犬のようにぴょんと跳ねてこなとのそばに戻った。
「こなとちゃん、なーにー?」
「……四切様も困ってる。こういうことはゆっくり時間をかけるもの」
「……さっすがこなとちゃん、その通りね☆」
何がさすがなのかさっぱり分からないが、ともかくこなとの一声で彩紗がおとなしくなってくれるのは助かる。
というか、こなと、まだ高校に入ったばかりの一年生だというのに、三年の奈々美の能力を見抜いて側近に納まるわ、同級の彩紗を見つけ出して手なづけるわ、隣の公立校の俺たちのうわさを嗅ぎ付けるわ、無表情なしゃべり方や態度からは想像もできないほどアグレッシブで、驚かされる。ついでにメルと美空も手なづけてくれんかね。
「あらん、もう終わり? じゃ、行きましょうか♪ 四切さん♪」
「お、俺?」
突然の奈々美の指名に俺は変な声を出してしまった。
「ええ♪ 県立に面白い子がいるって話をしたら、おじいさまがぜひ会ってみたいって♪」
「保護者への紹介だとぅ? そいつぁ、許せないなあ」
立ち直ったメルが、俺の前に両手を広げて立ち、奈々美に対峙する。おおぅ、なんだかわからんが頼もしい。
「同じく」
美空もついでに立つ。だが、どちらが奈々美の正面に立つかでまたも無言の小競り合いを始める。
「っつーか、あんた三年だろ、受験生だろが、おとなしく帰って受験勉強でもしてろ!」
小競り合いをしながらも、メルは奈々美に向けて一喝する。
一応他校とは言え先輩なんだから敬語使ったら? ……なんて突っ込みは入れない。俺もなんだかだでタメ口が定着しちゃってて、我ながらちょっと罰が悪いところなのだ。
「あらん、受験なんてどうにでもなるわん♪ おじいさまのお話でさる名門私立への合格だけは決まってますから♪」
「裏ぐチッ」
つっこみだか続く言葉を詰まらせただけだか分からないメルの奇声。
「……参考に訊くけど、私も矢那様のおじいさまに面倒を見ていただくことはできますでしょうか?」
と思ったら、すでに目の色が違う感じになってる。あれは忠犬の目だ。呼び方も『あんた』から『矢那様』へ。
「うーん、お友達のよしみってやつで、お話してもらってもよろしくてよ♪ ちなみに入学金は……」
言いながらメルにそっと近づき、耳元に何かをボソッとつぶやく。
「いっ……!!」
メルはそれ以上何も言わずに、ひっくり返った。
言葉を喉に詰まらせて、見事なチアノーゼだ。
……骨は拾ってやろう。
「さて♪ 一匹片付きましたわねん♪」
「くっ、それが狙いか!」
何が狙いだ。もうわけがわからん。
「あなたの好きにはさせないわ! 奈落の底で悔いるがいい!」
言いながら、おそらく美空は今、落とし穴のイメージを膨らませているだろうな。
「あなたこそ、メルさんが脱落して四切さんを好き勝手にできるって顔でしたわよ♪」
「そそそそそそんなことないわよ!」
「まあいいわん♪ あなたにも脱落してもらいますから♪ こなとっ!」
流水のように奈々美に身を寄せるこなと。
「――限界突破」
ぼうっと燃え上がる奈々美の青きオーラ(ただし中身は嫌がらせ)。
「くらえっ、嫌がらせレベル256!」
「私のイメージの限界に挑戦! 深さ三十メートルの特製落とし穴に落ちろっ!」
二人の声と同時に、それぞれの能力が発動。
美空はそのストレートヘアにめんどくさそうな寝癖がぽんっと音をたてそうな勢いでくっきりと現れ(たぶんハズレ)、奈々美の立っていた場所には底が見えない深い深い落とし穴が。ただし奈々美はこなとがひょいと抱えて落下を逃れる。
そしてやはり。
「へぶぅ」
穴の奥深くから響いてくるメルの情けない悲鳴。
なぜ落ちた。
ああ、今日もいい天気だ(現実逃避)。
★★★ あとがき ★★★
『時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか』、以上で完結です。
目指したものは『超ライトでチーレムな話』なんですが、結局『何も能力を持ってない主人公』が一番強かったわけですね。さてその主人公が最強能力を得てしまったのですからいよいよチート篇スタートか……! と思いきや、ここで完結なのでした。
もちろんいくらでも続編を書けるようにこんな終わらせ方にしたんですが(その感じも商業ラノベを意識してみた;笑)、私自身、『ライトな創作で気晴らししたい!』という時のための持ち球にしたかったのもあります。
なので、たぶん続編を書くと思いますが、ひとまず本作はこれでおしまい。
お付き合いありがとうございました。
★★★ おしまい ★★★




