第四章 炎を使うピンク女にたじたじとなるの巻(1)
■第四章 炎を使うピンク女にたじたじとなるの巻
メルの宝物入りのプラスチックバケツを抱えて、再び七星高校の正門前にたどり着いた。
ちょうど夏至を過ぎたころで、夕方五時に近いというのにまだ影は短い。
結局その重い荷物を持ったのは俺で、汗をかいたのも俺で、メルは実に涼しい顔だ。つーか今から敵地に飛び込みますからね? 緊張感持ってください?
校門をくぐる。
予想通りの光景だ。
校門から校舎に向かうアプローチはちょっとおしゃれな洋風庭園の雰囲気がそこかしこにあるのだが、そうした庭園風の一角を彩る立木やベンチに、不自然に男子がたたずんでいる。しかも半数は七星高校の制服ではない。八剣高校の制服を着た者さえいる。
「待ち構えて……ますねえ」
「……ますなあ」
俺とメルは短い会話を終わらせると、校庭に続く左手の道に進んだ。校舎に向かうには回り道だが、木陰からの不意打ちを避けるためだ。
案の定、ちらちらと俺たちを見ていた男どもも、ゆっくりと移動を始める。それは、校庭から校舎玄関に続く道をふさぐように。
俺たちは校庭に出る。
一段高くなった校舎の建つ地面へと続く斜面がきれいな芝生で覆いつくされているのが見えるが、その芝生の上に汚らしい男どもの影が次々と出てくる。
ほんと、予想したとおりなんだけど、めんどくさいなあ。
「こそこそしてないで出てこいよ」
俺は大声で叫ぶ。
「俺はあの奈々美とかいうむかつく女をぶちのめしに行くんだ。こんなところで時間を使いたくない」
効果覿面。
『奈々美とかいうむかつく女』という罵声がやつらを一気に動かした。
顔色を真っ赤に変えた連中が一気に校庭に駆け下りてくる。その数、十五人くらいか。特定の侵入者を力づくでも阻止しろ、なんていう穏やかならぬ命令を受けて素直に従う熱狂的信者の数としては、まあほどほどだろう。
全員が堂々と集結して、鼻息荒く俺たちの前に立ちふさがる。
「ここから一歩でも進めると思うな」
「それどころか、生きて帰れると思うなよ!」
二人がこちらに向けて叫ぶ。
あ、それ、脅迫罪になるかもよ。おまわりさーん。
「あんたらこそ、あのインチキ女にできる程度のことがこの私にできないとでも思ってる?」
メルがさらに挑発する。
「奈々美様はインチキじゃねえ!」
一人が一歩踏み出そうとするが、
「あーら? たった一人でいいの? 『不幸』に遭っても、知らないわよぉ?」
メルが微妙に奈々美の口調を真似をしてみせると、その男はびくりとして立ち止まる。
「お、おい……」
あっちの集団の中にわずかな動揺が広がるのが分かる。計算通りだ。
「馬鹿。あんなのハッタリにきまってるだろ、一斉にかかるぞ!」
一斉に一斉に。よしよし。
「行くぞ」
誰かの号令で、全員が一斉にこちらに向かって走り出す。
彼らと俺たちの間の距離は、ざっと二十メートル。
それがみるみる縮んでいく。
残り十メートルに近づいたとき。
「メル、いいぞ、やれ」
俺が言ったのと、ほとんど同時に感じた。
視界の下半分に瞬間的な違和感を感じる。
と同時に、駆けていた男どもが、いつの間にか彼らの足元に大量に現れた『ビー玉』を踏んで実に愉快にころころと転がる姿が視覚に飛び込んできた。
メルがかつて俺を含めた舎弟を使って大量に狩り集めた宝物ことビー玉。それをバケツ一杯に持ってきた。数で言えば数百個というところだろう。
それを、メルが足元に大量に転がしたのだ。止めた時間の中で。
これなら、いくらノーコントロールなメルでも外すことは無い。
ただ、バケツがあまりに重かったためか、ビー玉を前方に転がしたメルも勢い余って転んでいる。それはもう見事に、バンザイの格好で顔から地面に落ち、両足を跳ね上げるおまけつきで。
要するに、俺以外の全員が無様なポーズで転んでいるという珍場面。
俺は大急ぎでメルを引き起こす。
メルが馬鹿面をさらしていてはこの後の作戦に障る。
威厳、大事。
そして、立ち上がったメルは、台本通りに、
「あらあら、随分『不幸』になっちゃったわねえ、奈々美様のご加護はどうしたのかしら? おーっほっほっほ」
と、高らかに笑う。
明らかにおびえた表情の狂信者たち。
「わりいな、こいつ、奈々美の加護とやらも打ち破って人を不幸にできる『特技』があってな」
俺が追い打ちをかけると、彼らの顔は真っ青だ。
そして、誰かが呻いたのを合図に、一斉に這うようにして逃げ始めた。まだビー玉が転がっているから何度も転がりながら、文字通り這うように逃げていく。
狂信的だからこそ、この作戦が効くと思っていた。
熱狂的に信じている対象があるからこそ、それを超える力を見せつければ、熱狂の力は大きさをそのままに符号だけを逆にして働く。
彼らが度を失って逃げ出すのは、彼らの奈々美への信仰がそれほどに深かったことを意味するわけだ。
「……ひゃぁ、すっごい。カズ、あんた、頭いいねえ」
「ま、お前の能力が無きゃ何もできなかったけどな」
「ふふん、そうでしょ。私、すごい」
あれ? もう全面的にメルの手柄になってる気がする。なんだこれ。
「とにかく、邪魔者は片付いたな。行くぞ」
「どこに?」
「放課後の『ありがたいお言葉』の時間は、図書室で開催されるんだ。そこに乗り込んでまずは奈々美の首根っこを押さえる。それから――」
「誰の首根っこ押さえるんだってぇ?」
突然、甲高い声が聞こえてきた。
メルに向けていた視線を正面に戻すと、そこには異様なものがあった。
七星高校の制服、なのだが、襟はフリルと花柄ブリーチで飾り立てられて原型がなくリボンはピンクの大きな花型に変えられ、裾はめいいっぱい詰められて思いっきりおへそが見えてる上おへの横にはピンクのハートのタトゥー、何で固定しているのか妙に開いたスカートにはとにかくジャラジャラと鎖だのアクセサリーだのがぶら下がっている、というファンシーなんだかパンクなんだか分からない超絶カスタム制服を着た、蛍光ピンクツインテール髪の少女がいたのだ。
驚愕よりも、脱力するしかなかった。