第四章 炎を使うピンク女にたじたじとなるの巻(5)
再び、二十メートルほどの距離を空けて、俺たちと彩紗は対峙する。
一応、至近距離からスタートしたら時間止めることができるメルが有利すぎだろ、ってことで、公平を期すために、らしいんだが。
一応、ガチンコで拉致被害にあった友人を助けに来てるっていう状況なんだけど、なあ。公平もくそも無いはずなんだが、メルが勝手に決めてしまった。
そして、俺としては、もう大体彩紗の『手品』の種に見当がついている。
そう、能力に目覚めてもたいしたことはできなかったこと。わざわざマッチを使って着火していること。
すなわち『燃えるもの』を供給しなければならないこと。
このルールに例外は無いはずなのだ。
となると、ファイアーボールは燃えるマッチをそのまま飛ばしているだけ。
では炎の龍は?
炎の龍を出すときだけは、必ず、左手を上げる。それ以外のときは必ず右手だけだ。
つまり、左手に隠しているのだ。『燃料』を。
では、あれほど長時間燃え続けることができて、しかも燃えカスも出ない『燃料』と言えば、何か?
もう、答えは出たも同然だ。
後はそれをどこに隠し持っているか、の問題。
そして、もうそれは一箇所しかないことに俺は気づいている。
超カスタムの七星高校の制服。
薄い胸板にぴったりくっついた制服のどこにも『それ』を隠す余地は無い。
……となれば、あそこしかないわけだ。
「メル、また二手に分かれる。俺が合図したらめいいっぱい時間を止めて突っ込め」
「またヘビ出たら」
「だから時間が動き出す前に一度立ち止まって、逃げ始めるんだ。そこからは俺が何とかする」
時間を止めたまま突っ込んで時間が動き出したとたんの相手の行動に驚くからメルは転ぶわけで、最初から逃げるように言っておけばいい。普通に走ったり歩いたりする分にはメルはそれほど勝手に転んでるわけではないのだから。
……なんてことを言ってやらなきゃ分からないって、実際、どうよ。
「じゃ、行くぞ!」
言いながら、俺は再び、右方向に向かってダッシュする。
彩紗はけん制のファイアーボールを二発、俺とメルに向けて放ってきたが、単なるマッチと知れていればそれほど怖くは無い。最悪当たっても大丈夫と思えば、案外余裕で避けられるものだ。
たちまち、三人を頂点とした正三角形になる。
そこから、俺は気づかれないようにさらにメルとの距離を広げて行く。
完全に彩紗を挟み撃ちにする格好が理想だ。
彩紗も気づいたようで、完全に挟まれないようにじりじりと間合いを取り、時々マッチ弾を撃ってくるものの、挟み撃ちに近い配置になることを完全に防ぐことはできない。
アホのメルだけはその場にじっと立って俺の合図を待っている。まあ、想定どおりだから別にいい。そのおかげで、彩紗の注意は俺に集中している。
それから俺はじりじりと彩紗との距離を詰める。
長距離からのマッチ弾は怖くない。
炎の龍は待機時間が長い。種が予想通りなら発動までも時間がかかるはず。
どちらの攻撃も効果的とはいえないぎりぎりの距離まで近づくのが目的だ。
さっき、彩紗が、炎龍を使うことを決断したのが、五メートルだった。だから、それより遠い距離だ。
目測で十メートル。
それが目標だ。
再びのマッチ弾。
目が慣れてくると、そのスピードは近所を走る車程度だ。二十メートルを一秒ほどで飛んでくる。何とかかわすか叩き落せるスピードだ。しかも、待機時間を短くするためか、届くちょっと前に操作が解除されて最後は慣性で向かってくることが多い。三発に二発は無誘導で手元まで飛んでくる。
実のところ、マッチ弾は、直接の攻撃よりも目くらましに近い、ということに、俺は気づいている。
時折混ぜる本気の誘導弾と、痺れを切らして突っ込んだときの炎の龍、それこそが彩紗の真の攻撃なのだ。
アホの子ではあるが、確かに方向性の違うアホだ。実に使いにくい、『時間制限は短い上、着火できず燃料も必要な炎を操る能力』なんていうものをよく研究して実戦に耐えるものにしている。
「メル!」
いよいよ残り十メートルを目測で確認した瞬間に、俺は叫んだ。
それは、メルへの合図に加え、彩紗の注意をメルに注ぐためのものだ。
「あいよ!」
メルはご丁寧に返事をしてくれる。
うん、これも予想通り。さすがメル。律儀に返事をして彩紗の注意を引き付けるアホっぷり、期待してたよ!
「そっち――」
彩紗の叫び声が終わる前にメルの姿が消え、彩紗の目前に現れる。
「――か!」
彩紗が左手を上げる。
俺は猛然とダッシュする。
ぱしっ、という着火音、ぼうっ、というガスが爆発的に燃え上がる音。
「ぎゃぁ!」
すでに半分逃げかけていたメルが情けない悲鳴を上げる。
おかげで、後ろから突進していた俺に彩紗が気づくのがコンマ数秒だけ遅れた。
狙うはただひとつ。
彩紗のスカートの中だ!
ばっ、と彩紗のスカートを跳ね上げる。
驚いた彩紗が、メルに向かっていた炎の龍をぐにゃりと変形させ双頭龍に変化させ俺に差し向ける。
だが、俺の目にはもう目的のものが見えている。
彼女のでん部をガードする黄色いクマさんにコンニチハした直後、彼女の太ももの後ろについている、ボンベが目に飛び込む。
――ガス。
そう、彩紗は、カセットコンロのガスボンベを使っていたのだ。
奪い取るべく握って引っ張るが、皮ベルトのようなもので固定されていてうまく引きちぎれない。
仕方が無いので両手で太ももをつかみ、ベルトのつなぎ目を探す。
「きゃぁ☆ うひゃひゃひゃ☆」
なんとも言えない彩紗の悲鳴を無視してまさぐること一秒足らず。炎の龍が俺の左頬を焼くまでもう数十センチと言うところで、ボンベを外すことに成功した。
そして、ボンベの接続口につながっているチューブを力任せに引っこ抜く。
とたんに、炎の龍はその根元の左手首から幻のように消えていった。
燃料であるガスの供給が止まった以上、炎は消えるしかないわけだ。
ボンベ接続口をガスが出っぱなしになるよう固定してある変な金具を引き抜くと、ボンベからのガスの噴出も止まる。
「今度こそ勝ったぞ、彩紗!」
俺が宣言すると、しかし、彩紗は、膝をついて反笑いの顔に涙を浮かべながらもじもじしている。
「な、なんだよ」
「くすぐったいよっ☆」
ああ、くすぐるような真似はしましたすみません。
ガチンコバトルじゃなかったのかよ。
「ともかく、負けを認めてくれ」
「……うん、よく見破った。さすが一之ちゃん☆」
言いながら、彩紗は立ち上がった。
そして左手をひっくり返して、袖口に隠してあるチューブを見せる。
「わきの下に挟んでるの☆ 左手を上げるとガスが流れ出る仕組みだよ☆」
予想通りだ。だから、ガスが流れ出てくるまで発動タイムラグがあるわけだ。
「まあ、特に必要も無いのによく考えたもんだ」
考える方向がアホなんだけどな。
「すごいよ彩紗。私も見習って工夫しなきゃ」
メルは見習わないでください。
「……でも、どうしよう☆」
再び彩紗がもじもじしている。
「何がだ? 負けたこと? 別に奈々美の命令じゃないんだろ?」
「そんなことじゃないよっ☆ あっ、あんなところを男の子にまさぐられちゃって、もうお嫁にいけないよ……」
……そんなキャラだっけ?
「あの、あのさ、一之ちゃん、あんなところ触っちゃったんだから、その……責任とって、お嫁にもらってくださいね☆」
「知るかっ!」
俺は脊髄反射的に応えるが、
「そんなぁ、ひどいよぅ☆ 一之ちゃんは乱暴に処女にみだらな行為をして責任もとらない野獣みたいな男だって広めなくっちゃならないよぅ☆ うえーん☆」
はぁ!?
「させるかぁ!」
メルがダッシュからの飛び蹴りを放つ。
もちろん、外れる。転ぶ。のたうつ。
何がしたいんだお前は。
「いやその、一応ガチバトルだったわけだから、そういうのは言いっこなしで、頼むよ、彩紗」
「だーめ☆ 一之ちゃんはあたしの嫁☆」
「お前が嫁なんじゃねーのかよ!?」
思わず突っ込むと、
「やはっ☆ あたしを嫁にする覚悟ができたんだね☆ さあ早速チャペルへ☆」
「させるかぁ!」
再びのメル不発キック。
もう勝手にしてください。
その後は、適当に相槌を打って彩紗を放り出して校舎に向かうことにした。
さすがに一晩眠れば目も覚めるだろうし。