1、路地裏
ぼくはどこまでもダメな人間なんだ。
ひとつとして、とりえがない。
世界に希望をみいだすこともない。
なにも造り出せない人間なんて、だいたいがそんなものにちがいない。
ぼくはどこまでもほんとうにダメな人間なんだ。
見上げる街の空も、まるで歪んで見える。通りすぎる人たちは、みんなぼくのことを笑っている。
(へへへ……。どうせぼくは地球のゴミだよ……)
なにをかんがえてもどうせわるいことばかりが頭に浮かぶ。
わるいことというものは、決して良いものに変わったりはしない。
良いものは、わるいものに変わるというのに。
ぼくの人生もわるいほうに当てはまるんだろうから、きっと、これよりも、よくなったりはしないのだろう。
(はあ……。いっそ、テロでも起きて、知らない人たちといっしょに灰にでもなりたいよ)
と、思いながら人目を避けるように入りこんだその路地裏でのことであった。
「いてっ……」
突然、頭になにかがぶつかった。
ぼくは空を見上げる。
ビルのすきまからのぞく青空はまるでほそい線のようだ。
きっとビルがぼくを挟みこもうとしているにちがいない。
みんな、ぼくのことが嫌いなんだ。地面やビルさえも、きっと心のなかではぼくのことなんか消えてしまえばいいのに、って思っているんだ。
憂鬱な気持ちで、頭のてっぺんをさすりながら、ぼくはつぎに地面を見下ろす。
それは明らかに空から落とされ、そして、ぼくの頭にぶつかったからだ。
しかし痛みはそれほどない。妙だ。
地面には、ネックレスが落ちていた。茶の紐のさきに、真っ赤で丸みを帯びた石がある。不思議な石だ。まるで石の内部でちらちらと炎が輝いているかのように見える。目をうばわれそうになる。ぼくはいつの間にかネックレスに手を伸ばしている。指先が触れて、熱い電気が走る。
「それに触れるんじゃない!」
声におどろき、ぼくはびくっと体を震わせる。
視線をあげると、道の向こうから黒いスーツのおとこが三人、走ってくるのが見える。
「な、なんだ……?」
おとこのひとりが声をあげた。
「その石はわれわれのものだ。そのまま、うしろへさがれ!」
ぼくは思った。
(……どうして、ただのネックレスなのに、そんなにうるさく言うんだ。なにかの宝石なの? ……たしかに高そうには見えるけどさ)
「うお、うわあああ」
ぼくの口からすっ頓狂な声が出る。
おとこたちがとうとう長年のサラリーマン人生の怨みを晴らそうとしてきたからだ。
というわけではなく、単純に、ぼくはおとこのひとりからタックルされそうになったのだ。
必死の形相で、おとこはぼくに向かって突撃してきた。
ぼくは情けない声をあげて、頭をかかえ地面に倒れそれをよける。
「ようやく取り返さしたぞ!」
とおとこはまるで小学生の友達にうばわれたゲームソフトをようやく奪還したかのように大口をひらいてよろこんだ。
(だから、なんだっていうんだよお……)
ぼくにはいったいなにがおこっているのかさっぱり理解できなかった。
おとこたちは三人で気持ちわるい顔でわらいあいながら、走り去っていった。
(あれは、そうとう、まずいよね……。……っは!? ま、まさか、あの三人はホモトリオだったり……!? ぼくはあやうく、あっちの世界に引きずり――)
と、そのとき、
ぼくの瞳に、
光が射しこんだ。
ホモかもしれないおとこたちのやってきた地獄のような道のさきから、こんどは、とんでもない美少女があらわれたのである。
少女は走ってきたのか、息を切らしていた。
額に汗が浮かび、黒髪がくっついている。
ここまでそれなりの距離があるというのに、ぼくにはまるで、その少女の存在感が、目に見える優しいオーラと甘い香りとなって、この育ち盛りの意識をつつみこむ。
(かわいい人だなあ。歳、おなじくらいかなあ。ま、ぼくには縁のない存在だけど……)
しかし、
「だめだ、遅かった……」
と、少女はこぼし、ばたりと地面に座りこんでしまう。
(……どうしたんだろう)
長い間、少女はうつむいていた。
その顔を、ぱっと持ちあげたとき、視線のむこうにあったのは、まぎれもなく、ぼくだった。
ぼく、だった!
(え、な、なに……!? かなり見てるよ、ぼくのこと……!?)
「流星ダンス……!?」
(流星ダンス? なんのこと?)
なにかよくわからないが、三城修也こと、ぼくは、流行りかもしれないそれになんとかついていこうとする。
「あ、ああ、流星のあれね……。って、ちょ、ちょっと……!」
少女が全速力でかけてきて、強くぼくの肩をつかむ。ぼくは、顔を赤くする。
ちかくで少女の目を見つめると(すぐに視線を逸らしてしまったが)少女の目はまるで深い海のように青かった。
青?
日本人ではないのか?
まあ、どうでもいいことだけど。
……それよりも距離がちかすぎて、頭がおかしくなりそうだ。
女の子とこんな至近距離に接近したことなんて、ほとんどないことだからだ。
あと数秒で頭蓋骨が破裂するぞというとき、
『一時的にこの少年の肉体にとどまることに成功した。ユウの石をとりかえしにむかう』
と、だれかが言う。
は?
ぼくは、あたりを見回す。
ぼくらのほかには、だれもいない。
「そっか!」
少女が笑顔で、言う。
「じゃあおねがい!」
(……そんなこと、ぼくに言われてもな。え、うあ……!?)
一瞬、体が宙に浮かんだ。
少女が、ぼくを見上げている。
そして、ぱっ。
少女が、消える。
いや、どうやら消えたのは、ぼくのほうらしかった。