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悪役令嬢の誤算

悪役令嬢は、聖女の大切なものを壊したい

作者: おかゆ
掲載日:2026/07/18

悪役令嬢の誤算シリーズ5

「ベル」


「はい、お嬢様!」



午後のティータイム。

セレスティアは優雅に紅茶を飲みながら告げた。



「聖女が大切にしているものを、壊してきなさい」



ベルの手がピタッと止まる。



「……え?」


「聞こえませんでしたか?」


「いえ、聞こえましたけど……大切なものを壊すんですか?」


「ええ」



セレスティアは当然のように答えた。



「人が大切にしているものほど、失った時の衝撃は大きいもの。聖女の心に修復不能な傷を残すには、それが一番効果的でしょう」


「なるほど……! では、壊しやすいものを探します!」


「壊しやすさで選ぶものではありません」


「じゃあ、聖女のドレスの裾をハサミでチョキチョキと!」


「却下です」


「じゃあ、聖女の心を!」


「それは今からやると言っているでしょう」



ベルはガクッと肩を落とした。



「いつも以上に難しいです……」


「あなたはもう少し、悪事について勉強なさい」



セレスティアは小さくため息をつく。



「聖女が肌身離さず持っている、古いペンダントがあります。祖先から受け継いだ唯一の形見だそうですわ」



ベルは少し表情を曇らせた。



「それは……本当に大切なものですね」


「だからこそです。壊れた時の絶望もひとしおでしょう」



その時だった。



「お役に立てそうですね!」



白い翼を揺らしながら、ルミエルがひょこっと現れた。

セレスティアは嫌そうに視線を向ける。



「……聞こえてしまいましたか」


「はい! 」



ルミエルは満面の笑みを浮かべる。



「セレスティア様の憂いの元を、綺麗さっぱり壊してきます!」



今回は言葉の意味を間違えていないようだ。

セレスティアは神妙に頷く。



「……ええ。頼みましたよ」


「はい! 行ってきます!」



ルミエルは元気よく飛び去っていった。

ベルが小さく呟く。



「大丈夫そう......ですね?」


「......そう願うしかないわ」




**




翌日。教会の庭。

ソフィアは古びたペンダントを両手で握りしめていた。



幼い頃から大切にしている、祖母の形見。

傷だらけで少し色褪せているけれど、決して手放したことはない。



「今日も見守っていてくださいね」



ソフィアが優しく微笑む。



ルミエルは上空からその様子と、聖女の手の中にあるペンダントを見つめていた。



(あれはやはり……長い間、本来の力を閉じ込められているのですね。セレスティア様のご希望です。その『枷(封印)』を、私が壊してあげましょう!)



ルミエルがそっと手を合わせ、祈りを捧げる。



――ぱきん。



僅かに聞き取れるくらいの、小さな音が響いた。



次の瞬間、ソフィアの手の中で、古びたペンダントが眩い温かさを放ちだした。



砕けたのではない。

長い年月、封じられていた聖なる力が解き放たれた音だった。



古びた金属が剥がれ落ち、姿を現したのは淡く輝く最高純度の聖遺物。



「これは……!?」



ソフィアが目を見開いた瞬間、教会から王都中を涼やかな風が通り抜けていった。



ある場所では枯れていた花が一斉に咲き誇り、ある場所では大地の飢えを満たす恵みの雨が降り注ぐ。

眠っていた聖女の力が、覚醒したのだ。

その日のうちに、ソフィアの起こした奇跡は王都中へ轟いた。



「聖女様が、新たな奇跡の力に目覚められた!」


「祖先から受け継いだ古びたペンダントが、伝説の聖遺物だったそうだ!」



人々の歓声が、街中に響き渡る。




**




その報告を聞いたセレスティアは、静かに紅茶を置いた。



「……」



ベルが恐る恐る尋ねる。



「お嬢様」


「ええ」


「今回、一応……壊しましたね?」


「ええ」


「あと、お嬢様が大切に育てられていた観葉植物の苗も、なぜか突然、大輪の花を咲かせましたよ」


「……ええ」



聖女の覚醒による余波が、公爵邸にまで届いていた。

セレスティアは遠い目で窓の外を見る。



「指示通りでしたわ」


「では、成功では……?」


「……」



そこへ、「お役に立てました!」とルミエルが意気揚々と現れる。



「しっかりと壊してきました!」


「......ええ。確かにあなたは仕事をしましたわ」



セレスティアは深く頷いた。



「……今回は認めましょう。問題は、私の方です」



ベルが首を傾げる。



「お嬢様?」


「まさか、あの古びたペンダントが聖遺物だったとは……情報収集が完全に足りていませんでした。私も、まだまだ未熟ということですわね」



悔しそうに拳を握るセレスティアを見て、ルミエルは感心したようにパチパチと拍手を送った。



「素晴らしいです! セレスティア様もこうして日々、成長されているのですね!」



セレスティアは静かに目を向け、冷たく言い放った。



「……そこは褒めるところではありませんわ」




**




その夜。公爵家の自室。

セレスティアは机に向かい、一冊の革張りの手帳を慎重に開いた。



表紙には金文字で『聖女××計画帳』と刻まれている。

羽ペンを手に取り、今日のページを開く。



――作戦5

結果:失敗。

敗因:情報不足。



ぱたん、と手帳を閉じる。



「……次こそは絶対に……」



その決意とは裏腹に、廊下の向こうから、ルミエルの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。



『明日もお役に立てるよう頑張ります!』



セレスティアは静かに額へ手を当てた。



「……今回は、私の負けですわ」







【登場人物】

セレスティア:公爵令嬢。完璧主義で、今日も華麗な計画を立てる。

ベル:セレスティア専属メイド。お嬢様を慕う、元気なメイド。

ルミエル:ひょんなことからセレスティアへの恩返しに奮闘する押しかけ天使。

ソフィア:庶民出身の聖女。


※ルミエルは、基本的に関係のない人たちには見えていません。

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