圭介、同居する(二十九歳)
ゴーーーーーーッ
ザザザザザザ
酷い台風の日だった。
ドドドド…………ンッ
地響きの後
バリバリバリッ
僕の隣にはそれまで天井だったものが落ちていた。
パッカリと口を開けた家の隙間から除くと、倒れてきたお隣の大木が僕の家を真っ二つにしてしまったのを目の当たりにした。
呆然自失とはこのことだ。
「ご住職、しばらくお世話になります」
当面は寺に置いてもらうことにした。
家を解体撤去は隣の家がしてくれることになり、慰謝料も貰った(その陰に柴と栗の絶大なる交渉力があった。おかげで隣は売地になってしまったのだが)。
「土地を売るべきか、新しく建て直すべきか」
僕は柴と栗を相手に真剣に悩んでいた。
「立て直しましょう! あの土地には愛着があります!」
「売ったらどうだ? 売った金で新しく家を買う!」
二匹は正面から対立した。どうするべきか。
「大変だったようですね」
いきなり第三者の声が割り込んだ。寺の縁側から様子を見に来た圭介だ。
柴は牙を剥き、栗は毛を逆立てる。
「そう威嚇しないで下さいよ、家が真っ二つになっていたので心配したのですから。はい、お見舞いの品です」
そう言って菓子折りと祝儀袋を押し付けられた。
「どうせ建て替えの費用も持ってないのでしょう? 安月給ですし、副業は趣味に消えているようなので」
平然と痛いところを付いてくる。圭介の口調は少々呆れ気味でもある。
「貯金叩けば十年ローン位で建てられるもん」
僕はイジケ気味に言う。土地はあるし、柴と栗が毎月入れてくれる生活費もある。『魂埋め』の分は今からローンに入れていけば、期間短縮になるはずだ。
「十年もローン組むつもりですか、利子も馬鹿になりませんよ」
「何それ、馬鹿にしに来たの?」
「そうではなくて、俺が出しましょうと言いに来たんです。俺も転々と住居を変える生活はそろそろ終わりにしようかと思いまして」
圭介は三月に施設を出て四カ月以上住所不定だ。そんなんでよく大学通えるな。
え、でも、それって最悪なんじゃあ……。『魂埋め』と『魂欠け』と妖の住む家………怖!
「あー、マンション形態?」
「まさか、普通の一戸建て住居ですよ。それぞれに部屋を作ってプライベートは確保しますが」
柴と栗は反対したが、柴は僕の安全を盾に取られて屈服(そんなに頼りないかな僕)、栗とは何やら密約を交わしたようだ。何を約束したかは不明だが。
そうして半年後……
僕の家があった場所には、元の日本家屋とは打って変わって洋風の豪邸が建っていた。隣の家の土地も吸収して拡大したらしい。7LDKのガレージ付き三階建て。ご近所さんの中では一番目立つ。なんでこんなことになったんだ?
「うわー、掃除し甲斐がありそう」
何ともいえずにとりあえず出た感想がそれだった。もう、何を言えというのだ。
「ハウスキーパーを入れれば大丈夫です。なかなかの家でしょう?」
圭介が胸を張る。家はお前か、これのどこが普通の一戸建てだって?
「掃除一切の家事は私がしますので心配しないで下さい。隣の土地は私が買って親海さんの名義にしてあります」
柴もどこか誇らしげだ。いつの間にそんなことしたんだ? それに土地の固定資産税が増えるだろう。
「家具は俺が揃えた。親海のは海外からのお取り寄せだぞ!」
栗もキラリと目を光らせる。何をやっているんだ。
三者三様に頑張ってくれたらしいが、意地の張り合いは他所でやって欲しかった。ああ、僕の望んだ日本家屋はどこに…………?
「そうか、そうか、皆ありがとう」
気の使い方が明後日の方向に間違っているが、それでも一応礼は必要だろう。
全く任せきりにした僕が馬鹿だった。
三階の部屋それぞれに、柴、僕、圭介、栗の順で割り振られ、一階部分のガレージには柴と圭介・栗の車が一台ずつと、僕と柴の自転車が一台ずつ置いてある。戸籍もないのに柴と栗はどこで免許を取ってきたのだろう、いつも気になる。
二階のLDKは少なくとも、三十畳はあるだろう。それに客間、仏間、ピアノ部屋。ピアノなんて誰が弾くんだ?
庭は広くないが、隅に茶室もどきの庵があるのが目下僕のお気に入りだ。聞けば高崎一族からのお礼らしい。あそこの一族も建て替えに参加していたのか。
チリンチリン
自転車の音がする。
「よお! 親海―! 新築どうだー?」
能天気な明新の声がする。無言無表情で家を指す。
「うおう! すっげぇー! なんで? 親海と柴栗の三人で?」
盛大に驚いてくれてありがとう。
「家の建物は違うけど」
「えー誰!こんな豪邸建てたの!」
「俺です」
圭介がむっと出てきた。
「こいつは有野圭介、人間だけど柴栗と似たようなものだ」
「それ、どういう意味ですか?」
胡乱な目を向けられる。
「普通じゃないって意味だ」
端的に答える。ここで慌ててはいけない。
「だよなー。じゃないとこんな家建てらんねーよ」
感心した明新の声に圭介は満足げだ。良かった、妖怪と一括りにして機嫌を損ねられなくって。
家の中に入った圭介に
「本当に住み着くつもりか?」
恐る恐る聞いてみる。彼は不思議そうに僕を見る。
「ええ、当然です。そのために建てたのですから」
「僕、探偵と殺人計画者が一緒に住むのは怖いんだけど」
そこへちょうど階段を下りてきた柴が
「大丈夫です。圭介とは契約を結びましたので、親海さんが困るような事態にはなりません!」
自信を持って主張し、圭介も同意する。
「契約は守りますよ。それに、親海さんのことは結構気に入っているので、追い出されるようなまねはしません」
ああ、本当に大丈夫だろうか?
かくして始まった同居生活、それぞれの部屋は十畳ほどでプライバシーも完全に守られている。
以来、前の家と同様に柴と栗が喧嘩したり、度が過ぎると僕の悲鳴が上がったりしている。ピアノを持ち込んだのは圭介で、意外にも(?)優雅に弾いていたりしている。
一番驚いたのは圭介が工学部の大学を休業しながら司法修習生をしていたことだ。休日のお茶の時間、ちょっと好奇心で
「お前、大学でどんなこと習っているの?」
と聞いてしまったのだ。
「まだ教養部ですから他の学部と変わらないのではないでしょうか? 俺は司法修習生をやっているので、今は休学中ですが」
…………間。
「えええええ!司法修習生? って将来、弁護士とか、検事とか、裁判官になるってことだよな!」
「いいえ? ただ、法律を知っていて損にはなりませんから。お望みならなってみても構いませんが?」
平然と言い放った圭介に
「絶対嫌ぁ!」
と叫んでしまった。
「そうですか?」
キョトンと言い返されてしまった。
「殺人可能な検事とかなったら嫌だ!
訴えた相手が死ぬ曰くつきの弁護士も嫌だ!
殺人させた奴が裁判官なんてもっと嫌だぁー!」
涙目になってきた僕に、
「そこまで言わなくても」
と苦笑いを返してきた。
「嫌なものはイヤ!」
そんな僕の主張に
「法律の抜け穴を知るためですよ」
と後光の差す笑顔で答えてくれた。
それも嫌―!
工学部でハッキングの腕を競うのも止めてー!
部屋で圭介が何をしているのか、本当に怖い。
四月からは高崎君が実家から独立して、客間に住むという。
何事もなければいいが。こんな家に人様の大事な子を預かっていいのか? 不安のうちに日々は過ぎていく。
親海君、涙目。




