高崎君達の魂講座
朱塗りの鳥居が列をなす稲荷神社独特の赤い空間の道。
チャリーン、カラカラカラ
お賽銭を入れて鈴を鳴らす。
『高崎君とお話がしたいです』
親海は胸に奇妙な予感と不安を抱えていた。一度しか会ったことはなかったが、それなりの知識を持っていると見える高崎君に話を聞いてもらい、アドバイスをもらおうと思ったのだ。柴や栗に聞いてみても何となくはぐらかされて別の話題に入ってしまう。
栗が『半分狐』と呼んでいたため、きっと稲荷神社系なら伝わるかもしれないと思って思い切ってきてみた。
フワリ
「親海サマ! お久しぶりでございます! こちらへいらっしゃるなど、いかがなさいましたか?」
満面の笑みで賽銭箱の横に正座している美少年。
「ちょっと『魂』のことで聞きたいことがあったんだけど、今大丈夫なの? スケジュール確認だけして出直してきた方がいい?」
「いいえ! 今大丈夫です! 何もありません。
やっと『魂』の修行を初めてくださるんですね!」
高峰君は僕の相談にたいそう乗り気だったんだ。
いったいなん何だ?
「ここでは何なので、ちょっと移動しましょう。本殿を通ればすぐですから」
急速に引き出そうとする高峰君に早まったか?と思わなくもない。
「こっちです。どうそ」
もう何とでもなれ。
僕は高崎君について本殿の中に駆け込んだ。
そこは白と赤の縦縞模様の窓のない部屋だった。
高崎君も出てきたときの私服から、神官の和装に着替えてきた。
「さて、なにをお聞きになりたいのでしょうか?」
向こうの障子が半分開いていくつもの目が覗いている。多分お目付け役の狐たちだろう。
「最初に行っておくよ。『何を』どころか最初から魂についての知識が欠落している。
僕の宗派では、魂はすべて亡くなったら浄土に行く。それまでに浄土との縁を作っておくことが大事と言われている。それであっているのか?」
高崎君は自分の中で考えをまとめたようで、
「西洋風と似ていますね。西洋の文化では『魂』は『肉体』から解放されると生前行ったことの審判があり地獄か天国に行くそうです。熱心な宗教家だったり悔い改めて良い行いを行ったりすると、天国へ行ける確率が上がるそうです。
僕らは日本式、と言っても日本人が全員そういう訳でもありませんが四魂を尊重しています。四魂はご存知ですか?」
「全く」
「ではご説明しましょう。このホワイトボードで説明します」
どこから出したのか。ホワイトボードがあった。
「荒御霊は勇猛さを、和御霊は友好を、奇御霊は知恵を、幸御霊は愛情を司るんです」
丸を四つで三角錐のように描く。
「こう言うことなんです」
「なるほど、こんな感じでどこが欠けたかによって苦しみも違う訳だ。
荒御霊が欠けたらむやみやたらに暴力的になるとか、和御霊が欠けると仲の良かった友人関係に悩むとか?」
「そうです。物語の主人公がよく『愛と正義のために戦う』と言うでしょう?
あれは『愛』が幸御霊、『正義』が知恵で奇御霊、『戦う』が荒御霊で、大抵『仲間や誰かのため』にということが多いので和御霊でバランスが取れているのです」
「なるほど…………」
「これを親海サマは会話で解決なさっています。大変有難いことなのですが、これでは親海サマの疲労も霊力の消費も半端ではないはずです。それを練習していただけるようにお願いいたします。
この世界には『魂欠け』た物は膨大な数に上ります。自ら必死でその苦しみを抑えようとしているものも多いのです。どうか皆が暴走を始める前にお助けください!」
堰切ったように話し出した。
「? 自分で抑えることもできるの? それは魂に自己免疫・自己回復能力があるとか?」
「いいえ、魂には自己回復力がほとんどありません。亀裂が進行するのを遅らせる程度で現状維持以上の状態には戻りません」
つまり割れてしまったが最後、もう戻らないわけだ。ガンでいう維持療法みたいなものか?
「割れたり欠けたりした場合は、結局『魂埋め』しか方法がないということかな?」
「そうです!
今まで数百年間は『白蛇のオンジ』に頼っていたのですが、オンジも歳で力が弱まってきているのです。
ですから親海サマに手を貸していただこうと、先日ごあいさつに上がったのですが、まさか何も知らずに『魂埋め』されているとは夢にも思いませんでした」
それに対しては心底驚愕したような声で言った。
どうしてそう大事になっているんだろう? 話しただけじゃないか。そもそも……あ。
「高崎君、僕にはこれが大層なことに見えない。多分、根本的に認識に差があるんだ。
僕は魂が見えない。欠けた魂が見えない。そして魂が回復していく過程が見えない。多分それが大きな理由。
だとしたら、『魂埋め』の技術を磨く前に、『魂が見える』ようになる事が先なんじゃないかな? そのうえで埋める方法も考える。魂が見えないと結果的に『注ぎすぎ』『足りなすぎ』なんてのもアリなんじゃないの?」
首をかしげてつらつらと話すと、高崎君も大きく頷いて
「大丈夫です! 『魂欠け』をご存じない、とお聞きした時に用意しました! 準備はお任せください! 魂を見る訓練用具です!」
ホワイトボートの下にあった箱から鏡やベール(薄物と言われる日本古来の透ける絹らしい)を出してきた。
「魂を見るのに必要なのは、霊力・妖力だけでなく見ようとする意志の力なんですよ。
人間は生れ付きあった力であれば、普通の物と変わらず見て親や周囲の大人が見えないものだと教えるため、見えなくなっていくものなのですが……。
親海サマは幼少時に幽霊を見た覚えはおありですか?」
「ない」
「全くですか?」
「全然ない。そもそもこれは後天性らしいからな。柴が言うには僕が一五歳の時に急に『魂持ち』になったと思ったら『魂埋め』もできるようになっていたとか」
思い出しても何があったのかよく判らない。あの時特に何もなかったと思う。
「では、眼鏡や鏡を通して相手をよくご覧になってください。
ゆっくり呼吸しながら相手の胸の奥、遠くを見るように見てください。
どうでしょうか?」
遠くを見るように? …………なんだ、
「三角錐?」
「よい見方ですね。魂と言ってもそれぞれに形は違います。正三角錐は四魂の均等のとれた最も良い形なのですよ。初めてにしては筋がいいですね」
「魂って丸いって思い込んでた……」
「大丈夫ですよ。三角錐の中にはちゃんと丸い魂が入っていますから。まともな生き物ならば、ですが」
嫌なことを聞いてしまった。突っ込みたくはないのだが、突っ込んでしまう。
「まともじゃない生き物っているの?」
「ええ、荒魂・奇魂に特化した戦闘用の兵器生物ですとか、奇魂に特化した科学者とか。女性に多いのが和魂と特に幸魂に特化した恋愛至上主義者」
「え、最後は特に問題なくない?」
「いえ、これが一番厄介なんです。何事も恋愛沙汰が絡むと何をどう解釈するのかわからない上に、理性の奇魂が少ないので何しでかすか分からないという点で。
完全に予測不能な手におえない生物の完成です」
高崎君、女で苦労しているの?
確かに見た目はかっこいい美青年だもんね。
「これでしばらく訓練してみてください。中の魂まで見えるようになったら第一段階クリアです」
高崎君から鏡を借りてこの日は帰った。
「うーん、魂、魂」
三角錐は比較的すぐに見えるようになったが、中の魂がなかなか見えない。
今日で鏡と睨めっこしながら三日目、暇があれば人の多い場所で鏡を通して魂を見ているがまだ見えない。時々これかな? と思うことはあるにせよ、焦点を合わせようとするとすぐに見えなくなってしまう。
「どうした?」
猫型の栗が心配してくれる。曰く省エネモード、だそうだ。
栗には魂がどんな風に見えているのだろうか?
「魂の見方を練習しているんだよ。どうしても三角錐以上には見えなくてなぁ」
「三角錐以外の奴を探して見てみたらどうだ? 安定している奴ほど見難いから」
僕の後ろから鏡を見ながらそう助言してくれる。
栗と柴には高崎君の所から帰ってすぐに
『魂の訓練をする! 「魂埋め」で足りなすぎ、注ぎすぎに注意するから!』
と宣言してある。そのためか特に口を挟まれることはなかった。
「三角錐でない人ねえ? うーん」
探してみるがそれらしき人は鏡に映ってはいない。
「時々二等辺三角形になっている奴とかいるぞ?」
「え、いた。…………そうか、魂ってこんな形をしているのか。完全に丸じゃないな。変な勾玉っぽい?」
確かに三角錐の中に丸く中身が映っている
「それは魂が欠けている印だ。ほんとは丸い」
「えー、欠けている部分が丸くなっているのは?」
ヒビが入ったとか丸い玉が欠けたとかそんな鋭利な形はしていない。
「自分で抑え込んでいるからだろう。もう少し勉強してから見た方がいいんじゃね?」
「と言いつつ教えてくれないくせに」
なんだかんだ言って結局教えてくれないのは栗と柴である。だから高崎君を頼って聞いたんじゃないか。
「力の押さえ方だったら教えてもいいけど、人に入れるのなら教えたくない」
「力の押さえ方? いつも何もしてないよ? これ以上抑える方法とかもあるの?」
「いつも無自覚に垂れ流しているんじゃないか。これ以上抑えるどころか、全然抑えていないの間違いだろうが」
そういえば高崎君もそんなことを言っていた。
まあ、いいか。一つずつこなしていこう。
「魂が見えるようになったら、教えてくれるか?」
「もちろん!」
尻尾をピンとたてて応じてくれる。
「これって眼鏡かけて魂見えるようになったらクリアなんだよね……」
早く抑える方法を教えたくて仕方がないらしい。尻尾が忙しげに振られている。ちょっと水を向けてやると
「じっと見つめるんじゃなくて、ぼんやり見るようにするんだ」
すぐコツが返ってくる。
確かにぼんやり見ると三角錐がぼんやりになって、中身が透けて見えてくる。なんとなく解ってきた。焦点を合わせるよりさらにぼんやり見た方が見えやすいのだ。鏡で見るのは大体こんなところでいいだろう。
早くできた時のために眼鏡も用意してある。柴が探偵をするときに理知的に見えるようにと掛ける眼鏡を借りてきたのだ。
「何かだんだん解るようになってきた。焦点をずらしてみるようにすればいいのか」
ジワジワと中身の魂が見えるようになってきた。
五日目、眼鏡をかければ意識せずとも魂が見えるようになってきた。
話していれば魂が戻るのが見える段階に入っている。
「そろそろ高崎君に報告できるかな?」
夕食の終わる時にそういうと、
「待て! それより先に『力の押さえ方』を勉強しろ!」
栗が待ったをかけた。
「ああ、魂が見えるようになったら教えてくれるって言ってたやつ?」
「そうだ」
「親海さん、ようやく力の制御を覚えてくれるんですね?」
柴は何故か感涙している。何だこいつらは。
「そんなに制御方法を教えたかったなら早く言えばよかったじゃないか」
「親海さん全く無自覚だったじゃないですか! 自覚が無いのに教えられませんよ」
それもそうかもしれないが。
「難しいのか?」
「そうでもないと思いますが」
「試しに、えい!」
バキン
大きな音がして、目の前で火花が散った。
「な、なにするんだ!」
「今、攻撃的な妖力を放って見たんだ。親海は無意識に放っている霊力が弾いたんだな」
それでもこんな事するか?
栗は自慢げに胸を張っている。どうしてそこで胸を張る必要がある?
バキンっていったぞ、バキンって。
「親海さん、今自分に後光が差している状態をイメージしてください」
「はあ?」
柴が言うことのイメージが付かない。
「そして後光が自分の中に納まっていくイメージをしてください。さっきの無意識に放っている霊力の事です。親海さんならきっとできますから」
と言われてみても、後光、後光……うーん。
「さあ! 練習あるのみだ!」
栗の掛け声とともに特訓は開始された。
さらに三日後
「どうなさったんですか? 親海サマ、大分お疲れのようで」
「ああ、大丈夫だ」
柴栗にスパルタで練習させられてようやく『力を感じる』『力を抑える』ことが可能となったが、寝不足と神経の使い過ぎで疲れ果てた表情になってしまっていた。
「力の制御もできるようになられて」
「ああ、柴と栗にスパルタで教え込まれた。魂がいっぱいになったらそこで力を切ることもできるようになったらしい。かなり疲れたが」
なんだか声も疲れているようだ
「では! 柴サマと栗サマに教わって大方できるようになったのですね! それでは一族の中で『魂欠け』している者がいます! 練習しましょう!」
こうなると思った。
高崎君はそう言って神社から神社へと抜け道を通って同胞のいる所へと引きずり回してくれた。訓練の一環とはいえ、かなり大変だった。
「親海サマ! 完全に『魂埋め』の力を制御できるようになりましたね! おめでとうございます!」
祝福はうれしいが、もう駄目、疲れて力が出ない。気力もない。
そんな様子を察したのか、高崎君は家まで送ってくれた。
『魂埋め』の力を、ってことは他にも力の使い道があるのだろうか?
とりあえずは休もう。そしてゆっくり力の制御が定着することを、練習した方がいいかもしれない。今回のようにスパルタ超特急ではなく。
柴と栗は目的が同じなら協力して暴走することが出来ます。なにげに女の子で苦労している高崎君。




