第二章 和解する二人とめんどくさい事件の勃発(4)
リストの中から、何度か話したことがあるクラスの男子を見つけた。まあ、いろんな部で問題になってるなんて話だから俺たちのクラスにも一人くらいはいるだろうと思っていたから、意外でもなんでもなかった。
俺が話しかけて、『奈々美』の名を出すと、彼は一瞬引きつった顔をした。
どこでその話を聞いた、と問われたが、俺は事実に誇張を交えて話した。つまり、子犬探しを手伝った子の姉が七星高校生で、たいそうな美少女だと噂を聞いたから会わせてほしい、と。
俺の説明を聞いた彼は、首をひねった。美少女ってのとは違うんだけど、確かに、奈々美さんは美少女でもあるよなあ、素晴らしい人だよ、とよく分からないことを言う。
ってことは、単に美少女というだけ、ってわけでもないらしい。何らかのタレントを持っているということだ。
ともかく会ってみたい、と言う俺に対し、彼はしぶしぶ同行を許してくれた。だが、彼女の許しが無い限り彼女のことは本当は他言無用なんだよ、と釘を刺してきた。彼女の隠し持つタレントを彼が頑として語らないのもそのせいだろう。
そんなわけで俺は彼に連れられて、二日連続で七星高校の校門前にいた。
そこで何か特別な手続きをするでもなく、彼はすたすたと校門をくぐって行く。誰何されるわけでもないどころか、特に誰かが見張っている気配さえない。監視カメラがあるからおそらく遠隔で視ているのだろうが、俺たちが校舎の玄関をくぐっても誰も飛んでこないところをみると、別に部外者だからと入れないというわけでも無さそうだ。昨日、校門の見えないバリアにびくついていたのが馬鹿みたいだ。
ちなみにメルと美空は気づかれないようについてくるとは言っていたが、時々振り返っても姿は見えなかった。アホの子二人とはいえ、いなきゃいないでこんなに心細いとは思わなかった。
校舎の中に入る。
この高校は上履きというものが無いらしい。校舎すべてが土足のようだ。その割に床がぴかぴかなのを見れば、確かに毎日業者が掃除をしているという噂にもうなずける。
玄関脇の階段を三階まで上がる。エレベーターというものもあるらしいが、どうやらタッチ式の身分証が無いと呼べないらしい。その割に階段はフリーパス? どんなセキュリティだ。
三階の廊下を突きあたりまで行くと、『図書室』という札が付いた、大きな木製の両開き戸が目の前にあった。幅は二メートル半はあるだろうと思う。半分だけでもうちの玄関よりでかい扉だ。
押し開けて入ると、中にはざわついた雰囲気と熱気があった。
それもそのはずだ。
確かに八剣高校のそれに比べればびっくりするぐらい広い図書室、おそらく近所の市民図書館(分館)より広いと思われるが、それでも、そこには男子ばかり二百人ばかりが詰め込まれている。
八剣高校の制服も見えるが、ほとんどが七星高校の制服だ。加えて、見たことのない制服が少なくとも三種類は見える。私服というものまで。
これらすべてが、件の『奈々美ファンクラブ』なのだろう。
しかし、肝心の奈々美の姿はどこにも見えない。
「いつ始まるんだ?」
隠密行動ということを考えて連れてきてくれた彼から離れ、手近な七星高生に声をかける。
「いつ? ――ああ、奈々美様のお言葉?」
様? お言葉?
「――そう、お言葉」
興味と疑問は湧くものの、とりあえず調子を合わせる。
「今日は奈々美様は好物のシュークリームを召し上がってからお成りになるそうだから、あと十五分くらいかな」
召し上がって、お成りに、ね。
なんだこれ。
ちょっと想像と様子が違いすぎる。
周りを見回すと、確かに熱気のざわつきはあるものの、みんな落ち着いて一方向をじっと見つめている。おそらくあちらから奈々美様が出てくるのだろう。
待つこと十分、そのときがきた。
男子が注目していたのは、図書準備室と札のかかった小さな扉。
おそらく、別のルートであの部屋から出られるようになっているのだろう。もしあの中にこもってシュークリームを食べていたのだとしたら怖すぎる。
ともかく、彼女は現れたのだ。
矢那奈々美。事前にもらっていた写真のまま。薄茶色のポニーテールとかわいらしい顔立ち。
けれど、立ち振る舞いは、幼さよりも気品を感じる。ほとんど頭を上下させずにゆっくりと進む。前をふさぐ男子たちの壁のせいで、ほとんど頭部近辺しか俺には見えない。
やがて彼女の姿が人垣の上に出てくる。一段高いステージのようなものがあるようだ。階段で上りきると、俺からも上半身がすべて見えた。
ステージの真ん中と思われる場所で静かに歩みを止め、ゆるりと風に吹かれるようにこちらを向く。
そのときには、くりくりの目もなぜか半開きで、片手を前に出して軽く上げながら場を静める様はまるで高位の僧侶のような――。
――そうか、彼女は教祖だ。
これは教団だ!
「――奈々美様……」
俺が脳内でひらめいたのと同時に、俺の隣にいた知らない男が、恍惚の表情で小さくつぶやいた。
洗脳か? 何かの洗脳か?
もしかして、催眠術とか、そういう系?
え? もしかしてここにいる俺、やばい?
そう思った瞬間、体がこわばって動かなくなったような感覚に陥る。
まずい。まずい。
ここにいちゃまずい。
なんだかわかんないけど、あれはまずい気がする。
動かない気がした左足は、うん、と気合を入れると、何とか動いた。それを左後方に大きく開いて踏み出す。右足を引っ張ると、それも何とか動いた。
「おい、どうした?」
後ろから小声が聞こえたが、無視する。
振り向いた俺は、とにかく一目散に図書室の出口に向かった。
そこからどうやって七星高校の敷地を脱したのか、ほとんど記憶に無かった。