僕と高崎君(二十六歳)
今回はお狐様です。柴と栗は何も教えてくれないので、相談は高崎君へ。
いつも通り、お通夜のお勤めを終えた。
「あのっ! 『魂欠け』を補充してください!」
葬儀場から出てきたときのことだった。見知らぬ少年に声をかけられた。
「僕?」
果たして、僕に声をかけたのだろうか?
「だ、駄目ですか?」
少年はしゅん、として俯いた。僕が目的だったようだ。
(今日はこれで終わりだし、まあいいか)
「えっと、君は? 『魂欠け』って何のこと?」
できるだけ優しく声をかけるが、幾分詰問系になっているのは自覚している。ぱっと少年は明るくなる。
「僕は楓、高峰楓です。あの、もしかして、気付いてないんですか?」
「なにを?」
すかさず尋ねる。栗が昔同じことを言ってたような気がする。
「あなたが『魂持ち』で『魂埋め』だってことです!」
「………ごめん、説明してもらえる?」
まったく知らない単語だ。
「はい!…魂って言うものは、心が傷ついたり強い衝撃を受けたりすると欠けていくんです。それが『魂欠け』です。魂が欠けると心も体も不安定になって苦しむんです」
僕は反芻する。
「うん、魂が欠けた状態が『魂欠け』で、その『魂欠け』になると苦しい訳だ」
彼がうなずく。
「はい、それを治すには魂を補充すること、つまりそれが『魂埋め』です。魂の足りないところを埋めてもらうんです」
「魂を補充して埋めるのが『魂埋め』なのか」
確認をとる。僕のする、いつもの相談のやり方だ。
「そうです」
「そうか。あれ? 『魂持ち』は?」
説明に出てこなかった単語がある。
「魂の容量が他の人より多くて、他の魂を自分の魂の中に受け入れている人のことです。欠けて散ってしまった魂を回収したり、放出したりできます」
「うん、魂を回収したり放出するのが『魂持ち』。ん? てことは、君は魂が欠けて苦しい→苦しみから逃れるために、魂を埋めてほしい→ 魂を持っている『魂持ち』の僕に魂をもらいに来た。ってことでいいのかな?」
考えてみるとそういう結論に達した。
「はい、どうでしょう?」
おどおどと顔色を伺うように首をかしげる。
「悪いけどね。僕はその魂を埋めることを知らないんだよ。そもそもそういう言葉自体を初めて知ったくらいだからねー。どうしようか?
カルチャースクールとかで『魂埋め』のやり方を教えてくれるところがありとか、ない? ほら、『初めての魂講座』なんて」
「ないと思います。少し、お話させてもらってもいいですか?」
呆れた表情をして一転、明るい笑顔になる。くるくると表情の変わるかわいい子だ。
「うん? かまわないよ?」
「お話するだけで、大分もどってきたようです」
「話しているだけで?」
「はい。あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「僕は親海。親しいに海で親海。そこの山の麓にある安清寺に勤めている僧侶だ」
嬉しそうに返してくれる。僕もこんな反応をされると嬉しいものだ。
「僕は南進高校の二年生をしています。実家が妖怪屋敷なので」
「妖怪屋敷?」
うちのようなものだろうか?
「はい、僕は半分だけ妖怪です。母は人間ですけど、父が妖怪なので。
親海サマのお話は妖怪の間では結構有名で、けど、いつも大妖の柴サマと栗サマが近くにいらっしゃるので誰も近付けなくって……」
聞き捨てならないことを聞いたぞ? 柴と栗がなんだって?
「ストップ。柴と栗って大妖なの? 初めて知ったんだけど」
彼は元から大きな瞳を、さらに大きく見開いて
「ご存じなかったんですか? 柴サマは犬の妖怪で、『魂埋め』はできませんが『魂持ち』なんです。栗サマは猫しょうのお父上をお持ちの妖怪です」
「栗から聞いたような気がするけど…。まだ一歳だぞ?」
高峰君はようやく思い当たったかのように説明してくれた。
「もしかして、親海サマは年齢とともに妖力が上がるとお思いですか?」
「違うのか? 柴が妖怪になったときに調べたんだが」
やはり、人間側の推測・想像と実際の妖怪は違うらしい。
「確かに年を経ると強くなります。しかし、それよりも生まれ持った力のほうが、ずっと重要なんです」
「知らなかった」
呆然としたが、栗はきっと強い妖怪になったのだろう。
「ありがとうございました。魂、大分戻ったようです」
「そう? よかったね」
「お礼に、といっては何ですが、僕の家にどうですか? ご夕食、まだならだしますし」
「いや、遅くなると拙いから。これで帰るよ」
バタバタバタッ
「親海ー! 大丈夫か!」
「親海さん! ご無事でしたか!」
何事?栗と柴が必死で駆けてくる。
「親海に手を出すな! この半分狐!」
「大丈夫ですか? なにもされていませんね?」
栗と柴は慌てている。
「お話しただけだよ。そんなに警戒しなくでも」
宥める僕に二匹は心底ほっとしたという表情を作った。
「またお会いしましょう、親海サマ。柴サマ、栗サマ、いつか必ず親海サマとお友達になってみせます!」
高峰君は颯爽と去って行く。
お友達になるぐらい、宣言する様なことでもないだろう。
「もう来るなー!」
栗は怒り心頭で目を剥いて怒鳴っている。
柴は僕を自分の後ろに匿っている。
高峰君の姿がすっかり消えてしまったころ、
「帰ろうか」
僕はのんびり二匹を促した。
家に帰って、僕は二匹を正座させた。
余程、僕の笑顔が怖かったらしい二匹は、大人しく正座して仁王立ちの僕から見下ろされた。
「高峰君に聞いたんだけどね?」
『魂欠け』『魂埋め』『魂持ち』の話をした。
「知っていて、黙っていたの?」
「「ごめんなさい」」
二匹は素直に謝った。
「謝れって言っているんじゃないの。どういう状況か説明を求めているの。分かる範囲でいいから話なさい」
二匹の話の要約はこうだ。
僕は『魂持ち』であり、存在するだけで欠けた魂を回収しているらしい。『魂欠け』の存在は僕と会話をするだけで欠けた魂を元の状態まで戻せるという。
何のことはない、それだけの話だ。
「それだけ! それが大変なんだよ! 普通ではありえない凄いことなんだ!」
栗は力説する。少々目が血走っているのは、見間違いではないだろう。
「親海さん、少しは周りを警戒してください」
柴は僕に警戒心がないと嘆いている。
「とりあえず、お話すればいいんだよね。今迄みたいに相談に乗っていれば魂は満ちる訳だ。そうだよね?」
「そうですが………。魂は無限にあるわけではないことを注意してください。」
柴は真剣だ。
「おい!」
栗はそんな柴をとめている。そんな二匹が影で話していることを僕は知らない。
(親海が魂なくなることなんて無いだろう。何考えてるんだ)
(あると思わせておいてセーブしてもらいます。そうでないと無限に与えようとしますよ、この人は。変なのが近寄ってきたらと思うと…)
(確かに…狐野郎にも優しくしてたな)
そんなことなど僕は知らず、注意することを約束してしまった。
「分かったよ。一応今ぐらいで注意しておくから。二人とも僕の限界が分かるんだろ? 危険なときは知らせてよ」
「おう! まかせとけ!」
栗は力いっぱい請け負った。
「栗、だから僕についてきたのか?」
「は?」
いきなり話が変わって付いていけなかったらしい。
「最初に、出会った時、車に乗ってきたのは」
栗の視線が泳いでいる。やっぱりそうなのか。
「ごめん。だって、珍しいから。いろんな種類の魂が混じっている奴って。人間なのに猫とか犬とか他の動物の魂も吸収して、性質が変わってないの。」
キョトンとして理解不能な僕に解説を続ける。
「わかんない? 柴は『魂持ち』だけど、吸収しているだけで、混じっているのとは違うんだ。柴の場合は、柴の魂が大本で、他の魂のカケラは力を吸われて魂の性質は消えていく。でも、親海は吸収した魂のカケラの性質が残っている。人格や思いは消えているけど、性質は残っているんだ」
そうか。
誰かに似た感覚は、吸収した魂の性質だったのか。
見知らぬ記憶は吸収した魂の記憶だったのか。
聞いてしまったのは、栗の独り言だったんだと思う。
「親海って不思議。魂を渡してないのに、魂が埋まっていく。どうしてなんだ?」
魂を渡してない?
じゃあ、さっきの意味は?
「柴、どういうこと?」
矛盾を突かれた柴は眉根を寄せる。
「私もよく分からないのです。『魂埋め』は、魂を与えることで成立するのが基本です。もしかしたら私たちに分からないだけで、魂を与えているのかも知れません。だから、心配なのです」
正座のまま上目遣いで見つめられると居心地が悪い。
「仕方ないか。とりあえずは様子見だ」
後で知ったが、高峰君は白狐の一族で唯一の「半分狐(栗命名)」らしい。一族の中でも力が弱いため、同族に甘い一族には過保護にされているらしい。
翌日のお昼ごろ
「うちの楓が大変お世話になりました」
とご両親は僕に大量のいなり寿司を持ってきた。
「このいなり寿司、すっごい上手い!」
「レシピ知りたーい!」
明新夫妻には大好評で、大量だったはずなのにご住職夫婦が帰ってくる前になくなってしまった。きっと夕飯はお腹に入らないだろう。
僕の大好物ってなんだったっけ?
それは僕の大好物なのか?
それとも吸収した魂の大好物なのか?
大本の僕ってどんなだったっけ?
なんにせよ、今ある僕が、『僕』なんだろう。
次回、1日2回更新です。12時と13時の更新となります。
よろしければご覧いただきたいと思います。




