第三章 あの教団マジで怖いんですけど(2)
「気に食わない気に食わない気に食わない!」
帰る道すがら、美空が吐くように言う。視線はまっすぐ進行方向下方に固定されて、眉を吊り上げているのが横からでも分かる。
「落ち着きなよ美空。あいつも、それほど悪気があるわけじゃ無さそうじゃん。カズの言うこともちゃんと聞いてくれたし」
「だから気に食わないのよ! 絶対分かっててやってるのよあれは! ごめんねーってポーズだけ見せりゃいいって思ってんの!」
カリカリする美空と、なだめようとするメル、という珍しい構図が見られたのは思わぬ収穫だが、それにしても、美空のイライラは行き過ぎてないか?
「いいじゃないか、もう少し様子を見よう、美空。俺はどっちかっていうとあのこなとって方が怪しいと思った」
「どっちでもいいのよ! 犯・人・逮・捕! それが必須にして至上の探偵の義務よ! 犯人見つけたのに! 放免なんて! 探偵の恥だわ!」
あれ、そっち?
お前のカリカリの原因はそっち?
……はあ。
思わずため息が出る。
「絶対尻尾つかんで追い詰めてやる!」
「やめろって。隣の高校の話なんだし、そのうちみんなも飽きるだろ」
「いーえ、あれは絶対洗脳よ! 世界征服たくらんでんのよ!」
「……考えたんだけどさ」
俺は、ここ数日で考えをめぐらせていたことを思い出す。
「もしあれが洗脳だとしてさ、その、お前らの能力って、『レベル』ってのがあるんだろ? 最大128だっけ。一発で洗脳できるなら、レベルってのに意味が無くなるじゃないか」
「……む、確かに」
メルが相槌を打つ。
「お前らの話だと、その能力を与えたやつっての? それって、絶対面白半分でやってるんだろ? レベルの意味が無くなるような無敵能力を考えたりしそうか?」
「いーや、やつは、わざとビミョーな能力を与えて使い道に困ってるのを見て面白がるタイプね」
「……だろ? 違うんじゃないかな、奈々美の件。あれは本当に奈々美自身の才覚でさ」
「……そうやねえ」
メルは変な関西訛り(?)で同意するが、
「は? 才覚だったらあれが許されるの? 他校の生徒を集団でたぶらかして部活をサボらせるのが許されるの? なんか違うでしょそれは」
やっぱり美空の怒りは収まらないようだ。
「まあまあ、ブームみたいなもんだって。しばらく様子を見よう。物事ややこしくするのはやめようぜ」
「だってあいつ四切君に色目……じゃなくっても……ああもう、わかったわよ。四切君がそこまで言うなら、とりあえず黙ってることにする。四切君、取り込まれないように気をつけてね……?」
「だーいじょうぶだって。大体奇数日偶数日でお前らに拘束されてる俺が……」
「はっ、そうだった! 今日は偶数日! 四切君、今日も業務よ! 駅前の喫茶店『ピジョン』に怪しいマスターがいるの! 張り込みよ!」
美空は突然表情をポジティブ側に切り替えると、今日の俺の放課後の予定を一方的に決定する。
こうやって意味不明な『張り込み』につき合わされるのは何回目だっけ……と数えるのも面倒になりつつある、素晴らしき俺の日常である。
***
奈々美直談判の日から、六日がたった。
まだ断定するのは難しいが、実のところ、奈々美被害が収まっている気配は余り感じない。
といいつつ、所詮陸上部幽霊部員の俺のところにそれらしい情報は入ってこないわけだが。
そしてこの日も、俺は、美空の『張り込み』とやらに付き合わされて前にも来た駅前の喫茶『ピジョン』に足を運んでいる。
「なんでメルまで来るのかしら」
「言わなかったっけ? ここって私のお気に入りの喫茶店なの。張り込みとかって言って勝手についてきてるのはそっちじゃん」
「その割には奇数日はここに来てるわけじゃないよね?」
「そりゃ本当の便利屋の仕事の日は、好きなところに遊びにあわわわ、じゃなくて、えーと、仕事場に行くのよ」
「へえ、バッティングセンターが仕事場?」
昨日は、メルにバッティングセンターに付き合わされた。
一応本人分は本人持ちだし俺はほとんど見てるだけだったから財布は傷まなかったが。
それにしても、全部で五十球くらいだったが、一球もかすらなかったのは、ある意味で清々しい。
そんなことをするために、わざわざ家からも学校からも遠いバッティングセンターに延々と遊歩道を歩かされるのだからたまらない。
「その、あれよ、投球マシーンの調整のお手伝いを……ってか、てめ、見てたのか!」
「たまたまあっちに用事があってねー」
絶対つけてたな。
メルはメルでまともに便利屋の仕事なんかしてないんだが、なんかあったら邪魔して自分の手柄にしようと思ってるのかもしれない。
この意地の張り合いはいつまで続くのやら。
「てめーは奈々美の件の調査でもしてろ」
「してるわよ! 解決しないだけで」
「解決しないのか?」
俺は思わず問う。
「……バスケ部は全滅。剣道部は一人以外来なくなって、毎日一人で素振りなんだって」
「ぜ、全滅……」
予想以上の奈々美教団の勢力拡大に、俺は二の句が継げない。
奈々美は、節度を持った活動を呼びかけてくれると約束してくれたはずなのに。
あれはやっぱりポーズに過ぎなかったのか? 美空が言ったように。
だとすれば、美空こそがやはり正しかったのだろう。あそこで簡単に引くべきじゃなかったのかもしれない。
「うわさがうわさを呼んでる、って感じ。なんでもね、奈々美にお祈りしてもらうと、不幸を避けられるんだって」
「なにそれ、まんま宗教じゃん」
「宗教よ。『友達の友達が本当に体験した』ってね、都市伝説のお手本みたいな話で。奈々美に不幸を予言されて、まじめに信じてお祈りを頼んだ人は何も起こらなくて、馬鹿にした人には遠からず不幸が起こるんだって」
「不幸ってなんだよ」
「知らないよ。うわさなんだもん。でも、別にお布施を要求するわけでも無し、タダでお祈りしてもらえばいろんな不幸から守ってもらえるってんなら、とりあえず行っとけ、みたいな、ね」
「……で、会場のあの熱気に当てられてのめりこむ、そんな構造かな」
あの熱狂、集団心理こそが、奈々美の洗脳の正体なのだと気づく。そう、別に本当に洗脳の能力なんて持って無くても、あの程度のことは、それなりのアドバイザーさえいればできるだろう。
……そして、あの謎美女『こなと』こそ、そのアドバイザーなのではないだろうか?
メルや美空の不思議な能力のうわさを聞き、その『奇跡』を奈々美伝説の補強に使おうと思っていたのではないだろうか。
では、こなとの目的は一体なんだろう?
「……なんていうの、私ほどじゃないけどあの奈々美ってやつもほどほどの美少女じゃない? 別にお祈りとか興味なくてもなんとなくファンクラブ的なノリで通ってるようなやつもいてさ、そういうやつのほうがめんどくさいんだよね」
美空はそう言ってから、ふう、と大きなため息をつく。
「ファンクラブ作るならこのメル様にしとけばいいのにねえ。あ、私も作るか。よし、作ろう。本部はエジプトに置けばいいのかな?」
「何でエジプトだよ」
「数々の苦難を乗り越えてたどり着いたほうがありがたみがあるじゃん? 飛行機が落ちたり船が沈んだり」
「それを生き延びてたどり着いた末がお前じゃあ、落胆死するやつが続出だな」
「あれ? 私ディスられた? カズが私ディスった? こーれーはー、懲罰委員会を開くしかありませんなぁ」
「半端に難しい言葉知ってやがる」
俺がつぶやいていると、メルは携帯電話を取り出してどこかにダイヤルしている。
「――あ、園田? 明日、懲罰委員会開くから。カズ――四切が登校し次第身柄確保。よろしく」
……あの園田、ラグビー部キャプテンの園田をあごで使ってる?
ちょ、ちょっと、美空さん、ここに奈々美教団よりやばい教団を持ってそうなやつがいますよ!? 調査お願いしますよ!?
ともかく明日の朝は授業が始まる直前までトイレにこもってるしかないな。




