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僕に妖怪  作者: 氷雨
3/22

千鶴さんと柴

僕は毎朝五時半に出勤する。六時からのお勤めのためだ。

実は、この時柴と栗もついてくる。

柴はご住職の奥方、千鶴さんと仲がいい。七時からの朝食も千鶴さんと柴が作ったものだ。

「柴ちゃん、大根は千切りにしてね」

「栗ちゃん、皆さんを呼んでらっしゃい」

千鶴さんは上手に柴と栗を使っている。

しかし、それまでにはかなりの苦労があったのだ。


十何年前、まだ僕が寺に入ったばかりのころ

「きゃーっ!骨っ!骨がっ!勝手に!動いてるー!」

千鶴さんは腰を抜かしていた。

尻餅をついて手足だけで逃げようとあがいていたのだ。

当時柴はまだ妖怪になって日が浅く、犬の幻影の中に遺骨が標本のように浮いていたのだ。

千鶴さんはそんな柴に運悪く出会ってしまったのだ。

僧侶になるために僕は朝早く出て行くようになった。柴は僕を追ってきたのだ。

「うわっ!骨ー!」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏………」

千鶴さんの悲鳴を聞いて友人の明新とその父のご住職が様子を見に行って同じく腰を抜かした。

後に明新曰く

「幽霊は見たことあったけど、骨が浮いているのはなー、あん時は焦ったぜ」

と言わしめたものだった。

「すみませんっ!柴!勝手に出てきたら駄目だろう!」

親海ちかみさん……」

きちんと「お座り」をしてウルウルと見上げるのは、いつもの「おねだりポーズ」もしくは「許してポーズ」である。

しかし、この状況ではまずい。

「親海さんのお知り合いなの?」

声が震えてはいるが、気丈にも声をかけたのは千鶴さんだった。

明新は声が出ず、ご住職はうつろな目をして「南無阿弥陀仏」を唱えるばかり。

「うちの柴です。柴犬を飼っていたのですが、老衰で亡くなってしまって……。妖怪になって生き返ったのでこんな姿に。なんだか僕が心配でついてきたみたいなんです。驚かして申し訳ありません。………ほら柴!『ごめんなさい』は!」

「ごめんなさい」

柴はしょんぼり、うなだれている。声にも覇気がない。

そのままズブズブと地面に埋もれそうな落ち込みようだ。

「そうだったの、驚いてごめんなさいね。柴ちゃん」

「えっ」

千鶴さんはもう笑顔だった。

「親海さんのこと心配したのね。いい子じゃない。柴ちゃん、心配しなくても大丈夫よ?そうね、親海さんがお寺にいるときは柴ちゃんも一緒にくればいいのよ。そうしたら大丈夫でしょう?」

恐るべし、女性の適応力。

千鶴さんは柴を連れて台所へ入っていった。

まあ、柴がおとなしくしてくれれば、それでいいのだが。

当然取り残された男共は、唖然としてそれを見送った。

「実は母ちゃん、すげえ…?」

明新は唖然としながらつぶやいた。

ご住職は無言で肯定した。


苦労したのは男性陣だった。

「うわっ!骨!…いや柴か……」

明新は毎回「骨っ!」と跳ね上がった。

「ひいっ!…ああ、柴か」

ご住職は何度も胸を押さえていた。

結局三ヵ月程は柴の行動に神経を使っていた。

「柴、できるだけ大人しく台所か千鶴さんの近くにいてよ」

僕は二人に不意打ちで柴を見ないように配慮し続けた。

三ヶ月ほどして、柴が実体化すると二人も普通の犬のように接することができるようになった。


以来、柴は千鶴さんと家事をするのが習慣になっている。

千鶴さんは栗も可愛がってくれている。

栗は手伝わないが、台所の邪魔にならない場所で丸くなっているのが定位置だ。

柴も栗も勝手に仕事をするようになったが、朝の光景は変わらない。


女性の方が男性より順応性が高いものです。

このシリーズは毎週水曜日が更新日となりました。終了までお付き合いくだされば幸いです。

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