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僕に妖怪  作者: 氷雨
13/22

僕と圭介君①

葬儀が終わり、寺へ自転車で帰る途中だった。

「失礼、親海僧侶ですね?」

若い青年に声をかけられた。振り返ると、細見の見事な美青年が立っていた。

世慣れした表情で老成して見えるが、まだ若いはずだ。実年齢十七か十八歳位だろうか? 妙に親しげな雰囲気だ。

「どちら様?」

「有野百合子の息子で有野圭介、と言っても分からないでしょう。俺は高島一臣と有野百合子の子。あなたから見れば、腹違いの弟ですよ」

高島一臣は確かに僕の父親だ。いや、父親と呼ぶにはいささか抵抗があるが。

今の母は略奪婚で、心労のため僕の実母は亡くなっている。僕が十歳の時だ。確か、美緒の次に男の子を妊娠したことが原因で正妻の座を獲得しようとしたのが原因だったはずだ。

今も飲み屋のお姉さんと浮気しているのも知っている。

 確かにあり得るだろう。何より僕自身の直感が伝えている。

 そういえば、母の亡くなった次の年も愛人騒動があった気がする。祖母と愛さん(現在の義母)が大喧嘩して父が何も言わなかったとか。そのことは正直詳しく知らないのだけど、家の中は大騒ぎ。新しい愛人さんは追い出されたのだとか。

 有野圭介氏は年齢的にそのあたりだろうか?

「で、君はあの人に会いたいの?」

「いいえ、俺は復讐したいのですよ。だから、あなたにも声をかけた。不倫の心労であなたの母親は亡くなった、そしてあなた自身古い家に残されている」

続けようとする彼の言葉をさえぎって、

「残されている、じゃないよ。残ったんだ。僕は家族ではないから」

きっぱり言い切った。

「ではなおさら。俺には『魂欠け』という才能がある。人を狂気に走らせる力ですよ。一人呼び出してもらえば、あなたの復讐にもなる。同じ目にあった者同士、手を出す機会を与えても良いかと思いましてね」

今の僕には必要のない感情だった。

「せっかくだけど、僕はやめておくよ。僕は無意識で『魂埋め』しちゃうし。何より、君と僕は復讐に対する熱意が違うしね」

彼はそれを聞いて眉を跳ね上げた。

「そうですか?」

「ちょっと事情があって感情が薄いんだよ」

眉をひそめたまま少し考え込んだのか

「なるほど、何度『魂欠け』させても上手くいかないのはあなたのせいでしたか。娘を可愛がっているようでしたので『魂欠け』させてみましたが…………。

 では、あの家の者にしばらく会わない、というのはどうでしょう? お願いできますか?」

彼は一応冷静だ。

「土日は美緒が―あの家の長女だけど―寺に来るよ。寺カフェの準備と掃除に。その時に『魂埋め』していたのかな?

 それ以外は正月以外会わないよ?」

「それで結構です」

そこで僕はふと思いついた。

「ところで、君の母君と父はどういう状況で?」

彼も説明を怠っていたことに気付いたようで、素直に話してくれた。

しかし、それは彼の地雷だったようだ。

「俺の母は取引先の事務だったそうです。あなたの母君が亡くなった後、慰めていてそういう関係になったと聞いていますが、同じ年の子供がいる所を見ると、母は遊びだったんでしょうね。ああ、俺は勇と七カ月違いです」

吐き捨てるような言い方で嫌悪感をあらわにしていた。表情は激憤に耐えているかのようだ。

「慰めて、ねぇ。

あの人、四十九日終わったらすぐに入籍しようとしたし結婚式のパンフは先に見ていたし。まあ、周囲の説得で三回忌終わるまでは戸籍入れなかったけど」

 何ともなしに言う僕に、彼の眼はギリギリと上がりようもないほどに上がり、かみしめた唇には血が滲んでいた。

「………………………」

既に彼に言葉はなかった。

「急いては仕損じる、落ち着きなよ。深呼吸しよう」

憤怒の形相から静まるまでに数分を要した。

これが真夏の炎天下でなくてよかった。風薫る皐月の優しいそよ風の吹く少々雲の多い日だ。外でもゆっくり話ができる。なんて的外れなことを考えていた。

「そうですね、少々頭に血が上っていたようです」

彼はゆっくり息を吐いた。

「君は『魂欠け』を意識的にしたことがあるの?」

純粋な興味だった。

「聞いてどうしますか?」

彼の声に警戒心が混じる。

「どうって? 僕は実感がないんだよ。『魂埋め』の」

「どういうことですか?」

いぶかしげに聞く彼に困った笑みを見せる。

「知り合いから僕は『魂持ち』で『魂埋め』って聞いている。確かに話した人は満足して帰っていく。でも………『魂埋め』している気がしないっていうか? 何もしてない気がする? ……………何て言えばいいのか………」

言葉に困ってしまった。

合点が言ったように彼が笑う。

「ああ、そう言うものでしょうね、あなたは。普通は自分の余っている魂を与えて『魂埋め』するのです。

しかし、あなたの場合は元々ある魂自体を増幅させる。話していて実感しましたよ。だから、近くにいたり話したりするだけでいいのです」

「そうなの?」

イマイチ実感に苦しむ。

確かに魂が見えるようになって、相手の魂が増えていく様子は見ているけど。

「……何かしたぞー! って気分になりたい」

ぼそっと言った言葉を笑われた。

「無理に意識することはないでしょう。私の場合は相手の魂の減少を一部に集中させるので、実感があるんですよ。

ああ、この事はくれぐれも内密に」

彼は子どもに教えるように話してくれる。

「能力の形は人それぞれ?」

「そうですよ」

そういって彼は立ち去ろうとした。

「あ、待って」

「何です?」

「君の事、僕のうちの誰か知っているの?」

彼は再び眉を顰め

「母が妊娠した時、高島一臣は『堕せ』としつこく迫ったそうです。今の妻は母の家に家族で乗り込んできたとか。一臣の両親はそれなりの額を提示して堕胎と口止めを求めたそうです。

 しかし、既に堕胎できる時期を過ぎていたので、結局いくらかの手切れ金を押しつけられて、会社も辞めさせられたそうですが。母は苦労して過労で亡くなりました。

 何の因果でしょうね、あなたと同じ十歳の時ですよ。その後僕は施設に入り、『魂欠け』の能力で生活しています」

「ああ、そうだ。僕の母も十歳の時に亡くなった」

昔を懐かしむ感情なんて、僕もあったんだな。  

ああ、そういえば

「君は大祭を見に行ったことがあるかい? えー、十三年位前かな? そこの神宮の」

「―? ありますよ。母と二人で」

「その時、青い雨が降らなかった? …………ああ、覚えてないかな? 君高校生でしょ? 当時三歳位なはずだから」

しまったと思ったが、彼は平然と

「いえ、覚えていますよ。なかなか強烈な思い出だったのでしょう。そういえば誰かにぶつかった気がします。あれは親海さんだったのでしょうね」

彼は幼かったはずなのに覚えているようだった。

「あれが能力の原因だったのでしょうね」

「ああ、そう思う? 柴が、ああ、柴は僕が飼っている妖怪の犬なんだけど、それくらいから力が付いたっていうんだよ。

何か、知り合いによると『魂~』ってとっても珍しくて、何百年位に一人いるかいないかの割合でほんの十数年しか活動しないらしいよ?」

「なるほど、青い雨を浴びた俺たちは魂を扱えるようになった、と言う訳ですか。興味深い話ですね」

彼は考え込むように天を仰いだ。

天空には相変わらず薄い雲が重り広がるばかり。

「じゃあ、僕は次の仕事があるから」

「わかりました、またお会いしましょう」

彼とは別々のほうに別れて行った。

「あ、連絡先を聞き忘れた。…ま、いっか」

気楽なのが僕の特徴だ

何も感じず

何も気にせず

気ままに生きるしか能がない

ぼんやりと寺のほうへ歩き始める

ドンッ

後ろから走ってきた少年に気付かずぶつかった。

パキン

少年の魂が割れて僕の手に吸い込まれていった。

(なんだ、僕にもできるじゃないか)

「痛ぇな、何やってんだよ」

魂の形がいびつになっている。

最近練習して見えるようになった魂の形。

「ああ、悪かったね。大丈夫かい?」

それだけで魂は元に戻る。

きれいなまあるい形。

まだ悲しみも苦しみも嘆きも知らない、美しい形。優しい形。

少年はにっこり笑って

「大丈夫!」

と言って走り去った。

多分彼にも『魂埋め』はできるのだろう。

でも彼は認めようともしないのだろう。

そう僕は思う。

姿が見えなくなるまで少年を見送って僕は寺に帰る。


いつも通り

いつもと変わらず

何も変わらず


「ただいまー」

夕方の玄関に西日が当たって眩しい。

「お帰りなさい、親海さん。………何の匂いです?」

出迎えた柴が怪訝な顔をする。

フンフンと周囲を嗅ぎ回り、僕の匂いを確認する。

「親海さん! 誰か不審な男とあいませんでしたか?!」

「不審な男?」

警戒感もあらわに、険しい顔で厳しい悲鳴を飛ばした柴は、栗を呼びつけた。

「栗! 栗! 出て来い! 親海さんが大変だ!」

「うっせーな、何だよ」

メンドクサイ、と言わんばかりに出てきた栗を柴が怒鳴る。

「親海さんの匂いに交じってた! 間違いない、これは『魂欠け殺し屋』の匂いだ!」

これには不機嫌に出てきた栗も慌てた。

「何だって? ウソ! 嘘じゃないよな!」

栗が久々に動揺している、面白い。柴はオロオロと僕の周りをまわっている。

何となくわかった。『魂欠け殺し屋』と呼ばれているのは有野圭介の事だろう。

そんな仕事をしていたのか。

「落ち着いたら? 二匹とも。それより僕は次の仕事があるんだけど。講堂の掃除、手伝ってくれる?」

「手伝います! 終わったら対応を考えましょう!」

「手伝う! さっさと終わらせる!」

二匹の大活躍ですぐに終わった。


人に聞かれたくない話なのか、親海と二匹は倉庫の中にいた。

「匂いの強さからして、会話をしたのは間違いありません。葬儀後、誰かと話をしませんでしたか?」

「したよ。まさか『魂欠け殺し屋』なんて言われているとは思わなかったけど。具体的にはどういうことをしているんだ?」

困ったように笑う親海に柴が神妙な顔で答えた。

「誰かを殺したいと思う依頼人に二人を指名してもらうんです。一人は殺され、一人は殺すように。まず、殺す方の魂を欠けさせて理性を弱めて憎悪を高めます。後は人前で逆上させて殺させる、と言う方法をとっています。

主に刺殺か毒殺か高いところから突き落とすなど、わかりやすい方法が多いようです」

栗も補足する。

「確か五年位前から出没しているって聞いたぞ。多分もっと前からしていたんだと思うけど、普通の人間は『魂欠け』なんて知らないからな。時々依頼人も死んでいるらしい」

そうか、異母弟の勇と同じなら今十五歳のはずだ。

五年前なら母親が亡くなった頃から始めたのだろうか?

確か、『魂欠け』は記憶も抜くと聞いた。そんなところから始まったのかもしれない。

僕は彼に『魂埋め』した方がいいのか?

いや、そもそも彼は『魂欠け』しているのか?

「親海ってば!」

「ああ、ごめん」

思考に溺れていたようだ。

「帰りに誰か会ったかって聞いたんだよ」

「会ったよ」

「誰ですか?」

僕はきっと、何とも言いようのない表情をしていたのだろう。

「あの人の隠し子」

柴は押し黙り、栗はキョトンとした。

「他にもいたんですか、愛人」

「探せばいくらでも出てきそうだけど」

柴は頭痛がしてきたらしい。

一方で栗はよくわかっていない。

「栗、『愛人』とか『浮気』とか『不倫』とか解るか?」

柴が恐る恐る聞いた。一応約生後一年。人間の年齢でいえば十七・十八歳程度。たぶん大丈夫なはずだが、これで知らなかったら情操教育もしないといけなくなる。

「それくらい知っているぞ?昼メロのテーマだ!…なんかヤな予感」

ああ良かった、知っていた。

どうして栗が昼のメロドラマなんて見ているのかは知らないが、とりあえずありがたい。

栗は心なしか口元が引きつっている。

「それ、当たっている。僕の父親と言う人は悪い人じゃないんだよ? 僕も結局大学まで面倒見てもらったしね。しっかり働いて会社の役にも立っているようだし。

でもその欠点としてはとても女性が好きで、以前不倫をしていた。いや、今も継続しているかもしれない。

まず、僕の母親は本妻だった。栗も知っている愛さんは不倫して、それが心労で母さんは亡くなった。母さんが亡くなった後、愛さんは本妻になった。が、その間にまた不倫したのが有野百合子さん、と言う人だ。

『魂欠け殺し屋』は有野圭介といって、有野百合子さんとの間にできた不倫の子、らしい。母さんが亡くなったことで同情を引いて関係を持ったらしい。けど、結果的には愛さんに追い払われたそうだ。

二匹とも愛さんは知っているな?」

何とも言えない表情の二匹が答える。

「知っている。美緒と一緒に時々くる臭い女」

臭い? 多分香水の付けすぎだな、僕から見れば派手な女だ。

「多分それだ。子孫を増やすのは動物の本能だけど、あの人には法律を守るか専門の所に行くようにしてほしいよ」

はーっ、と深いため息をつく。

「では、親海さんが次の標的に!」

「いや、同族相憐れむ的に協力を求められた」

疲れてきた、今日の通夜は明新に代わってもらおう。

「協力するんですか?」

「うんにゃ、黙認」

「何ですか、それ」

二匹ともよくわからず不満気だ。

「協力もしないけど、彼の危険性についても教えないって事。我関せずで、『魂埋め』にわざわざ出向いたりもしないって事。だから黙認」

柴も栗も困っているらしい。

「親海さんがそれでいいなら、いいんですけど」

「何事もなければ……それでいいけど……」

二匹は歯切れ悪く返事する。

当然だろうな。彼が協力を拒んだ僕を標的にしないとは限らないし、僕に災難が降ってくるかもしれないというのだから。

「しばらくは様子を見るよ。彼が何をしようとしているのか見てみるのもいい。

彼にとってそれは大切な優先順位のはずだから。最初に狙われたのは美緒だった。意外と情に厚いのかもね」

どんなシナリオを考えたかは知らないが、未成年で犯罪のほうが、未成年で殺されるよりはマシだろう。

いや、そっちの方が残酷か?

片方は強い恐怖と痛みでもがいて少ない時間で死ぬ。

片方は自分に体の痛みはないが、罪と世間の冷たい仕打ちに耐えながら生きていく。

 しかし、どちらでもないのかもしれない。

「分りました。私も出来る限り情報を集めて見守ります。親海さんも十分気を付けてください。くれぐれも油断しないように」

「分っているよ、ありがとう柴」

栗もいつもの澄ました顔から厳しい顔に変わっている。

「俺も警戒しとく。気をつけろよ、奴は恐ろしく頭がいいらしい」

「うん、栗もありがとう」

優しく穏やかに笑った親海に、二匹は安堵した。

「うーん、もしかして、」

「どうしました?」

ふと思いついた。あの男は女関係ばっかりだ。

「もしかして美緒は浮気現場を目撃させられそうになった、もしくは目撃しているんじゃないか?……それを家でヒステリー起して叫びまわる、とか? そうなると一家崩壊の危機になるかも」

「まあ、あり得ない話でもないでしょう」

案外、有野が計画しているのは物騒なことでもないかもしれない。

一見平和的に、だが家族が崩壊するような状況を作ろうと待っているのかもしれない。

(有野の考えること、僕には想像できないからねぇ)

立待の月が障子の向こうから僕を笑っているようだった



親海君には圭介君の考えは不明。すべては想像上。

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