第五章 意外な強敵で手も足も出ない件(2)
上から見下ろしていた奈々美は、くるりと振り向く。
そして肩越しに言う。
「私の力はあなたがたとは次元が違うんですの♪ お分かりになったらどうぞお引取りを♪」
言い終わると、ゆっくりと校舎に向かって歩み去って行く。
一方、残された俺とメルのほうは、ただ愕然としている。
「メル……その、時間が止められないって……」
「うん……さっき止めようとしたらだめで、今もだめで……ど、どうしよう……」
こんなに落ち込んでいるメルを見るのは、初めてかもしれない。
「……やっぱりあいつの能力、他人の能力を奪っちゃう能力なんだよ……だから一人でいろんなことできちゃうんだ……」
ガックリとうなだれて、もし顔が見えれば、涙ぐんでさえいるかもしれない。
俺は俺で、かける言葉を見つけられない。
「あ、あははは、だめだわ、確かに、あいつは次元が違うわ」
無理な笑い声とうつむいたままのメル。
「――ね、カズ、帰ろっか。なんか、もう、やることないし」
こんな弱気なことを言うやつだっただろうか。
「美空も別に虐待されてるってわけじゃなさそうだし、さ。そもそもさ、男子どもも好きで集まってるだけなんだろうし。なんか私らだけ、踊らされてるみたい」
「そんなことない」
俺は思わず反論する。
「待遇はどうでも、監禁されてるんだろ、美空は。自分の意思に反して! そんなの、許せねえ!」
「だけど、無理だよ」
「無理? 何が無理だよ」
「だって!」
メルが顔を上げる。
思ったとおり、両目に涙がたまっている。
「……私、能力無くしちゃったもん。これじゃ便利屋なんて廃業だし……美空だって、能力の無い私なんてきっと興味ないよ」
「は? 馬鹿かお前は」
俺は大またでメルに歩み寄ると、再びその頭を叩いた。
「お前はどうして美空を助けるんだっつった? 俺は覚えてる。お前は、美空が友達だから助けるって言ったんだ。友達を助けるのに理由がいるのか? 能力がいるのか?」
「だって、能力がなきゃ私なんて――」
「そうだ、ふつーーーのポンコツ女子だ。だけどな、お前以外の誰だって、ふつーのポンコツなんだよ! 俺だって最初から能力さえねえ! でもお前は俺を友達だと思ってくれてるだろ!? 俺は能力をなくしたお前だって友達だと思ってる! 美空だってそうだろ! 友達ってのはそういうもんだろが! 俺おかしなこと言ってるか!?」
俺が一息に言い切ると、メルの両目から涙がぽろりとこぼれる。
われわれ取材班はついに貴重なメルさんの落涙シーンを目撃することに成功したのだ……!
「……言ってない。美空もカズも友達。……そっか、私、ただ、元通りになっただけだ」
「そうさ。さらに言うなら、お前のポンコツっぷりは時間を止める能力があったって役に立つなんて思ってねえよ」
「ひどっ!?」
メルは抗議の声とともに、しかし、明るい笑顔を見せた。
「……でも、ありがと」
俺は、何も応えずに笑顔でうなずく。
「とにかく行くぞ。蚊に刺されようが転ぼうが、美空を解放してもらうのが先だ」
「……そだね! よっし、やる気出てきた!」
この単純なところが、メルのいいところ、なんだよな。
***
一度はこよみにつれられてくぐった七星高校の正面玄関を、メルと二人でくぐった。
「……で、どこに行くの?」
そのメルの問いに対する答えは決まっている。
「図書室だ。別に俺らの襲撃があったからって言って『お勤め』をサボるようなやつじゃないだろ」
「あ、そっか、図書室に集めてお言葉とかなんとかをやってるんだっけ」
そう言うメルを先導して、階段ホールへ。
「考えたんだけどな」
階段に足を踏み出しながら、メルに話しかける。
「奈々美の能力、他人の能力を奪うって、違うんじゃないかと思ってるんだ」
「そ、そう?」
その話になるととたんに弱気な表情に変わるメル。だが、はっきりさせておいたほうがいい。と思う。
「ちょっと気づいたんだけどな、さっき、奈々美が開けた落とし穴、奈々美が去ったあとも消えてなかっただろ」
ちょっとだけ気になっていたのだ。
美空の空ける落とし穴は、あとになってみるとまっさらに消えている。
それは、美空も説明していたが、そもそも人を傷つけるような穴ではないからだ。
どんなに深い穴でも、決して怪我はしない。穴をふさいで人を生き埋めにしたりもできない。落とし穴そのものも残らない。あくまで、人が落ちた間抜けな姿をあざ笑うためだけの能力なのだ。
「そうだっけ?」
「そうさ。考えても見ろ、時を止めるなんてインチキ能力は超絶運動音痴のお前に、ほどほど頭も体力もある美空には人を笑いものにするしか使い道の無い落とし穴の能力。その、お前らに能力を与えたやつって、要するに面白がってるだけ、能力を持ったやつが世界を変えるようなことは望んでない、ってことじゃないか」
「ま確かに、あいつのあの態度は、すっげぇ人を馬鹿にしててムカついたけど」
美空も似たようなことを言ってたなあ。
とにかくあの『声』とやらは、めちゃめちゃ性格が悪いのだけは確かだ。絶対に消えない記憶に呪文のような自己紹介を吹き込まれた美空が不憫でしかない。
「……もしそうなら、誰かがそいつにとって役に立つ能力を得てしまうかもしれない『能力を奪う能力』なんてもの、作らないと思わないか?」
「はあ、なるほどねえ。でもあいつなら、そこまでコミで嫌がらせとしてそんなことをして来そうな気もするけど」
そこまで性格悪いか、そいつ。
「でもな、ともかく奈々美の落とし穴は美空の落とし穴とは違ってた。あいつがお前の能力を奪ったとしても、それを使って見せればいいのに、そうするそぶりも見せねえ。何より、こなとの存在が怪しすぎる。実は二人一組で、あんなふうに見せかけているだけなんじゃないか」
「そんなもんかねえ。でもそれこそ、あの声の野郎が一番嫌がることなんじゃないの」
「そこだよなあ。二人が手を組めば何でもできる能力とか、それはそれで考えにくい」
話しながら、階段を上り終わる。
たったこれだけの階段を上っただけなのに、メルからはかすかにぜいぜいという音が聞こえる。虚弱児か。
「だから、彩紗の炎を操る能力と同じで、何か仕掛けがあったりするんじゃないかと思うんだ」
「ふむふむ。つまり、これからカズがそのトリックを華麗に暴いて、私が『奈々美敗れたり!』って叫ぶ役割ってことね」
「お前も考えろ」
「やーだーよー」
めんどくさいことを察知する能力にだけは長けている。
「……そうか、名探偵メルさんにも無理か……」
ぼそりとつぶやいてみると。
「……あれ? そんなこと言ったっけ? 私、もう謎解いてるけど? 関係者を全員集めてもらえればもう『犯人はお前だ!』ってやるだけですけど?」
「……だよなー、さすがメル!」
やーい、お前も無い頭絞って考えろー。
その後、図書室に向かう道すがら、メルが妙に黙りこくって深刻な顔をしていたことは言うまでもない。




