第五章 意外な強敵で手も足も出ない件(4)
俺の宣言を受けた奈々美は、それでも、余裕の笑みを崩さなかった。
「ええそうよ♪ 私は人を不幸にすることしかできないの♪ だから何? その不幸に抗える力でもあるのかしら?」
奈々美が言ったのと同時に、俺の耳元に蚊が現れる。うるさい。
続けてもう一匹。
さらに、ナマコの臭さに転げまわっているメルのところにも一匹現れたらしく、
「うわ、また蚊が出た! カズ、とってー!」
メルがそんなことを叫んでいる間も、俺の顔の周りに次々と蚊が現れる。
これは、地味だが結構強力な攻撃だ。
出てくる数が多い。どんどん出てくる。
しかも刺されでもしたらその後の痒み……それが顔中体中となると……遅効性だが効果は抜群だ。
とにかく何とかしようと手を振り回しぱちんぱちんと叩き潰そうとするが、何とか一匹を潰す間にさらに何匹か現れている。
――待て、冷静になれ、俺。
所詮、蚊を出しているだけだ。
よく見ろ。
蚊は、五秒に一匹……いや、四秒に一匹か!
四秒、つまり――。
「蚊はレベル2だな、奈々美!」
俺が大声で指摘すると、さすがに奈々美はびくりとする。
「な、なんですの!? 突然人の名前を呼び捨てにして!」
あ、びっくりしたのはそっちですか。
さらに俺は気づいていることがある。
「しかも、こいつら、一匹も俺を刺さない! 実は全部オスだな!? だったら鬱陶しいだけで何も怖くねえ!」
「くっ、だっ、だから何よ!? 私の力は蚊を出すだけじゃないことはよく分かってるでしょ!?」
「そうじゃねえ! お前の能力も所詮はしょーもない能力だってことだ! メルの能力を奪ってなんかねえ! そう思わせただけだ! メル! 時間止めてみろ! 『不幸な能力発動不良』はもう直ってるはずだ!」
俺が指摘すると、奈々美の顔色が変わる。
間違いない、図星だ。
「――カズ! 時間止まるよ!」
止められた割には何もできないってのは変わらないんだな。
ともかく、メルの能力は回復した。
やはり、時間制限付きで能力が少し使えなくなるだけの不幸に過ぎないのだ。
「うるさいうるさいうるさい! だったら意味のある攻撃に切り替えるだけよ!」
とたんに、俺の頭上にぽこんと灰皿が落ちてくる。
「痛っ」
頭をさすっていると、メルのへごっというよく分からない悲鳴も聞こえてくる。
「――レベル3は頭上に灰皿か」
俺がにやっと笑って見せると、奈々美の表情はさらに焦燥のそれに変わる。
「こんなもん、ちょっと痛いだけじゃねーか。さあ、今度はこっちから行くぞ」
俺は構えを取る。
メルに目配せをする。
全力疾走の俺と時間を止めて走るメル、おそらく奈々美のところに同時にたどり着ける。
二人がかりで押さえ込んでしまえば、さすがの奈々美もジ・エンドだ。
ともかく一度、正面から攻略されてしまったという奈々美の自信喪失があれば、あとはゆっくりと心を折ってやって――。
――俺って心理学者だっけ?
ま、奈々美のやり方にはいろいろ勉強させてもらった、ってわけだ。
「――いくら正体が分かったからって言って、私の能力は無敵ですのよ! 当面動けないくらいのきっついのくらいなさい!」
奈々美が宣言すると――。
「カズ! 上!」
メルの声と同時に、頭上に圧迫感。
照明が隠された影が俺の顔に落ちてくる。
頭上にあるのは、コントのオチに使われる巨大な金ダライだ。
これはまずい。
ここでオチはまずい。
――だが、よけられない。
まずい。
「カズッ! 我が時間停止の世界への入門を許そうっ!」
メルの意味不明な宣言が響く。
ま、漫画脳……。
そんなんで俺がメルの時間を止めた世界に入れるなら苦労はしないよ。ほんとにもう。メルのアホっぷりには――。
……あれ? 時間、止まってね?