4、部屋でふたりきり
彼女のなまえは、ユウと言うらしい。
身長は百六十センチほどのぼくとおなじくらい。
体格は、細い。胸はおおきいほうかもしれないが、二次元ばかり見ているぼくにはそれが何カップなのかなんてわからない。
おそらく手のひらでつかんでもおさえきれないほどだろう。
しかし、それは自分でもなにを言っているのかよく理解できない。
とにかく、混乱しているにちがいない。
ぼくに石を預け、ユウがひとりで、シャワーを浴びているからだ。
そう、シャワーを……。
(……シャワーの音が聞こえる。つまり、あれだ。女の子が、シャワーを浴びているということ……。って、ぼくはなにをあたりまえのことをかんがえているんだ!……と、とにかくおちつかなきゃ)
ぼくは、緊張によりがちがちになった肉体と精神をほぐそうと深呼吸。
「ふう、ふう……」
だって、ここは現実なんだよ?
現実に、ユウがいて、
そして、
『ありがとう、シュウヤ』
石がしゃべるんだ。
こんなのありえない。
でもこれが現実なんだ。
『ユウには協力者がひつようだった。王国にもどるそれまででいい。それまで、どうかともにいてほしい』
「……どうしてぼくにそんなたのみごとを」
『シュウヤには、石の力が使える。ユウにも使えるが、これまでのながい時間を逃走してきたせいで、だいぶ、疲労してしまっている。あの通り、お湯を浴びたのも、実に久しぶりのことなのだ』
「でもぼくには学校だってあるし……」
『その点に関してはあまり心配することはない』
「どういうこと?」
『空港から、飛行機が出るからだ』
「なるほど。じゃあぼくは仙台の空港までついていけばいいんだね?」
『しかし本音を言えば、王国までついてきてもらいたいのだが……』
そこまでは、できなかった。ぼくにだって日常がある。ユウのおかれた状態がいかなるものなのか、それはまったく想像がつかないが、これ以上、関わるのはごめんだ。
いくら、ユウがかわいい人だとしてもだ。
これ以上は、たすけてあげられない……。
そもそも、ぼくには他者を救う力なんてないんだ。そもそもが、無理な話なんだ。
『石をあつかえる人間は滅多にあらわれない。王国にも、それほど存在しているわけではない』
ぼくは、そのことにずっと引っかかりをおぼえていた。
王国。
そんな国、この地球上に、本当に存在するのか?
「お風呂、ありがとー」
タオルで髪を拭きながらユウが浴室をあがってくる。
ぼくは急遽、したをむく。ぜったいに、彼女と視線はあわせない。あわせられないのである。彼女とふたりきりのこの状況に緊張してしまって。
しかしよくかんがえれば、ふたりではない。
「こっちの国の浴室は、ずいぶん便利だね。あれかな? 構造上、あつかいやすいおおきさにしてるのかな?」
『おそらく』
「なるほどねえ。あれ、どうしたの、シュウヤ?」
ユウが座りこみ、ぼくの顔をのぞきこむ。ぼくはとうぜん、うつむいたまま。ユウの鼻息があたるたび、ぼくの呼吸の波が乱れる。
「ねえ、シュウヤ」
ユウが、真剣な口調で言い出す。
「わたし、ひとりで戦おうとしてるの。だから、シュウヤの力がほしい。協力してくれないかな……」
ぼくは、答えられなかった。
そんな自分が、悔しかった。
『報酬を差し出すんだ、ユウ』
「そうだね! むこうに帰ればまだなにか持ってこられるかもしれない!」
「……報酬なんでもらないよ」
ぼくは言った。ユウと今は石の男はおどろいていた。
「空港まではついていくよ。それはこうしてちょっとした知り合いになったっていう理由があるからね。でも、ユウたちの言うその国まではついていけないよ……」
「ビザとかのことを心配してるならだいじょうぶだよ!?」
「そういうことを気にしてるんじゃないんだ」
「じゃあなにが不安なの?」
「……ぼくには、自信がないんだ」
「自信?」
『ユウにはうまく理解してあげられないことかもしれない』
ユウはなんとも言えない気持ちで、テーブルの朱色の石を見る。
『どうやらシュウヤのかかえる問題の解決には、それなりの時間というものがひつようなのかもしれない』
ぼくは、なにも言えない。
ただ、拳をにぎりしめながら、うつむいているしかできなかった。
その夜は、ほとんど眠れなかった。
夜中に布団から起き出して、ベランダに出た。手すりにそっとつきまり、夜空を見上げて涼しい風を浴びた。
(……ぼくは、本当に、ダメな人間だよね……)
黄色い三日月は、ぼくの気持ちも知らないで、ぼくに、ほほえむようにあわいひかりをはなちつづけていた。