明新と佳代さん
「おう! 明新! 結局寺を継ぐことにしたのか!」
この道四十年の庭師、春道さんだ。毎月欠かさず寺の庭の手入れに来てもらっている。僕と明新は朝の掃除の真最中。講堂から見える庭園は今、梅の盛りだ。
「結局、なんだよなぁ。情けない」
「俺はあってると思うぞ。寺の仕事」
しょげる明新に春道さんは豪快に笑う。
「はぁ……」
嘆いてもしょうがないのだが、就職試験に落ちたことをかなり気にしているらしい。
「しょうがねぇな。元気出せよ、俺の娘でも紹介してやるから」
「えええ! 春道さんって結婚してたのか! てか娘?」
明新、驚きは分かるが、そのリアクションは失礼だ。風来坊で仕事一筋の春道さんの家族は想像が付かない。
「いい娘だぞ」
春道さんが取り出したのは娘さんの写真。
「うちの次女だ」
思わず僕まで覗き込んでしまった。
「へー母親に似たのか?かわいい感じだな。いくつ?」
明新が喰いついた。春道さんは得意気だ。庭に吹く風はまだ冷たいというのに、明新はほんのり目元を赤くしている。分かりやすい奴だなー。
「いくつだと思う?」
「んー俺と同じ二十三歳くらい?」
写真から見て妥当な線だろう。
「惜しい、二十七だ。どうせ葬式か法事くらいしか若い女と出会う機会ないんだろ?うちの娘は器量よし! 性格よし! 完璧だ」
実は春道さん、二男二女の父だった。そしてちょっとばかり親ばか気味。
明新は年上と聞いてちょっと考えたようだが、見た目に惹かれてお見合いを決意した。お見合いの準備はご住職と春道さんが共同で調整し、吉日に行われた。
見合い前、明新に気付かれないようこっそり春道さんに訊いた。
『春道さん、春道さん、なんで明新を娘さんの婿に? 他にもいい人いたでしょうに』
春道さん曰く、
『目の届くところに嫁ってほしかったからよ。長女は新幹線で行き来するようなところに行ってしまった。最近流行の婚活で変な男引っ掛けられても困るし。子どものときから知っている明新なら一応安心だと思ってな。へたれだし。
……ほんと言うと、俺は佳代の子どもを抱くのは無理だと思っていた。昔から活発でお転婆で、最近までバリバリ仕事して。それがどうだ、不況の煽りで職場が潰れて解雇だ。それでやっと嫁に行ってもいいって言い出した。すぐ見つけないと気持ち変わったら困るだろ?』
とのご回答を得ました。明新の奴、へたれで見込まれたなら良かったじゃないか。
『内緒だぞ。俺がこんなことを言ってたなんて』
確かに佳代さんはいい人だった。しかし、人当たりがいい割にかなり気が強い。
ある時、明新が勉強するのを嫌がっていると
「私の夫になるのなら、これくらいできないと」
なんて言って笑顔で脅しているのを聞いた。妙新にはいい薬だろう。
明新のへたれをフォローするために
「しっかりして」
が口癖になりつつある。
「ご住職! 明新さんを甘やかさない!」
ご住職も怒られる。もちろん、僕も例外ではない。
「親海さん! それは明新さんのお仕事です。自分でやったほうが早いからって……。いつもしてないからちゃんと早く出来ないんでしょう?」
お説ごもっとも。
その様子を千鶴さんがニコニコと見守っている。
「若い子はパワフルでいいわねー」
そして、佳代さんは人間になると美男子の柴に見向きもしなかった。その理由を聞いてみたところ、
「所詮、犬でしょう。化け犬になっても人間じゃないもの。収入もたいしたことないし。人間の戸籍だってないから認知もできないじゃない。
それに、美形はすぐ粉かけられて浮気するでしょう? その点、明新さんはへたれだから動かしやすいし、見た目は平凡だからそれなりに堅実だもの」
非常に現実的な回答をいただきました。さすが元やり手の営業マン(女性の場合は営業ウーマンか?)、よく見ている。元々企画が得意だっただけあって、
「お寺は私がプロデュースするわ!」
と言っている。そんな彼女に明新は
「頼れるし、かっこいいよなー」
と言いながら目の色ピンクにして見入っているから仕方ない。明新にはこのくらいのお嫁さんがちょうどいいのかもしれない。
明新は今日も電話している。
『佳代さん、明日デート行こう!』
明日は僕が葬式当番だ。午後から休みの明新はデートで羽を伸ばすのだろう。
三回ほど会った後、二人はすぐに婚約した。結婚届けを出すのは寺の開基の翌日、風薫る五月の七日に出す予定だという(本当は開基の日に出す予定だった。結婚記念日を個別に祝いたいという、明新のロマンチストぶりが発揮された一幕だった)。
秋には結婚式が決まっている。
若き二人に幸多からんことを
余談だが、へたれの割に手は早かったらしい。
結婚一年目にして子どもを授かっていた。春道さんが『この野郎!結婚前に手ぇだしやがったな!』と怒るくらいには。とはいえ、産まれたばかりの孫娘を抱いてご満悦の春道さんだった。
僕にもお嫁さん来ないかなー。
幸多からんことを、とか言いながらちょっと僻んでいる親海君。