姫頭領・薫
ここで少し書いておかねばならない。
爆発シーンは書いているが、それは決して火薬系の爆発ではない。
ここではそれを「心気」と呼ぶ。要するに気力の勝った者たちが使うものである。よって、天軍に所属していようと弱い気力しか持たないものはそれなりということである。それでも、鬼道の女達に比べればはるかに強大ではあるのだが・・そしてその力を代々備えて生まれる者たちが天軍の将となって行く。その頂点に立つものが帝釈天一族である。ならば、彼ら同士がぶつかればどうなるか?考えることすらしたくない世界になるだろう・・
そして、それを迎え撃つ鬼道の女達の武器といえば、子供のころから慣れ親しんできた「鬼」である。同じようにして成長して主である人の命次第で荷役から、戦までをこなすことになるのだ。だが、主が死ねばその「鬼」もまた、寿命を終えるのである。
破れた結界から館へもぐりこんだ修理と蘇芳が見たものは、多くの負傷者と崩れかけた建物群。それでも、まだ若い娘たちは鬼を指揮して八面六臂の働きを続けていた。修理に気がついた娘たちはあちこちから集まってくる。
「姫さま、ご無事のお帰りなによりでございます!」
口々に言いながらも顔はそれぞれ煤けているのやら傷ついているものばかりであった。
「皆まだ無事ならば、早よう、ここから離れよ!」
「我らがここを離れては、姫頭領が危のうございます。ここまで持ちこたえておりますのは、薫さまのお力ゆえでございます」
返ってくるのは姫頭領・薫のことばかりであった。
今更ながらに、鬼道の女達にとっての姫頭領とは心の支えであることを思い知らされる。
「にしても、あの蓮華王さまというお方は、情け容赦のないおかたでございますなあ・・」
「ほんに、狙い撃ちしてまいるのです。鬼の弱ったところばかりを!」
「我らのことを鬼なぞと言われまするが、あのお方のほうが、よほど鬼でございます!」
負けん気の強さだけで生きているような娘たちでさえ、あの蓮華王の攻撃には辟易しているようであった。
そうしている間にも蓮華王の攻撃がやむことはない。
「叔母上は、中におわすか?」
姫頭領・薫がいるのはおそらく一番奥の部屋であろう。そして、そこにはおそらく母の亡骸も安置されているはずである。
「蘇芳、ついてこい」
五歳でここを離れた修理にとっては、懐かしい我が家である。
攻撃を受けながらまだ、館はまだ存在している・・
奥の部屋へ飛び込んだ時に見えたのは、横たわる母の亡骸とその横で身じろぎもせず両手を合わせ目を閉じたままの叔母・薫。
「ははうえ?」
覗き込んだ母の顔は昔と少しも変わらない。眠るような美しい面ざしのままであった。本当なのかどうか信じられずにその頬に触れてみた。
冷たい・・・けれど、今にも目を開けて
「修理・・よい子でいるのですよ・・」
と、告げたあの日のままである。
その修理を、薫は痛ましげに見ていたが、傍にいる蘇芳に視線を移すとうなずき、そして首を横に振った。
姫頭領・薫・・十年前に別れたままではあるけれど、今も変わらず美しい人である。もし、あの年自分が修理ひめの守役にならなければ、そしてこの人が姫頭領にならねば、二人の人生は皆の祝福の中で重なり合ったはずなのだ・・
「お久しゅう、蘇芳どの・・」