佳代さんの「お寺をプロデュース」!
僕と明新の相談室
『お坊さんは人生相談をするものである』って思っていますか?
佳代さんはそう思っています。
と、いうわけで
『相談室、安清寺』
始動しました。
もともと、ご住職が親しい檀家の人を対象に相談に乗っていたのだが、広く知られてはいなかった。来るのは昔からの付き合いのある高齢者ばかり。
「お寺に若い子は来ないな」
なんて嘆いていた。
僕も声を掛けられて相談に乗る以外、ほとんどしていなかった。
だから突然
「相談室を始めましょう!」
と佳代さんが言い出したときには、
「誰も来ないんじゃないか? 相談するにも信頼が無いと出来ないだろう?」
とご住職は考え込んでいたし、
「俺、相談に答えられるかな?」
と明新は完全に尻込みしていた。
「宗教の目的は? 人を救うのが目的じゃないの? だったらなんで僧侶になったの? あなたの覚悟はそんなものなの?」
佳代さんは明新を厳しく追及している。
「来るべき時が来たか」
僕は諦めモードだった。佳代さんが来てから何となくそんな気がしていた。
「お前はいいよな。ちゃんと心理の資格取っているから」
「そうなの? 親海さんって心理の資格持っているの?」
羨ましそうな明新と、目を輝かせる佳代さん。
「基礎だけは」
僕は一応、通信と単科履修で認定心理士(必要な単位証明を提出すれば認定してもらえる心理の基礎だ)を取っていた。
「なら親海さんに教えてもらえばいいじゃないの!」
「すいません。教えるほど技術も経験もありません」
何しろ僕は実習以外ほとんど経験がない。
単なる座学の知識のみだ。
僕に言える事は
「明新、とにかく相槌を打て。男だったら無理だが、女だったらそれで何とか時間を稼げる。相手の話を要約するのでも効果ありだ。それで自分の考えに気付いて本人が勝手に納得すればよし。
とにかく、無理に解決策を与えようとするな。無難な答えを言うと怒らせることがある」
「なんで? あ、逆切れするのか」
明新は時々大丈夫か? と思うことがある。
「普通のことを普通にできるなら誰も悩まないだろ? 出来ないから悩んでいるんだ。そんなときに正論言われたら『そんなのわかっている! それが出来ないから悩んでいるんじゃないかー』って怒られるぞ」
「そうか。で、いよいよ困ったら親海に廻すのな」
廻す事を前提にしているな。無理に抱え込まれるよりマシだが。
「ご住職にしろ。人生長生きしている分だけ知恵がある。法話もたくさん聞いているし。記憶のどっかから解決策を持ってこられるだろう?」
僕も無理難題に応える自信はこれっぽっちもないのだから。
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僕とお宿のお客さん
僕は毎朝五時半に寺の門を開ける。六時から始まるお勤めのためだ。朝のお勤めの前に講堂をあらかた掃除し、柴と共に朝のお客さんが来たら中へ案内する。
数年前からホテルのお客さんが朝のお勤めに参加できるようになっているのだ。
女の子が門から入ってきた。
「おはようございます」
今日は女の子が一人か。
すかさず中へ案内する。講堂の中には、椅子が五つ置いてある。若い子は前の席で本格的に正座でも構わないが、膝の痛い高齢者や、外国人の観光客には椅子は必要不可欠となっている。
会社に勤めていた頃は営業をしていた佳代さんが、ホテルに毎朝のお勤めの参加を案内してもらっているのだ。
「高峰ホテルに泊まりました」
三年掛けて営業し、現在は七軒の旅館とホテルにお寺のパンフレットを置かせてもらっている。ありがたいことだ。
「「おはようございます!」」
今度は二人組みの女の子が入ってきた。
「あっ! 犬がいる」
「ホントホント。かわいいーワンちゃん。お名前はなんですか?」
「柴と言います」
柴は犬型のまましゃべった。
「きゃあ!」
「うそ!」
触れようとしていた手を引っ込める。
(犬型のまましゃべるな!)
鋭い視線でそう叱ると、柴はシュンとして
「クゥーン」
と鳴いた。
「『かわいがってくださいー』なんて、驚きましたか? 腹話術なのですが、どうでしょう」
柴の声を真似て腹話術を使う。柴が日本語を話し始めて真っ先に習得した技術だ。
「びっくりしたー」
「驚かさないでくださいよー。お坊さんってそんな特技があるんですかー? 面白ーい」
女の子二人は笑ってくれた。よかった、ごまかされてくれた。
「寒かったでしょう? 中へどうぞ、お勤めが始まりますよ」
講堂に案内して、柴から遠ざける。
旅館・ホテルは、徒歩十五分以内の場所だ。佳代さんが疲れず観光できるよう配慮して選定したらしい。お勤めと法話で約一時間程度だ。過去に訪れた人は、
「場所も遠くないし、緑もいっぱいですっきりするし、歩いてお腹がすいたところで朝食だし、まずまずよね」
「観光の邪魔にならない時間っていうのがいいよね」
といってくれた。
法話の後は、質問・相談にも乗る。相談は一件五百円のワンコイン方式で運営中だ。にもかかわらず結構な人気だ。
今日の相談者は
「こんなこと、誰にも話せないよ」
「お友達と来ていたじゃないの?」
「友達同士でもやっぱり女同士だもん。見栄もあるし、カッコ悪いからヤダ」
なんて言っている。
友達が相談していて残って雑談をしていたはずなのに、いつの間にか人生相談になっていたこともよくある事だ。
「なんか、話を聞いてもらってすっきりしちゃった」
毎回言われる言葉。吐きだせば軽くはなるが、決して解決しているわけではない。ただの愚痴で吐き出してしまえば終わり、ということは結構少なかったりする。むしろ吐き出して自分の中で解決方法を見出したり、根本的に職場や相手に問題をぶつける覚悟をしたりする人間のほうが多かったりする。その結果がどうなっているのかはよく知らないが。
一日に来る人数は大体一~三人程度、一対一の相談が出来る程度の人数だ。時々団体様が十数人いらっしゃるが、そのときは相談を遠慮してもらっている。
「話し込んじゃった。朝のバイキング大丈夫かな?」
「どうだろ?」
「高峰ホテルでしたね。朝食バイキングは十時までですよ。今から帰れば一時間位はゆっくり食べられます」
朝食の案内をするのも仕事の一つだ。
宿泊している旅館を確認は朝食に間に合わせるためでもある。
一番急ぐのは椿原旅館で、八時が最後の朝食開始の時間だ。相談時間も三十分が限界のようだ。まあ、チェックアウトの後で再訪問という手もありえるが、あまり利用率は芳しくない。
今日も相談(雑談?)を一人一件ずつお話して、朝食の前にお帰りいただいた。こちらも朝食をとりながら、雑談になる。
「若い女の子の相談は難しい。今日は『彼氏が可愛いくない』って相談だった。男だから可愛くないのは当然だろう…」
ご住職は随分前からジェネレーションギャップが辛いようだ。激しく悩んでいる模様。
若い子には困っている割に、外国人観光客には身振り手振りを交えて、かなりうまくコミュニケーションをとっている。やはり、年の功だろうか?
「若いのはいいけど、女の子がきつい」
明新は、女の子自体は好きだが女の子の相談は苦手だ。今日は単なる雑談で終われたはずだが。
「人間だと思って接したら?」
僕は老若男女の全てが苦手だ。限定的な分だけいいじゃないかと思ってしまう。
「親海さんの言うとおりですよ。妖怪相手よりもご住職は親近感が湧くでしょう?」
柴は同意してくれる。
「難しいんなら相談なんぞ聴かなきゃいいのに」
栗は厳しい。
相談事業を始めてもう十年になるのか。前よりはマシになったが、後から後から難しい相談が出てきて毎回悩まされているような気がする(多分気のせいではないはずだ)。
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寺カフェ『庵』
新しくお嫁に来た佳代さんは何かと寺を盛り立てていこうと必死だ。
夫が天然ボケの明新であることも一因かもしれない。
そうして、結婚二年目で、とにもかくにも『寺カフェ、庵』をスタートさせた。法学部を出ているためか、佳代さんはやたらと開業に当たっての書類に詳しい。
「とにかくお庭がいいんだよねー」
「四季折々? 見る場所からも違って見えるの」
佳代の父である庭師にしっかり手入れされた渾身の作品である庭は、風情があり日の当たり具合によっても大分違うし、座席の位置によっても違って見えるのだ。
「和室から見るのもいいよね」
「和むー。それに時々白い猫もいるよねー。可愛いー」
カフェは改築もされず、ただ縁側に座ったり、和室の中で過ごしたりもできる。
時々栗が出現しては撫でられている。
「阿弥陀経を写経できるのってここくらいだもんね」
「他は般若心経が多いの」
「確かに時間はかかるけど」
というマニアックな御嬢さん方もいる。写経は別料金で二時間二千円だ。
「きちんと解説もしてくれるし」
写経と解説で二日がかりという、熱心で根掘り葉掘り質問攻めにしていく人も時々いる位だ。もしかしたら明新より熱心かもしれない(こんな時のために必死でカンニングペーパーを作ったのは僕で、監修はご住職だ)。
「あのお姉さんがいいよね」
「お母さんもいいよ」
二人とも良き相談相手となっているようだ。確かに佳代さんと千鶴さんも人気だが、一番の人気は、
「ここのカステラがおいしい!」
ということだ。
佳代さんはオープンに当たって、シンプル・イズ・ベスト、を立てた。
メニューにとり入れたは、抹茶・緑茶・紅茶が二百円、カステラが一皿(二枚入り)三百円、セットで四百円のみだった。
土日の忙しいときは、僕たちも駆り出される(と言っても、葬式や法事のほうが優先されているが)。もちろん、柴も栗も強制参加だ。
ちなみに、カステラを焼いているのは柴である。本人(本犬?)が楽しそうなのでそれでいいのだろう。
それなりに繁盛しているカフェではあるが、時間が十時~十六時というのはどうなのだろうか? 僕たち僧侶組の忙しい時間を考えてなのだろうが、そこだけ気になるところだ。