第六章 どうやら俺も能力に目覚めてしまった勘弁して(4)
なんとなく自分のしたことに驚いて、俺は呆然としている。
もちろん殴られた奈々美も呆然としている。
メルはいつもどおり呆然としている。むしろアホ面だ。
その他誰も彼もが呆然としていて話が進まないので、とりあえず俺は説教モードに入ることにする。
「なんつーかさ、お前さ、嫌がらせの能力をゲットしてさ、それで本当に年中嫌がらせしかしてないのか?」
「そっ、そんなことは……ないですけれど」
「だろ? 普通の高校生なりの生活はしてるんだろ?」
「ふん、私のがんじがらめの生活を普通の高校生並みというんでしたらねっ」
「あっ、すまん、失言。そうだな、家だの学校だのに縛られて、大変なんだよな」
奈々美の鬱屈の原因はおそらくそこにあるんだろうけど。
でも、何か、彼女の言っていることはやっぱりずれていると思うんだ。
「だけどな? そりゃ、生まれがそんなだったからしょうがないだろ。俺んちは、本当にごく普通の中流家庭でさ、逆に、こんなきれいで頭のいい奴ばかりでアホな幼馴染に付きまとわれる心配のない高校に通いたいって思っても、天地がひっくり返っても無理なんだ。それぞれがそれぞれ持ってるもののなかで精一杯努力してるんだ。お前だけが努力してるなんて思うな」
「だけどあなたには私の苦労なんて分かりもしないわ」
「そりゃそーだ。だけどお前も俺の苦労なんて分かりもしないだろ」
「……四切さんの……苦労?」
奈々美は、挑戦的な表情を崩して、きょとんとした顔つきに変わる。
「あっ、あなた方も、苦労をしていると言うの?」
「そりゃそうだ。何せ生まれが悪いからな。まず遺伝子がまずい。三流大学を何とか卒業できた程度の両親から生まれる脳みそがどんなだか想像してみろ。三角関数の加法定理なんてテストが終わったとたんに忘れちまう。覚えてたって何の役に立つかは知らんけどな、少なくとも、お前が行かなきゃならないような大学には絶対に入れねえ。でも親が貧乏だからな、それでも、何とか公立大にはいらねーとって、そのプレッシャーばかりだ。呆けててもいつかどこかに永久就職できるお前とは違うんだよ」
ほとんど思いつきで俺はまくし立てる。
「大体な、もらった能力が嫌がらせだからって、なんだ? そもそもそんな能力もらえない奴の方が圧倒的に多いじゃないか。もらえただけでお前は選ばれた人間なんだ。なんでまずそこに目を向けない?」
「そうは言っても……それをもらえたってことは……私にふさわしい能力が嫌がらせだって神様に断言されたようなものですわ……」
再び奈々美は涙ぐむ。
そこが勘違いの元か。
「……あのな。こっちのメルも、あっちの美空も、もちろん俺も、あのクソ野郎……お前が神様だって思い込んでるあれと話をしてな、確信してんだ。やつは、面白半分で能力を与えてるだけだ」
「……へ?」
「面白半分。しかも、一番ふさわしくない奴のところに能力が行くように、な。例えばこのメルだ。お前は知らないかもしれないが、おそらく運動神経ランキングは人類最下位だ。そんな奴が時間を止める能力を得ても、何もできやしねえ。あの野郎は、そんな様を眺めて笑って暇つぶししてんだよ」
「そんな……だって、私が、あなたは神様ですか? って訊いたら、それ以上の存在だ、とお答えになったのですよ? そんな至高のお方が、わざわざ誤った能力を……」
ああ、確かに、あいつは、神なんて俗なもんじゃねえとか言ってたな。
一応、質問に対する答えとしては首尾一貫してるってことか。
逆にだからこそたちが悪いけどな。死ね、メタ。
「――あれは、神よりもたちの悪い、単なるクズ野郎だよ。俺が保証する。嫌がらせなんて、お前にふさわしい能力じゃない。いや、違うな、お前にふさわしくないからこそ与えられたんだ。だから、もう、使うな」
「……使わ……ない……?」
不思議そうに奈々美は首をかしげる。
――そうか。
生来の努力家である奈々美にとって、生得した能力を限度まで使い切ることをしない、というのは、信じられないことなのだ。
「そうさ、んなもん使う必要はねえ。第一、お前以外の誰もがそんな能力を持ってねえんだ。使わないでようやくフェアだろ。もちろん、時には役に立ててもいいんだ。分かるか? たとえ嫌がらせでも、能力をもらえたお前と能力をもらえなかったその他大勢と、どっちが恵まれてる?」
俺の問いに、奈々美は、視線を空中に漂わせゆっくりと首を振り回した。
まるで、見えないその他大勢を見回すように。
そして、再び俺に視線を向ける。
もうその視線に憎しみや怒りは込められていない。
「そうですわ。どうして私は勘違いをしていたのかしら。私には使わないという選択肢もあったのですわ」
「そうとも」
俺はにっこり笑ってうなずく。
奈々美も、つられてか、頬が少し上がった気がした。
「それにな」
俺は、笑顔を崩さずに、もう一度うなずいて見せた。
「他人に嫌がらせをすることしか能がないと思い込んでしまってそれで深い悲しみを感じたって言うのなら、お前は本当は他人に嫌がらせなんてしたくない、心から優しい人間だってことなんだ」
俺が言ったとたん、奈々美は笑顔になり、加えて、両目に突然あふれた涙が零れ落ちた。
「そうだわ、そのとおりです……だから私は悲しかったのです……悲しみを忘れたいから、誰にも優しくしなくて済むよう私の下僕と成そうと考えたのです……ああ、ありがとう、四切さん」
こなとが、次々とあふれてくる奈々美の涙を、そっとハンカチでぬぐう。
「……ありがとう、四切様。私は奈々美様の理解者だと自負していた……それは間違いだった。私も孤独では生きられない能力だから、ただ奈々美様に寄りかかっていただけ……それはもうやめる」
こなとの言葉にも、俺はうなずき返す。
「――ってことで、本件は、一件落着ってことで、いいのかな?」
メルが笑顔でまとめに入る。
たぶん、話の半分もついてきてないと思う。
でも、まあ、いいや。
みんな仲良しなら、その理由なんて必要ない。
「そうだな、これで、おしまい」
「はい……私の教団も、解散します。四切さん、ありがとうございます。何かお礼をしたいのですが――」
小首をかしげる奈々美は、最初の印象どおり、かわいいな、と思う。
でも、別に俺はお礼がもらいたくてやったわけじゃないし。
「お礼なんていいよ、とりあえずこれからも――」
「そうはいきません。あっ、そうですわ♪ 四切さん、あなたの入門を許します♪」
えっ!?
ちょっ、まっ、入門って、嫌がらせの……!?
『ピロリロリン♪ 嫌がらせの能力に入門しました――』
ぎゃー!!




