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僕に妖怪  作者: 氷雨
8/22

小話2本

栗、最初の躾(二十五歳)


「栗、食べる前には『いただきます』と言いなさい」

飼い始めて二週間くらいだったか。栗がカリカリ(ドライタイプのキャットフードを言うらしい)を食べ始めたときだった。

まだ幼くて、ミルクでふやかしたカリカリを与えたのだ。

「は?なんだそれ?」

「『いただく』は『もらう』の謙譲語、わかるだろう?謙譲語、教えたよな?」

栗はムッとしたように返事をする。

「知ってるさ。親海が飼い主だろ?ちゃんとわかってるさ」

「そういう意味じゃない!命を『いただきます』だ」

無理やり従わされそうだと感じたのだろう。

僕は諭すように言葉を連ねた。

「この原料は何だと思う?お前は別の命を食べて生きているんだ。その命に対して敬意と感謝を込めて『いただきます』と言うの。わかった?」

「食べられるためにつくられてるんだろ?『養殖』とかいうの」

栗はいつになく反抗的だ。そんなことで切り抜けられるとでも思っているのか?

「ふーん。『養殖』ならどんな食べ方をしてもいいのか?なら栗も食べようかな?」

口元を引き上げて見下すような視線を送る。

我ながら意地の悪い笑みを浮かべていると思う。

「何だよ」

その笑顔を受けて、栗は不気味そうに体をやや引いた。完全に引くのはプライドが許さないのだろう。

「なんとかという中国のある地域では猫を食べるそうだ」

「嘘っ!」

「本当。特に子猫はおいしい、らしいぞ?」

「ぎゃあ!」

盛大に怯えてくれた。

柴が背後で笑っているのがわかる。こいつも最近『いただきます』さぼっているな。

こっちも一応、釘を刺しておくか。

「柴。犬も食べるらしいぞ」

「うっ!」

柴が固まった。擬音語で言えばピキッ! というとこか。

最近は中国でも動物愛護団体が反対運動をして、犬猫を「食用」にしている人は激減しているそうだがな。韓国もいつぞやのサッカー大会では犬肉禁止令が出たらしいし。

そういえば、日本でも昔は野犬を食べていた時期があったとか。

「よかったな、お前ら。今の日本に生まれたこと、感謝しろよ?」

二匹ともコクコクとうなづいた。

「しっかり食べられる命に感謝すること、いいな?」

そして一人と二匹は食事の前に手をあわせて

「「「いただきます」」」

と言った。


今では二匹とも、しっかり「いただきます」「ご馳走様」を言っている。

やはり、躾は最初のインパクトが必要だ。

これが効いたのか、栗は躾に困るということは少なかった。

ただし、犬と猫は大分違うらしい。それは僕も感じた。

 犬は「駄目なことはしない」だが、猫は「ばれなきゃいい」らしい。しかし、所詮子どもの浅知恵。すぐにばれてお説教を食らうことになる。

 お説教の心得、これが鉄則だ。

その一、お説教は必ず自分で行うこと。

その二、柴に見えないところで行う。

柴が相手だと栗は異常に反抗的になる。お説教が大喧嘩になったことも一度や二度のことではない。そしてプライドを傷つけないようにしないとまた大変だ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――



僕と栗と子守唄(二十五歳)


寺にはガラス戸が閉まる日当たりのよい縁側がある。

天気の良い日はそこで日向ぼっこをするのが僕のお気に入りだ。

栗は胡坐をかいている僕の足の上に乗り、丸くなってまどろんでいる。


ゆりかごの歌を

カナリアが歌う、よ。

ねんねこ、ねんねこ、

ねんねこ、よ。


口をついて出たのは『ゆりかごの歌』

「何だ、それ」

片目だけ開いた栗は僕を見上げる。

「子守唄。子どもが気持ちよく眠れるように歌う唄」

栗はまた、まどろみ始めた。


ゆりかごの上に

枇杷の実が揺れる、よ。

ねんねこ、ねんねこ、

ねんねこ、よ。


歌に合わせてゆっくり撫でる

栗は眠っている


ゆりかごの綱を、

木ねずみが揺するよ、

ねんねこ、ねんねこ、

ねんねこ、よ。


空にはぽっかりと白い真昼の月


ゆりかごの夢に、

黄色い月がかかる、よ。

ねんねこ、ねんねこ、

ねんねこ、よ。


栗はすでに成猫となり、生後二か月だったあの時よりも格段に重くなった。

それでも暇なときは日向ぼっこをゆする。

成人男性としては「重いから乗るな」とはプライドにかけて言いたくない。

しかし内心重い。

柴のように(犬型で)寄り添うように眠ってくれるとありがたいのだが。


そして今日も僕は唄う


ゆりかごの歌を

カナリアが歌う、よ。

ねんねこ、ねんねこ、

ねんねこ、よ。



ちょっとした日常の風景

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