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魔王は死んだ 老衰で

作者: 藍洞 伽藍

 魔王代行の苦悩とぶっとんだ魔界の住人たちが織り成す日常。


8月31日 文章追加。

「……めんどくせ」


 獣族のライカンスロープ種と来たら脳筋ばっかだしよ……

いいから隊列守れっての、お前の所だけ自由に動きすぎなんだよ。もう遊撃に回すか?

 官僚は官僚でどいつもこいつもエリート気取りの癖に打たれ弱いしよォ。

ていうか文官が異常に使えねえ。先代の奴、人材育成怠けてたんじゃねえか?

そりゃ在位が五千年も続けば気が抜けるのも解らんでも無いが。

『こんな仕事私には相応しくない』だとか『もっと私にあった仕事がある筈だ』だと?

 アホか! どこの選民思想に凝り固まったんだこの勘違い野郎ども!

 仕事始めたばかりの新人社員じゃねえんだぞ! お前ら何年その仕事してるんだボゲェ!

 ああいや、もしかして強く言うと直ぐ辞めちまうからか? うわ、もっと救いようがねえ。

 魔王が空位になっても軍団指揮は俺の管轄なのは変わらんし。

ただでさえ指揮系統が一部混乱して俺の所まで内政の案件が紛れ込んできてクソ忙しい時によォォオオ!

 おまけに人間の動向を探ってる魔族のドッペルゲンガー種から来た報告で更にややこしくなりやがった。


「ゆうしゃ(笑)ね…… こりないね、あのアルムの白豚クンどもは」


 前にぶッ潰したのは何時だったかな…… 大体五百年くらいまえか?

 ハッ!笑っちゃうね。これはあれか?

『あなたこそ えらばれし ゆうしゃ』なんて言ったり『どうか このたいりくに へいわを』とかぬかすのか?

 カーッ! 呆れてものが言えねェぜ!

 魔族はみーんなてめえらなんか興味ねえよ! 心底どうでもいいわ!

 大体な、魔物と魔族を一緒くたにすんじゃねえ。

 それって動物と人間が同じだっていうのと変わらないんだぞ。むしろ人間の方が動物より陰険で腹黒だから性質が悪いんだが。

 魔物の数が増えたら魔王の所為だなんてトンでも理論抜かしやがって。

その魔王が老衰で死んだばっかだってのに、んな訳がねえだろうがよ!

 魔物の生息地域を乱開発したのが原因だろうが! 因果応報の体現者共はそんなこと気付きもしやがらねェ……

 ドタドタと騒がしい足音がだんだんと近づいてくる、又なんか厄介ごとでもできたか?

 足音の主は執務室のドアをノックせずに勢いよくバァンと開いた。


「魔王さま!「代行を付けろこの薄らハゲ!」ッツ、申し訳ございません代行さま」

「どうしたァ」


 最近頭の寂しくなってきた彼は翼人族の壮年の男だ、薄らハゲと言われて少し悲しそうな顔をしてたがコレだけは譲れん。


「勇者と名乗る者が門の前に来ています!」

「……ァ?」


 手元の書類をもう一度確認する、日付が十ヶ月前になっている。


「ふざけんな!」

「ど、どうしましょう? なんだか様子がおかしいそうなのですが……」

「あー、そうかもな……」


 魔界と聞いて人外魔境でも想像してたんだろ?

 残念でした、俺たち魔族の国はそんな場所じゃない。


「恐らく面食らってんだろう。向こう側より遥かに文明的な国だってことによ。話が通じそうな相手だったか?」

「凄まじく挙動不審ではありましたが。国境警備隊に海岸で救助されたらしく、とても大人しくしてました」

「んじゃ、謁見の間に通して。俺も直ぐ行くから」

「はっ」


 執務室に備え付けられた浴室で軽くシャワーを浴びて頭を切り替える、書類の山で本来の執務室が機能しなくなりつつあったので客室の一つを仮の執務室にしたが、結果的には良しだ。

 装いは……二級軍服でいいか。鏡で顔を確認する、やっぱり薄くだが眼の下に隈ができてやがる。

 ちと礼儀には反するがフード付き外套で顔を隠すべきか、顔立ちで俺が元人間だってバレるかもしれないしな……


「さて、面白くなってきやがった」


 窓の外へ視線を向ける。

 突き抜けるような蒼い空。正面遠方には薄っすらと見える紅色の火炎山とカシミール山岳からなる峰が続く。西には黒の森、東にガラリア海峡から取れた海の幸が集まる漁港。

 少し視線を下方へと移せば石畳と焼きレンガの家屋が美しい王都ルル・イエ。

 国土は人界の五倍以上、我々ですら把握しきれていない領土が存在し、建国五千年を過ぎた今日も軍を率いて調査の日々だ。

 人界は既に殆どが踏破されつくしたようだが、この魔界には未だ見ぬ場所が存在する。

 五倍以上ってのも今の所の概算だしな…… とても住めたもんじゃない土地もあるし。

 のんびりと空を飛ぶ翼人の配達業者にじゃれる小型の竜種パーンドレイク……ってあっぶねええええ!


「おいいいいいい! ペットの放し飼いは駄目っていっただろうがもおおおおおおおおおお!」

「魔王様!早くしてくださ「代行だって言ってんだろうがハゲェ!一本も残らず剃り尽くしてやろうかぁ!」申し訳御座いません代行様!」



 開口一番「ぇえ~?」っと言わなかった自分を褒めてやりたい。

 想像以上。いや、想像以下というべきなのかな?

 緊急事態だ、今にも顔が歪みそうだ。主に苦笑いで。

 とりあえずハゲに念話で確認せねば。

《おい、これがゆうしゃ?(笑)どころじゃねーぞ?》

《私も報告で大まかにしか聞いていませんでしたが、これほどとは……》


 謁見の間で居心地悪そうに赤絨毯の上に正座している男をみる。座るな座るな。

 かっぺだ、かっぺがいる。田舎っぺ。絶滅してなかったのか……

 年は十五、六くらいのガキンチョ。まあ、一応成人なのでガキではないのかもしれんが。


《今時革鎧ってどうなのよぉ、地方自警団でも鉄使っとるわ!》

《文化の衰退が著しいですなぁ…… もうだめっぽいですぞ、人界》


「お、オラはエイジスっていうんダス。

アルムの辺境にあるカルナっていう寂れた農村出身で、建国記念日に首都へ野菜や穀物を売りに行ったら。『勇気の剣』が一般に


公開されるって小耳に挟んで、こりゃ一生に一度あるか無いかの好機だと…… 皆、有り難がって柄を触ってたもんだからオラも


触ったんだども。突然光りだしたんだ!そしたらあれよあれよと勇者の再来だと担ぎ上げられて……」


 沈痛な面持ちで語るゆうしゃ(田舎っぺ)エイジスくん。

 鼻水垂らしてんじゃネーヨ、拭けよ。絨毯に付いたら舐めて拭き取らせるぞ。

 悲壮感溢れる声で語るこれまでの悲惨な旅、だがそんなことは一応聞いていたが聴いてはいなかった。


《ほあちゃー! アレかあああああ!》

《ほらほら! だからさっさと処分しておこうって言ったんですよ!》

《じゃっかぁしい、先代の決定だろうが! 家臣一同で面白がって賛成したの憶えてるんだからな!》

《私は否定しましたぁああああ!》

《うっせえ!念話で叫ぶな!》

《理不尽な!》


 脳裏に過ぎるのは嘗て起こった人魔戦争。

 その頃はまだ亜人と魔族の仲もそれほど良くなく、魔族は部族ごとに分かれていた。

 人族も亜人族も魔族も世界の色んな所に散らばっていた。

 習慣や文化の違いで小競り合いが頻繁に起こってたのだが、アルムの醜い白ブタ君達が何をトチ狂ったのか。ある日、その小競


り合いを強襲。

 特徴的な外見の多い両陣営に向かって事にあろうか『醜い邪教の使徒』と抜かしやがった。

 贅肉でぶくぶく太ったブタにだけは言われたくなかったろうな、ぶちぎれた両陣営が電撃的な速さで亜人族と魔族の同盟を決定


、始まって三ヶ月で今のアルム聖教国を残して完全制圧。共通の敵が現れるとホント動きが早かった。

 首都を包囲され兵糧を絶たれ、最早滅びるしか道は無いと思われたとき。逆転の一手を狙ったブタ君はどっから引っ張り出して


きたのか、『異世界召喚法』で異界から『勇者』を呼び出した。

 しかし、呼び出された『勇者』はブタ君をひっ捕らえて亜人族魔族の混成連合軍の前にしょっぴいた。

 騒動の首謀者と引き換えに不可侵条約を結んで何とか許してもらおうって事なんだな。

 そんな勇気ある行動に先代魔王が悪乗りして『勇気の剣』なんてシロモノを作って『勇者』にあげたのだった。

 使われた魔法陣を解析して勇者を送り返し二度と使われないように破壊したものの、記録していたのか定期的に引っ張り出して


また呼ぶっていう事がその後も起こったのだがそれは置いておく。

 そんな戦争とも言えん人魔戦争がおこって今の人界と魔界って線を引いたのだ。

 あと、人間を根絶やしにはしなかったのは一部の老害どもの所為だと解っていたからなんだよな。

制圧って言っても降伏勧告して回ったのと聖教国の力を削ぎたい各国がここぞとばかりに手伝ったからでもあるし。


《アレ、光の属性は有るとはいえ。光るだけなんだよな……》

《ええ、適正のある者は向こうでは滅多に生まれないんですがね。不憫な……》


 先代のお遊び、勇気の剣という名のライトセーバーもどき。

 切れ味は鋭いけれど名剣という程ではない。

 知恵を仕込んだのは俺。

 責任を感じないでもない。


「あ~、聞いてますか?」

「ああ、聞いてる聞いてる。そいつはおいしそうだ」

「ちっとも聞いてねえだ!」

「冗談冗談、今後の事だろ? どうすんの? 死……帰るの?」

「死ってなんだすか!?」

《それ、土に還元る(かえる)じゃないんですか?》

《そうともいう》

《いいえ、そうとしかいいません》

「もう国に帰れねえ、出来ればこっちで暮らしてぇ…… オラもうあんな国嫌だ」

「あー、それじゃあ手続きしてもらって。おーい誰かー」


 オラコンナムライヤダーという歌詞が浮かんだ、国だけど。

 ぱんぱんっ、と手を叩く。これでホントに人が来るのが凄いところ。

 これも仕込むのかなりめんどかったんだよな。

 音も無く扉を開けて侍女さんが現れる、メイド服なのはやっぱり先代の趣味でしかもそれが人気になり今では女子のなりたい職


業NO.1だ。

 ドナドナよろしくかっぺくんを引っ張っていく。あいつドSのメイド長じゃねえか!人選大丈夫か?もうメイドってか冥土って


感じだし。そいつ一応ゆうしゃなんだけど。

 癒しが欠片も感じねえ、どうすればあそこまでアンチ癒し系になれるんだか。

 怯えて顔が青くなってるかっぺゆうしゃが扉の向こうへ消え。足音が遠ざかり聞こえなくなったころ。

 ハゲと同時に溜息をつく。


「ブタ君もどういう統治してんだろねー」

「覗けばいいじゃないですか、自慢の眼で」

「そうだけどよ、そんな暇あるなら仕事するわ」

「さすが魔王様、そこに痺れるあこがれ――」

「お前今月の給料三分の一な」

「なんですとおおおおおおお!」





 で、だ。何でさっきより執務室の書類が増えてるんだ?

 机の上に書類の山が、二つ三つ。

 オマケに床には机の上の山と同じくらいの高さまで詰まれた書類が三つ四つ。


「なんというっ、なんという速度! この侵攻は何時まで続くんだ!」


 右から左へ流れるように確認作業、判子が必要なものにはぺったんぺったん。

 目が痛くなる、腕が痛くなる、肩が辛い。

 オイ、これ部署違うじゃねえか。他に分けてっと。

 あ? 何で経費コンナにかかってるわけ? 後で問い詰めなきゃ。

 願書混じってんぞ? 人事部に遅れよ。

 クソ! この書類もじゃねえか、取りあえず送っとこうとか思ってんじゃねえぞ!

 嫌がらせか、責任者でてこいっ! って俺だ。


 ぺったん ぺったん。


「つるぺったん! ってイカン、電波が入ったか」


 ぺったんこ ぺったんこ ぺったんこ。


「ぺったんこ! ぺったんこ! ぺったんこ!!」


 流石に二日連続徹夜のせいでテンションが可笑しな風になっている。

 ふっ、と人の気配がする。扉の向こうでヒソヒソ声、聞かれたようだ。


 やっぱり…… そういう趣味で。

 お疲れじゃ…… いえ、ありうるわね。


「やっぱりってなんじゃああああ! 聞こえてんぞぉ!」


 ささーっと気配が遠のく。ありゃメイド隊か、また変な噂が流れるだろう。

あいつ等伝言ゲームみたいにどんどん着色して面白おかしくするから悪化するんだよなぁ……

 腐ってやがるし矯正するのが遅すぎたんだ…… いや、巨神兵みたいに言ったって無駄だが。

 腐女子なんて年齢じゃねえ癖に。誤腐人ごふじん奇腐人きふじんが相応しいかもしれん。

 生きているのに腐っているという手の施しようが無い状態。

 前にも俺の事を同性愛者みたいに言いやがって、本気でどうにかせねばな。

 どうやったら悪化していく持病の『ぢ』についての話しがそこまで変化するんだよぉ!

 医者曰く、座りっぱなしだから臀部の血流が停滞するのが原因の一つだ。

 来る日も来る日もデスクワークの所為で最早職業病である。

 判子押して判子押して判子押して判子押して、気が狂ってしまいそうだぁああああ!

 分割思考の所為で狂うこともできねえが、俺が狂ったらこの国傾くぞ。

 早急に時代の魔王を決めたいが適任者が居ないという問題。


「どーしたもんかねぇ……」


 それにしても最近独り言が増えたなぁ……


「代行さまぁ!」


 ドアが『メメキャァ』と突き破られ、何者かが進入してきた。

 何者っていうか冥土長だった。普通に入って来い。


「代行様、仕事の最中に卑猥な言葉を連呼していたそうですね。死ねばいいのに!」

「否定できないのが悔しいっ!」

「貧乳至上主義でしたとは知りませんでした。で…… 誰が絶壁ですか?」

「一体この短時間で何処まで悪化したぁ!」


 怪しく煌めく眼光。『魔眼イービルアイ』をこんな事で使うな。

 大体そんなこと言ってねえし。

 てーか絶対解ってて言ってんだろ。

 ちなみに冥土長の胸は成長期が冥土送りされている。

 だからそういう話題には過剰反応するし、胸の発達したメイド達には親の敵を見るような目をする。


「代行様?」

「あー、取りあえず冥土長。そんな事をお前に吹き込んだ不届き者を教えろ。靴にGを仕込んでやる」

「ふむ…… またあの子達の悪戯ですか、懲りない子達ですね」


 よし、冷静になった。こんなこと毎回やってればいい加減学習するわ。

 それにしてもそろそろこの仕置きも効果が薄れてきたのか……

 うーん、今度は蟲風呂にしてやろう。



 その日の夜、二名のメイドが姿を消した。

 翌日、髪の毛先まで真っ白になり憔悴しきったメイドが居たとか居ないとか。



 彼は知らない。

 彼以上に魔王らしい所業をしている者も、国を支えられる者も居ないだろうという評価を。

 彼は知らない。

 魔王に名乗りを上げた者達が執務室に縛り付られた結果『ぢごく』とやつれた顔で仲間に語ったことを。

 彼は知らない。

 彼が代行と言っても、既に仲間内では畏敬の念を込めて『大魔王』と呼ばれている事を。

 駄文に付き合ってくださりありがとう御座いました。


 宜しければご感想をお聞かせください。

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