僕の犬は、柴
初投稿です。至らない点があっても、大目に見てやってください。
序
時々、ゆらゆらと空気に溶けるような感覚がある。
僕は誰だろう?
他の誰でもない、僕のはずだ。
なのに、誰かのような気がする。
知っているはずのない人を知っているような気がする。そして、その人との思い出さえも浮かんでくる。
僕は、誰だろう?
僕の犬は、柴(十八歳)
うちには犬がいる。現在三十五歳の僕より確か五つ程年下のはずだ。
義母は犬の苦手な人だったので、祖母が亡くなってからは僕が主人となった。
「柴ー、ご飯だよー」
柴犬だから柴という安直な名付け方だったが、柴は結構気に入っていたらしい。
「柴、食べないの?」
僕が大学に上がったころには柴はあまり食事を取らなくなった。
「子犬のころの生活条件が悪かったからかな。覚悟はしといたほうがいいかもね」
かかりつけの獣医、神野先生はそういった。
僕は神野先生から、「犬の十戒」を教えられた。
僕は家で柴を看取ることを決めた。
そもそもブリーダーから劣悪な条件下から保護したとかいうのは、マンション住まいのご近所さんだった。
大人になっていた「柴」は、既に商品価値はなく、いつ死んでもおかしくない状態に置かれていたとか。
それから半年位してペット禁止のマンションで大家にばれたからと、手放されて野良犬にされそうなところを僕が譲ってもらったのだ。
そのころ祖母は愛犬を亡くして悲しんでいた。父が遠くの大学に入って以来我が子のように可愛がってきたそうだ。
「おばあちゃん、柴だよ?」
奇しくも亡くなった祖母の愛犬は柴犬だった。祖母は新しい「柴」を四年間大事に育て、可愛がった。
そして、僕は十四歳で「柴」の主人になった。
「柴、元気になってね」
柴はあれ程楽しみにしていた散歩の距離が段々短くなっていった。散歩の途中で休んだりもした。
休んでいる時間も増えた。
「柴?」
ある日、柴は目覚めなかった。
僕は大学一年のとき。梅雨の、霧雨の朝だった。
享年(推定)十四歳。人間で言えば七十過ぎのおじいちゃんだ。
イギリスには、こんなことわざがあるそうだ。
「子供が生まれたら犬を飼いなさい。
子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。
子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が青年になった時、
自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。」
神野先生から言われた。
柴は僕に飼われて幸せだったのだよ、と。
僕は「犬の十戒」を読みなおした。
僕は柴の良き飼い主だっただろうか?
僕は柴にもっと何かできただろうか?
僕は育て方を間違ったのではないだろうか?
柴はもっと生きられたのではないだろうか?
後悔ばかりだ。
犬の十戒
一.私の一生は十年~十五年位。あなたと離れるのが一番辛い事です。どうか、私と暮らす前にそのことを覚えておいて欲しい
二.あなたが私に何を求めているのか、私がそれを理解するまで待って欲しい。
三.私を信頼して欲しい、それが私の幸せなのだから。
四.私を長い間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで欲しい。あなたには他にやる事があって、楽しみがあって、友達もいるかもしれない。でも、私にはあなたしかいないから。
五.話しかけて欲しい。言葉は分からなくても、あなたの声は届いているから。
六.あなたがどんな風に私に接したか、私はそれを全て覚えていることを知って欲しい。
七.私を殴ったり、いじめたりする前に覚えておいて欲しい。私は鋭い歯であなたを傷つけることができるにもかかわらず、あなたを傷つけないと決めていることを。
八.私が言うことを聞かないだとか、頑固だとか、怠けているといって叱る前に、私が何かで苦しんでいないか考えて欲しい。食事に問題があるかもしれないし、長い間日に照らされているかもしれない。それか、もう体が老いて、弱っているのかもしれないと。
九.私が年を取っても、私の世話をして欲しい。あなたもまた同じように年を取るのだから。
十.最後のその時まで一緒にいて欲しい。言わないで欲しい、「もう見てはいられない。」、「私ここにいたくない。」などと。あなたが隣にいてくれることが私を幸せにするのだから。忘れないで下さい、私はあなたを愛しています。
(作者不明?・日本語訳はウィキペギアより)
柴の遺体を火葬した翌日。
柴の骨壷は開いていて、中は空っぽになっていた。
「柴、どこにいったの?」
返事は期待していなかった。
「ここにいます」
返事はあった。僕の足元には元気に遊びまわっていた頃そっくりの柴の姿。
但し、透けている。その中には骨が骨格の標本のように浮いている。しかも人語を話す。
「柴?」
「はい」
柴は幽霊になって戻ってきたらしい。
「幽霊ではなく妖怪だそうです。未練が強すぎて幽霊を通り越えてしまったようです。地獄の役人にそう言われて追い返されてしまいました」
柴は妖怪になって戻ってきたらしい。
「柴、これからどうするの?」
柴は悲しそうな瞳をウルウルとさせて
「私を捨てるのですか?」
上目遣いで悲痛な声を出す。
「僕といていいの?僕、妖怪の知識に乏しいんだけど、それでもいい?」
僕は嬉しかった。半分泣きそうになりながら柴を抱いていた。
だけど、それと同じくらい僕は不安だった。きっと妖怪の犬と暮らした資料なんてほとんどないに違いない(実際探したが、妖怪の犬が載っている本はあっても、実生活に役に立ちそうなものは皆無だった)。
僕は柴とうまく暮らしていけるのだろうか?
そもそも地獄から追い返されるほどの未練って何だ?
それから十数年がたった。柴は段々実体化し、半年もするとほぼ元の形となり、必要ならば姿を消すこともできるようになった。僕が2年に進級する頃には遂に人化の術(?)を覚えて付いて回るようになった。そのころはまだ容量が足りなかったらしく、見た目は幼児だった。今では立派な美青年に成長している。
「ドッグフードのままでいいのか?」
「人間と同じものでも大丈夫です。妖怪は基本的に、食事をしなくても大丈夫な生き物ですから」
しかも、どうやら妖怪コミュニティーがあるらしく、そこに入ってバイトまでしている。
アニマルセラピーの子犬をしているとか(お前、老衰で亡くなった老犬だろう!と思わず突っ込みたくなったが)言っている。




