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時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか  作者: 月立淳水
本編 時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか
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第三章 あの教団マジで怖いんですけど(3)


 翌日は昼休み開催の懲罰委員会でぎゅうぎゅうに絞られ、夕方からはメルの謎の便利屋稼業につき合わされ(明らかに依頼はもらってない)、いつもどおり散々に疲れて何かを忘れていたことに気づかなかった。


 そして翌々日、ようやく、俺は違和感に気づく。


「メル、美空は今日はまだ来てないのか?」


「ん? 見てないよ。あー、今日は美空の日かあ。あいつ休めば今日の権利は私のもんかな?」


「いや、昨日の放課後も姿を見なかったからさ」


「どうせあんたのストーキングしてたんでしょ?」


 当たり前のように怖いこと言わないで。


「なんだかだでお前らってお互い勝手についてくるのに、昨日は見なかったから、何かあったかと思ってな」


「ほんと、交互に助手独占って協定なんだからやめろっつってんのに、美空って結構そういうとこあるよねー」


「お前もだ」


 こんなかみ合わない会話があったのが朝だったが、結局、その日は美空は姿を見せなかった。

 単なる病欠ならいいのだが、ひとつ、気になったのは、担任が美空と仲のいい友達に彼女の様子を聞いていたことだ。どうも、病欠の連絡も無かったらしい。


 そして、ようやく事態が理解できる事件が起こったのは、放課後だった。


 今日は美空もいなくてからかう相手もいないしまっすぐ帰るかーと結構腐ったことを言うメルと俺が連れ立って広い校庭を横断したときだった。


 そう、まさにいつかと同じように、校門の脇に、すらりとしたスタイルのシルエットがあったのだ。


 こなとだ。


 あまり関わりあいになりたくないが、ここで待っている目的は、間違いなく俺たちだろうと思う。

 こっちも文句を言ってやりたいところなので、まずは声をかけることにした。


「こなとさん……でしたっけ? 何か用ですか?」


 俺が話しかけると、こなとは口元をわずかにゆがめて、長い金色の髪を左手ですき流した。


「こんにちは。今日は、忠告に来た」


 忠告とは、恐れ入った。

 忠告してやりたいのはこっちのほうなのに。


「あれからあなた方が、いろいろと私たちの邪魔をしてるのは知ってる。今すぐ、邪魔をやめて」


「邪魔? 邪魔って言うならそっちだろ。わけのわかんないファンクラブだか教団だか作って、俺たちの高校の部活動を邪魔してるのはそっちだろ」


「私たちの周りをうろついていたのは、やっぱりそのためですか。ともかく、やめることを誓って。さもないと――」


 こなとは、いっそう冷たい表情を顔に貼り付けた。


「――あの通行人顔の胸デブには、ちょっと痛い目に遭ってもらう」


 突然、俺の隣から、ぶほっ、という音が聞こえる。


「つ……! 通行人! 顔の! 胸! デブ! あはははは!」


 見ると、メルが全力で笑っている。


「あはははは! あんた、うまいこと言うわねえ、たしかに、美空は通行人顔の胸デブ! あはははは!」


 しばらく、ひーひーと苦しそうな息をしていたが、突然彼女は真顔になる。


「で? 美空をどうするですって?」


「さあ。うちの信者にはいろんな趣味を持った殿方がいる。お任せすればどんな辱めがあるか……」


 ――言葉が終わる前に、メルが、瞬間移動した。

 その右手に、こなとの胸元のリボンを掴んでいる。


「――やってみろ。生かしておかない」


 こえーよ。

 メルってこういうこと言うタイプだっけ?

 ……あ。言うタイプだったわ。


「……どういうことだ? もしかしてお前ら、美空を誘拐したのか」


 ようやく事情が飲み込めてきた俺も、ふつふつと怒りが湧き起こってくる。


 おそらく美空は、一人で調査をしていたのだ。たぶん、だまされている男子に働きかけて、活動への参加を思いとどまらせようとしたり、それを周囲にも伝えるよう頼んでみたり。

 そして、目障りだと感じた奈々美教団側が、美空を捕まえたのだろう。


 実に短絡的だ。もしかすると、奈々美やこなとの仕業ではなく、熱狂的な信者の暴走かもしれない。そうでなければ、落とし穴の能力を持つ美空が警戒している相手に易々と捕まるとは思えない。


「誘拐? 人聞きが悪い。――放して」


 こなとはリボンをつかんでいるメルの手首をつかむと、ゆらりと一歩引くと同時にその手首を返し、流れるように一歩前に出てメルの腕をくるりと回す。

 メルは何が起こったのか分からないうちに、地面に転がっている。

 怪我は無さそうだ。むしろ、あそこまで静かに人を転がらせる技があるなんて。……こなとは、合気道の達人、なのかもしれない。


「美空様には最上のエクスペリエンスを楽しんでもらってる。自慢じゃないけど、七星高校合宿所のサービスと食事は、並みの観光ホテルなんて目じゃない。毎日清潔なシーツに交換されるベッド、指紋ひとつないアメニティが補充され、朝は和洋中なんでもシェフがその場で作るビュッフェ、昼は栄養バランスと季節感を凝らした籐籠の弁当、晩は疲れた体に優しい少量多品種のコース料理――」


 マジで。

 合宿所で?

 さすがスーパーハイソ高校。


 見ると、メルもたった今ぶん投げられたことも忘れて半分よだれをたらしそうだ。


 いやいや、落ち着け、俺。


「最上のサービス? とすれば、その個室の前には、さぞ屈強なボディガードがついてるんだろうな?」


「察しがいいことで。明日まで様子を見る。あなた方が手を引いたことが確認できれば、美空様も合宿所暮らしに飽きるかもしれない」


「俺たちが手を引いたってどうやって分かるんだ?」


「よく考えて。少なくとも、あなた方が私たちから横取りしようとした八名の生徒には、私たちのところに戻るよう伝えることは……できる」


「む、無理だよ! だってもともと美空が勝手にやってたんだよ! 私たちその八人なんて――」


 メルが反論しかけると、こなとはさっと携帯電話を取り出した。


「下手な言い訳はやめて。今すぐ、ボディガードに『別の指令』を送ってもいい」


 メルは、うっ、と小さくつぶやいて、一歩引く。


 時間をとめてあの携帯電話を奪えないのか。

 と思ったが、さっきの瞬間移動、そしてリボンつかみ。


 運動神経皆無のメルがそれをやってのけるのにかかるであろう時間を勘定すると、おそらく十秒は止めていただろう。レベル100以上だ。再発動まで三分はある。


「それに、あの子が勝手にやったからってあなたは友達を見捨てるって言うの?」


「そ、それは……」


「私だったら、奈々美様を絶対に見捨てない」


 ……考え違いだろうか。

 俺は、こなとが黒幕で、奈々美を祭り上げて何かをたくらんでいるのだと思っていた。

 だが、こなとの今の瞳と声は、みこしに担ぎ上げた人形に向けるそれでは決してないように思えた。


 考えていると、こなとはくるりと振り向いて歩き始めた。


「あと、メル様、あなたに『能力』があることは分かった。さっきみたいな瞬間移動をもう一度発動される前に、射程圏外に逃げさせてもらう。いい返事を待ってる」


 彼女はすたすたと歩いて行く。

 俺たちは何もできずに見送る。


 能力、と言った。


 能力のことを知っている。

 そして、そう、こなとも何かの能力を持っている。


 その正体は分からない。

 下手に追って逆に捕まえようとすれば、罠にかけようと、そういうわけだろう、あの余裕の後姿は。


 仮に、美空の落とし穴のような情けない能力だとしても、凡人の俺にはまったく抗いがたい脅威だ。

 時を止められるメルにしても、再発動できる時刻までは凡人以下のポンコツだ。


 そこまで理解したから、動けなかった。


***


 こなとの姿が消えた。


 俺もメルも、ようやく大きく深呼吸ができた。

 メルも、こなとの能力の恐怖に身を縮めていたようだ。


 ――だが。


「カズ、助けに行くぞ」


「おう。――え?」


「行くんだよ。お前は友達が捕まったら助けに行くタイプか? 行かないタイプか?」


「そ、そりゃ行くタイプだけど」


「よし。行かないタイプとか言いやがったら私の全人脈を使ってお前の人生終わらせるところだった。あ、ちなみに、社会的にな」


 怖すぎる。


「でも考えろよ、俺たちが乗り込んだら、あいつ、即座に美空に……」


「しねーよ。私たちを脅す道具をみすみす手放したりしねーよ。私たちをツブすまで、美空は無事さ」


「え、俺らツブされに行くの?」


「それから」


 俺のつぶやきを無視して、メルは携帯電話を取り出し、どこかにメールを打っている。


「こよみに、合宿所を見張っててもらう。おかしなことがあったらすぐに警察を呼ぶように。あっちは理事まで堕ちてるからな、学校に通報しても無駄だ」


 え? いつの間にこよみのメールアドレスゲットしてんだ?


「……というか、メル、大丈夫か?」


「大丈夫だって。私の能力は世界を支配する能力だって言ったじゃん?」


「いや、そうじゃなくて。頭。回転が良すぎる。ろうそくは燃え尽きる寸前に明るく燃え上がるというが、メルの頭脳もまさに今――」


 痛っ。

 激しい痛みが顔面を襲う。


 見ると、メルはポケットにあった小銭入れの口を開けてこっちに全部ぶちまけたようだ。わざわざ時間を止めて。


 考えたな。超ノーコントロールのメルでも、大量の小銭を投げればひとつふたつは当たる。


 ……!


「……ってぇ。すまんすまん、お前を見くびってた。それと、ひとつ思いついた。お前、今すぐ家から『宝物』持って来い」


「……『宝物』……?」


 うわ、こいつ忘れてるわ。こちとら――。


「忘れもしねぇ! 小学四年生の秋! お前が海賊漫画にはまって俺も含めた舎弟全員を動員して学年じゅうから強奪した『宝物』だ! あのあと強奪した相手の兄貴とかに散々ボコられてひどい目に……くそっ、忘れねぇぞ!」


「あー、あれか。ころっと忘れてたわ」


「俺は忘れてねぇからな! いいから持って来い!」


「分かった分かった。じゃあ、十分後にナナコー前で。じゃあねー」


 怒り心頭の割には実に軽いノリで駆け出して行くメルを、俺は見送る。


 ともかく、美空を助けるには、確かに乗り込むしか無さそうだ。だったら、メルの能力を最大に活用しなくければならない。


 こなと、奈々美はともかく、確実に邪魔を入れてくるであろう相手に対する対策が必要で、それが、『宝物』だ。


 ……なんて考えてたけど、あれ、全部だと結構重いよな。

 ……メルが一人で運んでたら絶対転んで大惨事だ。間違いなくそういうフラグだ。

 うん。俺も手伝いに行こう。



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