かぐや姫、のちょっと前
※逆にシモネタ
昔々の事でした。
あるところに、竹を切るのを生業としているおじいさんがいました。
とにかくもう竹を切っては、山のふもとに降りて売りますが、実際何に使われているのかは、おじいさんも知りません。
竹は特に男性によく売れましたが、まれに女性も買いに来ます。男性は少し細めの竹筒を、女性は少し太めの竹筒を買います。それを、だいたい手で持つのにちょうどいいくらいの長さで買ってゆくのです。
何に使うのか、分からないまま売るのはもどかしいので、おじいさんは何度か客に尋ねたことがありますが、誰もが伏し目がちに、
「よろずの事に使いけり」
としか答えてくれませんでした。
ある日、おじいさんがいつものように山で竹を切っていると、根元から光を発している竹を見つけました。
これは流石に、近頃頭の回転が鈍くなってきたお爺さんでも怪しみました。怪しんでみたところで、頭は回らないので、宇宙人の仕業だと考えるのがせいぜいでした。
宇宙人、自分で思いついておいて、おじいさんはしこたま仰天しました。
だとすれば、と即座に見えないそろばんを弾きました。
世紀の、いえ人類始まって以来の大発見です。この発見を世界に向けて発表した暁には、有名企業のコマーシャルにいくつも出演し、ゆくゆくは宇宙旅行会社と専属契約を結び、憶万長者なのです。用途不明な竹など切らなくてよくなります。
おじいさんは、口からよだれをほとばしらせながら、光る竹を切りました。
すると、これは一体どういう事でしょうか。竹の中には、可愛らしい赤ん坊がいるではありませんか。誰がこれを予想できましたか。わたしはできませんでした。
おじいさんも予想できませんでした。宇宙のテクノロジーが詰まっているものとばかり思っていましたが、赤ん坊はどうやら地球人のようです。
しかしおじいさんは、ポジティブな思考の持ち主でした。宇宙関連でなくとも、光る子供です。商品価値は損なわれません。
おじいさんは子供を抱えると、凄まじい速度で山を掛け降りました。
「ばあさん、ばあさんや、おい、これ、ばあさん」
山の中腹にある住まいに着くなり、おじいさんは喚きました。
奥から顔を出したおばあさんは、眉間に深い縦皺を刻み、酷く迷惑そうにしています。
「ばあさん、ガッポガッポじゃよ、ついにガッポガッポじゃ」
「騒々しいジジイだね、とうとうイカレちまったのかい」
つららのように冷たい視線が、おじいさんに突き刺さりました。
おばあさんは、おじいさんの腕に抱かれた赤ん坊に目を止めて、ぎょっとしました。
「ジジイ、あんた娘恋しさにとうとう人さらいまでやっちまったのかい!」
「ち、ちがうんじゃよ、ばあさん、この子は山で……」
「まあまあ、捨て子かい。可哀想にねぇ……てめぇの頭がな、クソジジイ! 訳わかんねぇ竹切ってるてめぇの稼ぎで子供が養えるか、ばかが!!」
「そうじゃないんじゃ、もう竹は切らんでもいいんじゃよ、ばあさん」
「はあ? このポンコツが! 子供さえ居ればお金なんかなくても幸せです、とでもおセンチ言う気か、この干しガキジジイ! 子供拾って一家心中なんて話があってたまるか、この竹ガキジジイ!!」
おばあさんはヒステリックに叫びます。こうなると、もう誰にも止められません。
結婚して暫くは、こんなおばあさんも物静かで気立てのいい女房でした。それが五年目、やっと子供が生まれてからは、酷く神経質になってしまったのです。おじいさんが寝返りを打って、ちょっとでも触れようものなら、おばあさんは家を破壊するんじゃないか、というくらい怒り狂ってしまいます。
「待っておくれよ、ばあさん! この子、光るんじゃよ!!」
おばあさんはもう、怒りのあまり言葉を失っていましたが、おじいさんは赤ん坊の重要性を必死にアピールすべく、赤ん坊を突き出して見せました。
しかし、赤ん坊はまったく光を発しません。髪の毛がおじいさんの手汗で濡れて、ギトギトと太陽光を反射するばかりです。
おばあさんは、本当は口もききたくないという風に、押しつぶした声でおじいさんに命じます。
「……捨てて来い」
「そ、そんな! 犬か猫みたいに……」
「犬か猫みたいに気安く拾ってきたのはてめぇだろ!」
そう言われては、おじいさんも返す言葉がありませんでした。
おじいさんは、赤ん坊を泣く泣く元居た竹に戻し、瞬間接着剤で元通りにしました。
その時脳裏を掠めたのは、おじいさんの仕事上のライバルで、竹取翁という分かりやすい名前のおじいさんに、赤ん坊を奪われてしまうのでは、という不安と、帰った後、おばあさんが包丁など研いでいないか、という恐怖でした。
めでたしめでたし。