僕が僧侶になった理由(十八歳)
僕はサラリーマンの息子だ。
お寺とは何の関係もなかった。
大学に入って初めての夏休みだった。大学からの帰宅途中、久しぶりに中学時代の友人と再会した。太陽は傾きかけているが、まだ青空の見える時間帯だ。
「久しぶりだなー。今どうしてる?」
「今?僕は大学の法学部に行っている」
「俺は経済学部だ」
その友人が、寺の息子、しかも一人っ子だったのだ。
夕食は二人ともまだ食べてないということで、適当な店に入った。
居酒屋に入って酒を飲み、話し始めると、その友人は酔っ払ってだんだん管を巻き始めた。
「好きな大学行っていいって言われたから、バリバリの商社マンになりたいと思って経済学部に行ったんだ。そしたら寺を継げって。ひどいだろう!」
「うちの菩提寺はお坊さんが教員しているぞ?両方すれば?」
今にして思えば、それは極めて甘い考えだった。というより、お寺について何も知らなかった、といったほうが正解だろう。
「できるかー!!」
友人は怒鳴りだした。
間の悪いことに。そう、間の悪いことに、彼の父親が来てしまった。
「明新!僧侶の資格だけ取っておけば、きっと役に立つから」
彼の父親は、たまたま入った居酒屋の親父と知り合いだったのだ。
親子喧嘩をして家を飛び出した息子を探していることを知っていた上、店に来ていることを連絡していたのだ。
「嫌だ!俺はサラリーマンになるんだー!土日も正月もない!お盆は休みどころかめちゃくちゃ忙しい坊主になんかなるかー!」
友人は激昂している。
そもそも勘違いをしていないか?多分バリバリの商社マンにも休みはないはずだ。時間給のバイトか非常勤でもない限り、きっちり休日がある職場は珍しいはずだ。
「大丈夫だ!俺も昔そう思って反発したが、今じゃしっかり坊主だ!お前でも大丈夫だ」
彼の父親も負けてはいない。
しかし、忘れてはいけない。ここは居酒屋。つまり、人様のお店である。
「おい!やめろよ。ここ店だぞ!迷惑になるだろう!」
「お前人事だと思って!お前が坊主になれー!お前がなったら俺もなってやるー」
彼は酔いと興奮で滅茶苦茶である。
「よし。お友達!明新のために僧侶になってくれ!」
彼の父親もヤケクソだ。
「うちサラリーマンの家だぞ。ついでにお坊さんってそんなに簡単になれるのか?」
当然の疑問だ。
「大丈夫!俺が師僧になる!何とでもなる!てかしてやる!」
どう見ても頭に血が上っているとしか思えない。
「とにかく落ち着けよ」
「親父の味方するのか!俺だけ坊主になってたまるかーっ! 巻き添えにしてやるー!」
「二人とも僧侶になってくれるな!」
彼の父親は意気込んでいた。僕には時々漫画などである悪役の「高らかに野望を叫ぶ」の図、にしか見えなかった。
実家に通報した居酒屋の親父は苦笑いしながら見ているだけだ。まだ、客が少ない時間帯だからだろう。
助けてくれ視線も苦笑いで無視された。
翌日、友人が家に来た。父親を連れて。もう三年ぶりくらいだったはずなのに、よく家の場所覚えていたな。
「今日からうちの寺で見習いしなさい」
そう言った彼の父親は晴れやかな笑顔だった。
対する彼は少々拗ねたような、巻き込んで気まずいような表情だった。
「すまん、頭に血が上っていた」
なんて謝罪してくれたが、結局巻き込むつもりに変わりはない。昨日のことなど忘れてくれたらよかったのに。僕はそう思わずにはいられなかった。
以来彼の寺で手伝い始め、大学一年の十二月に得度考査という試験に合格し、三月に京都まで行って十一日間の得度習礼に出かけ、彼と二人僧侶の資格をもらってきた。
このとき、偉いお坊様方が僕のほうをよく見ていた。多分ばれていたのだろう。妖怪の「柴」を連れていたことを。でも何も言わず見て見ぬふりをしてくれたようだ。感謝、感謝。
僕らの読経が不十分だったのか、本人(本犬?)の未練が強かったのか、極楽往生しなかった。読経中も部屋の隅にいて、邪魔にならないようにきちんと「お座り」していた。
結局彼は就職戦争に負けたらしく、父の後をおとなしく継ぐことにした。
僕も同じく彼の寺に所属することになった。
大学卒業後、住職になるための「教師」の資格も取った。これがないと、葬儀の導師はできないのだ。
「柴」を飼っていたためか、今はペットの葬儀もしている。魂が空に上っていく様子を見るとほっとする。
柴を見ながら苦しんでいるのかな?と思うが、結局そのままにしている。
「妖怪としてもう一度生きているのです。死んでないので成仏するような状態でもないですよ」
と柴はいう。ちなみにうちの宗派では「成仏」ではなく、極楽に「往生(生まれ変わる)」する、が正しいそうだ。
ついでにうちの宗派によると、生き物は死んだら強制的に阿弥陀仏の力で往生させてくれる(させられる)とか。
うちの柴はどうして洩れたんだろう?犬は対象外なのか?ペット葬儀があるからそんなはずはないのだが。やはり妖怪になったのがまずかったか。
柴は何を未練に思っているのだろうか? これは十年たっても知らないし、柴自身も教えてもくれない。謎だ。
僧侶になりました!