第六章 どうやら俺も能力に目覚めてしまった勘弁して(5)
あー、なんだよこの能力。
ひどい。この嫌がらせの能力、ひどい。
こりゃ、拗ねるわ。奈々美じゃなくてもこりゃ拗ねるわ。
レベルごとにえげつないけど役に立たない嫌がらせが勢ぞろい。蚊を耳元に飛ばすとか次に走り始めたとたんに転ぶとか靴ひもが解けるとか。いらねー! しかも忘れたいのに忘れられないとか。能力抜きにこれだけ嫌がらせのレパートリーを頭に刻まれたら、拗ねるって。メタ野郎、128回死ね!
……さて。
とりあえず、今は、みんなで図書室の片づけをしている。
どうやら奈々美の能力、レベル128より上だと、いくつかの嫌がらせの中からひとつがランダムで発動するらしく、今回発動したのは『レベル×40個のどんぐりが頭上に降ってくる』という地味に嫌な嫌がらせのようだ。ちなみに、前回は『レベル×2.4秒の間すべての能力を封じる』という大当たり能力だったらしい。すべての能力には、(人並み以上の)知的能力や(人並み以上の)運動能力も含む。食らったのがメルだったからね、メタ能力以外は無事だったわけだ。本人は否定してるけどな!
そんなわけで、ちゃんと数えればおそらくあの時部屋にいた奈々美とこなと以外、つまり四人分、合計四万個ほどのどんぐりがあるはずだ。
この掃除の手間も地味な嫌がらせだと思う。
「……私の能力は、『限界突破』」
どんぐりをほうきで掃きながら、こなとが言う。
ちなみに、ちりとりで取ってもきりがないので、美空の作った落とし穴に掃き落としている。とりあえずあとのことは考えていない。落とし穴解除したとたんにあふれることは目に見えているんだが……そのときは、最後に発案者のメルをぶっ飛ばせばいいだろう。
「……普通はレベル128までしか使えない能力を256まで使えるようにする……最初は何を言われているのか意味が分からなかった……でも奈々美様に出会って、ようやくその意味が分かった……私はただ誰かに寄り添うだけの存在だと理解した……」
こなとはこなとで難儀な奴だなあ。
「だから、探した。私が寄り添える人を。一人でも多く。妙なうわさを聞けばどこにでも行った。そして――彩紗様やあなた方に出会った」
彼女が俺たちの前に現れたのはそういう理由だったんだな、といまさらながら納得する。
別に、奈々美に敵対するかもしれないとかなんとか、そういうことまで考えていたわけじゃない。
ただ、彼女は、自分の存在意義を探していただけなのだ。
「――間違っていた。能力がなくても私は私。――でも、私は、奈々美様にこれからも寄り添いたい」
うつむいて不安げにそう言うこなと。
「いいんじゃね? そう思ったんだったら、もう能力とか関係ないだろ。それが、友達ってもんだ」
俺が言うと、
「……友達。そう。そういえば……彩紗様も似たようなことを言ってた」
こなとが言う。
そう、確かに、彩紗は、こなとを傷つけるなら許さないと、俺たちに立ちはだかったのだった。
「そうさ。彩紗は、お前のことを友達だから助けたいと言ったんだ。お前にはもう立派に友達がいるじゃないか」
俺が言うと、しかしこなとは何も口にせず、ただ黙って小さくうなずいただけだった。
「どんぐりころころふんふふふーん、ってことで、ぜーんぶ解決ってことねっ! ふふん、さすがは便利屋メル様!」
さすがにそこは鼻歌でごまかさなきゃならないような歌詞じゃなかったと思うんだが。
……とはいえ、ともかく、アホメルがいなきゃ、何も解決しなかったのも事実だ。
「そうだな、ありがとな、メル」
「いやいやどっからどう見ても全部私の……はっ、は? え? あ、あれ?」
ああ、一応、俺が罵倒突っ込みするだろうって予想はしてたのか。
「カっ、カズこそっ、その、あきらめかけた私を元気づけてくれ……いやいや、何でもない! 助手は助手らしく謙虚で大変よろしい!」
メルは、顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「つーかなんでメルの助手で確定なわけよ? むしろ、このとらわれのお姫様を助けようと必死な四切君はすでに私のものと言っても過言ではないでしょ」
一方で、とらわれのお姫様こと美空は、口をとんがらせてメルに抗議する。
「助けようっつったのは私よ、あんたはむしろ私に感謝しなきゃならないんじゃない?」
「助けろなんて頼んでねーよ、快適だったしな!」
美空が反論すると、その向こうにいる、この場で唯一の無能力者こよみがクスっと笑う。
「ええ、その、私が伺ったときには、確かに、ラグマットに寝転んでテレビをご覧になりながらポテトチップをパリパリと――」
「うわー言わないで!」
美空があわててこよみの口を押さえる。
まったく、ぜんぜん拉致されてたっていう緊張感なかったんだな。ほんと、助ける必要なんてなかったのかもしれない。
でも、災い転じて、でなくとも、結局こうして奈々美の暴走を止められたわけだし、奈々美とこなとのちょっと自虐自縛過ぎな能力観を修正できたわけだから、よかったとしよう。
「――で、この図書室、奈々美が放課後いつも独占してたわけだろ? ちゃんと返す手続きもしとけよ?」
余計なお世話だろうが、一応忠告をしてみる。
「えっ、そういうわけには参りませんわ♪ だって、まだ私を慕って参る方がいらっしゃるでしょうから♪」
「あれっ、解散するって言わなかったっけ?」
「ええ、解散するようには言ってみますわ、でも、もともと能力関係無しにこの私の高貴な魅力にとらわれた殿方も大勢いらっしゃいますし、そんな殿方のお気持ちを踏みにじるわけには……♪」
あ、解散する気ないわ、こいつ。
――ま、いっか。
どうせ万年初戦負けの弱小運動部がいくつか困る程度のものだ。
奈々美に勝てる魅力が部活にないのなら、そりゃ自業自得ってものなんだろう。
……陸上部、一回くらい、顔出してみるかな。
「美空、明日の朝連は?」
「うん、あるよ……えっ、四切君、出る!?」
「ああ、一回くらいはな。ちょっと顔出しづらいから、美空、エスコート頼むわ」
「まままままっ、まかせてっ! タキシード着てくるのよ!? 私はドレスを……ああっ、奈々美さんっ、ドレス持ってたら貸して!」
「いいですわよ、でもそのお胸が入るかしら♪ なんなら私がエスコート役を買いますわよ♪」
「むっ……ねっ……!」
美空が顔を真っ赤にして黙り込むと、
「まてぇぇぇい! そのエスコート役、このメル様がいただいた! 奈々美っ、ドレスは私に貸せ!」
メルが割り込んでくる。
意味不明。
「……お前らに常識というものを教えておこう。いいか、部活ってのは、フォーマルで参加するもんじゃねえ」
「だけどジャージなんてはしたない格好で四切君を連れて行くなんてっ」
「まてまてまて、私がやると言っただろ、いいからてめえは引っ込んでろ」
メルは美空に人差し指を突きつける。
「てめえこそ引っ込んでろ梅干頭!」
美空はこめかみに指を向けて頭空っぽのジェスチャーで返す。
「言ったなこの通行人顔の胸デブ!」
メルが言い返すや、
「待って。通行人顔の胸デブは私の考案。勝手に使わないでほしい」
こなとまで参戦するな!
アホな言い争いはそれから半刻ほど続き、そして最終的に、落とし穴を解除したときに大量のどんぐりが大爆発を起こしたことは言うまでもない。




